First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
Next Last
リアクション
12月30日 12:30
凧揚げが始まる時刻を待ち、参加者は大まかに紅白に分かれて風に吹かれている。最後まで浮いていたほうが勝ちというバトルロワイヤルルールだ。実は参加希望の大半が凧だったので、いちいち勝負を順番につけていてはいつまでかかるか分からない。
「それならば、バトルロワイヤルで混戦にすればよかろう」
ということになったのだ。
開始を待つ彼らは、それぞれめぼしい相手にガンをくれ、静かに熱い戦いを繰り広げていた。
強盗 ヘル(ごうとう・へる)とネヴィル・ブレイロック(ねう゛ぃる・ぶれいろっく)は早速にらみ合った。
「なんだこのマッチョ、羽なんざつけてコスプレでブサカワ狙ってんのかコラ?」
「ヒョロヒョロしやがって、無駄にハナの長いやっちゃな、短縮すんぞコラ?」
ヘルは狼の着ぐるみ、ブレイロックはブルドッグの姿をしたドラゴニュートだ。
ケンカはとは開始前からのガンつけで決まるものだ、彼らはどちらも引かなかった。
どちらも言葉にはしなかったが、目だけでナシつけることに成功した。
その下でそれぞれの飼い主達が、ああすいませんうちの子が(頭ぺこぺこ)、なんていう会話をしていたのを二人は知らない。
ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)とガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)はどちらもやるからには負けないと思っているが、上でガルガルされるとなんとなく、矛先を収めてすいませんしなければ、という気持ちになるのはどうしてだろうか。
ヘルは白組、ブレイロックは赤組、れっきとした敵なのだ、いくら彼らが動物のなりだからと言って、このにらみ合いはただの縄張り争いではないのだった。
その中で、凧を未だ揚げていないものがいた。
「薔薇学の、強く! 美しい俺様を! アーデルハイト様に見せつけてやる…スキル【巨熊召還】!」
変熊 仮面(へんくま・かめん)が力強く自信に満ちてポーズをとりだした。一瞬そんなスキルが実装されたのかと思われたが、そんなものはあたりまえにない。
今現在が冬で、ビーストマスターに転職して、相方が熊だからといって、できることと出来ないことがございます。
しかしその後携帯を取り出し相方のご機嫌をとる姿は、まあなんというかせつないものがある。
「え? あ、そう冬眠? そうだよね寒いもんね、ごめんね大したことじゃないから…」
そっと、どこかに携帯をしまう変熊。
すいませんMSにはどこに仕舞ったのかがわかりません…。え、マントの裏? 変熊さんですよ、そんな当たり前の場所なわけないじゃないですか!
「さあ! 俺様と凧合戦で勝負だ!」
高笑いでとりつくろうが、彼にはその肉体を取り繕う気はないようだ。あまりに堂々とした変熊という名の紳士は、股間に荒縄の正月飾りをつけめでたさをアピールしている。女性が見ているとのことで、彼的にはそれで一応畏まった格好なのだ。
彼も明智 珠輝(あけち・たまき)もフューラーの話を聞いてはいなかったようで、彼は凧に直接身体を括りつけようとしている。
お互いに手を貸して、二人とも凧に身体を括りつけてしまった。ヒトデが立って歩くならこういうふうに動くだろう、という怪しい動きで、二人はリア・ヴェリー(りあ・べりー)に迫る。珠輝も大差ない格好だ、忍者頭巾に赤褌、『忍』などと書かれているが、まったく忍んでなどいない。凧に『桃尻万歳』と落書きしご満悦である。
リアは力なく変熊の手綱を引いた。二人にタッグを組まれて腰が引けきって、足掻ききれない空気なのだ。
「もうっ! 珠輝止めろ! ってコイツに言っても無駄だあっ! どうなっても知りませんからね!!!」
全力でリアは変熊の凧糸を引っぱった。勢いで彼は前に倒れたまま、リアのリミッターの外れた変な馬鹿力で引きずっていかれた。
「こっ、股間の飾りがぁぁぁっ! 痛い痛いですヘルプミー!」
「ああっリアさん、ステキなプレイですね…! イオマンテさんも来られない様ですから、次は是非私をっ!!」
といいつつ珠輝も共感するものがあるのか、股間をおさえている。
しかしとうとうそこで警備に止められて、二人はPODに引きずっていかれた。
リアはほっとして、変な笑いが抑えられなくなっていた。
「…ふ、ふふふ…もういい、どうなっても知らないぞ僕は…!」
それでも勝負は勝負なのだ、リアは今度はごく普通に凧をあげる準備を始めた。
一方、冬眠を携帯で邪魔された巨熊 イオマンテ(きょぐま・いおまんて)は怒り狂っていた。
「この冬眠で糞忙しい年末に、電話かけてきよって!!」
しかし今度は寝なおそうとしても、怒りのせいか眠気が訪れる様子がない。
更なる怒りに身を包んだイオマンテは行動を起こした、身長18mの凶暴な巨大熊がずずずずず、という重低音の効果音を背負いながら立ち上がる。
ずしん、ずしんという、一種重機的な機械音にも聞こえる足音を響かせ、イオマンテはすさまじいスピードで走り出した。その突進力からは通常の何倍ものエネルギーゲインを感じる。
「ん? これはモ○ルスーツちゅう着ぐるみやからの、うるさかったらすまんの」
多分そういうことではない、というかその自由設定はステキだけどヤバイ、動力源が是非とも知りたいところである。
遅れて上がってきた変熊の姿をみとめ、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)は大はしゃぎになった。
「わあ、あの人も赤組か! いやっほー!」
「ウィル、あまり暴れると凧が落ちるぞ」
低く渋い声で突っ込んだのはヨヤ・エレイソン(よや・えれいそん)だ、凧は触らないが、彼のストッパーとして傍にいる。
上で凧に二人も乗っている、バーチャルでの映像だから重さは関係ないが、凧に連動して揺さぶられる感覚を受けている彼らはたまったものではない。
「わー! 始まる前から無駄に揺らさないでー!」
「ミーツェさん、ちょっとゆれてるですー」
シルヴィット・ソレスター(しるう゛ぃっと・それすたー)とミーツェ・ヴァイトリング(みーつぇ・う゛ぁいとりんぐ)がそれぞれに文句を言った。
「そんなことしたら、せっかく見つけた敵の場所、おしえてあげないよー」
「何ぃ!? 虚雲か大地か大和か!? あんの野郎どもー!」
「さあねー、しかも味方かもよー」
シルヴィットがはぐらかすが、さくっとミーツェがネタばらしする。
「んー、虚雲だけだよー、白組」
「あ、ミーちゃんもうばらした、ひどいっ」
ウィルネストは敵を見つけた喜びでにやにやと笑った。ケンカを売られたのだから、こういうときこそ高く吊り上げて買いつけるべきものだ。ケンカ友達とは、かくあるべきだ。
「そうですか、操作役同士の戦闘は禁止なのですね」
「申し訳ありません、一応凧バトルですので、でも操作役は相手の凧にむかっての妨害行為などはOKですよ」
「了解いたしました、そう伝えてまいります」
フューラーに質問をしにきた小尾田 真奈(おびた・まな)は几帳面にお辞儀をして、主とその仲間の所へ駈け戻った。
『凧揚げバトルをお待ちの皆様、先ほど質問がありましたので、補足としてお知らせいたします』
ざわつく会場がひと時静まった、今かまだかと参加者は焦れる。
『この大会は、あくまで凧バトルです、他の競技も同じくですので、操作役が相手の操作役に攻撃などは認められません。しかし味方の補助として、相手の乗り手への攻撃は認められます、乗り手が相手の操作役への攻撃も認められますが、どちらも勝利の条件とはなりません。あくまで乗り手同士の決着がカウントされます。それを念頭にお置きください』
「―とのことです」
真奈がチームの元へ戻って、聞いてきた話を伝える。同じ話を今放送でも繰り返しているので皆の把握は早い。
「そうかー、それでも殺るしかないやろ」
七枷 陣(ななかせ・じん)はボキボキと指を鳴らして、やる気にはいささかのかげりもないようだ。
「何を言っているんです、我ら【黒い三連星】はあくまで凧を念頭に置いた攻撃フォーメーションを用いるチームです。パートナーと一体となってそれぞれの動きを行うわけですから、パートナーの尽力がなければフォーメーションもありえない。たいした違いはないでしょう」
島村 幸(しまむら・さち)は気にすることはない、と結論付ける。
「了解です、幸様。私は軌道計算の補助をいたします」
「とかいって先輩、かっこいい言い方だけど俺ら結局それで相手ハメ殺ししようってことでしょうが。とりあえずどいつからタコ殴りにします?」
鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)がさくりと断じた。
「ああっキョン! それ俺が言おうと思っとったのに!」
「凧だからタコ殴り…ね」
幸が陣に生あたたかい笑いを向ける。
「幸さんダジャレちゃうよ! ホント違うよマジで!」
まったくそんな気のなかった虚雲のセリフにセルフ追い討ちをかけてしまい、フォローしようとしてもますます説得力のない陣である。
「ところでさっき気づいたんですが、このヘッドセットがあれば、PODを使わなくてもある程度イメージの投影が出来るみたいです。ガートナやってみて下さい」
パートナーのガートナ・トライストル(がーとな・とらいすとる)が、少し目をつぶって考え込むと、やがてその前に中に浮かぶディスプレイが現れた。
「ガートナにイメージで指示を送れないかなと思って考えてみたんです、3Dイメージの世界だし、操作役にも渡されたこのヘッドセットは何の意味があるんだろうって思うと、どこまで出来るのかが気になって」
「どうやら、このヘッドセットのお陰で、イメージを表すことができるようですな」
「このような感じですか」
真奈がさっと同じように真似をしたが、彼女のそれはとても小さく片目に被るような、ガートナほどは目立たない作りだ。彼女がいつも戦闘中に使うデータモニターをイメージしたのだ。
「そっちのほうがええな、邪魔にならなさそうやし、敵にバレんわ」
皆そのイメージを借り、安定してイメージを出す練習をする。
「うーん、うまくいきませんね」
紅 射月(くれない・いつき)がもたつき、虚雲にせっつかれる。
「本気出せよ」
「それじゃあ、ご褒美をくれるなら、がんばりますよ」
「ああやるよ、ご褒美。俺、本当はだれも傷つけたくなかったんだ…」
「わかりました、ちゃんとやりますから、拳引っ込めてください」
「これでもっとスムーズに指示が出せます。やってみせますよ。そう、当たらなければ、どうということはないんです」
幸はニヤリと笑う、頼もしくも恐ろしい、マッドサイエンティストの笑みである。
12月30日 13:00
皆の慣らしや作戦会議などがひと段落した頃に、凧揚げ大会は始まった。
『それではお待たせ致しました、3日間行われるお正月に向けた年越しバトル! 本日の内容は凧揚げでございます!』
彼らの後ろに巨大なディスプレイが出現した。刻々と時間がせまり、カウントダウンされる。
大いに待たされた参加者達は吼え、バトルが始まった。
白組のどりーむ・ほしの(どりーむ・ほしの)はふぇいと・たかまち(ふぇいと・たかまち)に言い聞かせていた。
「いいこと、ふぇいとちゃん、あなたの魔法で周りの凧を焼いたり感電させたりして打ち落とすのよっ」
「うん、私がんばるねっ」
本日どりーむはふぇいとにミニスカートをはかせていた。
(空にあがったらかわいいのがよく見えるはず…)
「まぁ…今日はかわいいのつけてるのね…」
「勝ち残ってみせるっ! どり縲怩゙ちゃんの期待に全力全壊で答えるんだから縲怐I」
上空でがんばって気合を入れるふぇいとをうっとりと眺めていたが、しかしそこでようやくどりーむははっとした。
(今更気づいたわっ…ここにいる男どもにも、ふぇいとちゃんのかわいいのが見られちゃうっ!!!)
「だめーーーーーーーーー!」
なんということか、彼女は相方の凧を、自ら引き摺り下ろしてしまった。
がんばるねと飛び出したのに、いきなり地べたにまで引き摺り下ろされて、ふぇいとは目をぱちくりさせた。
何か彼女に大変なことがあったのだろうかと心配して、失格のためPODの接続を切られ、あわてて彼女の元へ駈け戻った。
「どり縲怩゙ちゃんどうしたの?」
「ううん、なんでもないの」
ぎゅっとどりーむはふぇいとを抱きしめた。
(負けちゃったけど…どり縲怩゙ちゃんのほうから抱きしめてくれるなんて嬉しいな)
どりーむ&ふぇいとコンビ、敗因は妄想による自爆である。むしろ開幕から一番の被害者はふぇいとと言えた。
一連のやりとりのリプレイを、フューラーはばっちり見ていた。周囲にいくつかモニターを浮かせ、それぞれ各ポイントからの映像が映っている。参加者の行動からの再構成映像と、実際あちこちに設置されたカメラとの合成映像である。
なにせ一応実況なので、勝敗を決する見るべきポイントや、誰かがこのように失格したポイントをチェックしなければならず、逐一ヒパティアから彼に送られることになっているのだ。
『…えーと、白組のどりーむ・ほしの、ふぇいと・たかまちコンビ、操作役の自爆による失格となりました!』
観客席からの笑い声やブーイングが響く中、ラズィーヤがぽつりと呟いた。
「あまりにいきなりすぎて、コメントに困りますわね…」
「あーん、操作役への直接攻撃はダメなのね、後ろから脅かすのもだめよね」
「そんな事しなくても、光学迷彩でヒット&アウェイで大丈夫だろ」
如月 玲奈(きさらぎ・れいな)は考えていた作戦をルールでダメにされてぼやいていた。凧役のジャック・フォース(じゃっく・ふぉーす)はそれを大したことはないと切り捨てて獲物を定めにかかる。
それよりせっかくの振袖なんだから、気をつけとけよとジャックは注意した。彼女は赤の綺麗な振袖を着ている。
赤組だからということはないだろうが、よく似合っているから下手にバトルなんかで汚すのはいやだなと思うのだ。
彼の凧の形は、シャレのつもりか蛸である。どうせなら蛸だぜ蛸! と思っていたらこのような形になった。無意識にイメージを使いこなしているのだった。うねうねと足を意のままに動かして、これで獲物を捕まえるのだ。
如月 葵(きさらぎ・あおい)は玲奈と色違いのおそろいの青い振袖でレーヴェ・アストレイ(れーう゛ぇ・あすとれい)の凧を操っていた。
ジャックの凧が蛸なので、葵はレーヴェの凧を烏賊にしてしまった。それはそれで手足が増えて、レーヴェは術の使い分けができると気にもかけない。少しは気にかけたほうがいい、二人そろってうねうねするのは、実はけっこう目立つのだ。
「そろそろ動かないと、じっとしていると狙われるぞ、レナ、光学迷彩だ。結局作戦は変わらん、Jが敵を捕まえたら私が攻撃する、ちゃんと避けろよ」
「はーい」
玲奈がいい子の返事をして、葵のとなりで姿を消した。
それを見てレーヴェはなんというか、保護者が板についてきたのか、綺麗な振袖の片割れが隠れてしまって、なんとなく残念な気持ちを味わっている。
しっぽがゆれている。ときおりぶわっと膨らんでは足の間に巻き込んでびくびくしている。
耳もゆれている。前に向かってぴんと立てたり、後ろにぴったりとくっついている。
「お、おねーちゃん! こわいよー!」
ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)に無理矢理連れてこられたフィリア・バーミーズ(ふぃりあ・ばーみーず)は、おっかなびっくりファタの凧を操作して、猫の習性そのままに、ちょっと哀れでかわいいしぐさを振りまいていた。
「フィリア、おぬしがシャンとせなんだら、わしが落っこちてしまうんじゃぞ? 赤組に黒星がついてしまうぞ」
「みーっ!」
泣きべそもかわいいのう、とにやにやするファタは、実は別に黒星ついたってかまわない。のんびり空で凧になる体験も悪くはないと思っている。
「どこかに可愛い子はいないかのう、スカートをはいておると最高なんじゃ…が…」
そこに、変熊の凧がせまってきた、足元では目をつぶったリアと、凧に投影されたはいいものの、操作役がいないため地べたで騒いでいる珠輝である。そもそも未だ揚がっていないので、地面についていても失格とは見なされていない。
どういう姿勢か、凧が本体なくせにちゃんと直立している。
「こーんにーちわー! お茶の間のダークヒーロー変熊でーす!」
視界に変熊の変なところがクローズアップされていく。
ファタも乙女である。思いっきり嫌悪感をあらわに拒絶した。
「わしは人の嫌がることをするのは大好きだが、人からされるのは我慢がならんのじゃ!」
加減の一切ない火術を放って距離をあけ、斟酌の一切ない奈落の鉄鎖を喰らわせる。
「ぎゃーっ!」
足元ではフィリアがフシャーっ! と操作役のリアではなく、見るからにあやしい珠輝の方に飛び掛った。
フィリアはがんばった。超感覚はひげのかわりにほっぺたをむずむずさせて、コイツがあぶないと告げていた。
おなかの底から勇気を出して、涙目で爪を出し、とりあえず顔っぽいところを思いっきりひっかいた。
猫の習性全開でバトルにすらなっていないが、珠輝も油断していてなされるがままである。
一応操作役から乗り手への攻撃は認められている、しかし彼はまだ飛んでいないので、地べたに倒されても勝敗はカウントされない完全な無効試合だが、バーチャルとはいえダメージとして珠輝には与えられていてただのやられ損である。
「た、凧が落ちます! リアさん走ってください!」
上が見られないのでまともな操作ができないリアには事態が把握しきれていない。とりあえず、黒星にはしないよう変熊を落とさないよう、珠輝も引っつかんでそこから逃げるしかできなかった。
『えー、お嬢さんの華麗な反撃と、にゃんこさんの渾身の一撃が決まりました…が…』
フューラーは、一応言葉を濁した。
ファタさんフィリアさん、そちら信じたくないでしょうが、一応味方なんです、と。
「ちょっと! あたし凧揚げ初めてなのよ! いくらなんでも暴れないでーっ!」
「ミレーヌ、大丈夫だぞ! 俺は空中戦は得意だからな!」
ミレーヌ・ハーバート(みれーぬ・はーばーと)は、フリーダムフリーダムと呟くアルフレッド・テイラー(あるふれっど・ていらー)に手を焼いていた。ヴァルキリーなので空中戦は得意と豪語するが、ミレーヌには凧揚げの経験がない。
思い切ってやってみればなんとかなる! と思っていても、こうも縦横無尽に飛び回られては、安堵よりも不安がまさる、もし糸がからんだりしたら、彼女にはもうどうすることもできないのだ。
このようにフリーダムを標榜していても、彼はそれなりに勝つ気でいる。負ければアーサー・カーディフ(あーさー・かーでぃふ)のトンデモ料理が待ち構えているからだ。
記憶に新しい…どころかお約束のいつものやり取りなので、勝敗がどちらにせよアルフレッドには大した罰ゲームにもなっていないが、約束は約束だ。
横から思いきりミレーヌの持つ糸をひっぱられて、アルはぐえっとなった。
「何するんだアーサー、危ないんだぞ」
「バカ! ミレーヌが振り回されてるだろ、真面目にやれ!」
ミレーヌはくすくす笑った。このは二人兄弟みたいに仲が良いのだ、ほんとうに。
「じゃあ、いくわよ二人ともっ!」
「飛空挺とは違うわね、大凧で予習していてよかったけど、ここまで自在には動かないわ」
リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は呟いた。この凧の操作には風よりも、意思が作用するのだ。
キュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)は彼女の喜びに同意して笑った。彼女が生き生きしていると、彼もうれしい。
「キュー兄がんばれー! キュー兄の邪魔をするお友達は、オラのカミナリだぞ縲怐v
童子 華花(どうじ・はな)が精一杯応援をしている、真横で魔術を構えたアグレッシブな応援である。
彼女らは危惧していたが、これは別段ルール違反ではない。どちらに何人いようが、操作役と乗り手が揃っていればいい。それを知った華花は、全力で応援と言う名の加勢をすることに決めたのだ。危ないから、と凧に乗ることを止められた彼女は、なんとしてもリカインとキューと一緒に参加したかった。
せっかくそのためにおとなしくさせようと、振袖を着せられて飾られているのに、台無しである。
「我は奈落の鉄鎖で相手の凧を狙おうと思う、もし膠着状態になったら…リカ、頼んだぞ。もちろん華花もだ」
「がってんだ!」
「敵がくるわよ!」
アルフレッドとリカインが向き合い、リカインの氷術が炸裂した。アルは空中戦は得意だと言うだけあって全て避けていき、ヘッドオンにアプローチ、すれ違いざまにひらりと爆炎波をぶつけて相手の体制を崩した。
「やったぞ!」
「なんの!」
一瞬気を抜いた所に、アルはキューの奈落の鉄鎖を喰らった。ぐっと高度を下げてしまい、自在に動き回っていた彼の動きが明らかに鈍る。
「うわぁぁぁっ!」
「くそう、タイマンやってんだぞ、卑怯な(ピー)野郎め!」
脇からの卑怯な攻撃にアーサーは思わず、いわゆる四文字言葉という奴を使ってしまう。
「だめよアサ兄! ルール違反じゃないんだから!」
「くそっ」
アーサーはとりあえずヒールを飛ばす、ないよりはマシだろう。
「キュー兄とリカ姉のお手伝いをするんだ、吼える黄よっ!」
華花の雷術が飛び、リカインの氷術が今度こそ決まって、とうとうアルフレッドは墜落した。
「まあなんつっても負けは負けだな。さあ、俺の料理食ってもらうぜ、味音痴のくせに俺の料理がまずいたぁフザけた口だよなぁ?」
「そうねえ、あれだけの大口も叩いてたんだもんねえ、大した口よねえ」
「…二人とも、追い討ちは勘弁してほしいんだぞ…」
しかし勝っても負けても、アルフレッドの選択肢には結局『食べない』という選択肢はないあたり、何だかんだで兄思いの彼である。
『白組のアルフレッド・テイラー、ミレーヌ・ハーバートコンビ、敵の見事なコンビネーションにより墜落、失格となりました! おまけに味方の見事なコンビネーションにもいじめられております!』
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
Next Last