シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−2/3

リアクション公開中!

【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−2/3
【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−2/3 【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−2/3

リアクション


第1章 眠る翼



 ――戦艦島。
 かつて鏖殺寺院のアジトだった太古の遺跡。長らく眠りに就いていたこの島は、フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)キャプテン・ヨサーク(きゃぷてん・よさーく)による探検によって、再び時代の表舞台に現れた。
 それからひと月、再び永い眠りに就くかと思えば、時代はまだこの島を休ませてはくれないようである。
 今再びこの島に降り立ったフリューネと仲間たちは、【ユーフォリア・ロスヴァイセ】のかすかな記憶を頼りに、島の地下へと向かっている。ヨサーク大空賊団との戦に決着をつけるため、奪われた五獣の女王器【白虎牙(びゃっこが)】を取り戻すために。この島にはそのための力が眠っている。
 長い階段を降りると、不意に辺りが光に包まれた。
「……どうやら到着したようですね、ユーフォリア様」
「ええ、ここが目的地……、大型飛空艇の船渠(ドック)です」
 フリューネとユーフォリアは、広大な空間を見回し、息を飲んだ。
 そこには天井から下がる太い鎖に繋がれ、十数隻の大型飛空艇が並んでいた。舳先が指す方向は、離発着を行うための出入口になっていて、一面壁が取り払われている。しかも、ここは島の西部外壁に位置する場所のようで、出入口の向こう側には一面雲の海が広がっている。雲海に埋もれているため、外部からこのドックは見えない。
「それにしても、こんな場所があるなんて、よくご存知でしたね」
「ここは幾度も、戦場になっていましたから……」
 そう言いながら、ユーフォリアは複雑な表情で船を見つめた。
「わたくしがアムリアナ陛下の影武者の任に就く前は、この島での戦いにも参加していました。ですが、奇妙な巡り合わせですね。かつての仇敵のアジトに懐かしさを感じるなんて、なんだかおかしな気分です……」
「ユーフォリア様……」
 フリューネの気遣うような視線に気付き、ユーフォリアは明るく笑ってみせた。
「そんな顔しないで下さい、フリューネさん。まずは使える船を探しましょう。全てはそこから始まります」


「……なんだかほこりっぽいところなのだよ」
 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)は、ある船の動力部を調査している最中だった。
 各船の動力部を手分けして調べているのだが、吉報は今のところ聞こえてこない。5000年の歳月は無情である。動力に使用されている機晶エンジンは錆び付き朽ち果てていた。この船もダメなら、八方ふさがりと言う状況だ。
 しげしげとエンジンを眺めていると、同じアーティフィサーの朝野 未沙(あさの・みさ)が声をかけた。
「どう、リリさん? エンジンは動きそう?」
「錆び付いてはいるけど、これまでのものと比べると破損が少ないのだよ」
 この船のエンジンは巨大な球状だ。球から伸びた無数の配管が、部屋の床や天井に繋がっている。
 リリが合図を送ると、エンジンの前に、パートナーのララ サーズデイ(らら・さーずでい)が立った。
 両腕にマジッチェパンツァーを装着して構えている。マジッチェパンツァーは機晶エネルギーを魔力に変換できる、ならばその逆も可能なのではと考えたようだ。機晶エネルギーを流し込み、エンジンの起動を促す計画である。
「準備はいいぞ、リリ。始めてくれ」
 ララの背後に立ち、リリがその手に雷術で稲妻を収束し始めると、未沙は慌てて止めに入った。
「ちょ……、ちょっと何してるの!」
「何をするのだ。これからエンジンに点火するのだよ」
「だ……、だめ! 絶対、だめだよ!」
 リリの試みは理論上可能だった。しかし、それはララに電撃を叩き込むに等しい行為だ。エンジンが動き出す前に、ララの機能が停止することになるだろう。機晶姫の心臓とも言うべき機晶石にどんな影響を及ぼすかもわからない。
「……と彼女は主張しているが、リリ。これ、ものすごく危険な事なんじゃないか?」
 目を細めるララだったが、リリは微塵も表情を変えなかった。
「やれやれ、弘法も筆を誤るとはよく言ったものだよ」
 謝罪と賠償を要求される前に、そそくさとエンジンのカバーを外し、リリは配線をいじくり始めた。
 ララは小さくため息を吐き、その背中を見つめる。もしかしたら、よくある事なのかもしれない。
 しばらくすると、エンジンは唸りを上げ始め、船内の照明が一斉に灯った。この船の動力は生きている。ところが、灯ったと思った照明が明滅を始めた。動くと言えば動くが、どうにも不安定なようだ。
「……ふむ。しばらく調整が必要なのだ。動力部はリリが担当するのだよ」


 ◇◇◇


「……と言うわけで、動力部はリリに任せて、あたし達はその他部分の修復に取りかかるよ」
 そう言って、茅野 菫(ちの・すみれ)は大まかに描いた船の図面を広げた。
 修復作業に参加した生徒たちは船の甲板上に集まって、修復計画を練っている最中だ。艦長を目指す菫は、実績を作って認められようと計画会議を仕切っている。修復作業が効率よく行えるよういろいろ考えて来たのだが、ただひとつ誤算があった。それは参謀タイプの人間が、他にも何人かこの場にいたと言う事だった。
「まずは修復が必要な箇所の洗い出しですね」
 御凪 真人(みなぎ・まこと)はそう言って、見取り図に破損箇所を書き込み始めた。
「先ほど朝野さんにも手伝ってもらって、船の状況を確認して来たんです」
「……随分と手際が良いじゃない」
 艦長の座を脅かしそうな真人に、菫は自然と眉を寄せていた。
「え……、ええ」彼女の態度に困惑しつつも、真人は話を続けた。「内部で破損が激しいのは船底の船室付近ですね。また装甲部分も含めて、金属部分はほとんど全滅です。それから、各所に武装らしき砲台を発見しましたが、こちらも使い物にはならないでしょうね。新品の兵器が用意してあれば交換してください……、あとは……」
 一通り破損箇所が判明すると、今度は担当箇所の確認と振り分けだ。
「とりあえず、誰が何をするのか把握しておかないとダメよね」
 菫はタイムスケジュール表を取り出し、そこに作業内容と作業時間を書いていくように促した。作業開始後は、進捗状況の確認をパートナーにさせる予定だ。このスケジュールと照らし合わせれば、作業の進み具合を確認する事ができる。
「……ところで、船内を回ってる時に航海日誌とか見つけなかった?」
 唐突に、菫は真人に尋ねた。
「俺も何か見つかるかと思ったのですが、めぼしいものは何もありませんでしたね。どうもこの船はあまり使用されていないのではないかと思えます。船倉にも積み荷の類いがあった痕跡はありませんでしたし……」
「新造艦なのかもしれないわね。造船はされたけど、使われる前にこのアジトごと放棄されたとか……。でも、残念ね。航海日誌があれば、戦艦の概要と運用方法、それに航海方法も、ある程度掴む事ができると思ったんだけど」
 そうそう都合良くはいかない。よしんば見つけたとしても、考古学の特技がなければ読めないと思う。
「それより計画のほうを進めましょ〜よ〜」
 間延びした調子で声をかけたのは、桐生 ひな(きりゅう・ひな)だ。
「あ、そうそう。ふと思いついたんですけどぉ、こうすると見やすくないですか?」
 ひなは鼻歌まじりにペンを走らせた。図面に書き込んだのは、改造箇所の詳細である。船の全体像を掴みやすくし、設計する際に全体のバランスを取れるよう考慮したものだ。それによって、図面は設計図に近いものになった。
 大まかに描き上がると、一同はそれをまじまじと見つめ、黙り込んだ。
「……なんでしょう、何か違和感を感じるのですが」
「……奇遇ね、あたしもなんだかムズムズするわ。どこか気持ち悪いわね、この船」
 真人と菫は、なにやらモヤモヤしたものを抱え、顔を見合わせた。
「私もどっかに大変な見落としがあるような気がして不安になってきました」
 ひなも首を傾げる。嫌な予感がするが、何かはよくわからない。
「……でも、時間がありません。作業を始めたほうが良いと思うのですぅ。もしかしたら、作業をしている内に、問題点に気が付くかもですし。あ、それより、休憩シフトと戦闘態勢への切替の取り決めとかもルール化しましょーよー」


 ◇◇◇


 修復作業のため生徒たちは各場所に散ると、甲板にはフリューネがひとり残された。
 なかなかひとりになる事がなかったので、それについて考える事が出来なかったが、その機会を得て、彼女の中には深い喪失感と激しい焦燥感が去来していた。ロスヴァイセ邸陥落の事実は、彼女の心に遺恨を残していたのだ。
 あの悲劇は彼女だけでどうにかできる問題ではないのだが、それでも彼女は悔やんでいた。
「……こんな事になったのも私の力不足。もっと私に力があれば」
 溢れる憤りをこらえきれず、ガンッと壁を殴りつけた。
 すると、それに呼応するかのように、ガンッとどこかで音が鳴った。さらには声まで聞こえてきた。
「くーっ! やってしまった!」
 不審に思い覗いてみると、カルナス・レインフォード(かるなす・れいんふぉーど)の姿があった。
「なかなか良い装備だったから拝借していたんだが、フリューネの心情を考えれば外しておくべきだったな……」
 壁に手をついて苦渋に満ちた表情を浮かべる。そして、ガンガンと頭を壁にぶつけ始めた。
 彼は前回フリューネの前で見せてしまった失態を悔いている最中なのだ。壁にしたら良い迷惑であるが。
「迂闊! 男として最大の失敗だぜ!」
「あ、あの……、何してんの、カルナス?」
 かなり声をかけづらい空気だったが、なまじ彼女は勇敢なので声をかける事ができた。
「ふ、フリューネ……!? いやその……、気にしないでくれ。大した事じゃない」
 男に言い訳は無用。今さら弁解しても見苦しいだけだ、とカルナスは真実を明かさなかった。
 話題を変えるように、もはやカルナスの固定装備と化しつつある魔法瓶を取り出した。中に何が入ってるかは、賢明なる読者諸兄ならおわかりだろう。二人は甲板の隅っこで、静かにコーヒータイムを取り始めた。
「……大丈夫か、フリューネ。少し疲れて見える、ここ数日はいろいろあって大変だったんだろう?」
「心配してくれてありがとう」フリューネは力なく微笑んだ。
「屋敷が大変なことになったらしいな。そんなことがあったんじゃ、落ち込むのもわかるが……」
「屋敷を壊されたのは、まあ、育った家だし……、悲しいけど。でも、それより悔しい気持ちの方が大きい。私が守りきれなかったばっかりに、ロスヴァイセの誇りに傷がついてしまった。私がもっとしっかりしていれば……」
 黙り込むフリューネを横目に見つつ、カルナスは静かに自分の考えを語った。
「……名誉より大切なものもあると思う」
「え?」
「名誉を重んじるのはいいさ。でも、それより大切なことはある。なんだかんだで、オレたちとも長い付き合いだ。もう気付いてるんじゃないか、名誉には代えられない大切のものがあるって事に……」
「名誉よりも大切なもの……」
 フリューネは俯き、その言葉の意味を探るように、自答した。
「ちょっと、出過ぎた事を言ったかな……。あ、ちなみに、俺にとって大事なのはフリューネだからな!」