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リアクション
福神社の小さな神様
並び立つ大鳥居を背景に、獅子狛犬が参拝客を迎える空京神社。
立派な神社のその一角に、摂末社の福神社が慎ましやかに建っている。以前は貧乏神の瘴気がたちこめていたのが嘘のような清浄な空気に包まれて……はいるものの、社の主である布紅の顔は今にも雨が降り出しそうな曇り空。
目前に迫った花換まつり。けれど、その為に使う桜の小枝はまだばらばらの材料の状態のまま。
布紅が苦心して作った小枝は、糊のつけすぎで団子に丸まった花びらが今にも取れそうに垂れ下がっているしろもので、とてもじゃないけれど交換に耐えられそうに無い。
このままでは祭りの開催も覚束ないと落ち込んでいる布紅に、
「そんなに心配されなくても大丈夫ですわ。蒼空学園に張り紙もして参りましたし、ここを訪れてくれるお友だちもいらっしゃるでしょうから」
きっとそろそろ、と白鞘 琴子(しらさや・ことこ)が言いかけた時、鈴木 周(すずき・しゅう)が社に飛び込むように入ってきた。
「さーて、張り紙を見て手伝いに来たぜ……っと、かわいい子発見っ! なぁなぁ、神社の子?」
初詣の時にあつらえてもらった平安風の衣装を身につけているけれど、それでも威厳も何も感じられない布紅はぱっと見、神様には見えない。周に親しげに聞かれ、布紅はあたふたと答えた。
「わ、私ですか……えっと、神社の神、です」
「へ、神?」
目を見張った周に、琴子は袖を口元に当てて笑った。
「布紅さまは福の神ですのよ」
「へー、布紅ちゃんっつーのか。俺は鈴木周、よろしくな!」
周が挨拶している間にも、また社には手伝いの学生がやってくる。
「布紅さんが困ってると聞いて手伝いに来ました。この間のお詫びのしるしです」
イブ・チェンバース(いぶ・ちぇんばーす)を伴ってやってきた楠見 陽太郎(くすみ・ようたろう)はそう言ったが、布紅はぴんと来ないらしく。
「お詫び?」
「鏡餅の事件の時、あたしの火術の誤射で、社に火が点いちゃったって聞いたもんだから」
「ああ! もしかして屋根が焦げてたのは、それだったんですね。大丈夫ですー、ちょっとだけだったので雨漏りもしてませんし」
イブの説明に、布紅は気にしないで下さいと首を振り、天井を見上げた。外からは焦げた部分が見えるけれど、社の中は何ともなっていない。社の見栄えが多少悪くなっただけで実害はないようだ。
「でもずっと謝りたかったので。今日は手伝わせて下さい」
「ありがとうございます」
どう見ても神様らしくない仕草で、布紅はぺこりと陽太郎に頭を下げた。
次にやってきた相沢 美魅(あいざわ・みみ)は、社の入り口からそっと中を覗いて、声を掛けた。蒼空学園に貼りだしてあった張り紙を見て、自分でも助けになるのならとやって来たのだ。
「何か私にもお手伝いできることはありますか?」
「はいはい、あります、それはもう、何本も〜」
どうぞどうぞと布紅は自ら美魅を招き入れる。
と、入り口近くにいる布紅の姿を見つけ、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が走り寄ってきた。
「また何かあったのかな? 布紅さんだいじょうぶ?」
お参りに来たら何か騒がしい。貧乏社になったり、カビ鏡餅が動き出したりと事件の絶えない福神社だから、と心配して来た歩は布紅から状況を聞くと、一緒に参拝に来ている桐生 円(きりゅう・まどか)を振り返った。
「円ちゃんは初めましてかな。この神社の福の神の布紅さん。仲良くしてあげてね。なんか大変そうだから、あたし布紅さんを手伝っていくよ。円ちゃんもいいかな?」
「ああ、別に構わない。小枝を作るくらいなら、まぁ楽しそうだし」
堅苦しい手伝いは御免だけれど、枝を作るくらいならと言う円に、布紅は情けない顔を向ける。
「楽しいというより、難しいかも知れないです……。こーんなちっちゃな花びらを、指でつままないといけないんです〜」
示してみせる布紅の指の間は2、3センチ。つまむのに苦労するほどの大きさではなさそうだけれど、布紅にとっては小さく感じられるのだろう。
どうぞ中へと招く間にも、手伝いの学生たちが次々にやってくる。
「布紅さんはじめまして。こんな粋な行事があるのですね……! ぜひとも私もこの愛溢れる行事の裏方として参加させていただきたいです。皆様の愛を運ぶキューピッドになれれば、なんと素晴らしいことでしょう!」
明智 珠輝(あけち・たまき)が布紅に挨拶するのを聞き、リア・ヴェリー(りあ・べりー)は苦笑する。
「珠輝がキューピッド……愛というより欲望を運びそうでならないんだが」
「ええ、ええ。色々なテクニックには定評のある私です、舌でサクランボのへたを結べる私です、愛も欲望も何もかも運ぶ魅惑の花を作り上げてみせましょう……!」
「まあ、とても器用な方なんですね」
布紅は単純に感心しているけれど、それは器用とはまた別の話だと、リアはこっそり呟いた。
「布紅さん、お久しぶりですねぇ……」
社を訪れた神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は、床に置かれた段ボール箱に目をやって微笑した。
「これはまた沢山材料が届いたんですね……みんなで手伝いますから、頑張って作りましょう」
「はい。よろしくお願いします」
頭を下げる布紅に、ところでさ、と周が聞いた。
「これ何に使うんだ? ってか、そもそも俺は何を手伝いに来たんだ?」
何かを募集している処までしか読んで来なかった、と周が言えば、林田 樹(はやしだ・いつき)も花換まつりとは何だと尋ねる。
「張り紙には詳しい説明は書いてありませんでしたものね」
琴子は布紅の作ったもげかけの桜の小枝を手にとると、花かえましょう、と祭りの呼びかけを口にした。
「空京神社の花換まつりは、この桜の小枝を多くの人と交換すればするほど福が宿る、あるいはただ1人の人と交換してその想いを確かめる、というお祭りなのですわ。福の神ということで布紅さまがこのお祭りを担当することになったのですけれど、何の手違いか、完成品の小枝ではなくて材料が届いてしまいましたの」
と琴子は目で段ボールを示した。
「それなんだけど、気になってちょっと調べてみたんだ」
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は空京神社の花換まつりの元になったと思われる、日本で行われている花換神事のレポートを取り出した。
詳しくまとめられているそれを、希望者に回しながらエースは琴子の持つ小枝を示した。
「その小枝って、参拝者が次々に花換えしたあと、自宅に持ち帰って奉ったり想いの相手にプレゼントしたりする、というかなり重要アイテムじゃん」
花換まつりでは、桜の小枝に願いや想いをこめて人の手から手へと交換する。それによって幸せや想いを分かち合い補い合って福を願う神事だから、この小枝は重要だ。
「神事の為のものなんだから、発送する前にこれでもかっていうくらい確認してくれないと困るよね完成品と作るための材料じゃもの凄い違いだよ」
サトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)の言葉に、本当に、と琴子も肯き、そしてまた視線を手元の枝に戻す。
「届けられた材料で布紅さまが小枝を作ろうとされたのですけれど、なかなか捗らずに困っていらしたので……お手伝いして下さる方を募らせて頂きましたの」
「もう私、どうしたらいいのかと思って、途方に暮れてたんです〜」
「大量の材料を前に1人では、布紅さんもさぞや心細かったでしょうね。
菅野 葉月(すがの・はづき)の言葉に布紅は、はい、と瞳をうるませる。
花換まつりの担当を福神社で任されて、はりきったのもつかの間。手違いで送られてきた材料を前に呆然とする羽目に。何とか気を取り直して自分で小枝を作ろうとすれば、時間がかかる上に見本とは似ても似つかぬものになり。
焦りや情けなさに打ちのめされていたという布紅に、御凪 真人(みなぎ・まこと)は言う。
「悲観しなくても、これはこれで皆さんで楽しく作業することが出来るのですから。物事なんて、見方を変えれば悪い事も良い事に見えてくるんですよ」
「良いことに……?」
「ええ。布紅さまはもう少しポジティブに物事を考えた方が良いかも知れませんね」
「そ……その通りですね。私福の神なんですから、もっと明るい方向に考えないと」
布紅はこくんと肯くと、ぐっと拳を握りしめて自分に力を入れた。そんな布紅を眺めていたアルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)は、
「うーん、話に聞いた通り、けなげで可愛いわね」
と琴子を振り返り。
「ねぇ琴ちゃん先生、ちゃんとお世話するから、この子連れて帰っちゃダメかしら?」
「連れて……って布紅さまを? い、いけませんっ!」
連れ去られてしまうのを心配してか、琴子は布紅を腕の中にしっかりと抱えた。
「布紅さまはこの神社の神様。お持ち帰り用のお土産ではありませんの」
「やっぱりダメ? うーん、こんなに可愛いのにもったいない。でも今日は小枝作りに来たんだし、仕方ないかぁ」
「そうそう、早く小枝作りに取りかかろうよ。みんなで楽しみながら作ればすぐだから、ね♪」
お喋りは小枝を作りながらでも出来るから、とミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は皆に呼びかけた。今一番困っていることは小枝が完成品でないことなのだから、まずはそれを片づけてしまいたい。
「では、お手伝いに来て下さった方はどうぞ中へ……詰めて下さいましね」
予想以上に多く集まった手伝い志願者を、琴子は社殿の中へといざなった。
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