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【十二の星の華】双拳の誓い(第4回/全6回) 虜囚

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【十二の星の華】双拳の誓い(第4回/全6回) 虜囚
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「まったく、霧で濠自体が見えねえじゃないか。これじゃあ、濠だか落とし穴だか分かりゃしねえな。はっ、まさか、それを狙って霧自体が罠になっているんじゃねえだろうな」
 橋はどこかと探す雪国ベアが、ポンと手を打つ。
「それはないでしょう」
 すかさず、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)が突っ込んだ。
「そうだの。いつでも霧があるとは限らぬのだから、濠は濠のはずであろう。もっとも、城の濠にはそこに槍を立てておいて、迂闊に飛び込んだ物を串刺しにするという仕掛けがよくあるものではあるがな」
 悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が、軽く説明を入れた。
「やっぱり、落とし穴みたいなものじゃねえか。だとしたら、さっきの二人、危ないんじゃねえのか。いかにも足をすべらせて落っこちそうだぜ」
 俺様の言うことは正しいとばかりに、雪国ベアが言った。
「わあ、みんな来て来て!!」
 雪国ベアの不安を裏づけるように、佐倉留美が叫んだ。
「まさか、さっそく落ちたのかのう!?」
 ウォーデン・オーディルーロキたちが、あわてて声の方へとむかう。
 他にも、何人かが、あわてて駆けつけてきた。
「見て、なんか変な花がびっしり咲いていますわ」
 佐倉留美が、霧の中に垣間見える濠の水面を指さした。
「よく見えないのだが……」
 マコト・闇音(まこと・やみね)が、目を凝らしながら言った。
「これで、少しは見えないかのう」
 ズィーベン・ズューデンが、空飛ぶ箒を振り回して、霧を払いながら言った。
「何か見えてきた……。これって、黒蓮の花じゃない!」
 顕わになった水面を見て、『空中庭園』 ソラ(くうちゅうていえん・そら)が驚きの声をあげた。他の者たちも目を丸くする。
 黒い蓮の花が、水面をびっしりと被っていたのだ。もし、見えている範囲だけではなく、濠のすべてを黒蓮の花が覆っているとしたら、その数は尋常ではない。
「珍しいな、アーテル・ネルンボの生花がこんなに咲いているとは」
 長い首をのばしてのぞき込んだジャワまでもが驚きを隠せないでいる。
「むっ、さすがに近づくと、今まで気づかなかった甘い花の香りが鼻につくのう。まるで、霧に花の香りが混じっているようじゃ。身体に、障りがなければよいが」
 着物の袖で鼻を隠しながら、悠久ノカナタが言った。
「燃やさなければ、幻覚作用はないと思うけれど、こんなにたくさん咲いてちゃ、それも分かんないわね」
「さすがに、黒蓮の花が霧を作りだしているのでなければ……。いや、ないとは言えぬか。いっそ、すべて焼き払うべきか……」
「そんなことしたら、城の伯爵にばれちゃうよね。放火犯にされるのはやだよー」
 面倒は嫌だとばかりに、葛葉 明(くずのは・めい)が言った。
「それ以前に、燃やしたらみんな幻覚症状になって大変なことになるわよ」
 ばれる以前の問題だと、『空中庭園』ソラが言った。
「甘い花の香りか。友人がら聞いたところでは、アルディミアクは甘い花の香りの香水をつけていたとも、同じ香りの香を部屋で焚いていたらしいが」
 クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が、慎重に花の香りを確かめながら言った。
「甘い香りなら、きっとお菓子を食べていたんで……」
「マナさん、それは違うと思いますから」
 話がややこしくなると、クロセル・ラインツァートがマナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)を黙らせた。
「確かに、キマクの地下アジトで、これと同じ香りを微かに嗅いだような気もするわね。あまり気にもとめなかったけど、言われて初めて気づくという証拠よね」
 九弓・フゥ・リュィソーがうなずいた。
 年頃の娘であるアルディミアク・ミトゥナ(あるでぃみあく・みとぅな)が香水をつけていても誰も不思議には思わないが、その香りがこの黒蓮と同じであると仮定したら、導き出される結論が一つだけある。
「ええと、アルちゃんは、いつも幻を見ていたということ?」
 そんなことがあるのだろうかと、ソア・ウェンボリスが首をかしげた。
「そこまでの必要はなかろう。見たと思い込ませることができれば、充分であるからな。暗示にかけてしまえばいいことだ」
 花の香りに酔ったのか、両肩から動かないカラスたちをなぜてやりながら、ウォーデン・オーディルーロキが言った。
「でも、暗示って、ずっと有効なものなんでしょうか」
 自己暗示なら有効であろうがと、クロセル・ラインツァートが自分に照らし合わせて思った。それだって、心の片隅に素の自分というものは残っているものだ。
「そういえば、アンクレットがどうとか言ってたよね」
 葛葉明が、思い出したように言った。
「チャイさんの言葉を借りれば、おそらく封印のアイテムらしいんだけど」
 九弓・フゥ・リュィソーが、ちゃんと説明をした。
「アルディミアクは何度も記憶が不安定になったことがあるようだな。確証はないが、黒蓮と、そのアンクレットを使って記憶を封印して別の記憶にすり替えているのではないのか?」
 悠久ノカナタがまとめてみる。
「つまり、怪しい物は全部取りあげて、変な香水からも隔離してやりゃあ、正気に返るっていうわけなんだろ」
 面倒な言い方しないで、簡略化しろと言わんばかりに雪国ベアが言った。
「天の裁きなんて待てませーん。引っぺがすのであれば、私にお任せくださーい」(V)
 名乗りをあげるクロセル・ラインツァートに、誰もそんなことは聞いていないと総ツッコミが入った。
「いっそ、気付け薬みたいなのがあればいいのであるが……」
「ふむ、ないこともない」
 マコト・闇音のつぶやきに、ジャワ・ディンブラが答えた。皆が、一斉に彼女を振り返る。
「アーテル・ネルンボが、眠りに誘う花と言われているのの対極に、アルブス・ニンファーという、目覚めの花と呼ばれる物がある」
輝睡蓮のことでしょうか。湿地に咲く白い花だと聞きますが」
 ジャワ・ディンブラの言葉を、『空中庭園』ソラが分かりやすく言いなおした。
「その群生地が葦原島であったかな。その未踏の奥地に咲いているという話を、昔聞いたことがある。さすがに確かめに行ったことはないが、一度確かめる必要はありそうだな。もっとも、今はそのときではないが」
「いずれにしろ、いったんこの花たちは処分する方がよさそうじゃのう。頃合いを計って、凍らせて砕いてしまうのがよかろう」
 すぐにでもそうしたげに、悠久ノカナタが言った。だが、焦って異変に気づかれては、先に中に入っていった者たちに危険がおよぶだろう。
「どのみち、ゴチメイを俺様が助け出せば、嫌でも騒ぎが起きるさ。それに合わせて、外からもかき回してくれよな。さあ、行こうぜ、御主人」
 この場に残る者たちに黒蓮の処理を任せると、雪国ベアとソア・ウェンボリスは空飛ぶ箒に乗って出発していった。
「それにしても遅いですね……。しかたない、現地で合流するとしますか」
 本来はここでルイ・フリード(るい・ふりーど)と待ち合わせしてから出発するつもりであったクロセル・ラインツァートが、潜入組としては最後になってしまう。迂闊に連絡のとれない場所にいる可能性もあるので、後は相棒を信じるしかなかった。
「そこで、ジャワさんにお願いがあるのですが……」
 少し困ったように、クロセル・ラインツァートがジャワ・ディンブラに頼み事を持ちかけていった。
 
 
2.踊るマリオネット
 
 
「どうもー、いってらっしゃいませですわー」
 城の表門へと続く大きな橋のそばに立ちながら、クレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)たちにむかって手を振った。
「ええと……、い、行ってきまーす」
 戸惑いつつ、カレン・クレスティアがぺこりとお辞儀をしてから橋を渡っていった。
「うむ、見送り御苦労である」
 なんだか満足そうに、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が、ない胸を張ってカレン・クレスティアの後に続く。
「こ、こら。いちいち挨拶してどうするんです」
 あわてて、安芸宮 和輝(あきみや・かずき)がクレア・シルフィアミッドの手を引っぱって物陰へ姿を隠す。
「えー、だって、味方の人の顔は覚えておきませんと……」
 不満そうに、クレア・シルフィアミッドが言った。
「それはそうですが、敵がやってくるとも限らないんですから、慎重に」
 安芸宮和輝が、なんとかクレア・シルフィアミッドをなだめた。すでに何人もの見知った顔を見送っている。皆目的は一緒だと思いたいが、いきなりこんなに来客があるのも不自然きわまりないと言えた。ここは、なるべく目立たないように潜入するのがいいだろう。先陣を切るのがいつも賢いとは言えないはずだ。
「なに、何かあればシルフィーは私が守りますから」
「私は?」
 落ち着き払って言う安芸宮 稔(あきみや・みのる)に、安芸宮和輝は自分を指さして訊ねた。
「和輝は一人でもなんとかなるでしょう? さて、慎重なのはいいですが、後手に回ってもまずいと思いますが」
「そうですわ。そろそろ参りましょう」
「よし、行くよ!」
 二人にうながされて、安芸宮和輝は霧に紛れて橋を渡り始めた。
 
    ★    ★    ★
 
「どうぞこちらへ」
 メイドに案内されながら、カレン・クレスティアたちは屋敷の廊下を進んでいった。不可思議な霧は、建物の中にも容赦なく入り込んでいて、膝から下が青白く霞んでよく見えない。まるで、雲海の中を歩いているようである。
 あっけないほどすんなりと中に通されたのは、意外といえば意外であった。
「今日は、たくさんのお客様がいらしておりますので、しばらく客間でお待ちいただくことになります」
 エントランスホール中央の大階段を上りながら、メイドが答えた。ありえないことだが、二階の廊下も同じように膝丈まで霧が澱んでおり、流れるように階段を流れ落ちてきている。本来、それならすでに一階が霧に埋没していそうなものだが、どうも、床から一定の高さをまんべんなく覆っているとしか思えなかった。
「お客じゃなくて、メイドとしてここで働きたいんだけど」
 残念を装って、カレン・クレスティアが黒髪の清楚というよりは少し無愛想なメイドに訊ねた。
「それこそ、伯爵様が吟味いたします。大変お人好きされる方ですから、御訪問いらしたお方を追い返すようなまねはいたしません。じきにお呼びいたします」
 大階段の踊り場においてある石像をするりと避けながら、メイドが答えた。
「これは、女王像ではないのか?」
 人よりも一サイズ大きい石像を見あげてジュレール・リーヴェンディが言った。
「はい。偉大なる、アムリアナ・シュヴァーラ陛下のお姿をかたどったものとお聞きしております」
 腰まであるストレートの黒髪を片腕に絡ませた姿の石像をさして、メイドが言った。
「どうぞ、こちらのお部屋です」
 無数に扉が等間隔に並んでいるのではないかと錯覚するような廊下を進み、メイドが一つの扉を開けた。廊下の果ては霧に隠れているのか見えず、本当に無限回廊ではないのかと錯覚を起こさせる。
 幸いなことに、部屋の中はちゃんとしたワンルームの客間であった。ベッドと、小卓と椅子、キャビネットがおかれている。ただ、床は、やはり霧が入り込んで溜まっていた。
「それでは、ここでお待ちください」
 そう言って、メイドは去っていった。
「そう言われたからって、おとなしく待っている必要はないよね」
「もちろんであるな。ただ……」
 クスリと笑うカレン・クレスティアに答えてから、ジュレール・リーヴェンディがちょっと小首をかしげた。
「どうしたの?」
「我らの他にも、たくさんの客が来たと言っておったが、全然そんな感じがせぬのだが」
「そうよね。なんというか、淋しいというか……ううーん、そう、生活感よ。なんだか、人が暮らしているって言う感じがしないんだよね。そういえば、中庭には、この手の中世のお城に定番の礼拝堂もなかったし……」
「礼拝堂?」
 カレン・クレスティアの言葉に、ジュレール・リーヴェンディが怪訝な顔をした。
「ほら、神様に祈りを捧げる場所よ」
「ああ、地上にあるあれか」
 そこまで言われて、ジュレール・リーヴェンディがポンと手を叩いた。
 パラミタでは、特定の宗教が信仰されているわけではない。特に、地上で発生した宗教は、すべて五千年に満たない地上固有のものである。現在パラミタにある寺院や教会は、すべてパラミタの再出現後に地上から持ち込まれたものであった。それゆえ、微妙に常識が違う。
 しいて信仰と言えば、女王を国御魂として信仰するものと、鏖殺寺院のような自然崇拝と邪神崇拝の渾然としたようなものがあるのみである。パラミタでの神は、一神教のものよりも、完全に多神教の神々に近い。そのため、神と名のつくものは無数に存在するわけだが。
「とりあえず、見学する振りをして捜しましょう」
「うむ。我がリンを見つけだして、頼れるお姉さんであるところを見せつけるのだ」
 顔を見合わせると、二人はそろそろと部屋を抜け出していった。