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五機精の目覚め ――翠蒼の双児――

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五機精の目覚め ――翠蒼の双児――

リアクション


・新撰組 ニ


 地下四階が慌ただしくなるほんの少し前の、地下三階では。
「歳が別働で左之が一緒………さしずめ池田屋……か」
 近藤が呟く。
 彼と原田、そしてそれぞれの契約者であるマイトは、ある人物を探していた。
「土方さんの事だ、考えがあっての事だろうさ」
 なぜ土方だけ別行動を取ったのかという疑問はあったものの、こちらはこちらでやるべき事がある。
「芹沢……これも因縁ってやつなのか」
 邂逅を果たしたのが、暗殺に関わった自分であった事が、原田にそう思わせていた。
「なあ、左之」
 近藤が口を開く。
「蟲のいい事を言うのは分かってる。だが、京都ではああなったとはいえ、出来れば……こっちに来てまで新撰組同士戦いたくはない」
 それは切実な近藤の思いであった。
「……近藤さんもやっぱりそう考えていたのか。まだ敵か味方か分かんねぇしな」
 二人の意見は一致していた。
「甘いぜ近藤さん……歳が聞けばそう説教するんだろうな」
 それでも、近藤としては繰り返したくはなかった。
「ここに来ればいんだけどな……」
 しかし、やはり因果と言うべきか。
「兄さん、近藤さん、誰か来ます」
「殺気、というよりも凄い威圧感だ」
 真、マイトが殺気看破でその気配に気付いた。相手に害意はまだないようだが、それでも圧倒的な気迫が発せられていた。並みの人間ならそれだけで足がすくんでしまうほどに。
「原田に、近藤か。今度は局長自らお出ましたぁ、大層なもんだぜ」
「久しいな、芹沢……さん」
 近藤が目を見開いた。かつての同志であり、短い間だが共に局長を務めた男が、最後に見た時と同じ年格好でそこにいる。
「どうしたんだ、その身体……?」
 原田が芹沢の姿を見遣る。左腕はだらりと下がり、首筋からは血が滴り落ちている。
「なに、ちょっくら女と戯れてたらこの様だ。あの嬢ちゃん、とんだ鬼子だったもんだ」
 冗談混じりに芹沢が言う。
 彼が生きているのは、落下の際に刀を壁に突き立て、勢いを殺したからである。それでも着地の時には全身を打ち、骨の何本かはいかれてしまっていた。
 だが、その姿を見ても原田は警戒を解かない。魔獣を一刀両断していた以上、この状態でも油断出来る相手出ないのは分かる。
 一切衰えない気迫がその証拠だ。
「それで、どうする? やり合うか?」
「いや、話がしたい」
 近藤が刀を納める。
「今の俺達に戦う意思はない」
「昔は昔だ、芹沢さん。それに、どういう目的で動いてるのか俺達は知らないからな」
 芹沢の事を聞きだそうとする二人。
「目的ねぇ。俺はただ旦那の想いに感服しただけだ。遥か大昔に遺してきた娘を救う、泣かせる話じゃねぇか」
 あまり有名な話ではないが、芹沢には情け深く、気さくな一面があったという。壬生にいる頃は子供達に世話を焼き、好かれてもいたらしい。
「それだけか?」
「あとは、用心棒みてぇなもんだ。旦那自身は普通の人間でしかない。この前みてぇなのとかを払っておくのも俺の役目だ。こっちとしちゃ、それはそれで強ぇヤツと戦えるから面白ぇんだけどよ」
 これといって、悪意をもって行動しているわけではないようだ。
「その旦那ってのは芹沢さんの契約者なのか?」
 原田が質問する。
「いんや、違ぇ。俺は誰とも契約は結んでねぇよ。壬生の狼を飼いならすには、あの人は優し過ぎるからな」
 だが、その人物が何者か分からない以上、判断は出来ない。
「そっちも、目的は似たようなもんじゃねぇのか? 奥に眠る女子を保護するとか、傀儡師とかいうヤツから守るとか」
「なぜ、知ってるんだ?」
「旦那が言ってたんだ。『あの子達が辿り着いても結果は同じだ』ってな」
 それを真に受けるなら、芹沢の背後の人物が何らかの形でPASDと関係していることになる。
「どうしてもって納得いかねぇってんなら付き合ってやるぜ。あん時とは違って、真っ当にやり合えんだからよ」
 刀に手をかざす芹沢。
「あの時の事は――」
 近藤が何か言おうとしたが、それを芹沢が遮る。
「会津藩からそう指示されたんだろ? 恨んじゃいねぇ。時代がお前らを選んだ、そんだけだ。下らねぇ前世の因縁なんざ気にしちゃいねぇよ」
 ふ、っと芹沢が笑う。
「そうか。今更何かを言って済む問題ではないよな。まだ心中は察せないが」
 近藤が緊張を解く。
「戦う必要はまだないようだ」
 その言葉に、原田も頷く。
「兄さん、いいの?」
「ああ」
 顔つきは真剣なままである。
「そういう事ならおいとますんぜ。ちょっくら見て回って旦那の所へ帰るか」
「帰る?」
「この前と同じだってんなら、他にもたくさん来てんだろ? この身体じゃ何十人も相手に出来ねぇからな。お前らと違って、俺の姿見たら飛び掛かって来るヤツとかいそうなもんだ」
 静かに芹沢が背を向ける。その時点で敵意がないのと、近藤達が不意打ちをしないと信用した事になる。
「最後に一つだけ忠告しといてやる。伊東という男には気をつけろ」
「伊東?」
「伊東甲子太郎だ」
 近藤、原田に衝撃が走る。
「あいつは何を考えてるか本当に分からねぇ。ほんとに旦那に協力してるのかさえもな」
 それだけ言い残し、芹沢は去った。
「伊東 甲子太郎、あの男が。まさか、歳のヤツ――」
 かつての新撰組の参謀であり、新撰組によって暗殺された男。
「土方さんには繋がらないな」
 携帯電話が通じないのは遺跡の中であるためなのだが、なぜか胸騒ぎがする原田と近藤。
「どうやら左之ではなく、俺と歳の因縁の方が深かったみたいだな」
 芹沢に伊東。
 史実において、近藤、土方と対比され悪とされた二人。現実には、新撰組という組織で決して相見えなかった二人。
 彼らが近藤達の知らないところで邂逅を果たしていたという事実が、何よりも皮肉なのではないだろうか。

            * * *

 一方、こちらはイルミンスール。
(ま、英霊なんてのと組んだ時点で何時かはある我侭とは思ってたんだけど……これは)
 真宵は戦慄していた。
「どうしました? 鬼の副長ともあろう者が、この程度ですか?」
 無傷な伊東に対して、土方が血を流して倒れようとしている。
「鈍る所か……冴えてやがるな。むしろ、異常なまでに……な」
 口元から血が零れ落ちていく。
「違いますよ。君が弱くなっただけです。それに……」
 土方の妖刀村雨丸を弾き飛ばす伊東。
「北辰一刀流は技の剣です。君の半分我流の剣では私には届きませんよ。和泉兼定も持たず、転生して昔の力をまだ取り戻していない君では、ね」
 そこへ、真宵がサンダーブラストを放つ。
 だが、
「あ、あああ――!!」
 魔力汚染下での、強力な攻撃魔法は彼女の身を蝕んだ。
 暴発した雷は、無差別に周囲を焼き焦がす。
「余計な真似すんな!」
 土方が叫ぶも、激痛で身体がろくに動かない。
「……これは厄介ですね」
 ただ、魔力汚染であった事が幸いし、サンダーブラストが真宵と土方を囲う結界のようなものになった。もっとも、不安定でいつ暴走してもおかしくはないのだが。
「命拾いしましたね」
 その場を離れる伊東。
「く、そ……が」
 倒れ伏す土方。すかさず真宵がヒールを施す。だが、魔力汚染下ではこちらも効果がない。
「このままじゃ……」
 しかし、そこで思わぬ現象が起こった。
 雷が収まり、ヒールが効くようになったのである。しかも、ヒールに至ってはより強力になっていた。
「一体、何が起こったの?」