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五機精の目覚め ――翠蒼の双児――

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五機精の目覚め ――翠蒼の双児――

リアクション


・悲哀


 イルミンスール、地下四階。
「参ったね。まさかこんな形で離されるなんて」
「アルコリアさん、大丈夫でしょうか?」
 円と緋音は奥を目指して進んでいる。飛ばされたといっても、それほど強い衝撃を受けたわけではない。
「牛ちゃんなら心配いらないよ。案外さっきの魔獣ぶった切ってすぐ来るんじゃないかな」
 実際、アルコリアは最終的に魔獣を両断していたりする。
「魔力汚染、治まったみたいねぇ。回復しとこうかしら」
 オリヴィアがこの機にリカバリを施す。ガルーダ戦ではまだ魔法が使えなかったため、ここで傷を癒しておく。
(魔法が使えるようになった……しかも普段より強化されて。やっぱり……)
 ノインの姿が浮かぶ。
 この遺跡の魔力が、あの守護者のものに似ているのには気付いていたが、ここで確信を持つ。
 ふと、その時――
「誰か、泣いてる?」
 女の子の鳴き声が聞こえてくる。
「奥に誰かいるわねぇ」
 光術で照らすオリヴィア。
 そこにいるのは俯き、膝を抱えている少女のような姿があった。
 黄色とも茶色とも取れる色の髪が見て取れる。
「誰?」
 少女が顔を上げた。
「どうして泣いてるんだい?」
 円が尋ねる。
「悲しいから。あたしなんて、始めからいなければよかった」
 涙を流しながら答える。
「死にたい。でも死ねない。寂しいから。だから……」
 立ちあがって飛び掛かって来た。
「一緒に死んで」
 泣きながら向かってくる。やはり彼女もまた、どこか感情が極端に歪んでいた。
『悲哀』のヘリオドール・アハト。
「おっと!」
 そのヘリオドールを、ミネルバが正面から琥珀の盾で受け止める。彼女の力は、他の有機型機晶姫と同程度である。
「ぐぐ……」
 なんとか踏ん張りを効かせ、停止する。
「なんで、嫌なの、あたしのこと、嫌い、ねえ?」
 ヘリオドールの声は呪詛のようであった。とにかく悲哀というよりは鬱になった挙句に負の感情しか残らなくなった、そういう状態だ。
「嫌いだったら真正面から受け止めないよ」
 明るく返すミネルバ。しかし、かなりギリギリである。なんとか抑えているが、少しでも気を緩めれば後方へ吹き飛ぶだろう。
「悲しいことなんて、忘れなよ」
 さくっと。ミネルバが忘却の槍でヘリオドールの身体を突いた。
 ジャスパーの時は、これで効果があったが……
「生きてればいいことあるって!」
 笑顔で言い放つ。
「うわあああああん!!」
 さらに泣き出すヘリオドール。
「おお、よしよし」
 それを抱きしめ、なだめるミネルバ。
「あれ、なんかあっさりいっちゃったね」
 意外な結果にきょとんとする円。ジャスパーの時はあれほど苦労したのに。
「えーっと、ヘリオドールさん?」
 緋音がヘリオドールに声を掛ける。彼女がその名前だと思ったのは、前回の調査データに有機型機晶姫の事が書いてあったからだ。一つの感情に偏ったのが特徴である。ネガティブで泣いている事を考えれば、ヘリオドール・アハトだと推測も出来よう。
「何?」
 涙目ながら、ヘリオドールが緋音を見る。忘却の槍のおかげで、少し落ち着いているようだ。
「あなたの姉妹は、私達のもとにいます。ジャスパーさんが」
 すると、ヘリオドールはミネルバにしがみついて震えだした。
「大丈夫です。もう『狂気』はありませんから」
 どうやら、同じ有機型機晶姫でも、ジャスパーの事を苦手としていたようだ。とはいえ、ここにいるへリオドールも、『研究所』にいたアズライト・ゼクスにしても、基本的にちゃんと人として話せはするのである。
 ジャスパーは狂気に特化していたから、本来の記憶も感情も全てが脳内の奥深くに眠らされていたのだろう。
 だからこそ、忘却の槍とひなの呼び掛けによって有機型機晶姫以前の記憶を呼び起こせたわけだが。その事は誰にも知る由はない。
 他の有機型機晶姫に対して行っても、今のヘリオドールのように感情を安定させるだけで精一杯なのである。彼女達はコミュニケーションを一応は取れるため、記憶も人格も既に上書きされ、元のものを呼び起こすのは忘却の槍では難しくなっている。
「私達と一緒に来ませんか? きっと、これから楽しい事も待ってますよ」
 優しく呼び掛ける緋音。
 落ち着いてる今くらいの状態なら、ヘリオドールもただちょっとネガティブで引っ込み思案な女の子でしかない。
 変われるチャンスだってあるだろう。それは偏った感情に本人が今後抗えるかどうか次第ではあるが。
「うん。この悲しさが少しでもなくなるなら……」
 涙を吹き、顔を上げるヘリオドール。
「じゃあ、行こうか。この先にはキミの姉だか妹だかがいるみたいだし」
 有機型機晶姫、ヘリオドール・アハトを加え、彼女達もまた進んでいく。

 ジャスパー・ズィーベンは自分を取り戻し、ヘリオドール・アハトもまた破壊されるべき運命から逃れた。
 もし、出会う人間が異なっていたら、このような結果は有り得なかった事だろう。