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五機精の目覚め ――翠蒼の双児――

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五機精の目覚め ――翠蒼の双児――

リアクション


・フュンフ 一


PASD本隊は、ついに地下四階の最深部へと辿り着いた。
「……やっぱりか。おーい、起きろ!」
 ガーネットが呼び掛ける。
 そこは広い空間だった。奥にあるのは、まるで水槽のようだった。円形のガラス張りのカプセルの中には水が浸っており、その中で一人の少女が漂っている。
 ただし、不思議なのは彼女から約五センチくらいの空間は、水が存在しないのである。
「ガーナ?」
 少女が反応した。
 開いた瞳は透き通るような水色。肩くらいまである髪は蒼色。
 それ以外は、顔の造形、体型ともにイルミンスール側のエメラルド・アインにそっくりである。
「紹介するぜ。コイツはサファイア・フュンフ。まあ、サフィーとでも呼んでやってくれ」
 サファイア・フュンフ。それが水槽に漂う少女の名前だった。
「勝手に話を進めないでくれる?」
 サファイアは不機嫌な様子だった。
「どうして? 知ってるでしょ、あたしの『力』を。このまま眠っていればよかったのに」
「お前さ、ほんとにネガティブなヤツだなー。どっちにしたってあたいらは三割程度まで力抑えられてんだし、一応制御出来んだから問題ねーだろ?」
 笑ってみせるガーネット。
「それに、エムのヤツんとこにも迎えが行ってる」
「でも……あたしは……」
 自分の力のために、自ら心を閉ざした少女。ガーネットであっても、彼女の心に訴えかけるのは難しいようだった。

「いいじゃないか、壊せば」

 どこからともなく声が聞こえてくる。
「誰だ、どこにいる!?」
「ここだよ」
 水槽の真正面に、唐突に和装の少女が出現した。
「さっきの女の子?」
 エミカが口を開いた。だが、人を食ったような口ぶりとこのタイミングで現れたことから、先月の遺跡にいた者はその少女の正体に気付いていた。
「傀儡師!」
 風天が少女の姿をした傀儡師を睨む。
「今回もまた大所帯だね。だけど、数が揃えばいいってものじゃないよ」
 傀儡師はただそこに立っているだけだ。いや、そう見える、と言った方がいいか。
「……皆さん、動かないで下さい」
 陽太が指示する。彼は状況に気付いていた。
 その前段階、現れた直後に彼は情報撹乱で傀儡師の動きを止めようとしたが、失敗する。電波で目の前にいる人形を操っているのだと思ったがそう簡単なものではないらしい。
「なんだ、一歩でも踏み込んでくれれば面白かったのに」
 室内には、不可視の糸が張り巡らされていた。この部屋に入るまで、なかった――いや、「彼女」が現れるまでなかったはずだ。
「今、この空間を支配しているのは僕だよ。『夢幻糸』は人の目で捉える事は出来ない。僕がここにいるのに気付かなかったのがいい証拠じゃないか。ま、それだけじゃないんだけどね」
 それを束ねる事で、自分の姿を覆い隠していたのだろう。傀儡師側についた者達も、それによって今見えないだけである。
 だから、まだPASDの本隊は「彼女」が一人であると思っている。
 誰かがうっかり殺気を漏らさない限りは、感知されないだろう。
「さて、話に続きだ。君はせっかく『壊す』力を持ってるんだ。だったら、開き直ればいいじゃないか。君はなぜその力を与えられた? なぜ我慢する必要がある? 自分の存在意義はなんだと思う?」
 たたみ掛けるように、サファイアへと語りかける。
 ただ、これに不快感を示す者が、「彼女」の協力者の中にいた。
「その辺にしとけ」
 仮面の男――トライブが口を開く。彼の姿が露わになった。
「あいつは!?」
 この場の者には、彼の姿が鏖殺寺院関係者だと知る者もいるだろう。
「なぜ止めるんだい? 今いいところなのに」
「俺は、俺にとっての価値観で行動している――気に入ったか気に入らないか、だ。それ以外の事情は関係ない。少なくとも、ここにいるのはただの女の子だ。兵器じゃない。それが俺の考えだ」
 それが一つの契機だった。
「一人ぼっちでいるのはかなしいです。ボク達といっしょ行こうです!」
 ヴァーナーがサファイアに対して呼び掛ける。
「なんでもこわしちゃうんなら、ボクがなんだって治しちゃいます」
 サファイアに笑顔を向ける。
「力を使いたくないのなら、その必要はありません」
 クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)が言う。
「騙されないで下さい。貴女がその力を授かった本当の意味を、忘れたわけではないでしょう」
 五機精になる前、彼女達は自分の身を捧げてまで力を得ようとした。それは、国を、自分の愛すべきものを守るためだった。
「…………」
 無論、今のサファイア達にその時の記憶はない。だが、奥底では分かっているはずなのだ。
「サフィー、こっちに来い!」
「君は自分の真価を知りたくはないのかい?」
 傀儡師と、ガーネットやPASDの間でサファイアの心は揺れ動いていた。
 自分はどうするべきなのか。
 力を嫌悪し、封印されるまでずっと引きこもっていた。心を許したのは「妹」だけ。
 だけど、五千年の時が経ち、自分がこれから出来る事があるとしたら――
「ともだちに、なりましょうです」
 ヴァーナーの声に、はっとするサファイア。
「とも、だち……」
「騙されちゃいけないよ、どうせ君の力を見たら見放すんだから」
「そんなこと、ないです!」
 お互いに譲らない。
「私も機晶姫なの。仲良くなりたいの」
 未羅が、サファイアに声をかける。
「大丈夫、みんながいるから」
 未沙もまた微笑みかける。
「それでも、君が戦うために生まれた事実は変わらないんだよ?」
「違う。そんなんでサファイアさんそのものが決まるはずはない!」
 それぞれの想いがぶつかり合う。
 そして、

 パァンと。

 水槽が割れ、中からサファイアが出てきた。
 彼女の答えは、どちらなのか?