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【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(前編)

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【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(前編)

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第5章 疾走する緑

 空京駅。
「鬼ごっこ? う〜ん、あんまり新しい遊びじゃないけど……いいよ、それでがまんしてあげる。そっちが鬼でいいんでしょ?」
 幼い少女という外見に似合わず、カンバス・ウォーカーは足下の火薬をひょいと担いで駆け出した。
「ああそれで上等だ。けどな、こいつぁただの鬼ごっこじゃないぜ? 命を賭けた……危険な遊びってやつだっ」
 刃を備えたトンファーという形状の光条兵器を展開。
 アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)がカンバス・ウォーカーに向かって飛びかかった。
「簡単に終わらせてくれるなよっ!」
 獰猛な笑みを浮かべて攻撃の構えを取るアストライトを、しかし黒い影が横から弾き飛ばした。
「な、何しやがるっ!」
「相手は言ってみれば爆発物。不用意に飛びかからないでください。時間をかせげたらそれで上出来なんですから」
 視線はかけていくカンバス・ウォーカーに固定したまま。あまり温度を感じさせない口調でヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)が告げた。
「ヴィゼント……バカ女に張り付いてたんじゃなかったのかよ」
「お嬢なら向こうで休んでいます」
 ヴィゼントの示した方に目をやると、くたぁっとなったリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)がベンチでうなだれていた。
 目が合うと、なにやら弱々しく手を振ってくる。
「なんだよ、あれ」
「ばてたそうです」
「ああ? ばてた? ったく、大口叩いてここまで乗り込んできたってのに情けねえ話だな」
「それには同感ですがね。ともかく、お嬢があの様子ですから自分たちは時間稼ぎに徹します。向こうが疲れるのか、大元の解決が解決されるか……それまで持たせればいい」
「へ、んなまだるっこしいのはごめんだな」
 アストライトは挑発的な笑みを浮かべた。
「俺は勝手にやらせてもらうぜ」


「可愛いお姫様。鬼ごっこじゃまだ不満だって言うのなら、俺と一緒に遊ぼう?」
 とてとてと駆けていくカンバス・ウォーカーの前に回り込んで、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は一輪の薔薇を差し出した。
「お花?」
「そ。レディには花を捧げるのが男の努めだと思うからな」
「じゃあ、レディを面白がらせくれるのはだれのつとめ?」
 薔薇を受け取ったカンバス・ウォーカーはまじまじとエースを見返して口を開いた。
「へ? んー、それは……」
「じゃ、それはオイラの努めー。カンバスちゃん、オイラと一緒におやつたべよー♪」
 エースの脇からひょこっと顔をのぞかせたクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)は、にっこり笑うと、棒付きキャンディーを差し出した。
 カンバス・ウォーカーは、それを物珍しそうに眺めてからパクリと頬張った。
「あ、あれ? こっちの方がお気に入り?」
 エースの言葉に、クマラは「チッチッチ」とばかりに指を振って見せた。
「エースはわかってないなぁ。オトナには判らない、オイラ達だけの世界っていうのもあるんだよ」
「ちぇ。まだ花より団子か」
 唇を尖らせるエースの横で、クマラはニヒヒと嬉しそうに笑ってみせた。
 それから、カンバス・ウォーカーの方に向き直る。
「さあところでカンバスちゃん。次は遊びの話、しよっか。この街の楽しみ方は乗り物とドッサリの人だけじゃないんだよ」
「そうだな。他に沢山楽しい所はあるぜ?」
「美味しいお菓子。素敵な洋服。楽しい遊園地。面白い所はいっぱいあるよー。それを知らないでここで暴れるなんて……それじゃ、人生の九割は損ってもんだヨ?」
「そうそう。火遊びするのは、街を全部見て楽しんで、心底飽き飽きしてからでもいいんじゃない?」
 カンバス・ウォーカーは、エースとクマラの顔を代わる代わるに眺めてから、
「連れてってくれるの?」
 と言った。
「もちろん」
 ポンと胸を叩いて、エースが請け負う。
「じゃ行く」
 あっさりと、カンバス・ウォーカーが頷いた。
「おっけ――ところでさ、君のこと何か呼び名はないかな。カンバス・ウォーカーがいっぱいいるから、ちょっとややこしいんだよな」
「そうだね、何か友達感がビミョだよね」
 エースのクマラの言葉に、カンバス・ウォーカーは首を傾げた。
「ないよそんなの」
「じゃあ、『サラ』ってどうかな? 『サラちゃん』」
「……うん、いいよ」
 クマラにサラと呼ばれたカンバス・ウォーカーはこくりと頷いた。
「よし、じゃあ行こうサラちゃ――」

「バカ野郎! ヴィゼントがグダグダ言ってるから逃げられちまうところだったじゃねーか!」
「そっちが大人しく自分に従えば良かったのです」

 後方から、ヴィゼントとアストライトの声が響き渡った。

「おっと、鬼だ。こりゃ逃げなくちゃ」
「だね」
 エースとクマラはサラの手を取り、駆け出す。

「そしたらその先を左だねぇ。北口に向かう方だ」
 飄々とした声で導いたのは、東條 カガチ(とうじょう・かがち)
「ん? 怪訝そうな顔だねぇ。ああ、安心してくれていい、鬼ごっこに加わろうってんじゃない。そら、そこのテナントの脇は通り抜けられる。抜けたら左だ」
 言うなり、カガチは先導をするように細い隙間をすり抜けていく。
 残された三人もは一度顔を見合わせたものの、すぐにそれに続いた。
「そしたらこの服屋をちょいと失礼させてもらってだ――」

「波音おねえちゃん! カンバスちゃんつかまえたよ!」
 バフっと。
 突然、服の間から飛び出してきたララ・シュピリ(らら・しゅぴり)が、カンバス・ウォーカーに抱きついた。
「ナイスだよララ! 店員さん、試着室借りるよ!」
 クラーク 波音(くらーく・はのん)元気よく店員に声をかけると、ララと二人して、カンバス・ウォーカーを試着室に担ぎ込んだ。
「なななななにーっ!?」
 カンバス・ウォーカーは悲鳴をあげる。
「ええと、ごめんなさい……その、波音ちゃんが『女の子の服がマントなんて可哀想だもんっ!』って譲らないもんですから……」
 おずおずと、アンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)が呆気にとられているカガチに向かって頭を下げた。
「なるほど、そういうことかい」
 試着室からは断続的に「いやー!」という悲鳴が上がる。
 その度に、
「ほらほら、良い子はおとなしくするんだよ〜」
「着替えたら遊びに連れてってあげるから」
「バドミントンだよ、バドミントン! そんなヒラヒラした服じゃできないよ〜」
「あたしはあやとり教えてあげる。ヒラヒラした服でも出来るけど――オシャレすることだって『面白いこと』なんだから!」
 波音やララの楽しそうな声が続いた。
「いいんじゃねぇかい? 一張羅着せてもらってお出かけってのも悪くねぇ」
 カガチは楽しそうな笑みを浮かべた。

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「ほぉ」
 数分後、試着室から現れたカンバス・ウォーカーを見て、カガチは興味深そうなため息をもらした。
「印象なんてな変わるもんだな」
 緑色のワンピースに白のスニーカーというすっかり軽快な装い。
「どこに出かけても恥ずかしくない恰好だ」
「うんうん。悪くないセンスじゃない。さっすがアンナ」
「そ、それほどでも」
 波音に褒められて、照れたようにアンナが頭をかく。

「な、なんか落ち着かないよぉ」

 カンバス・ウォーカーはもじもじと身体をよじった。

「えー? すっごいにあってるのに? 大丈夫だよ遊んでればきっとすぐなれちゃうよ! 行こ、遊び行こ!」
 ララは嬉しそうに、カンバス・ウォーカーの手を取ってはしゃぐ。

 と、その時。

「く……これは……」
 まるで強い陽光にでも中てられたみたいに、人影が倒れる気配があった。
「ファ、ファタくんが倒れたですぅ〜」
「ファタさん倒れた!」
 ひっくり返ったファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)を、咲夜 由宇(さくや・ゆう)ルンルン・サクナル(るんるん・さくなる)が慌てて抱え起こす。
「くぅ……カンバス・ウォーカー一人でもど好みの真ん中ド直球だと言うのに……美少女が二人、手に手を取ってはしゃいでいるじゃと? おのれ、とんだ破壊力」
「あ、あのぉ……だいじょうぶ?」
 まるで、今にも吹き出しそうになる液体を押さえつけるかのように、鼻を押さえてフラフラと立ち上がったファタを、ルンルンが気遣わしげに覗き込む。
「ぬあ! こっちにもおった! わ、わしを殺す気か!? それともなんじゃ、わしはいつの間にか死んだのか? 天国の類? 選ばれた者のみが行ける美少女達の楽園!?」
 ファタはほとんど手足をわななかせて空を仰いだ。
「ほんとに大丈夫なのです?」
 そのファタの視線を、ひょいっと咲夜が覆った。
「あ、現実じゃ」
 一瞬ぱちくりと目をしばたかせた咲夜だったが、
「む。意味はわからないのですが、ちょっとバカにされてる気分です」
「いや、感謝しておる。おぬしがもう二、三歳若かったら現実に復帰できんところじゃった」
 首を振り振り、パンパンと手で服を払ってファタが立ち上がる。
「もう、ファタくんと遊びに来たわけでは無いのですぅ」
 咲夜はプクッとその頬を膨らませた。
「わかっておる。カンバス・ウォーカーと遊ぶのじゃな」
「そうなのです。爆薬選びごっこなんて危なすぎるのです。遊び道具はいっぱい持ってきましたから、お手玉や人生ゲームみたいな大人しい遊びに、何とか興味を示してもらえるといいのですけど」
 咲夜は不安げに言って、その背中に担いでパンパンに膨れあがっている袋を確認した。
「カンパス・ウォーカーさん、いいなぁ。みんなにかまってもらえて……」
 ルンルンがポツリともらした呟きに、ファタはギラリとその眼を輝かす。
「ほおう? かーわいらしいこと言うのー。おぬしはいじられるのが好みなのじゃな? ふむ、わしでよければ――」
「ファタくん」 
「む。わかっておる。真面目にやるから安心せい。大体わしはおぬしを買っておるからの」
「?」
「あんなにかわいいカンバス・ウォーカーが悪い子のはずがない。うむ、世界の真理じゃな。どれ、では真剣にカンバス・ウォーカーと遊びに行くか」
「うん、気合い入れていくのです」
「うむ。可愛いは――」

『正義!!』


「……やあ、大所帯になったなこれは」

 かなり騒々しくなった辺り一帯を眺め回して。
 カガチは苦笑しながら呟いた。