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【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(前編)

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【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(前編)

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第6章 困惑の灰

「つまり私は急に絵を描くすばらしさに目覚めたわけ。そしたら才能まで目覚めちゃったの」
 空京にある美術館。
 一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)は一枚の絵画を手に、受付のお姉さんに話しかけていた。
「これは『お肉が上手に焼けた絵』。我ながらこの黒の色合いが素敵よね――ってことでコレ、買い取って」
「えーと、お客様……」
「うん、ハッキリ言ってくれていいよ。俺様も言ったんだもん。『真っ黒じゃん!焦げてるじゃん!』って」
 明らかに言葉を選んでいる様子の受付のお姉さんに、リズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)はげんなりした様子で促した。
「ふん、リズは才能がないわね。そこのあなたも。もっとわかる人出してよ、館長さんとか」
「そう言われましても……」
「別にいいのよ。教えてくれないと館長さんがヅラだって噂をばらまくわよ」
「え、館長さんヅラだったの? ってもうそれ売り込みじゃなくて押し売り! 恐喝!」
「うちの館長はヅラじゃありません!」
 受付のお姉さんは慌てた様子で立ち上がって、大声で否定する。
「だいたい、今はテロリストを止めに行く段階でしょ! 月実の絵とかどうでもいいの!」
「む、その言い方にはちょっと釈然としないけど……じゃあ私も本気を出してあげるわ」
 リズリットの言葉に月実は、手にしていた絵を床に横たえた。
 それから厳かに手をかざす。
「私の想いのこめられた絵よ! 具現化せよ!ザ・カンバスウォーカー!」
 凜と響き渡った月実の声に、館内に一瞬静寂が満ちる。
「何も起こらないけど」
「何か足りないのかしらね。カロリー?」

「カロリーってのは傑作だな」
 月実の言葉に答えるように、美術館の入り口から現れる人影があった。
「何やら騒がしいと思ってみればカンバス・ウォーカーを召還しようとしているとはね」
 小脇に、布でくるまれた荷物を抱えた葉月 ショウ(はづき・しょう)はやれやれと肩をすくめる。
「ま、カンバス・ウォーカーを呼び出して説得させようってんなら鋭い視点だとは思うけどな。いいか? まだ仮定だが、これが例えばティセラの仕業なら、あいつは以前、空京でカンバス・ウォーカーを見ていて、どういう存在かも知ってる。だから『カンバス・ウォーカー』という『現象』を利用できた」
 ショウはそれから人差し指を立てた。
「さらに。カンバス・ウォーカーは美術品に込められた強い『想い』に惹かれて具現化する――さすがにその炭みたいになった肉の絵からは現れないだろ。いや、類い希な才能ってのを否定するつもりはないけどな」
 落ち着いたショウの言葉に、月実は唇を尖らせ、リズリットはホッとしたように胸をなでおろした。
「要するに――カンバス・ウォーカーを知っていて強い想いのこもった美術品をもっていることが条件。つまり――今、カンバス・ウォーカーを呼び出せるとした俺みたいな奴ってことだっ!」
 言うなり、ショウは素早い動きでシュルルルっと布の包みをほどき、中から小振りな像を取り出す。

「さあ出て来い、カンバス・ウォーカー!」

「月実の同類だぁー!」
 数瞬前の期待を一気にひっくり返されて、リズリットが絶叫した。
「何も出てこないな」
「きっと想いが足りないんだにゃ」
 今までショウの背後から様子をうかがっていた葉月 フェル(はづき・ふぇる)がひょこっと顔を出した。
「どんな想いで作ったんだにゃ、その像?」
「んんー、これは蒼空学園のあのメガネの像だからな。『学園入口に再びメガネを……だったかな、たしか……』」
 フェルの言葉に、ショウはポリポリと頭をかく。
「そーんなのぜんぜんダメだにゃ。だってあってもなくてもキミはちっとも困らないものにゃ。そういうのは、大好きなものを作らなきゃいけないにゃ」
 フェルはごそごそと胸元を探る。
「じゃーん、ししゃもの像! さあカンバス・ウォーカー、ボク、魚がめいっぱいたべたいにゃ!」
 フェルは拝むような仕草をとったが、再び館内は静まりかえる。

「おかしいにゃー?」
「もっとでっかい物を作らなければダメなのか?」
「やっぱりカロリーだよ、カロリー!」
 これ以上無いくらい真剣な顔で議論をはじめた三人に背を向けて――

「あああああああああ……」

 リズリットは痛みをこらえるように頭を抱えた。

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 ひょい。

「駄目だねぇ」
 手に取った椀を棚に戻し、佐野 豊実(さの・とよみ)がつまらなそうに呟く。
 今度は壁に掛けられた絵画を眺めて、
「安物だ」
 やはりつまらなそうに顔をしかめる。
「豊実さん、豊実さん。あんまり店の商品悪く言うのはよくねえかと」
 オールバックに、鋭い目つき。
 一見強面の夢野 久(ゆめの・ひさし)はしかし、生真面目そうに店主をチラチラと確認しながら、豊実に声をかけた。
「駄目な物は駄目だし、安物は安物。本当のことを言って何が悪いもんかい」
 ますます声のボリュームを上げる豊実に、久は「たはー」と額を叩いた。
「とにかくつまんない作品は放っておきな。私達が探すのは――」
「『これは素晴らしい、命を生み出しても不思議はない』って思える作品だろ?」
「そうさ。その作品見つけ出して、カンバス・ウォーカーの謎が解ければ、私が生前描いた“彼ら”を具現化させることができるかも知れないんだ! 正に最高の愉悦じゃないか!」
 うずうずと、湧き上がる歓喜を押さえ込むかのように豊実は微笑んでみせる。
「っても、俺は豊実さんみてぇに審美眼とやらがあるわけじゃねぇからなあ」
「審美眼はなくても見つけられるって言ってたじゃないか」
「そりゃあまあ。作品が世の中をながれりゃ噂はこぼれる。三個以上の美術品……目が動いたとか、担当の学芸員が病気したとか、そう言う胡散臭い噂のある品。暗かったり破壊がテーマだったりする作品……って絞り込んでいけば何か出てくるとは思うけどな」
 ひとつひとつ、言葉を整理するように話す久を、豊実はしげしげと見つめ返した。
「久君はしかし、見かけによらず理論的だねぇ」
 久はきまりの悪そうな表情を浮かべた。
「じゃあその条件、店員に話してくるといい。込められた想いが形を成すほどならば、それなりに評価を受けた名品である可能性が高いから――まあこの店にあるとも思えないけれど」
「だから、そういうこと言うから聞きづらくなるんでしょーが」
 久は、天井を仰いだ。

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「にゃー! もう無理! ルカ、カンバスちゃんに会いに行ってくる!」
 ぶわさっと、手にした資料の束を放り出して、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はカフェから外に出て行こうとする。
「そっちはエースやら泡やらもう向かっている者がいるだろうが」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、ルカルカの手をむんずと掴んで引き留める。
「むー。ザカコだって守備範囲外でこっちいるのにー」
「いやあ、原因となりそうな芸術家さんが結構あっさり見つかってしまいましてね。だったらダリルさんを手伝おうかなと」
 ルカルカの手から舞った資料を再びまとめなおしながら、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)はにこにこと笑った。
「大変助かっている」
「むー。じゃあデータ整理とか分析は得意な人に任せて、ルカ、やっぱりカンバスちゃんに逢ってくる! 適材適所って言うもんね」
「よし、じゃあついでに聞き込みの続きをしてきてくれ」
「えー? 美術館ならさっき行ってきたよ?」
「ああ。だから――次は画壇だ。それから、最近出来た作品や、美術関係の賞に落選した作品も含めて聞き込み。これは主催者のところで確認を取ってきてくれ。選考委員からも話を聞けるとベストだな。後は各種学校で美術系不合格者や変わった絵を描いていた学生の確認。終わったら美術協会登録の会員名簿の検索な。ああ、空京大学の建設工事や鉄道沿線の騒音が届く範囲に住所があったら重点的に調べてきてくれ」
「じ、地道すぎるし多すぎる〜。頭がウニになるぅ」
「ついでに色々頼んですまないな」
「もう! これじゃサボれないよ! ダリルの意地悪!」
「ぼやくなぼやくな。カンバス・ウォーカーのためだろ?」
「むー」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は一声だけうめいたが、それでも決心を固めたように頷くと、カフェを出て行った。

「大丈夫ですかね、ルカルカさん」
「まあ、後でチョコパフェでも奢ってやることにするさ」
 気遣わしげなザカコの声に、ダリルは苦笑を返してみせた。
「で、そちらの話だな」
「そうですね。空京の街で印象的だった芸術家ってことなんですけど」
 ザカコは手元のメモを覗き込む。
「ま、売れてない芸術家とい言うのは山ほどいるみたいです」
「まあそんなものなのだろうな」
「ただ……周りから爪弾きにされている作者とか、恨みを持っていそうな作者ということになると……どうも大体一人に特定されるんです」
「『酔いどれアウグスト』か」
 ダリルの言葉に、ザカコは大きく頷いた。
「まあ……爪弾きにされていたと言うより、自分からほとんど誰とも関わらなかったというのが正解のようですけど」
「……」
「誰に聞いても大体返ってくる答えは同じだったんで、早めに切り上げてしまいました。まあもっとも、作者の意図なんかとは関係なくカンバス・ウォーカーが動いているという可能性もありますけど」
 ザカコはひょいと肩をすくめてみせた。
「どうしましょうか。必要があれば、自分、まだ街に行って話を聞いてきますが」
「いや。いいのではないか。こっちを手伝ってくれた方が効率が良さそうだ。後はルカの調べてきた情報が、ザカコの話を裏付けるものになるかどうかだな。しかしこうなってくると、カンバスは三人、だが作者は一人ということになりそうだな」

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「これが?」
 朱宮 満夜(あけみや・まよ)の言葉に美術商の店主は肩をすくめてみせた。
「あんたが探しているのが『酔いどれアウグスト』の作品だってんなら、まあそれだ」
「他にはないんですか? たとえばその――三枚セットの作品とか」
「さあなあ。この一枚だって、酒屋の親父がツケの代わりに差し押さえたって作品だから――そもそもセットの一部かも知れないしなぁ」
「そうですか」
 あらためて、満夜は渡された絵画を眺めた。

 夜。
 カンバスの中心に横たわるのはかつて人が暮らしていたのだろうと思わせる宮殿。
 今や廃墟と化したその建物の周辺には、荒涼とした平原が広がっている。

 生き物の気配はない。

「『世界の破滅』を暗示した絵画――ストリートの破壊行動を見れば、戦争風景の絵でも出てくるかと思ったんだがな。破壊され尽くしたパラミタの姿のような」
 ミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)はしげしげと絵を眺めながら、わずかに首を傾げた。
「暗い絵ですが――『破壊衝動』というよりはもの寂しさを感じる絵ですね。この絵からカンバス・ウォーカーが生まれたのでしょうか?」
「今ここで燃やしてしまうと言うのもひとつの手だぞ。当たりならカンバス・ウォーカーは消えるだろう?」
「……気は進みませんね。想いが強すぎるならば、絵画の破壊で足枷が取れて……さらに暴走するなんてことまであるかもしれません」
 満夜が首を振った。
「賢明というものだな。しかし――どうでもいいが、この絵には人の気配がないな」

「カンバスちゃんたちがお出かけしているのかも知れませんよぉ」
 訝しげなミハエルの横から、カウンターによじ登ったヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が顔を出した。
「お出かけ?」
 ミハエルがますます訝しげな表情を作る。
「はあい。ボクが前にであったカンバスちゃんは、願いがかなったら、絵の中にもどっていったですよ?」
「ではやっぱりこの作品なんでしょうか?」
「いや、この絵はうちに売られてきたときから人っ子ひとりいねぇうすら寂しいまんまだぜ?」
 満夜の言葉に、しかし店主が口を挟んだ。
「んー、違うですかぁ」
 ヴォネガットは難しい顔をして腕を組んだ。
「じゃあ、じゃあ教えてください! そのよいどれさんは、失敗作を壊しちゃたり、『芸術が爆発だー!』って言ってる人ですか? それとも、描いた絵が気にいらなかったり、失敗したりすると、絵をグチャグチャって上書きしちゃう人ですか? それともそれとも、作品を作る為に静かなとこにいるか、周りがうるさいって文句いってる人ですか?」
 ヴォネガットの言葉に、今度は店主が難しい顔になった。それから呻くように口を開いた。
「……全部」
「ぜ、全部なのですか!?」
「ああ……全部当てはまるぜ? あの爺さん、なーんか空京に恨みでもあったみてぇだからな」
「むぅぅ、そうすると、カンバスちゃん達が悪いことしてるのは、そのよいどれさんのせいなんでしょうか」
「まぁその辺はよくわからねぇけどな。しかしまぁ、あんな爺さんによく弟子入りする奴がいたもんだよ」
 店主の言葉に、満夜、ミハエル、ヴォネガットの全員が揃って振り向いた。

『弟子!?』

「ん、ああ。ナディアって若い娘なんだけどな。とんだ物好きだよな」