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ペンギンパニック@ショッピングモール!

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 第五章

 視点を転じてモール内の飲食店街を見よう。
 ほとんどの店が開店休業状態だった。沙幸のいるアイスクリーム店はなかなか盛り上がっているものの、営業中というわけではない。
 ところが一店だけ、絶賛オープン中の店があった。それは寿司屋、今日はペンギン向けの特別営業だ。店主は九条 風天(くじょう・ふうてん)である。
「はいお待ちっ! イワシの握りね!」
 板前の扮装にねじり鉢巻き、気っ風の良い江戸っ子といった口調でじゃんじゃん握っていく。普段から男装が基本の風天だ。寿司屋の若大将といった雰囲気もぴったり身についている。
(「……一度やってみたかったのですよね」)
 夢が叶った喜びに、じんと胸が熱くなる。
 この場を借りて彼女は、単身で寿司屋をはじめたのだった。魚の匂いで誘うと、すぐにお客(ペンギン)はやってきた。ならばきっちり仕事はこなそう。シャリは人間用の固さより少し柔らかめにしてワサビは抜き、それでも、見た目からしてツヤツヤとして魅力的な寿司なのだ。
 風天が腕をふるうカウンターを、ペンギン四羽が囲むようにしている。
「イワシ行きますよっ! 上手にキャッチして下さい!」
 と言えば一羽のペンギンが、キュッと鳴いて口を開けた。そこに、優しく風天は寿司を放り込んであげる。ペンギンはこれを丸呑みしてクワクワと手を叩いた。気に入ったらしい。
「さあ、エビにイカ、ホタテ、どんどん行きますからお待ちあれっ!」
 ここで入口の戸ががらりと開いた。
「いらっしゃ……!」
 風天は即断即決、まだ殻のままのウニをつかむや、ギラリとした笑顔を入口に向けた。
 美人ではあるのだがどこか恐ろしい笑顔――鬼眼を交えた恐ろしい笑顔を。
 戸口にいたのは二羽のトウゾクカモメだった。だが若大将の有無を言わさぬ表情に恐れをなしたか、店を間違えました、と言わんばかりに背を向け逃げ去ってしまう。
「はい、次は大トロ行きます」
 即座に柔和な笑顔に戻るとウニを下ろし、風天はまた握り始めるのである。お客はクワクワとさらに要求する。今日は大忙しだ。

 さて視点を、再びスーパーマーケットに移す。
 鮮魚コーナーでは終夏とペンギンが手をつないでいる。
「うん……ペンギンなら、怖くない!」
 トラウマが消えていく終夏なのだった。
「ペンギンと仲良しです〜。わーいわーいですよう〜♪」
「シシルー。遊ぶのは安全な場所へついてからにしようね」
 とは言いつつも終夏の心は穏やかだ。右手はペンギン、左手はそのヒナペンギン、連れだって歩くは楽し。
 ところが実はペンギンが最も集まっていたのは、鮮魚コーナーではなくその裏手、すなわちスーパーマーケットの巨大冷凍室だった。
「うはっ、奥の方に見えるなペンギンが! では作戦開始!」
 桐生 円(きりゅう・まどか)は宣言して、華麗な装い……コウテイペンギンの着ぐるみに身を包んでいた。
「ペンギンを誘導するには自らがペンギンになるしかないのさ!」
(「ペンギン体型であれば、バストサイズも気にしないでいいし、ね」)
 ふっ、とそんなことも思ったりする。開きっぱなしだった冷凍室に入る。
「歩くん、知っていたかい? ペンギンはペンペン鳴くからペンギンって名づけられたんだよ。シャンバラ匿名掲示板に書いてあった」
 きりりとそんなことを七瀬 歩(ななせ・あゆむ)に告げる。歩もお揃いのペンギン着ぐるみなのだ。
「ええっ、知らなかった!? ペンギンはクワクワと鳴くものだと思ってたよ。さすが円ちゃん隊長!」
 歩は心からそれを信じ感心しているようだが、クワクワだったかも……と、ふと円は不安になった。けれどそれを表に出さず、
「いや……ま、そう聞こえるかもしれないが。ぺんぺんで統一しようではないか! ぺんぺん!」
 振り返って冷凍室の扉を閉めた。
 そんな円ペンギンの頭部を、思わず神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)はすりすりとさすってしまう。
「ああ! ペンギン円さんはいつもらぶり〜ですわ〜」
「そ、そうか、らぶり〜、か……」
 左腕で円を抱いたまま、同じくエレンは右腕を伸ばして、
「ペンギン歩さんもステキですわ〜。袋詰めにして持って帰りたいくらい……」
 と眼を細めるのだ。ちなみにエレンは飼育係風のツナギを着ている。
「あわわ、ステキと言われるのは嬉しいけれど、お持ち帰りはだめなんだよー」
 扉が閉じたため一気に気温が下がった。まるで南極のクール加減だが三人は意に介さない。ここで再び、きりっとした表情で円が告げた。
「ペンギンはわりとクールな生き物でね。水の中の危険を確認するためには、一匹の勇気あるペンギンが飛び込んで危険を確認するのさ、ぺんぺん」
「ペンギン円さんはさすが物知りですわ〜。して、そのココロは?」
「うん、そしてそのペンギンが生きているか死んでいるかで、残りの集団は水の中に飛び込むかを決めるというんだ。つまり今回の僕たちは、冷凍室に飛び込む勇気あるペンギンというわけなのさ! ここからしばらく極寒の状態が続くが、二人とも耐えてくれたまえ! ぺんぺん」
 そんな彼女を惚れ惚れと見つめ、エレンは熱っぽく語るのである。
「なるほど、円ペンギンさんはまるでペンギンの王のようにご立派……本日は円さんをペンギン王にしてみせせましょう!」
「円ちゃん隊長を『円ちゃん隊長キング』にするんだねー。及ばずながらあたしも頑張るよー! ぺんぺーん!」
 歩はペンギンハンドを振り上げて気合いを入れた。
「ボクはペンギンの王になる!」
 円もまんざらではないらしい。ペンギン首にするりとマフラーを巻き、出発! と号令した。
 出発! ……と書くと勢いはよさそうだが、ペンギン歩きなので歩調はまったりである。
 のてのて、一人の飼育員と二羽の着ぐるみペンギン、意気揚々と氷点下ゾーンの奥へ進むと……!
 クワクワクワクワキュウクワクワクワクワクワクワキュウクワワワー!!
 そこにはぎっしりという表現がぴったりな感じで、沢山のペンギンが群れなしているのだった。腹で氷の上を滑り、凍った魚をクチバシでつついていたりする。最初に気づいたのはヒナ鳥、親鳥にしっかりと身を寄せながら目を丸くして声を上げた。
「いちにーさん……ちょっと待って、二十羽は軽くいるよ! すごいよ冷蔵庫を選んで大正解! さすが円ちゃん!」
「ペンギンの皆さんは少々怖がってますわね? 円さん、どうされます?」
 歩とエレンは揃って円を見た。だが頼れるリーダーペンギン王は、動じない。
「無心になれ、ペンギンなりきるんだ! ペンギンの鳴き声をまねするんだ! 動作もペンギンになりきるんだーっ!」
 こんな風に、とジャンプして、つるつるの表面に腹から着地、すいーっと滑った。
「ボクはペンギン、コウテイペンギンの円! 仲良くしてねペンペンペン〜!」
「はい、みんな、ゴハンだよ−」
 すぐさま歩がエビや魚を配ると、ペンギンは警戒心を緩め、すぐに食べ始めた。二人が着ぐるみ姿なのも親近感を得るという意味で効果があったようだ。
「ああなんと素晴らしい! 円さん、歩さん、私も協力しますわ〜」
 目を輝かせつつ、エレンも魚配布を開始するのだった。
 チーム『円ぺらーペンギン』を名乗る三人、さてその手腕のほどは如何に?