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ペンギンパニック@ショッピングモール!

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 第四章

 企む者、それはカモメを捕らえて売り払おうとする一団、その名も『雪だるま王国』である。
 可愛い名前だがその団長の扮装はシックだ。黒いマントに黒ジャケット、胸元には純白のスカーフ、いずれも、風らしい風も出ていないのにバタバタとはためいているという不思議さ。おまけに目元には白い仮面を装着している。まるで前世紀の怪盗紳士だ。
「計画を実行に移すときが来たようですね!」
 彼はヒーロー、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)。衣装は黒ずくめだが腹も黒いという男…………ちょっと待て、それヒーローか?
 ここは、正門から見ると三時の方角、大規模なフードコートである。その上方に吊り下げられた大作ミステリー映画の看板の裏より、クロセルは颯爽と姿を現していた。
「このところ王国の財政の傾き方は尋常ではなくっ! 慢性的な資金不足に悩まされているのです」
 看板に描かれた主演女優の頬に寄り添うようにして、芝居がかった口調でクロセルは述ぶ。
「ですがそれも今日までのこと! ペンギンを餌に変種トウゾクカモメをおびき寄せ、これを捕獲して売りさばく! ペンギンを脅かす者はこれで滅び、おまけに我らが懐には現金(げんなま)がザックザクというこの計画、なんと完璧なものでしょう……カモンスポンサー!」
 その呼び声に応じ、同じ看板の反対側から新堂 祐司(しんどう・ゆうじ)が姿を見せる。クロセルに比べれば地味な外見とはいえ、シャギーの入った髪に薄茶の髪、瞳は燃えるような赤、こちらも一癖ありそうな姿だ。
「ふははは! 呼ばれた以上は出ざるを得まい! 俺様率いる商店『メルクリウス』、今日はトウゾクカモメの密売というオイシイ話を聞きつけ、こうして推参したという次第! おうよ雪だるま王国の大将、今日はがっちり買ってやるからどんどんよこしてくれや!」
 それはそうとして、と祐司は咳払いして、
「なんで俺たち、こんな高い場所にいるんだ。これで下に指示が出せるのか?」
「ふふ、野暮を問うものではありません。高い場所からの登場! これぞ我らのような黒幕にふさわしい演出と言えましょう。すべてはお約束なのです」
「あと、つられてペラペラと事情を語っちまったが、それも『お約束』ってやつなのか?」
「然り。そうして思わず話しすぎてしまった黒幕は、正義のヒーローに一敗地にまみれるというお約束もあります。……って、今日はそうなったら困るわけですが!」
 そのとき二人の足元から、彼らを見上げ呼びかける声があった。
「なにかおっしゃったでござるか? 売るとか買うとか聞こえたでござるがー?」
 それは童話 スノーマン(どうわ・すのーまん)、フードコートの中央付近に、机を組んで通り道を造っている。
「あ、いやいや、なんでもありません」
 クロセルは声を上げて、
「そのままそこで、ペンギンを迎える準備をしてくださーい」
 と手を振った。
「了解でござる。寒冷地に暮らすパラミタコウテイペンギン殿らにとっては、ショッピングモールとて決して快適な空間とは言えますまい。彼らに気持ち良い環境を提供し、雪だるま王国へと迎え入れるという話ゆえ、気合いが入るでござるな」
 スノーマンは頷いてせっせと空間を確保している。
「ペンギン殿たちにとってもっとも安らげる場所は、冷凍食品売り場を除けば拙者達の様なクールなボディを持つ者の傍に他ならないでござるよ!」
 彼(?)ことスノーマンは、その名の通り雪だるまなのだ。クロセルと祐司の企みについては、本当のところは聞かされていない。
 そこからいくらもいかぬ場所で、四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)もクロセルに協力している。
「んー、いたいた、ペンギンがのてのて歩いてるね。『ペンギンを王国に迎え入れるべく、できるだけ多く集めてフードコートまで連れて来るべし』なんて言われたけど……」
 唯乃は観葉植物に隠れながら氷術を発動する。狙いは雪だるまの作成だ。作った上で、エラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)が連れている三体のスケルトン(名はそれぞれケケ、ルル、トト)に入ってもらうのだ。同じく氷術を施しつつエラノールは言う。
「スノーマンさんが主張されていたように、冷たそうな外見にしておくのはペンギンさんにも喜ばれそうですね」
「でも、なんとなく釈然としないものがあるのよね……なんか騎士団長が企んでるっぽい……まぁペンギン可愛いからいいけど」
 やはり二人とも『カモメを売り払う』という団長クロセルの真の目的までは知らされていないのだった。
「さ、できました。ケケ、ルル、トト、ちょっと冷たいと思うけど入ってくださいね。そうそう」
 かくて三体の動く雪だるまが誕生する。さらに唯乃とエラノールは手分けして、三体に長靴と手袋をつけさせた。
「ほら、行ってきなさい。ペンギンを怖がらせないようにね?」
 スケルトン入り雪だるまは忠実だ。くるくると踊り、首尾良くペンギンの目を惹く。
「キュウ?」
 ぺたぺたとした歩みで、六体ものペンギンが雪だるまを追ってきた。
「上出来上出来、さて、次は……」
 唯乃は首を巡らせた。協力者として岩沢 美月(いわさわ・みつき)たちも来ていたはずだが。

 チャイナ風メイド服の裾から長い脚を露出させ、美月は足を組んでテーブルに直接座り計算機を叩いていた。
「全く、あのアホは腹黒ヒーローなんざと組んで何をやってんだか……」
 美月は闇商店『メルクリウス』の秘書であり財政担当であり実質的な経営者だったりする。従ってやりくりにはいつも頭を悩ませていた。
 今回の件、祐司は「トウゾクカモメにペンギンを好事家に売って大儲けだ」などと言っているが、その取引相手を探すのがまず大変であり、それにかかる諸々のコストを計算するとどうもかんばしい結果が予想できない。正直、赤字になる公算が高いのだ。
「……ロクな取引じゃないわね。まあ、今回の仕事の件、美雪が喜んでくれるから受けるけど、本来なら税収が雪だるまなんてふざけた集団の手伝いなんてやだわ」
 ふと美月が顔を上げると、唯乃たちも岩沢 美雪(いわさわ・みゆき)もいなくなっている。
「あれ……?」
 だが探すまでもなかった。
「わぁ〜い♪ ペンギンさん可愛いなぁ〜。クワクワ〜♪」
 美雪の楽しげな声が聞こえる。歩く雪だるま三体を先頭に、唯乃とエラノールの連れているペンギンたちのパレードにくっついてその最後尾を歩いているのだ。身長170を超えるモデル並の体型をかがめ、美雪はペンギン風に両手を腰に付け歩いている。
「あ〜美月お姉ちゃん、お姉ちゃんも一緒にペンギンさんと遊ぼうよ〜♪」
 美月に気づいて美雪は元気に手を振った。もちろん彼女は、闇商店『メルクリウス』の計画については全然知らない。
「あの子ったらいつの間に……! ちょっと、もうフードコートの敷地じゃない!? ダメよ、離れ……」
 美月が言い終えるより早く、フードコートの中央に大きな網が落ちてきた。ペンギンご一行は勿論、
「やや! これは何の真似でござるか!?」
 スノーマンも網に捕らわれてしまう。
「これはいけません、カモメがくるより早く網を出してしまった」
 クロセルは看板から飛び降りようとする。カモメを捕まえるのが彼の計画であり、ペンギンたちや可愛い団員一同を網にかけるつもりはなかった。
「ふはは、何を言う! 諸君らとは別の場所で作業に入るつもりだったが、あれだけの数がいれば動かざるを得ないぜ!」
 祐司は動じず、ペンギンをてなづけるべくオキアミをバラ撒いて高笑いする。
「このまま売っぱらうぞ! 考えても見ろ、カモメよりもペンギンのほうが金になるだろう!」
「……なっ! 祐司さん、それは話が違う!」
「ふはははは、黒幕の腹は二重底、ってやつだぜ……それも『お約束』だろ! あんたにとっても悪い話じゃねえはずだ」
 高笑いのまま祐司はひらりと着地する。
「美月、お客さんたちをケガさせないよう運搬しろ!」
 と叫ぶのだが、それに倍する勢いで美月は怒鳴り返した。
「何言ってんの! 美雪まで捕まってるじゃない、このアホ!」
 などともたついているところに、パトロール中のナナ一行が駆けつけたのである。
「これは一体……? ご無事ですか、皆さん?」
「なんだか悪だくみが行われてたっぽいね、みんな、すぐ助けるからね……ルース!」
 ズィーベンが指を鳴らすと、
「任せろ! ホワタァァァァッ!」
 怪鳥音あげてルースが手刀で網を破る。
「あ、こりゃまずいな! ……ふはは、ちょっとしたレクリエーションだったんだぜ! 気にするな! 提供は『(株)新堂グループ』ってな。さらばだ!」
 コトが露呈したと悟るや、祐司は高笑いして美雪を助け出し、小走りに逃げていく。
「アホ! 名乗ってどうするのよ! えーと、全ての責任は『雪だるま王国』にあり、当社『メルクリウス』には一切の責任はありませんのでー」
 美月は営業用の笑顔で告げるや彼を追って姿を消した。
 さてこうなると、気の毒なのはクロセルだ。
「どういうことでござるか」
「どういうことよ」
「えーと、では私も……どういうことなのですか?」
 スノーマン、唯乃、エラノールに取り囲まれ、問い詰められる。
「いや、これは、その……」
 ところがちょうどそこに助け船(?)、テーブルを蹴散らして十数羽からなるカモメの群れが飛び込んで来たのだ!
「おっと! こうしてはいられませんね。皆さん、戦いましょう!」
 だしぬけにテーブルをカモメに投げつけ、クロセルは白い歯を光らせた。
 なんとか誤魔化せた……かな?

 企み、といえば彼らとは別に単身、カモメに味方しようとする者もあった。
 志方 綾乃(しかた・あやの)である。
(「トウゾクカモメだって、正直見た目キモイけど生きてるんです!!」)
 これが彼女の信条、皆がペンギンばかり助けようとするのに納得いかぬ彼女である。『雪だるま王国』とナナ一行がカモメとの戦闘に入ったのを目撃して、
(「だから私は、カモメの捕食活動を手伝います!」)
 冥府の瘴気を発し、ペンギンを怯えさせてその足を止める。
「どうですかトウゾクカモメの皆さん! 私は役に立つでしょう!?」
 と、カモメの一団にすり寄り振り返った綾乃だが、この行動は彼女に災いした。
 トウゾクカモメは槍で、綾乃の肩を突き刺したのだ。
「くっ、何を? こうやって狩りを手伝っているというのに……!?」
 逆だ。トウゾクカモメにとっては、綾乃の行動は『獲物を横取りに来た』ようにしか見えない。野生動物を甘く見たと言えはしないか。不用意にカモメ集団に近づいたのが拙かった。無防備なその身にカモメの攻撃は集中したのだ。
 結局、綾乃もナナ一行に窮地を救われることになった。