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蜘蛛の塔に潜む狂気

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蜘蛛の塔に潜む狂気
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【7・狂気】

 この日の朝方のこと。
 蒼空学園に存在するコミュニティ『風の旅団』に、とある女生徒が相談に来ていた。
 それは噂の一端を担っている、件の女生徒……の友人である。
「あの子、今日も学校に来てないんです。一緒に塔に行った人達も、あんなことになって。きっと、何かあったんです」
「なるほど。確かに何らかの事件に巻き込まれた可能性が高そうですね」
 彼女と話をしているのはウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)
「それにあの子、砕音先生がいなくなってから、いつも様子おかしかったですし。心配で」
「わかりました。私がその生徒の安否を確認してきましょう」
「よろしく、お願いします」

 そして今。ウィングは梯子を上がり、幻の十四階へと辿り着いた。
 そこは下の階とは違い、天井がやけに低く3メートルくらいしかなく。広さも一般の教室といい勝負くらいのものだった。
 そんな場所に、
「なんですか、これは……」
 砕音先生がいっぱいいた。
 明らかに盗撮とわかる写真がベタベタ壁じゅうに張り巡らされており、天井には砕音先生のポスターがデカデカと存在し、手作りらしき砕音先生のフィギュアがぱっと見で百は並んでいる棚があり、対面の棚には『砕音先生授業』と書かれたCDとDVDがズラリ。極めつけとして、砕音先生本人のものらしきスーツが装着されている砕音先生抱き枕があった。スーツが先生の私物だとしたら、どう考えても盗んだと見て間違いなかった。
 そんな異常な空間の中央に、ひとりの女生徒はいた。
「うふふ……砕音先生? そうなんです、とうとう私達の秘密の部屋、見つかっちゃいました。ええ、私達の愛を邪魔するなんて、ほんとにウザくて鬱陶しくて邪魔なゴミ虫達ですよね……あ、ごめんなさい。こんな言葉遣いじゃ先生に嫌われちゃいますよね。てへ♪」
 彼女は携帯電話(もちろんストラップは砕音先生)を耳にあてながら、梯子をあがってきた皆を冷ややかな目で眺めている。
 そんな中、更に梯子を上がってきたのは、ラルクと影野陽太。
 ラルクはこの部屋の状態を見てなんとなく女生徒がどういう類の人間かを察しながら、ゆっくりと詰め寄る。
「お前、砕音と連絡取ってるらしいな? どんな用件で連絡とってるんだ?」
「先生に付き纏ってるラルなんとかって男がなにか言ってます。無視しちゃいましょう」
「繋がってるのか? ちょっと貸せ!」
 苛立ち交じりに携帯電話を奪い取り、それを耳に当て、
「もしもし……あ、え?」

「おかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめのうえ、もう一度おかけ直しください。おかけになった電話番号は……」

 聞こえてきたのが、ただの機械的な音声だったことに、ラルクは怒りを一瞬忘れて寒気をおぼえた。
「なにすんのよ、さっさと返して! ああ、ごめんなさい先生。こいつにはどう罰を加えてやりましょうか……あ、そうですね。きっと私達が妬ましいんですね。いやですね、男の嫉妬なんて。あはハハハはははハははハ」
 返事の返ってこない携帯に、ただただ話を続けている少女の瞳は、もはや完全な狂気に染まってしまっていて。
「ヤバイな、こいつ。完全にイッちゃってる。話をするだけ無駄だ」
 ラルクは早々に話をするのをやめた。
 その代わりに今度はウィングが歩み寄り、少し優しい口調で語りかける。
「あの。あなたはどうしてこの塔に住んでいるんですか? 何か離れたくない理由でもあるんでしょうか」
「ここは、先生との思い出の場所なのよ。ねぇ、先生」
 携帯との会話のついでに一応の返答をしてくる女生徒。
「初めてデートをしたのがここなの。ふふ、あのときは砕音先生ってば照れ隠しに、社会見学だなんて口実を作って皆と一緒に来たのよね。そういう恥ずかしがりなところもまたイイんだけど」
 いや照れ隠しも何も、本当にただ社会見学に来ただけだろうと誰もが思った。
 さすがにこれではどう連れ帰ればいいのかわからず困惑するウィング。
 その間に、更に交代で今度は陽太が前に出た。
 彼は事前に女生徒がそういう人だと知っていたので、さほど困惑もしていなかった。
「あの。本当はわかってるんでしょう? この塔に本当は砕音先生がいないって」
「ふふ……わかってない人がなにか言ってますねぇ、先生。そんなことないですよねー、先生はこの塔にいるんですよね。この塔は、私の想いを叶えてくれたんですから……」
「え。もしかして、何かこの塔に秘密があるんですか? もしもそうなら、誰にも言いませんから教えてくださいよ」
「そうだよ! 教えて教えて!」「せめて、蜘蛛の親玉については聞かせてください」
 そこへ新たに梯子を上ってきた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が顔を出した。コハクはラルクがいるのを見て、挨拶をかわしつつ、
「安心して。私とコハクも砕音先生の仲間なんだ」
 美羽は、ほがらかな笑顔で警戒を解こうとするが。女生徒のほうは携帯相手に独り言を言っているばかりで聞いているのか聞いてないのかすら微妙だった。
「悪いようにはしないって約束するよ! だから教えて。先生は塔のどこにいるの? あと、蜘蛛の親玉はどこにいるか知ってるの?」
「蜘蛛なんか私は知らないわ。あいつらは少し前から勝手に住み着いただけだもの。餌をやって生徒達を追い返す程度には役に立って貰ってるけど、親玉は見たことないわ。ねー先生?」
「じゃあ、先生はどこなの?」
「…………」
「答えられないところをみると、やっぱあんたの騙りだったんだな」
 そのとき、仮面をつけた人物がいつの間にかその場に現れていた。
 突然の仮面男登場に皆が驚くが、それは単純に使っていた隠形の術を解いただけである。実際正体もトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)であった。
 そんな彼は殺気を漲らせると、一瞬で女生徒と間合いを詰め、女生徒の目の前ギリギリにソードブレイカーを突きつけていた。
「っ!」
 さすがに携帯を取り落として言葉を失う女生徒。
「冗談だ……だが、鏖殺寺院の中には冗談が通じない連中も多い。次は止めてくれるとは限らないぞ?」
 仮面の男の脅しの言葉は冗談ではなさそうな声色で、全員が割って入ることもできず息を呑むが。
「……ふ、ふふふ……」
 対する女生徒だけは、まだ刃を突きつけられた状態にも関わらず笑っていた。
「嘘じゃ、ないのよ。この塔にね、先生はいるんだから。何ヶ月も前から、ずっと」
「痛い目を見ないとわからないか? 俺の知る砕音が、こんなところにいる筈がない。今は体調も万全ではないしな」
「はははハハははハ、刺したいのならどうぞやってみなさいよ。そのときこそきっと先生が私を守ってくれるわ。私の声は、先生に届いたんだから! あはははハハははハはは!」
「まるで要領を得ないな。そんなに望むなら、ケジメをつけさせてやろうか」
 両者の視線がぶつかり、一触即発という雰囲気になる中。
 カサカサとどこかから蜘蛛が数匹入ってきていた。
 それに気づいたウィングは、アボミネーションと威圧を使ってそいつらを近寄ってこないようにさせておいた。
 その行為で、同時に親玉自らが出てくるかもという考えもあったが。
(それで、都合よく出てくるとも思えないですけどね)
 それはあくまで、出てくればいいな程度のものでしかなかった。
 けれど。
 突如、天井に亀裂が入った。