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蜘蛛の塔に潜む狂気

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蜘蛛の塔に潜む狂気
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【4・蜘蛛の子を散らせ】

 バレーボールくらいの図体をした蜘蛛が、六階と七階の踊り場の上にいた。
 そいつはそれこそバレーのネットほどの巣を張って、そこに堂々と陣取っている。巣には他に小蜘蛛が何匹もいて、囚われた蛾を食い漁っていた。
 そこへ、階下から上がってくる者を蜘蛛は視界に捕らえた。
 相手は自分とケタ違いの大きさの存在ではあったが、子分を従えていい気になっていたその巣の主は、構うことなく糸を噴射して絡めとろうと試みる。
 だが対象となった橘 恭司(たちばな・きょうじ)は、難なく爆炎波で糸を焼き払ってしまった。
 あっさりと自分の攻撃を破られた蜘蛛は蛮勇にも恭司に飛び掛っていくが。
 カウンター気味に恭司はそいつの腹めがけて、思い切り打撃を喰らわせてあっさり地面へと這い蹲らせていた。
 それを見た小蜘蛛は、主を助けることもなくすぐさま巣を離れて散っていく。
 シビアなものであった。
「どれだけ蔓延ってるんだろうこの蜘蛛たち。ここまで湧いていたら、個人の力で完全に駆除するなんて不可能なんじゃ……いっそ業者呼んだ方が早い気が」
 そんな蜘蛛達の些末な思惑を知る由もない恭司は、思わずそんな言葉を漏らすが、
「一度頼んだらしいわよ。けど、それでも完全には殲滅できなかったらしいわ。親蜘蛛がどこかに隠れてたか、誰かが意図的に匿ってるか、よっぽど強いのかは知らないけど。厄介な相手なのは確かね」
 後ろからそんな声がかかった。
 恭司が振り向くとリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)がいて、更にパートナーの姿も続いていた。
「ただ、蜘蛛を誰かが呼び寄せたのではなく、単純にこの塔が居心地がよいので棲み付いているだけという感じがしますね。統率性も見られませんし」
 散っていく蜘蛛を一瞥しつつ、自分の考えを述べるのはヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)
「何にせよ、これ以上この蜘蛛達を野放しにしておくわけにはいかないでしょうね」
 噂で集まり、結果怪我をした生徒達のことを案じているのは空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)
 どうやら彼女達も蜘蛛退治に来たらしいと恭司は知り、
「そうですね。俺たちと……ここに来ている皆の力で、駆逐できればいいんですけど」
 同意しつつ階段を上がるのを再開させた。
 やがて彼らは七階へ到着し。
 何があるかと灯りを掲げて。
 思わず面食らってしまった。
 なにしろそこら中にさっきのネットと同程度か、それ以上の大きさの巣が張り巡らされていて。もはや巣にひっかからずに進む方が難しいくらいの状況だったのだから。
 しかも壁や床のところどころが酸でもかけたみたいに溶けたり崩れたりして、そこが本来は何の部屋として作られたのかさえ、もはや判別し難いほどの有様であった。
 加えて一番恐ろしいのは、暗闇の中に赤銅色の光がいくつも蠢いているにも関わらず、すぐに襲い掛かってくるような愚を犯さずこちらの様子を伺っているという点であった。
 恭司やリカインが一歩進みかけたとき、まるで牽制するように闇の中から放射されてきた毒々しい赤黒い色の体液が、行く手の床石を容易く溶かしていた。
(どうやらここからは、下の階の小蜘蛛とは一味違うみたいです。気を引き締めていかないと)
 恭司は怪力の籠手を装着した手を握りなおし、どう攻めるかを思案しかけたところへ。
「待て! 待てって言ってるだろ!」
 別方向から誰かの声が届いた。
 かと思った直後、床を滑るようにして何かが恭司達の目の前を通り過ぎた。
 それは、先程も目撃された砕音先生に似た謎の影だった。
「あれは……?」
 先生似の顔つきにも驚いたが、そいつは器用に蜘蛛の巣をすり抜けるように動いているのにも驚かされた。
 もしかしたら、本当にすり抜けているのではといぶかしんだところで、
 遅れること数秒、その影を追っているらしい神崎 優(かんざき・ゆう) と、パートナー達が姿を現した。
 こちらも巣には気を使って走っていたが、それでも多少髪の毛にくっついている。
「どっちに行った?」「向こうよ! 急がないと」「わ、待ってください」「蜘蛛に気をつけて!」
 彼ら四人は先生の噂を聞いてこの場を訪れおり。
 優がまず先頭、禁猟区を張っている水無月 零(みなずき・れい)と、周りを警戒する陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)が続き、最後尾は神代 聖夜(かみしろ・せいや)が獣人の特性を生かして警戒を強めていた。
 その陣のおかげで戦闘をできる限り回避してここまで上ってきた四人なのだが、この蜘蛛の巣だらけの階ではかなり気を張っていなければならなかった。
 しかしそれが功を奏し、先生らしき影を発見するに至ったようだった。
 四人はそのまま恭司達の前を横切っていく。
 そんな優達の後を追おうと、闇の中から一匹の蜘蛛が飛び出そうとしたが。
 気づいた恭司もすぐに飛び出し、拳を叩き込んでおいた。おかげで攻撃を仕掛ける間もなく吹っ飛ばされて、巣のいくつかをひっかきまわしながら壁に激突した。
「あ、お前……」
 最後尾の聖夜が一瞬首を動かして気にする素振りを見せたが、
「こっちはいいですから、追ってください!」
 そう言われたことで聖夜は小さく頷き、闇の先へと消えていった。
 彼らが先生らしき影と話をできるか否かは、もうしばらく先にわかることなのだが。
 恭司やリカイン達にとって今わかることは、とりあえず蜘蛛達がさっきより鋭い視線でこちらを睨んできているということくらいだった。
 やがて蜘蛛達による赤黒液による一斉攻撃が始まり。四方八方の床や壁が溶かされていく。
 毒か酸の類であるらしいこれを喰らったらどうなるかは、子供でもわかる。
「もしかしたら、病院送りになった生徒もこいつらにやられたのかもね」
 リカインは距離を詰められないように気をつけつつ、飛び掛ってこようとした蜘蛛達に対してはドラゴンアーツで勢いよく床を砕き、その破片を蜘蛛達にぶつけて昏倒させた。
「おそらくそうです。皮膚に少し焼け爛れたような跡がある生徒もいましたから。けれど、あの攻撃の射程はせいぜい六メートル。距離をとって戦えば怖くありません」
 事前の調べと博識によって、そういった攻撃が来ると予想済みのヴィゼントはすかさず星輝銃で遠距離から敵を攻撃し、星の光で辺りを照らすのを同時に行なっていく。
 そうして仲間が次々撃ち落されていくのを見て、自分達が劣勢なのを判断した蜘蛛達は今度は糸を発射してまずは絡めとることを優先してきたが、
「これはオレに任せてください!」
 そこですかさず前に出る狐樹廊。
「炎舞・鳳閃渦!」
 叫びと共に放たれたファイアストームが、糸はもちろん放ってきた蜘蛛もまとめて一気に火葬させていった。
「ふぅ……あまり悪戯が過ぎるようでしたら塔ごとナラカに送りますよ? そう睨まないでください、冗談です」
 残りの蜘蛛達もさすがにこれには焦ったのか、じりじりと闇の向こうへ後退していく。
 それを見た恭司は声を張り上げて叫んだ。
「よし、このままこの階の蜘蛛を一掃しましょう!」

     *

 そうした攻防が七階で起こっている頃、上の八階でも蜘蛛達との戦闘が起こっていた。
 この階は機械室か何かなのか、ところどころに無駄に大きな機械がほぼ壁になる勢いで置かれており、そのせいでとても入り組んで進みづらい場所になっていた。
 そこで戦っているのは神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)レイス・アデレイド(れいす・あでれいど)山南 桂(やまなみ・けい)だった。
「それにしても、予想はしていましたけど。ここまでうじゃうじゃいるとさすがに参ってしまいますね」
 翡翠はマシンピストルでパートナーに迫らんとした蜘蛛を撃退していく。
「ぼやくなよ翡翠。夜なら不幸もおさまってるんだから、頑張れって」
 前衛であるレイスが通路を邪魔している蜘蛛を翼の剣で切り払うが、そうするとまた別の蜘蛛が沸いてきていた。
「ま、確かに鬱陶しいのは事実だけどな。ったく、次から次へとキリがねえ……一匹自体弱いが、こう数が多いとなると持久戦かよ」
「まあまあ。緊張を解かずにいきましょうよ」
 呟くレイスに答えつつ、蜘蛛の吐いてきた糸を両手のカタールで切り離していく桂。
「でもお二人共、無理なさらずに、危なかったら、下がって下さいね」
 そうしてしばらく蜘蛛を退治しながら進む三人だったが。
「あれ、誰かいるぞ」
 やがて僅かな明かりの中で戦っている人物の姿が見えてきた。
 それは天城 一輝(あまぎ・いっき)。彼はひとりハンドガンと懐中電灯を手に蜘蛛達の相手をしており。
 時折傍に置いてあるカート(コミケなどでご用達のもの)に縛り付けてプラスチックの箱から弾倉と弾を充填して、再び交戦しているが。やはりひとりでは苦戦しているようだった。
 翡翠達は互いに目配せし合うと、すぐに駆け出した。
 レイスがまず一輝の背後に迫っていた蜘蛛を薙ぎ、翡翠は離れた位置にいる蜘蛛を狙っていく。
 もちろん自分達のほうを狙ってきた蜘蛛の糸は桂がすかさず払いのけ、そこをまた翡翠が撃ち倒した。
 彼らの攻防にはじめ驚いた顔をしていた一輝だったが、周りの蜘蛛があらかた掃討される頃には安心した表情を見せ、
「助かった。ありがとうな」
 自然に感謝の言葉を述べていた。
「気にしないでいいですよ。でも、こんなところにひとりでいるとさすがに危険ですよ」
「ああ、退治の依頼を受けてパートナー達と来たんだけど。実は途中ではぐれたんだよ。でも大丈夫。もしもの時は、持たせた宝石をトレジャーセンスで探す手はずになっているから」
 一輝はそう言うと、確かに行く先がわかっているのか自信満々に進んでいき。
 なりゆきで翡翠達三人も後に続いた。
 機械の壁を二回ほど曲がったところで、何かの明かりが目に届いて、更に誰かが戦っているような怒声が耳に響いてきた。
 足を速める一輝は、次の壁の先にパートナーであるローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)コレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)ユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)達が大量の蜘蛛達と共にいるのを見つけ出した。
「皆! 無事か!」
 その声に対し、三者は顔をほころばせた後、
「一輝、話は後ですわ!」
「急いで加勢してよねっ!」
「早く戦闘の陣を組むのだよ!」
 一輝はそれ以上の問答はせずに皆に合流し。先頭に一輝とプッロが並ぶ形をとり、中間にコレット、後方はローザが押さえる陣を組んだ。
 遅れて翡翠達三人も、前はレイス、間に翡翠、後ろは桂を担当する形で戦闘に混じる。
 総勢七名となった彼らに対し。蜘蛛達もわらわらと一匹また一匹と集まり、徒党を組み始め。両陣営の戦いが始まった。
 まず前方から十匹近い蜘蛛達が一斉に紫の毒液を吐き出してくるが、一輝が構えたポリカーボネートシールドと、プッロのタワーシールドのバリケードがそれを防いだ。
「よし、これなら十分耐えられる!」
「陣を崩さずに倒していけば、いずれは勝てるであろうな」
 一輝はその隙間からハンドガンを撃ち。後ろから翡翠も銃弾攻撃を加えていく。
 そうした遠距離攻撃にしびれを切らし、果敢にも体当たりしてきた蜘蛛に対してはプッロのフェザースピアと、レイスの剣が迎えうっていく。
「みんな気をつけて! 上に一匹いるよ!」
 コレットは、明かりを絶やさないように光術を使い続けながら、周囲の警戒を絶やさず。
 おかげで天井に巡らされた巣から、まさに落ちてこようとした蜘蛛は翡翠がまた撃ち落していた。
「後ろからも来ましたわ! 兜と同じくらいのサイズのものが六匹ですわ!」
 ローザも騎士兜に縛ってあるライトとライトブレードを振り、後方の状況を報告しながら皆にディフェンスシフトをかけて守りを固めていった。

 そうした連携の成果か、ものの五分足らずで蜘蛛達は掃討され、残った連中も散り散りに逃げていった。
「はぁ、やっと一段落。か」「さすがにちょっと休まないと持たないぜ」「お疲れ様です」
「今回もどうにか俺たちは勝てたな」「こら。一輝がはぐれなければ、もう少し楽できたのであろうが」「まあまあ。無事だったのですから、それはもう言いっこなしですわ」「そうだよね! ほら、みんな傷ついたところちゃんと見せて」
 翡翠達も一輝達もさすがに疲労気味でその場に腰を下ろし、そうした彼らにコレットはヒールとナーシングでの治療を施していった。
 まだまだ、塔の先は長いようだった。