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蜘蛛の塔に潜む狂気

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蜘蛛の塔に潜む狂気
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【8・親玉登場】

「ギィイイイイイイイイイイイイイィィィィィ!!!」

 天井の亀裂から轟いてきたのは、鳴き声とも唸り声ともつかない耳障りな咆哮。
 全員が耳の穴にドリルでもつっこまれたかのような痛みを感じ、反射的に両耳を押さえて膝をついた。
 その数秒後に何かが落ちてきて、衝撃ですぐさままた立ち上がらされた。
 天井を破壊しポスターを破きながら落下してきたのは、一匹の蜘蛛だった。
 だがそいつは今までのどの蜘蛛よりも巨大であった。
 頭だけでもその場の誰の身長よりも大きく、ひとたび口を開けば軽々と人ひとり飲み込み赤黒い牙でズタズタにしてしまいそうで。黒光りする胴体はトラックと同等の図体で、そこからガシャガシャと蠢くでかいコンパスみたいな∧形をした八本の足を生やしている。
 更に桁の違う重さを象徴するかのように落下の際に、部屋の石畳へとひびの波紋をまんべんなく入れてしまっていた。さらに、振動でフィギュアが何体か下に落ちた。
 直後、一気に頭に血をのぼらせた人物がいた。
「こっ、この虫けらぁあああ! よくも私と先生の愛の巣をおぉお!」
 当然ながら部屋の主である女生徒だった。
 怒りのままにその親蜘蛛へと向かっていくが、対する親蜘蛛は紅い目をギラリと不気味に輝かせた。
「あぶない!」
 ウィングの警告は遅かった。
 足の一本が、風圧を起こしながら勢いよく振られ。
 女生徒の身体をまるで紙切れのように吹き飛ばし、砕音先生の写真だらけの壁へと叩きつけていた。女生徒は悲鳴もあげられず気絶した。
 更にトドメをさすべく、その親蜘蛛は口を大きく開かせようとした。
 が、殺気看破と超感覚とディテクトエビルを使って、事前に相手の動きを察知していたウィングはそれより先に親蜘蛛に奈落の鉄鎖で動きを封じていた。
 そこから間髪入れず超感覚で加速し、爆炎波を纏わせた妖刀村雨丸で親蜘蛛の体を一刀両断にした。
 いや、したつもりだった。
「くっ。今の攻撃でも、あまり効き目はないのか」
 やや悔しそうな声色で呟くウィングの言うとおり、その親蜘蛛は体からブスブスと煙を立ち上げ、斬られた胴体の傷からボタボタと血を流してはいるものの。
 両断することは叶わず、今にもまた動き出しそうに体を震わせて暴れている。
「と、とにかく一旦ここから出ましょう!」
 女生徒を抱き上げながら叫んだウィングの提案に、否を唱えるものはいなかった。

 梯子をほぼ飛び降りるくらいの勢いで全員が十三階に着いた直後。
 十四階の床を丸々踏み砕き、親蜘蛛は地響きと共に十三階へと落ちてきた。
 更に同様に落下してきた数個の卵から、小型犬サイズの小蜘蛛たちもうぞうぞと這い出してくる。虫嫌いの人間なら、卒倒しそうな光景であった。
「それにしても、こんな巨大な蜘蛛、一体どこに隠れていたんでしょう」
 焦るウィングに対し、
 唯一答えが理解できたのは弥十郎。
(そうか、頂上のあのオブジェこそがこの親蜘蛛だったんだ……業者の人達もただの飾りだと思ってたのかなぁ? 大きすぎて逆に目に入らなかったなんて、なんてお笑いぐさだろ)
 納得しつつ、今更そういったことを後悔していても仕方ないということは、目の前の親蜘蛛が興奮した様子で、目をギラつかせ続けていることから明らかだった。
「来るよ! 戦えない子は下の階に逃げて! 戦う皆は覚悟を決めて!」
 美羽の叫びとほぼ同時に、親蜘蛛は床の石を足で砕きながら怒涛の勢いで迫ってきた。
「春美、こいつは大きいニャ」
 十三階でまだ戦っていた春美と娘子も親蜘蛛にやや気圧されながらも、
「こうなったら、氷超蹴(アイスウルトラキック)をやるニャ!」
「うん。了解っ!」
 娘子がなんか技名を叫んだかと思うと、頷いた春美が残るSPフル活用で氷術を使い親蜘蛛を凍りつかせていく。頭と、胴体の半分くらいまで凍ったところで、
「いいよ、ニャンコ!!」
「氷超蹴!! チェストー!!」
 合図と共に、走りこんできた娘子は飛んだ。
 そのまま凍った顔面と胴体の間、ちょうど首の付け根くらいを狙って飛び蹴りを食らわせると、ドガーン! という効果音を立てて親蜘蛛は横倒しになって床を叩いた。
 おぉおおお! と周囲から歓声があがる。
「やったニャー!」
 だが、
「っ、ニャンコ! 伏せて!」
 親蜘蛛はなんと体の半分を凍りつかせたままの状態で、足の一本を横に薙いで娘子の体を弾き飛ばした。
「ウニャアアアアアアッ!?」
 早すぎる反撃に油断していた娘子は数度床を転がり、中途で春美が抱きかかえたところでようやく止まった。
 そうこうしている間に、親蜘蛛は凍りついた体を必死に床に叩きつけて砕き。頭の部分はバリバリムシャムシャと食って壊してしまった。
「なかなかやるな。よし! 今まで小物ばかりで退屈していたでありますからな。次は自分達に任せて貰うであります!」
 叫んだのは大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)
 彼はハンドガンと光条兵器である旧軍の軍刀を模した『光の軍刀』を手にし……
 パートナーのソフィア・クレメント(そふぃあ・くれめんと)を前へと押し出した。
「いけ! ソフィア!」
「ええ? わたくしっ!?」
 親蜘蛛のほうは先程のダメージを全く感じさせない威圧感で、こちらを見下ろしており。
 更にまた小蜘蛛達も、親蜘蛛に対してだけは守るつもりでいるのか徐々に集まり始める。
(ああもう、いつもいつも身勝手なんですから!)
 心で悪態をつきながらもライトブレードを構え、まず小蜘蛛を叩き潰していくソフィア。
「うぅ……クモ気持ち悪い〜」
 剛太郎の方はソフィアの後ろから、ハンドガンで親蜘蛛を撃っていく。図体がデカイので弾は確実に当たっていたが、どうにも効いている感じがまるでしない。
「やっぱり刀のほうでないとだめでありますかな。よし、ソフィア! 自分が近づいて攻撃するので囮になるであります!」
「な! なんですのその無茶な要求っ!?」
 ソフィアは憤るが、親蜘蛛のほうは再び前の足を振り上げており。
 文句を言っている場合でもないかと諦め、ギロチンのような勢いで振り下ろされていく二本の足を、右に左に動いて必死にかわしていく。
 そうした一歩間違えれば串刺しになりかねないソフィアの頑張りを、剛太郎とて無駄にするつもりは全くなく。
 ぐるりと後ろへと回りこむと、親蜘蛛が自身の体を踏ん張って支えている残りの足を狙って斬り付けていく。しかしそう簡単に斬れる代物でなく何度も弾き返されるが、それでも諦めずに剛太郎は攻撃を続けた。
「ああ、くそ! なんでオレはこんなめんどくせぇことやってんだ!」
 そんな中、怒り調子なのは篠宮 悠(しのみや・ゆう)
 彼は大鎌を振り回し、小蜘蛛達の方を薙ぎ払っていた。
「ユウ、それはワタシ達が平和を乱す魔物を許さない性分だからであろう」
 高周波ブレードで襲い来る小蜘蛛を切り払っているのはレイオール・フォン・ゾート(れいおーる・ふぉんぞーと)
「達、って。私はべつに……いえ、もういいです。とりあえずあなた達二人は冷静さに欠けますから注意してくださいね」
 スナイパーライフルで後方から援護射撃をするのは真理奈・スターチス(まりな・すたーちす)
 どうやらレイオールの正義感に、他の二人が巻き込まれる形となったらしかった。
 それでも三人は次々小蜘蛛の相手をあいていくが。やっつけるそばから上から卵が落ちてきて、そこから新たな小蜘蛛が増えていく。
「クソッ。これじゃキリがねぇぜ。いっそもう大元の巣を狙ったほうが早いだろ」
 悠が見上げる先、崩壊した十三階の天井の上にある、女生徒の部屋の更に上、砕けた天井の向こうには、かすかに巨大な蜘蛛の巣が見え、そこにいくつもの卵が張り付いていた。
「ですがさすがに上すぎますね。私たちの装備では、壊すのは難しいのでは……」
 真理奈が分析する通り、女生徒の部屋もほぼ半壊して梯子も下に落ちてしまったので、上る手立てが失われてしまい。これではそう簡単には壊せそうにない。ないが、
「諦めたらそこで終わりであろう! ワタシはやってやるのだよ!」
 ひとり盛り上がっているレイオールは高周波ブレードを一度下げ、そこから思い切り振り上げての轟雷閃をぶちかまそうとした。
「ギイイィイィィィィ!」
 刹那、親蜘蛛が反応を示した。
 おもむろに尻を上に向けると、そこから糸を勢いよく噴射して自身の巣へ接着させた。
 かと思うと、まるで滑車に引っ張れたかのような速さで己の巨体を引き上げ、自分の体で雷を受け止める絶技を披露させた。
「む……身を呈して巣と卵を守るとは、敵ながら見事!」
「っておい! 感心してる場合か!」「そうです、上をとられました!」
 十三階の天井付近で静止している親蜘蛛は、ガパア、と口を大きく開かせ。
 そこからゴボリ、と真っ黒に染まった液体を吐き出した。
 落下するまでのわずかな時間ではあったが、皆が壁際に退避するまでにはどうにか間に合った。
 黒い液が床にぶつかった、その一秒後、触れた床がいともあっさり溶けた。
 酸なのか毒なのか、溶ける際に発せられる音もほとんど聞こえないままに、黒液は下の階へと落ちていった。そのまま液体は八階近くまで到達して吹き抜け状態になるのだが。
 戦っている全員にとっては、そんなことを気にしている場合ではなかった。
「こ、これはもう長期戦になると危険だよ! 少しでも弱ってる今がチャンス! たたみかけるよ、コハク!」
 確かに美羽の指摘した通り、今の攻撃はそれなりに親蜘蛛にとっての大技だったのか、やや疲弊した様子で。轟雷閃での痺れも残っているらしく、動きが目に見えて鈍くなっていた。
「う、うん。わかった!」
 若干怯えは混じらせながらも、コハクはバサリと自身の背にある右の有翼種の翼、左の光翼種の翼を広げて飛翔し。バーストダッシュの効果も上乗せして、空を駆けた。
「僕だって、みんなを守りたい!」
 コハクは自身を奮い立たせながら、試作型星槍での突撃を親蜘蛛の眉間に喰らわせた。
 そのままギリギリと親蜘蛛の頭とぶつかりあい続けるコハク。
 親蜘蛛も負けじと、足での攻撃に移ろうとするが。剛太郎に与えられたダメージが今頃になって効いて来たのか、八本あるどの足も思うように動いてはくれなかった。
 完全に宙吊り状態となった親蜘蛛は、そこから後方からの美羽のブライトマシンガン乱射を食らって体を浮かされていき。
「やあああああああああああ!」
 終には、コハクの力限りの飛翔に負け、雲の塔の頂上部分を破砕しながら、巣ごと勢いよく吹き飛ばされ。
 一瞬だけ雲に覆われた夜空を舞って、
 後は重力に負けて、落ちて、落ちて、落ちて、
 最期は呆気なく轟音と共に地面へと叩きつけられた。