シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

五機精の目覚め ――水晶に映りし琥珀色――

リアクション公開中!

五機精の目覚め ――水晶に映りし琥珀色――

リアクション


・喜楽


 パラミタ内海施設、第一ブロック。
「ヘリオドールくん、どの辺にいそうか分かるかい?」
 がヘリオドールに聞く。
 彼女達は、有機型機晶姫最後の一人、ルチル・ツェーンを見つけるべく、この施設を探索している。
「……うーん、こっち。な気がする」
 マッピングはオリヴィアがしているが、ルート取りはほとんどへリオドールである。
 ここに至るまでに、特に機甲化兵とは遭遇していない。このまま、目的の場所まですんなり行けそうである。
「さあ、行きましょう!」
 ルートが決まると、張り切って進もうとする緋音
「緋音ちゃん、なんだかいつもより元気ですねー」
 ひなが少々困惑気味な表情で、幼馴染を見遣る。この施設に入る時から、なぜか異様にテンションの高い緋音。
「ほんとに珍しいものだ。こんな緋音、我も見た事ないぞ」
 緋音のパートナー、真理の秘録書 『アヴァロンノヴァ』(しんりのひろくしょ・あう゛ぁろんのう゛ぁ)から見ても、いつもの彼女とは違うという事らしい。
 第一ブロックの第二層内を歩いていると、閉ざされた扉を発見する。それまでに見てきた扉よりも一回り以上大きい。
 考えられるのは、機甲化兵や大型兵器の格納庫という線である。
「開けた瞬間機甲化兵がうじゃうじゃ、だとさすがに困りゅの」
 ナリュキが言う。この人数で、ヒラニプラの遺跡規模の機甲化兵の大群と戦うのは厳しいものがある。
 中からは、わずかながら物音が聞こえる。
「いる……多分」
 ヘリオドールは、この中にいると考えているようだ。
「一応、見ておいた方が確実だよね。ヘリオドールさんを信じて」
 は、中を調べた方がいいと考えている。彼女もまた人を探しているので、少しでも多くの手掛かりが欲しいところだ。
 もしかしたら、先にエメラルドや伊東がここに来ていたかもしれないのだから。
「それじゃ、開けるとするかの」
 ナリュキがピッキングで扉を開ける。

「キミ達はだーれ?」
 中に入るなり、彼女達の耳元にそんな声が飛んできた。
「あれれー、へリオとジャスパーがいるー、うわあ、久しぶり元気にしてたー!?」
 言葉が物凄い勢いで吐き出されていく。
 赤みがかった茶色のショートカットは、活発な印象を受ける。むしろ、そのままだった。
 目を輝かせ、一行に視線を送る。
「あの子が、ルチル・ツェーンかい?」
 円がヘリオドールに確認する。
「うん、間違いなく」
 ヘリオドールは困惑していた。悲哀の彼女と、ルチルでは正反対なのだ。
「って見れば分かるよねー。ごめんごめん、あはは」
 無邪気に笑うのを見ると、ルチルはただテンションが高いだけの少女に見える。
――彼女の周囲を見なければ。
「こんなとこまで来てくれたんだね、ありがとー。ルチル、退屈だったんだー、せっかくだから遊ぼうよ!」
 その「遊ぶ」が、普通の遊びなら問題はない。
 周囲を改めて見渡す。
 そこには破壊し尽くされた機甲化兵がごろごろと転がっている。十体以上はあるだろう。ここは、やはり機甲化兵の格納庫だったのだ。
 だが、退屈を嫌う『喜楽』のルチルは、楽しむためだけにこの機甲化兵達と戦い、一掃したのだ。
 彼女にとっての遊びは、おそらく殺し合いだろう。それが面白ければ、何だっていいのである。もっとも、本人はじゃれ合ってるだけのつもりかもしれないが。
「ええ、是非とも遊びましょう!」
 声を上げたのは、緋音だった。
 すると、ルチルが機甲化兵の残骸から飛び降りてきた。
「じゃあ、行くよー!」
 無論、このままだとルチルとまともに戦わなければならない。相手の身体能力の高さは、ジャスパーやヘリオドールとの邂逅、それにこの場の機甲化兵全てを葬っている事実から十分に想像出来るものだ。
 だから、緋音は――
「――!?」
 自分からルチルに抱きついた。先手必勝である。
「緋音ちゃん、大胆ですっ!」
 そのままルチルを抱きかかえるようにして、地面に転がり込む。いくら強い力を秘めているからとはいえ、体格自体は普通の少女だ。
「はい、私の勝ちです!」
「あれー、負けちゃった。強いねー、びっくりしちゃったよ!」
 一体何が勝ち負けの基準なのかはよく分からないが、相手は笑って負けを認めている。
「じゃ、第二ラウンド、いっくよー!」
「あ、ちょっと待って下さい」
 緋音がルチルを制止する。
「こんな事よりも、もっと面白い遊びがありますよ。よかったらそっちはどうですか?」
 目一杯の笑顔を浮かべ、ルチルと目を合わせる。
「どういう遊びー?」
 緋音は迷った。ノリで言ったものの、咄嗟には思いつかなかったのである。
(えーっと……)
「緋音」
 アヴァロンノヴァが、緋音の背中を叩く。
「ジェイダス人形だ。我がわざわざ持ってきてやったのだぞ。これで何か考えてみろ」
 と、いうわけで人形である。
「じゃあこれを遠くに投げてもらいますから、先に取った方の勝ち、という事で」
「よーし、負っけないよー!」
 とりあえず、ノリはいいルチル。喜楽以外の感情が一切ないというのも、頷ける。実際、ジャスパーは最初は会話すら出来なかったし、ヘリオドールは泣きながら刃物を振り回したりと、感情が極端だった。だからこそ「失敗作」などと呼ばれてしまったわけだが。
 問題は、誰が投げるのかである。
「それじゃあ、思いっきり投げるよー!」
 ミネルバがその役目を引き受けた。
 大きく振りかぶって――
「そぉい!」
 反対側の壁に向かって、遠投の要領で投げる。思いっきりという事で、ヒロイックアサルトで強化してまで。
 人形に向かって、駆け出す緋音とルチル。
 だが、二人の差は歴然だった。
「天井をっ!?」
 ルチルはそのまま壁を駆け上がり、天井を全力疾走する。普通に走った方が速そうな気がするのだが、そんな気分ではないようだ。
「今度はルチルの勝ち、だぁぁあああ!!!!」
 彼女は人形に追いつき、天井を勢いよく蹴って、飛び込んでいく。異常なまでのスピードである。
 その速さで天井を蹴ったルチルは……地面に激突した。
 この施設はそう簡単に壊れない強度を誇るが、彼女がぶつかった勢いで若干床が凹んでしまった。その衝撃は、おそらく同ブロック全体に響き渡った事だろう。
「あれ、人形は……あった!」
 あったのはジェイダスの頭部だ。他の部分は、粉々に消し飛んでしまっている。ジェイダス人形、早くもご臨終である。
「壊れちゃったー。次は何するー?」
 まるで疲れの色を見せないルチル。
「ルチルさん、もっと遊びたいんですけど、残念ながらここは狭すぎますよ」
「うーん、そーだよねー」
「良かったら、私達と一緒に来ませんか?」
 さりげなく誘う方向へ持っていく緋音。
「ここが封印されてからかなり経ちましたし、世界も随分変わったと思いますよ。きっと、まだ知らない楽しい事がたくさんありますよ」
 ルチルが嬉々として話す緋音をまじまじと見つめている。
「ルチルさんとなら、私も楽しいですから。お友達のお二人もいることですし、行きましょうよ」
 話が進むにつれ、ルチルの顔がぱあっと明るくなる。
「うん、行くー! もっともっとたくさん遊べるんだ、うわーい! きゃっほう! ヒャッハー!」
 狂喜乱舞するルチル。何がそこまで彼女を高揚させるのか、それは彼女のみが知る。
「外に出たら、もっと色んな遊びを教えますよ。そうしたら、ここにいるみんなで遊びに行きましょうね」
 ルチルの両手を握り、ぶんぶんと強く振る緋音。
 こうして、ルチル・ツェーンを無事(?)に保護する事に成功した。

「どうしたの?」
 ジャスパーがヘリオドールを見遣る。
「初めて見た……ルチル相手に引かなかった人」
 彼女は驚いていた。
「あのガーナでさえ、『あたいでも無理だ』って言ってたくらいなのに」
 どうやら、緋音がしたことは、五千年の時を超えて初めてなされた偉業のようだった。

「ひなくん」
「どうしましたー?」
「緋音くんって、あんなキャラだったっけ?」
「長い付き合いですが、私も初めて見たのですっ」
「そうかい。人間、分からないものだね」
 感心なのか、呆れなのか、なんとも複雑な心境で二人は緋音とルチルのやり取りをずっと眺めているのであった。

            * * *

 ルチルと緋音が戯れ始め、それを他の者達が静観していた時。
「誰か来る!」
 七瀬 巡(ななせ・めぐる)が殺気看破で、何者かの気配を感じ取った。距離が近い事もあり、慎重にその人物を確かめに行く。歩も彼女に続いて、ルチルのいる部屋を出る。
「ねーちゃん、あの人だよ」
「伊東さん!」
 歩が黒いスーツ姿の伊東に呼びかける。
「おや、またお会いしましたね」
 相変わらずの慇懃な態度で接してくる、伊東 甲子太郎
「無事だったんですね」
「ええ、危ないところでした」
 歩は、まだ知らない。伊東がもはや司城――ワーズワースの味方ではない事に。
「エメラルドさんも、無事ですか?」
「はい。あの後、なんとか助け出す事に成功しました。ただ……」
 わずかに目を伏せる、伊東。
「ここに来る際、はぐれてしまいまして。おそらくは大丈夫かと思われますが、探さなくては」
 その言葉に、不安げな表情を浮かべる歩。
「私も手伝います!」
 その言葉に、伊東は表情を曇らせる。
「いえ、お気持ちだけで十分です。この前のように、危険に巻き込みたくはありませんからね」
「それでも、構いません。エメラルドさんに、会いたいんです!」
 歩も後には引かない。
 二人の視線が合う。お互い、意思を曲げるつもりはないようだ。
「あなたの覚悟は分かりました」
 伊東が腰の刀を掴む。
「最後の警告です。悪い事は言いません、早くここから出なさい」
「どうして、ですか?」
「このまま私と来れば、あなたは死にます。いえ――私が殺す事になるでしょう」
 その言葉は本気だ。殺気は増している。
「伊東さんは、司城さん……ジェネシスさんの仲間じゃないんですか?」
 ワーズワースの仲間であれば、歩の事を殺さなければいけなくなる理由はないはずだ。
「私は、ワーズワースの仲間であって、司城氏の仲間ではありませんよ。それに、この前は同じ目的でしたが、今回は違います」
 伊東の目線、どこまでも冷たいものだった。
「私はあくまで、危険因子の排除――芹沢や新撰組を消すためにここにいるのですよ。エメラルドは既に手中にあります」
「それでも、行かせて下さい!」
 次の瞬間、伊東が抜刀した。
「ねーちゃん!」
 歩は地面に倒れ伏した。すぐに巡が駆け寄る。
 外傷はない。峰打ちで気絶させられただけである。
「待って!」
 伊東を引き止める、巡。
 しかし、伊東は振り返る事なく消えていった。
 彼にとって、歩を騙し利用する事は容易かったはずだ。自らの主のため、ワーズワースである司城をも利用していたのだから。
 それでも、彼はそうしなかった。

 その答えは、本人にしか分からないのだろう。