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秋野 向日葵誘拐事件・ダークサイズ登場の巻

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秋野 向日葵誘拐事件・ダークサイズ登場の巻

リアクション


#2





 一方、空京放送局の一階ロビー。

「しかしまあ……」

 姫神 夜桜(ひめかみ・よざくら)は、決して広くはないロビーに人がごった返しているのを見てつぶやく。

「加入希望者って、結構いるもんなんだな」

 夜桜は鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)に目をやる。

「わくわくするねっ! これみーんな、ボク達の仲間なんだよね!」

 氷雨は目をキラキラさせて周りを見渡す。
 夜桜は何となく微笑んで、氷雨を撫でてあげる。氷雨の笑顔がさらにパッと花開く。

「あ! あの人いいなぁ。かっこいいー」

 氷雨は、ネコマスクをかぶり、黒マントと黒ローブをはおったカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)と、黒頭巾をかぶって戦闘員の雰囲気を醸し出すジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)を指さした。
 氷雨の視線に気づいたカレンは、氷雨に胸を張ってピースサイン。

「へへーん、いいでしょー。こういうのは形から入っていかないとね」
「ふむ。人間とはこういう風にして悪に染まってゆくのだな」

 機晶姫のジュレールは分析するように一言。

「何だか、仮装パーティみたいだね」

 夜桜の言葉に、ジュレールが反応する。

「カレンよ、これは腹を立てるべきなのか?」

 カレンは気にする様子もなく、

「いーのいーの。悪の組織なんて楽しんだもん勝ちだもんねー」
「ボクもあんなカッコしたいよ、夜君」
「ま、おいおいね」

 カレンに憧れる氷雨を、夜桜は諭す。





 ロビーに集合した大勢のメンバーだが、全員が悪役志望ではない。

「まさかとは思ったけど、ダークサイズ加入希望ってこんなにいるのね……」

 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は周りに注意を払いながら、久途 侘助(くず・わびすけ)にささやいた。

「みんな好きだねえ。俺もだけど」

と答える侘助に、

「侘助さん、俺たちの役目をお忘れですか。俺たちはあくまでスパイとして」

香住 火藍(かすみ・からん)が小言を言い始める。

 侘助は、わかったわかったと手を振って、

「でも俺、ダークサイズ嫌いじゃないんだよね。そういう香住も乗り気だったじゃん、入団するの」
「にゅ、入団ではありません! スパイ入団です。私はこういう危険な役回りに心ならずも武者震いしたまでで」
「はいはい、分かったよ。ま、諜報員? スパイ? カッコいいよな。楽しみだぜ」





 などとロビーではガヤガヤと思い思いに過ごしていると、突如入口の防犯シャッターが勢いよく降りてきて、同時に全ての照明が落ちた。
 唐突な暗転に誰もが動揺する。

「な、何だっ!」
「真っ暗よ! どういうこと?」
「畜生! こりゃあ罠か!?」

 場内騒然とする中、スピーカーから不穏な音楽が響き始める。

「何、この音楽は?」
「こ、この曲はまさか!」
ダークサイドのオープニングの曲だ!」

 全員がそれに気づくとともに、またもやスピーカーから男の声が響く。

「ついに空京放送局は、実際に闇につつまれた……」
「こ、この声は……」

 と誰かが声の主に気づく。

「我々は、謎の、闇の、悪の、秘密の、結社、の、ダークサイズ……」
「たどたどしい! この言い方は!」

 また別の誰かが声を発する。
 直後、中二階の踊り場にスポットが入り、奥にある普通の扉が、やたら重々しく開く。



 がちゃっ。ゴゴゴゴゴゴ……



 という音響効果が入り、扉の奥からは真っ白なスモークがあふれてくる。

「け、煙?」
「いや、これは……」
「ドライアイス……」

 開ききった扉からは、大して背の高くない、完全普段着の二人の男が出てくる。

「はい、どうもみなさんこんにちは! ようこそ空京放送局へ! ダークサイズナンバー2、総統のハッチャンです」
「今日はダークサイズ加入ありがとうございます。ダークサイズナンバー3、大幹部のクマチャンです」

(ふ、普通にしゃべりだしたー!)

 会場の誰もが心で突っ込みつつも、言葉は発しない。

「まさかこんなにダークサイズ入団希望が殺到するとはね」
「あまりの希望者数に、こういうのに出るはずじゃない俺たちが、急遽出演することになりました」

 ハッチャン、クマチャンと名乗る二人が、なにやら軽快にしゃべっている。

「我らが大総統閣下が、緊張するから場を盛り上げろってさ」
「相変わらず訳の分からない指示が出てますけどもね」

(何か番組始まっちゃったー!)

 まるで番組の公開収録でもしているかのような雰囲気に、誰もが戸惑う。

「まあ、我々はあくまで、大総統のエスコート役。前座にすぎないから」
「というわけで早速大総統閣下をお迎えして、みんなにお披露目といこうじゃないか」
「まずはみんなに、今後悪役となっていく覚悟を確かめておこう!……みんな、本当にいいんだな? 悪に染まって悪の信念を通し、正義を憎み続ける覚悟はいいか……?」

 二人が突然雰囲気を変え、『覚悟』という重い言葉に、全員ごくりと息をのむ。

「た、確かに俺たちは悪の組織に入ろうとしているんだ」
「どんなにゆるい組織でも、それだけは事実だな……」
「みんな何を迷ってる! 我々はとっくにそのつもりじゃないか!」

 腹の決まっている誰かが声を上げる。
 その雰囲気が一気に波及し、お互いにうなずき合う。
 その空気を察して、クマチャンがニヤリとする。

「ま、そんなこんなでね、特に覚悟とか決めずにやっていきたいと思いますけども」

(ええー、何その肩透かし……)

「じゃあさっきの覚悟云々のくだりは何なんだよ」
「さあ! ちょっとだけのつもりがすっかり長くしゃべっちゃった。みんなお待ちかね! 大総統閣下の登場だ!」

 クマチャンの言葉に、今度こそ全員が息をのむ。
 また音楽の雰囲気が変わり、さらに重々しい空気が流れる。
 扉の奥から照明が入り、一人の長身の男のシルエットが見える。すらりと背が高く、軍服に軍靴、サーベルを差して長いマントをなびかせ、軍帽を目深にかぶっているのがわかる。
 堂々とした風貌に、誰もがあれが大総統に違いないと、目を見張る。
 ハッチャンがメガネを光らせる。今までにない暗黒のオーラを醸し出し、マイクを握り、低くナレーションを入れる。

「パラミタ大陸征服を目論む我々。謎の! や」
「私はダークサイズのリーダー……」

(セリフくわれたー!)

 ハッチャンの台詞の途中で、男がしゃべりながら扉の奥から出てくる。

「閣下! 閣下、ちょ、早いっす」
「ん? そうか」
「きっかけ、もうちょっと後なんで」
「もう出ていいのかと思ったぞ」

 軍服の男は、自分が悪いのにちょっと機嫌が悪そうだ。

「すいません」

 ハッチャンはつい謝る。

「よし、やり直そう」

 扉の奥に引っ込もうとする男を、

「あ、いいっす。もう出てきちゃったんで」

 とクマチャンが制する。

「何? じゃあこの辺はもう済んだってことでいいのか?」
「ちょっと! 台本出さないで! みんな見てるから!」

 男が懐から取り出した紙を、二人が慌てて隠す。

「では、私はどうすればいいのだ?」
「この際なんで、自己紹介お願いします」

 男はマイクをクマチャンに渡し、後ろから拡声器を取り出した。

(な、なぜ拡声器に!)

 男はおもむろに拡声器を口に当てる。

「私は! ダークサイズの大、ピヒョー

 使い慣れてないのか、拡声器特有の間抜けなノイズが鳴る。男はボリュームを調整して、また拡声器でしゃべろうとする。

「私は、ダ、ピヒョー

 と、やはりノイズが入る。
 彼は表情を一切変えずに、頭を掻きながら拡声器をいじる。

(ぐだぐだだー!)

 予想以上のゆるさに、会場はヒヤヒヤし始める。
 中二階の三人の会話が、マイクを通して漏れてくる。

「どうなってるんだ、これは」
「マイク使ったらどうすか?」
「いや、今日はこれでいく」
「そ、そうすか……」

 どうも拡声器にこだわりがあるらしく、マイクは使いたくないようだ。
 拡声器の調整が終わり、ようやく仕切り直しが始まった。
 男は拡声器を口にあて、しばし目を閉じ、息を整える。
 不思議と会場はシンと静まり返り、男の言葉を待つ……
 男は目を開き、会場の面々をゆっくりと見渡す。その眼力にみんな奇妙な緊張感を覚える。
 段取りは全く追えていないが、こういう時に空気を締める力が、どうもこの男の魅力の一つのようである。
 男が口を開く。みんなノイズがならないよう、祈るような気持で男を見る……

 ……

「わた、ピヒョー

(だめだー!)



ガシャンッ!



(ついに拡声器捨てたー!)

「私は、ダークサイズの大総統! ダイソウ トウ(だいそう・とう)だ!」

(生声かよー!)

「全員、合格!」

(えええええー!!)

 彼の自由さに、もはやあっけに取られるしかない会場。

(だ、大丈夫なのか? この組織……)

 と、そこで群衆を抜け出して、ダイソウ達の目の前へ迫ろうとする人影が一人。

「す、す、すみませんっ! 私あなた方を取材に参りました、六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)と申します!」

 優希は華奢な体でデジタルビデオカメラを抱え、ダイソウ達を撮影しながらマイクを持つ。
 彼女は緊張からか、必死の表情ながら顔は赤らんでいる。

(ここは勇気よ! 私は立派なジャーナリストになるの! 今日はいつもの引っ込み思案な私じゃなくて、ジャーナリスト六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)よ!)

 優希は自らを鼓舞し、ダイソウを見上げる。

「わ、私は中立なジャーナリストです! あ、ええと、事前にお電話を差し上げていたと思うのですが……。ダークサイズ密着取材について」

 優希の様子を見て焦ったのは、氷見 雅(ひみ・みやび)である。

「あ! しまったっ! 先を越されたわ。あたしたちもいくわよ、タンタン。ちょっとほら、起きて!」

 雅はいつの間にか休止モードに入っていたタンタン・カスタネット(たんたん・かすたねっと)を揺り起こす。

「ふわぁ……。あれ。いつの間にか真っ暗です……これは眠気を誘うのです……」

 タンタンは機晶姫のくせにまた眠ろうとする。

「タンタン! ほら行くわよ、写真写真!」
「ふわぃ……」

 雅はタンタンを連れ、バシャバシャとダイソウの写真を撮っていく。

「とにかく写真よー! 新聞社に売り込んでひと儲けしちゃうもんねー」
「あ、あの、ダイソウトウさん、今日は一日密着取材させていただきます」

 ダイソウは帽子の下から、キラリと目を光らせる。

「よかろう。では、とりあえず奥の部屋で記者会見だ。あと、全員いったん自由行動だ」

(命令を何かのついでみたいに!)

 と、また会場がツッコミに回ろうとしたその時。

「まてまてまてーい! ちょっとまったあぁぁぁぁっ」

 けたたましい女の子の声が響く。それはどうやら、外からのようだ。
 空京放送局ビルに接するほど近付いた、小型飛行艇。その中からボリューム最大にしてスピーカーから声をとどろかせるのは、芦原 郁乃(あはら・いくの)だ。
 共に飛行艇に乗り込んでいるのは、秋月 桃花(あきづき・とうか)蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)十束 千種(とくさ・ちぐさ)

「い、郁乃様、女の子がそんな大声で……はしたないですよぉ」

 桃花は、喜々として声を張る郁乃をなだめようとする。

「だって桃花、秘密組織カルモニアの第一声だよ? ここはドバッとインパクトでいかなきゃ! あんなぽっと出に負けてらんないわっ」

 と、気合十分の郁乃。

「ぽっと出、ですか……あたしたちもまだ結成されたばかりだと記憶していますが……」

 マビノギオンが、郁乃の痛いところを突いてきた。

「ううっ……ち、千種ぁ、何とか言ってよー」
「何とかと言われましても……今日の秘密組織のことも、郁乃さんが突然言い出したわけですし……」

と、飛行艇を操舵しながら、千種も困った顔をする。

「み、みんなひどいっ」
「そんなことより郁乃様。先ほどからダークサイズが何か言ってきてますよ?」
「あっ」

 郁乃がうっかりしている間に、ダイソウはマイクのラインをビルの外向けに切り替えて、郁乃に問いかけている。

「何者だ……誰だ? おい。誰もいないのか? 私の空耳か。では行こう」
「わああっ! 待ったぁ! 待ちなさいっ!」
「何者!」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました。私達は、正義を貫く秘密組織、カルモニア!」
「何っ、秘密組織カルガモ屋だと?」
「そうそうカルガモいかがっすかって違う! 私たちは店じゃない! わた、ちょ、桃花っ」

 あまりにも意外な郁乃のノリツッコミに、桃花はどうやら萌えてしまったらしい。桃花は半分無意識に、後ろから郁乃を抱きしめる。

「はっ、すみません、つい」

 我に返った桃花は郁乃から離れる。
 気を取り直して郁乃の一声。

「私達は、秘密組織カルモニア!」
「何っ、秘密組織ハーモニカ?」
「はーい、今日の音楽は授業だよ。みんなハーモニカは忘れず持ってきたかな? って違う! わた、ちょ、桃花!」
「はっ、すみません、つい」
「私達は、秘密組織カルモニア!」
「何っ、秘密組織カチカチ山?」
「全然違ぁーうっ! カしか合ってない! 飛行艇に書かれてある看板を見てみなさいっ!」

 郁乃はわざわざ用意した、飛行艇に大きく書かれたカルモニアの看板を指さす。

「ふむ。シャッターが閉まってるから見えん」

 そう。お互い姿も一切見えずに、彼らは音声のみで会話をしていたのだ。

「確かに向こうの言ってることは正論ですね」

 マビノギオンが冷静に言葉を挟む。

「シャッター開けなさいよ!」
「開け方が分からん」
「む、むかつくこいつ! 私をチビだと思ってバカにする気ね!」
「そ、そんなこと一言も言ってませんよぉ」

 桃花が郁乃をなだめようとするが、効き目がない。

「ん? お前は背が低いのか?」


プチッ


 ダイソウはオウム返ししただけだが、郁乃の中で何かが切れたらしい。
 郁乃は勢いあまって飛行艇から飛び降りる。

「い、郁乃様危ないっ!」

 桃花の制止も空しく、宙を舞った郁乃は、かろうじて地面に着地。

「待ってなさいダイソウトウ! 私があんたをぶっ飛ばすっ!」

 郁乃は気を吐き、シャッターの閉じた入口へ向かっていく。

「こ、これは大変ですね。あたしも主を追います。千種、飛行艇を降ろしてください。援護に回ります」

 さすがのマビノギオンも慌てて千種に指示を出す。千種もすでに着陸態勢に入り、郁乃を追い始めるのであった。