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二星会合の祭り

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二星会合の祭り

リアクション

 
 
 七夕よりも特別な日 
 
 
 七夕祭りに行くから付き合え。
 そう如月 正悟(きさらぎ・しょうご)に誘われた時、エミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)は複雑な気分だった。
(やっぱ忘れてるかー)
 一緒に出かけられるのは嬉しいのだけれど、今日はエミリアの誕生日でもある。すっかり忘れられてるのかと思うと、ちょっと寂しい。
 けれどホテルに到着し浴衣を選ぶ頃になると、エミリアのそんなちょっとの気鬱も吹き飛んだ。
「これを着るの? かわいい服ねー」
 どの浴衣にしようかと、当てては悩み。やっと決めた浴衣を着せてもらうと、正悟と共に会場を回った。あれもこれも物珍しいけれど、一番人が集まっている笹が気になる。
「七夕といえば短冊だよね」
「たんざく?」
「これに願いを書いて笹に吊るすと叶うといわれてるんだ」
「おまじないみたい。すごいお祭りねー。どうやって書けばいいの?」
 乗り気になるエミリアに正悟は簡単に説明した。
 その上で、耳で聞いただけでは良く分からないだろうからと、隣で短冊を書いている人に、エミリアにどうやって書くのか見せてやって欲しい、と頼んだ。
「エミリアは短冊を書いていてくれ。すぐ戻ってくるから」
 その場を離れて行こうとする正悟に、短冊の色を選んでいたエミリアがけげんな顔を向ける。
「正悟は? 願い事書かないの?」
「自分の願い事? ……特に無いよ」
 笑って行ってしまった正悟を見送ると、エミリアは自分の髪の色に似た、薄い青色の短冊を数枚取った。何枚書いて良いものなのか分からないけれど、願い事はたくさんあるから書いてしまおう。
 まず1枚目には、正悟たちが元気で過ごせるようにと書いた。
 2枚目は切実なお願い……家計がもう少し楽になりますように、と。
 そして3枚目には小さな文字で、
 『 誕生日のことを思い出してもらえますように 』
 と書いた。けれど書きあがった途端、エミリアはぎゅっとそれを握りこんでポケットにしまいこんだ。
 残りの2枚を結ぶ場所を探していると、正悟が戻ってきた。
「こっち」
 それだけを言って引っ張って行こうとする。
「ちょっと待って。今結んじゃうから」
 エミリアは慌てて短冊を結びつけ、正悟の後について行った。
 正悟はどんどん歩いて行き、ホテルの中にはいってしまう。どこに行くのと尋ねても答えず、エレベータを呼ぶと最上階のボタンを押す。
 最上階ではホテルの従業員が待っていた。屋上へ続く扉を抑えて2人を通すと、
「ではごゆっくり」
 と扉を閉めた。
「……?」
 事情が分からずきょとんとしているエミリアに、正悟は頭上を指した。
 夜空を流れるミルキーウェイ。
「天の川……見てどうだった?」
「すごく綺麗……星が降ってきそう」
「気に入ってくれたなら良かった。それと、誕生日おめでとう」
 それは……ホテル側に、大事な家族の誕生日に七夕の天の川を出来るだけ高い位置から見せてあげたい、と頼み込み、実現した星の誕生日プレゼントだった。
「憶えててくれたんだ……」
「大事な家族の誕生日だからな。帰ってパーティしようぜ、皆待ってる」
 エミリアが短冊を書いているうちに電話しておいたから、今頃家では誕生日の準備をしているはずだ。
 7月7日。
 それは七夕よりも大切な記念の日――なのだから
 
 
 星降る川辺 
 
 
 日本庭園を歩いていると、日本にいた頃を懐かしく思い出す。
「実家にいた頃はわりとこういうとこ、あったけどなぁ……和食料理のお店とか、小さくても中庭でこういう造りになっているとこはあったし、両親の実家とかも田舎だと似たのはあったりしたよなぁ……」
 椎堂 紗月(しどう・さつき)はホテルの庭に日本の面影を探すように歩き回った。今着ている女性物の黄色い向日葵柄の浴衣も、実家から持ってきたものだから、余計に懐かしさも増して感じられる。
 それに……と紗月は共に歩く鬼崎 朔(きざき・さく)を見た。せっかくの機会だから、朔にこういうところでゆっくりさせてやりたい。
「んー、ってもただ歩いてるだけでは退屈か。鯉に餌でもやろうか」
 庭園にかかる橋の上でぱらぱらと餌をまくと、鯉が水音を立て争うようにして寄ってくる。ぱくぱくと口を開ける様がおかしくて、2人は交互に餌を投げ込んでは、水面に透ける鯉の色を楽しんだ。
「天の川にもこんな橋がかかってれば、1年に1度しか会えないなんてことにならないのにな」
 1年に1度だけなんて絶対に嫌だ、と言う紗月に朔も、もし自分たちが織姫と彦星だったらどうなるんだろう……と考えた。
 川を隔てて両岸に裂かれ、相手のことを想いながら過ごす1年はどんなに長く感じることだろう。
「私だったら、天の川を気合で泳ぎそうだ」
 1年に1回しか逢えないなんて耐えられない、と朔は今日の七夕の為に着てきた自分の浴衣に目をやった。この浴衣で装うのも紗月を想ってのこと。
 浴衣一面にちりばめられた桜の花は、紗月が朔を桜のようだと褒めてくれたから。その間を飛ぶ蝶は、彼の傍らで可愛く美しくありたいという朔の願いを表して。
 こんな想いで1年なんて、とてもじゃないけれど過ごせない。
「そうだな……1年に1回しか逢えなくてもお互いを愛し合えてる織姫と彦星の関係はいいなぁって思うけど……それでも俺はやっぱり、好きな子にはたくさん逢いたいし、ずっと一緒にいたいし。やっぱりあの2人みたいになりたとは思えねーな……」
 逢いたくて逢いたくて。それを耐えた1年ののちに出逢うのは人の心を揺さぶるロマンだけれど、手を伸ばした処に相手がいてくれる方がやっぱり嬉しい。
「うん」
 紗月の言葉に素直に肯いて、朔はふふっと笑った。
「ん、どうかしたか?」
「何だかおかしいね。復讐……それしか頭になかったはずなのに、貴方に出会ってから私は変わったわ。護りたいモノがいっぱい出来てしまったもの」
 今自分の中を見つめたら、そこには何がどのくらいあるのだろう……。
 そして、来年七夕が再び巡り来た時に、それはどのくらい変化しているのだろう……。
 朔が空を見上げると、紗月もまた空を見上げる。
 来年も共に星を見る為に、今年の星を目に焼き付けようとしているかのように。
 
 
 紅い星 
 
 
「これが日本の着物、浴衣か……結構涼しいな」
 藍色の浴衣に白い帯。面白そうに自分の格好を眺めているフォン・アーカム(ふぉん・あーかむ)に、リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)は似合ってるよと声を掛けた。
「いつもと雰囲気が違ってなんかいいね。普段の格好も好きだけど、浴衣姿も好きだよ〜」
「そういうリースも似合ってるじゃないか。普段とは違う良さがあるんじゃねぇーか」
 リースの方は白緑色の浴衣に藍の帯という落ち着いた着こなしだ。 
「フォンさん、私と同じこと言ってる」
「そっか? わりぃわりぃ」
 女性と話すのが苦手な生活が長いからな、とフォンは謝った。
「俺にうまい褒め言葉を言う甲斐性があると思うか? まぁ……少し大人っぽかったぞ」
「んー、それも微妙かな」
「これで勘弁しといてくれ」
「そういうのもフォンさんらしいところだもんね〜」
 そんなたわいない話をしながら、リースは夜空を見上げた。
 ホテルにともった明かりが少し邪魔だけれど、それでも頭上一面に星が輝いているのが見える。夜空を見るのが大好きなリースは、そこに夏の大三角や天の川を探した。星座には詳しくないけれど、これくらいなら前先輩に教えてもらったから判別できる。
「織姫彦星の星ってアレか? 計都と羅ゴウ……だったら見えるはずねぇか」
 首を傾げているフォンには気づかず、リースは夜空に目を奪われ続けている。
「やっぱ綺麗だなぁ……星空って素敵。なんか、見てるだけで今まであった嫌なことなんて忘れちゃいそう」
「嫌なことがあったのか?」
「うん。最近とっても嫌なことがあったんだけど……思い出せない……」
「そっか……。でもまあ、何だ。嫌なことがあったからこそ、今が楽しく感じられると思おうぜ。ほらあれだ、スイカに塩をかけると甘く感じるようなものだ」
「何かヘンなたとえだけど、まぁ、いいか」
 せっかくフォンと一緒にいるのにこんなことを考えるのは野暮だとばかりに、リースはフォンに笑顔を向けた。
「ふふっ。こうやって2人きりで星空を見る機会ってあまりないから、とっても楽しいね。フォンさんと一緒だから余計にそう感じるのかな〜?」
 無邪気な問いに、フォンは返答に詰まった。
「俺も……リースと一緒で楽しい……な」
 やっとのことで返事をし、ほっとしかけたフォンだったけれど、リースに手を取られてまた焦る。
「な、なんだ?」
「ねね、短冊にお願い事書けるんだって! 行こうよ〜」
「分かった。分かったから手を引っ張るな」
 抵抗しつつもリースに手を引かれて、フォンは短冊が置いてあるテーブルへと連れて行かれた。
「短冊に願い事……まじないの一種か?」
「まあそんなものかな」
 リースはペンを取ると短冊にさらさらと書いた。
 『 みんなとの楽しい日々がずっと続きますように 』
 願い事、と聞いてフォンの頭に真っ先に浮かんできたのは、『モモ缶食いたい』。けれどこれではあんまりにも現実味がありすぎるだろう、とフォンは真面目に考えて別の願い事を記した。
 『 未来が幸福な日々でありますように 』
 書き上げた短冊を笹に結んでいると、リースが目をこすった。
「目に何か入ったか?」
「ううん。あの北斗七星の傍……紅く光る星が見えない? あんな星、いつもは見えないんだけどなぁ……」
「紅い星? ああ、あれか」
 北斗七星には有名な二重星がある。空や視力の具合によって見えたり見えなかったりする星の為、地球各地に『見えたら死ぬ』『見えなかったら死ぬ』といった伝承がある。
 そんな星までもが、地球とシャンバラで共通しているのかと、2人は目を凝らしてその星を眺めたのだった。
 
 
 短冊2枚分 
 
 
「いったいどこからこう言う話を聞き込んでくるんだか」
 七夕祭りに誘われて会場にやってきた虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)が半ば呆れ、半ば感心して言う。
「さあ。噂なんて気づいたときには耳に入ってるものじゃない?」
 しれっと答えるリリィ・ブレイブ(りりぃ・ぶれいぶ)に、たまには季節の行事を楽しむのもいいかと涼も思ったのだけれど。
 最初に案内されたのは、笹でも流しそうめんでもなく……浴衣を貸出している場所、だった。
「涼はあっちね」
「俺はいい」
 リリィに指されたのを涼は断った。けれど、リリィは言わなかったっけと首を傾げる。
「この行事に参加する人はみんな、浴衣を着ることになってるの」
「聞いてない」
 まさかの条件に驚く涼に、
「ごめんごめん。言うの忘れちゃってたみたい。じゃあそういうことでよろしくね」
 あっけらかんと謝ると、リリィはさっそく浴衣を選び始めた。
 不意打ちの浴衣着用には驚いたけれど、季節の行事を楽しみに来たのだから……と涼も気にしないことにして、近くにいるスタッフに浴衣を見繕ってもらった。
 
「涼、浴衣似合ってるねっ」
 模様に蝙蝠の柄を隠した黒の浴衣に着替えた涼を、リリィは少し距離を置いた位置から存分に眺める。
「浴衣を着るとずいぶん印象が変わるな」
 涼が眺めるリリィは、太筆で線描きされたような百合の花模様の赤い浴衣。
「ちょっと歩きにくいのが難だけど、たまにはこんな格好も良いよね」
 上機嫌で歩くリリィの袖に、ふと涼の手が置かれる。
「そこ、段差がある。足下に気をつけろ」
「あ、ありがと」
 歩きにくい格好だからこそ、普段なら何でもないような段差でも気遣ってもらえる嬉しさ。
 たまには良いよね、とリリィはもう一度胸の内に呟いてから、涼に尋ねた。
「それでどうしよう? 流しそうめんにでも行ってみる?」
「いや、七夕と言えば短冊に願い事じゃないか?」
「そういうものなの? 分かった。じゃあそうしよっか」
 リリィは涼の提案にのって、笹の元へと向かった。
 笹に揺れる色とりどりの七夕飾りや短冊を見ているだけで、七夕気分が高まってくる。
「短冊はこっちだ」
「わぁ、何を書こうかなっ」
 そう言いながらもリリィの手は迷わず願い事を書いていた。
 『 もっと涼と仲良くなれますように 』
 涼はそんなリリィから少し離れた場所でこうしたためる。
 『 親しい友達を、パートナーを支えていけますように 』
 書きあがると、視線だけ交わして短冊は見せ合わず、2人はそれぞれ願い事を笹に結びつけた。
 何を書いたのかは相手には内緒。
 けれど再び歩き出した時、2人の間の距離はちょうど短冊2枚分縮まっていた――
 
 
 約束をつないで  
 
 
 浴衣を着て庭を歩きながら、未憂は何度も髪に手をやった。
 着慣れない浴衣もいつもはしない髪型も、なんだか落ち着かない。
 紺の浴衣姿の高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)はいつもより大人っぽく見えて、つい長めに目を留めてしまっていると、
「どうかしたか?」
 視線に気づいた悠司が未憂を振り向いた。
「えっと……浴衣、似合ってますね」
「そっちの方が似合ってるだろ。だってこの浴衣、キマクの良く分かんねー露店で買ったのだし。ああそれも、やたらと安かったんだよな。まあ、それはそれで価値があんのかねぇ?」
 そう言って悠司が浴衣を引っ張ってみせると、未憂はようやく少し笑った。
 最近未憂の元気がないことには気づいていたけれど、それには触れず、悠司は敢えて明るい声で話し続ける。
「そーいや、前に星見ようっつったのは、バレンタインだったか? あれからもう半年経つのか。やべーな、ぜんぜん成長してる気しねーでやんの」
「そんなことないですよ。この半年、ほんとうにいろいろなことがありましたし」
 色々な出来事を経て、それでも叶えられた、星を見ようという約束。今はこの時間を大切にしたい。
 妨げる雲もなく輝く星たちを見上げ、
「星が見えるような天気で良かったよな」
 と言った後、悠司は付け加える。
「これで大雨だったら、彦星さんと織姫さんがぶち切れてたかもしれねーし」
「ぶち切れ……あは、そんな元気な彦星と織姫もいいですね」
 言いながら未憂は夜空に織姫彦星を探した。こと座のベガ、わし座のアルタイル……いつか本で読んだ星の名前をぼんやりと思い出す。
「先輩は星座とかわかりますか?」
「ん? ああ、神話とかそういうのはこっちだと冒険の役に立つことも多いしな。ただ、どれがどの星なのかってのはあんまり知らないねぇ。別に新しい星見つけて名前つけるなんてことにも興味ねーしなぁ」
「知らなくても星が綺麗なのには変わりないですしね」
「んー、どれとどれを結ぶんだ? 空には線が引いてないからさっぱり分からねーな」
 星の並びを空に探す悠司の横顔に、未憂は見とれた。けれど同時に不安にもなってくる。
「出来たら、あんまり危ないことはしないでください」
 そう言って未憂は悠司の手をそっと取った。
「……先輩に何かあったら、泣いてしまいますよ」
 未憂の瞳に揺れる不安。それを元気付けてやりたくて、悠司は冗談めかした口調で言う。
「危険が無い人生もとめてるなら、こんなとこまで来ねーって。ま、ヒーローは負けないもんだから、そう心配すんなって」
 そんな言葉の中にも悠司の優しさを感じて、未憂はそれもそうですねと、少し笑った。
 
 いつまでも見ていたい星。
 けれど、そろそろ七夕行事の時間も終わる。
 庭から出る方向に流れ出した人々の波に乗り、悠司と未憂もまた歩き出した。
 ひとときの休息の時間は終わり。
 これから秋までが正念場というところか。そう思った悠司は未憂に次の約束を持ち出した。
「ま、次は落ち葉集めて焼き芋でもしますか」
「焼き芋いいですね。楽しみにしてます」
 来た時よりも少し元気に未憂は笑った。本当は約束の内容なんて何でも構わない。また逢える約束。それがとてもとても嬉しい。
「……サンキューな」
 悠司も小さくつぶやいた。
 他愛なくも何気ない約束。けれどそれに助けられてるのではないかと思う。
 また逢える――その約束で1年を待つ強さを得る織姫と彦星のように。
 
 

担当マスターより

▼担当マスター

桜月うさぎ

▼マスターコメント

私にとって七夕、というと真っ先に浮かんでくるのは、たなばたさま、の歌だったりします。
今年は残念ながら、私自身は七夕行事には参加できなかったのですけれど、その分、皆様の七夕の風景をたっぷりと楽しませていただきました。

ご参加ありがとうございました。
今年の七夕が皆さまにとって、よき思い出となりますように☆

8.11 お名前の表記間違いを訂正させていただきました。大変失礼致しました。