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二星会合の祭り

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二星会合の祭り

リアクション

 
 
 星にも秘密な願い事 
 
 
 涼風が心地よく吹きすぎてゆく。
 新調したばかりの浴衣を着た神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)ミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)は、星の下をそぞろ歩いていた。
 有栖は淡い水色の地にかわいい金魚が泳ぐ柄の浴衣に、黄色い帯。
 ミルフィは淡いピンクの地に鮮やかな牡丹柄の浴衣に、赤の帯を締めて。
「わあ……綺麗な星ですね、ミルフィ。今頃織姫様と彦星様もデートを楽しんでいるんでしょうね」
「そうですわね……わたくしとお嬢様のように。ふふっ♪」
「ミルフィ……」
 いたずらっぽく笑うミルフィに、有栖は頬を赤らめた。
 そうして歩いてゆくと、庭をちょうど一巡りして、七夕の笹のあるところに出る。
「あ、見てくださいミルフィ、お願い事を書いていらっしゃる方たちがいます」
 短冊を書いている人に気づくと有栖は、叶うといいなと呟いた。それに同意しながらも、ミルフィは気になることを有栖に尋ねてみた。
「お嬢様は願い事はお書きにならないんですの?」
「私ですか……? んーと……願い事はいっぱいあるんですけど……あ、でも『一番大きな願い事』はもう叶っているんですよ♪」
 だから短冊は書かなくて良いと答える有栖の様子は、とても楽しそうだった。
「一番大きなお願い……? 何ですの?」
「ふふっ♪ ……秘密ですっ」
 それ以上の追及から逃れるように、有栖は軽く駆け出す。
「まあ、お嬢様ったらいぢわるですわ」
 ミルフィは有栖を追いかけた。わずかな追いかけっこの後、ミルフィが有栖を捕まえると2人はひとしきりくすくす笑いあった。
「私の願いはともかく……ミルフィこそ、何かお願い事を書いたりしないんですか……?」
 短冊を書かなくていいのかと言う有栖に、ミルフィは目を細めた。
「ふふっ、実はわたくしも『一番大きな大きな願い事』は叶っているのですわ♪」
「何です……?」
「秘密、ですわ♪」
「も〜、ミルフィもずるいです〜」
 今度は駆け出したミルフィを有栖が追いかける。そっくり同じの大きな願い事を胸に抱いて。
 『 ――ずっと一緒にいられますように―― 』
 
 
 素直になれないお年頃 
 
 
 紺地の浴衣姿で御凪 真人(みなぎ・まこと)は短冊にきれいに揃った文字でこう記した。
 『 皆さんに笑顔がありますように 』
 誰かや一部の人だけでなく、多くの人が小さな幸せを感じられるなら、それが一番だと思うから。
 白地に桜を散らした浴衣姿のセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は、全身で隠すようにして短冊を書いている。
「み、見ないでよ?」
「見ませんから、そんなに隠さなくても大丈夫ですよ」
 真人に言われてもまだ心配なのか、セルファは大急ぎで短冊を書き上げると、笹の葉の間に押し込むようにして縛りつけた。願掛けしたその願いは、
 『 素直になりたい 』
 素直に言えたら簡単なことも、素直になれない為に複雑になってしまう。そんな状態から脱出したいのだけれど……元からの性分を変えることは難しい。
 そんなセルファの悩みも知らず、真人はぱたぱたと団扇を使いながらのんびりと七夕の話を始めた。
「セルファは七夕がどんなものか、知っていますか? もともとは五節句の1つで、お盆行事の1つでもあるんですよ」
「五節句って?」
「人日の節句、上巳の節句、端午の節句、七夕の節句、重陽の節句、の5つです」
「ふぅん……」
 聞いたそばから忘れてしまいそうな節句の名前に、セルファは気の無い相槌を打った。
「今は節目としての節句というより、七夕伝承を思い浮かべる人の方が多いでしょうね。織女星と牽牛星の伝説……簡単に言ってしまえば、引き裂かれた2人が1年に1度会える日、というところでしょうか」
「そっちの話は聞いたことあるわ。なんだかまどろっこしい話よね」
 川が邪魔なら泳ぎ渡れば良いのに、と言うセルファに、そうかも知れませんね、と真人は笑って歩き出した。笹の周囲に集まっている人から離れると、夜風が心地良い。
「んん……」
 セルファもついて歩こうとしたが、足が大きく開かない浴衣と歩きなれない下駄に苦戦して、どうしても遅れがちになる。それに気づいて真人は立ち止まった。
「歩きにくそうですね。でもその浴衣、よく似合っていますよ」
「に、似合うって……べ、別に真人に褒められても嬉しくないわよ」
 素直になりたい、と書いた願いと裏腹に、セルファは慌てて顔をそむけて照れ隠し……した途端、段差に下駄を引っ掛けた。その衝撃で鼻緒が切れて、セルファは転倒する。
「いったぁ……」
「気をつけないと危ないですよ」
 助け起こそうと差し出された真人の手に、セルファは自分の手を重ね……たり出来るはずはなく、ぴょん、と跳ね起きた。
「鼻緒を修理しますから、俺の肩に掴まっていてください」
 飛んだ下駄を拾ってきた真人がハンカチを裂きながら言うと、セルファはもう耐えられなくなり。次の瞬間……かっと熱くなった頬を見られまいと、全速力でその場から逃げ出した。
「セルファ? 裸足で走ると怪我をしますよ」
 真人の呼びかけも聞こえているのかいないのか。脱兎のごとく走ってゆくセルファの後姿に真人は苦笑する。
「やれやれ、セルファは元気ですよね」
 鼻緒の応急処置を手早く済ませると、真人はセルファの下駄を片手に、その後を追っていったのだった。
 
 
 星あいに結ぶ願い 
 
 
 日本の七夕行事はさまざまなものが交じり合ってできたもの。その中に自分の故郷の伝説から来た部分を見つけ、夏侯 淵(かこう・えん)はしみじみとした気分になった。
「国が異なっても、交わるものもあるのだなぁ」
 藍に花火柄の浴衣が淵によく似合っている。子供浴衣に仕立てなくて良かったと、藍に天の川様の星を流した浴衣を着たルカルカ・ルー(るかるか・るー)は胸の内に呟いた。
「日本にはどのように伝わっているんだ?」
 興味を持って尋ねる淵に、皆川 陽(みなかわ・よう)は代表的な七夕伝承を簡単に説明する。
「機織の上手な織姫と、牛飼いの彦星がいてね。織姫のお父さんの天帝が働き者の2人の結婚を認めてくれて、めでたく夫婦になったんだよ。でも、結婚してみたら夫婦生活が楽しすぎて、織姫は機を織らなくなって、彦星は牛を追わなくなったんだって」
 それを知った天帝は怒り、それならばと2人の間に天の川を作って、引き離してしまう。
 けれど、織姫彦星は別れ別れになったことを悲しむあまり、仕事が手につかない。
「だから天帝は2人に、一生懸命に働くのなら1年に1度だけ会うことを許そう、って言ったんだ。それからは2人は1年間一生懸命に働いて、7月7日になるとカササギがかけてくれた橋を渡って逢瀬を楽しむようになった……っていうのが、一番良く知られてる話かな」
「ふぅん、そうだったんだー」
「ルカも日本人だろうが」
 陽の説明を一緒になって感心して聞いているルカルカに、淵がつっこむ。
「そうだけど、行事にまつわる話って知っているようで知らないところもあるのよ」
「確かに、なんとなくこんなものかなぁって雰囲気だけで分かった気になってる話って、案外ありそうだよね」
 生活に溶け込んでいる行事でも、由来を良く知らない、なんてことはありがちだ。時代を経るに従って、変化したり崩れていったりすることもある。
 けれど……と陽は隣でカラコロと下駄を鳴らしているテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)の格好を見た。
 テディの着ている鮮やかな大輪の花の柄が入った浴衣は、今の時代でも女物に変わりはないはずだ。
「似合ってるか?」
 陽の視線に気づくとテディは嬉しそうな顔になった。
「うん。似合ってるのは否定しないけど……」
「キレイだろ。陽ももっとキレイな奴を着れば良かったのに」
「ボクはこれで良いよ……」
 そんな派手な女物を着せられたらたまらない、とばかりに、陽は地味な無地の浴衣の袖をおさえてテディから離れた。
「そうそう、せっかくだから短冊を書こうよ」
 これ以上浴衣の話を続けるのは危険だと、陽は率先して短冊を取る。
「何だこれは?」
「これに願い事を書いて笹に吊るすと叶う、って言われてる七夕の行事だよ」
「願い事か。よし」
 淵は早速短冊を書き始めた。
 テディはいち早く短冊を書き上げると、見せ合いっこしようと言い出した。まずは自分から、と見せた短冊にはこうあった。
 『 家族が欲しい 』
 それは、いつか自分のヨメとなって欲しい、という陽へのラヴコールなのだけれど。
 テディの短冊を読んだ陽は小さく息をつき、それ以上内容には何も触れなかった。
(嫌なのか? 嫌なのかっ!)
 勢い込んでいただけに、テディの脳裏にぐわんぐわんと衝撃の音が鳴り響いた。
 実際には陽は、古王国時代の戦いで死亡したテディが家族と離れてしまっていることを気の毒に思い、自分をヨメ呼ばわりするのももしかしたらその寂しさからではないか……などとしんみりと考えていたのだけれど。
 テディのショックをどう解釈したのかルカルカは、パートナーはもう家族と同じじゃない、とテディを励ます。
「ね、2人はどうやって出会ったの?」
 ルカルカに聞かれ、陽はもうずいぶん前のことのように感じる契約の経緯を思い起こした。
「出会ったときは幽霊だったから……最初は幻だか幽霊だかに憑かれたと思ったんだよね……」
 契約者のことを耳にしたことがなかったわけではないけれど、平凡な生活を送っていた平凡な自分にそんな素質があるだなんて、夢にも思わなかった。だからテディのことを自分にしか見えない幻覚か何かだととばかり思っていた。
 そんな陽相手にテディが訴え続けること約1年。やっと契約と相成ったのだった。
「それでこっちに来たんだけど、戸惑うことばっかりで……」
 だからこれ、と陽が見せた短冊には、ちまちました字でこう記されていた。
 『 平穏無事 』
「ルカルカさんと夏侯さんは、どうやって出会ったの?」
 反対に陽が聞くとルカルカは、色々あったのよ、と淵を見てた。
「でも淵がこの姿なのは、ルカがうまくイメージ出来なかった所為かも……御免ね」
 申し訳なさそうに謝るルカルカに、淵は気に病むなと破顔した。
「……ルカがおらなんだら再生も叶わなかったのだ。それに結構気に入っておるぞ。背丈の話さえ出なんだらもっとよいのだがな」
「淵の『ちみっ子言うな』は、すっかり決まり言葉になったもんね〜」
「だから、ちみっ子言うな」
 怒るそぶりで淵は言い返した。そんないつものやりとりが楽しい。
「淵は短冊に何を書いたの? ルカルカはこれっ」
 『 皆仲良く、世界が平和になりますように! 』
 ルカルカの見せた短冊の内容に、淵は苦笑する。
「世界規模な願いだな」
「うん。やっぱり平和が一番よね」
 学校同士の溝なんて寂し過ぎる、と哀しげに呟くと、ルカルカは陽に笑顔を向けた。
「ルカは薔薇学が好き。仲良くしたいもの。――ね、淵は何をお願いしたの?」
 まだ短冊を公開していない淵にルカルカは尋ねたが、淵は反射的に文字を書いた方を身体に当てて隠した。その仕草だけでルカルカは察したのだろう。
「今の淵が一番☆」
 と言うだけで、短冊の内容を見ようとはしなかった。
「見られて悪いものではないが……大っぴらに見せるには恥ずかしい故」
 見たいのならこっそり見せる、と言う淵に、それなら、と陽は遠慮した。テディは興味がある様子で淵の短冊を覗き込む。そこには、
 『 背丈がもう少しほしい 』
 と書いてあった。
「星に近いから、天辺に結ぼうか」
 ルカルカは影羽の翼を出すと、短冊を持った皆を1人1人、笹の上へと持ち上げた。自分も最後に短冊を高く結びつける。
 いろいろな経緯があってここに集った皆。その願いがどうか叶うようにと。