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久遠からの呼び声

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第1章 探索に集う者 1

「ここはどこですか〜!?」
「ファイリア様、落ち着いてください」
 慌てふためいて叫ぶメイド服――広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)を、落ち着き払った淑女が落ち着かせていた。こと、冷静さに関しては正反対の二人であるが、突然の大地変動に巻き込まれた状況はまったく同じである。
「は、はい、ファイ、落ち着くです」
「それにしても……確かにここはどこなのでしょうか?」
 ようやくファイリアが落ち着いたところで、淑女――ニアリー・ライプニッツ(にありー・らいぷにっつ)は周りを見渡した。
 まるで、そこは迷路であった。通路だけで出来ているかのような無限の?道?が続いており、その先もまた曲がり角や分かれ道になっているため、どう行けば良いのか、見ただけでは皆目検討もつかない。
「ねえねえ、ニアリーちゃん」
「どうしたのですか?」
「この床とか壁、なんだか変な感触ですよ〜。ちょっと、固い、みたいな……」
 ファイリアの疑問に、ニアリーも同じように床や壁を触る。確かに、普通の土とは違うようであった。そうこれはまるで――
「人工……?」
「じん、こう……?」
 一瞬で場を理解したニアリーと、目をしばたいてきょとんとしているファイリア。
「つまり、誰かの手で作られたところ、ということです。この一見、土のように見える通路も、細部は機械が制御しているのでしょう」
「は〜、なるほどです〜」
 ニアリーの的確な解説に、ファイリアは感心したような声を上げた。
「とにかく、そうなるとまた何かしら起きそうですね。早く、この場を離れましょう」
「はいです〜」
 妙に緊張感がないファイリアであるが、ニアリーはそんな彼女がいてくれることでいつも助かっている。ファイリアを見守るような穏やかな微笑を浮かべて、ニアリーは先へと行く彼女を追った。



 地下一階へと続く階段を降りたコビアは――無論、誰しもが予想するとおり、迷いに迷っていた。挙句の果てに、自分がどこにいるのかも分からないといった次第。
 そんな彼は――両脇の壁が迫る罠に見事に引っかかり、それをなんとか自力で押さえきっていた。
「いいからっ! 別にあなたの助けを借りなくたって、僕一人でなんとかしてみせるよ!」
「それは只の背伸びにすぎません!」
 そんな彼と一緒に壁を押している少女が、声を張り上げて叱咤する。
「自分一人で出来ることなんて、たかが知れてるんです!」
「あのねぇ――この罠に引っかかったのは、あんたのせいでしょうがっ!」
 コビアは、言葉を言い切るのに合わせて力を込め、少女とともに罠から脱出した。勢いのあまり、お互いにもつれあって床に転がる二人。
 痛む身体に鞭を打って起き上がったコビアは、少女――騎沙良 詩穂(きさら・しほ)はジト、と、呆れるような視線を向けた。
「僕が罠があると思って飛び越えようとしたときに、危ない! とか言って僕の腕を掴んだまま壁のスイッチを思わず押したのは、いったい、どこの、どいつだ?」
「あははー……いや、でもほら、こうして二人の力を合わせて乗り越えられたわけですし」
「一人ならもっと早かったわっ!」
 的確なツッコミを入れるコビアに、誤魔化すように笑う詩穂。彼女は、とにかく、と手を叩いて、仕切りなおした。
「さっきのは悪かったにしても、この先もきっとこんな罠がたくさんあるんですよ? 一人で行くのは死にに行くようなものです!」
「ふん……。それでも、行かなくちゃいけないんだよ」
 コビアは憮然としたように立ち上がった。そして、まるで何かに焦っているかのようにすぐに歩き始める。詩穂は、彼の背中が彼女を拒絶しているかのように見えて、思わず追うことが出来なかった。
 しかし、ふとコビアの前方の床に、違和感に感じ取る。
「コビアさん……!?」
 切迫した彼女の声にコビアが思わず振り返ろうとしたとき、すでに彼は足を踏み入れていた。ガタン! と音を立てて床が開き、コビアの足が宙を踏む。床下では、無数の鋭利な棘が針山のように広がっていた。
 しまった……! コビアが自分自身を呪ったときには、すでに宙に身体が放り投げ出され、そして――恐怖に目を瞑ったものの、いっこうに激痛は襲ってこない。
「あれ……?」
「よう、少年。そう気張ってると、こういう肝心な時に動けねぇぞ。平時は心を水のようにしてだな……」
 コビアは自分の身体に巻きついた鉤縄に気づいて、頭上を見上げた。そこでは、いかにも忍者ですとアピールしている格好の男――黒脛巾 にゃん丸(くろはばき・にゃんまる)が機嫌良さそうに口を動かし続けていた。
「……つまり、俺が何を言いたいかと言うと、忍者ってのは素晴らしい職業でな。その昔の甲賀の里では――」
「いまはそんな話してる場合じゃないですよ! ほら、あれっ!」
 詩穂の声が通路に響く。
 にゃん丸は彼女の指差す方を見て、目を見開いた。
「こりゃまた……」
 コビアからその様子は見えなかったが、詩穂とにゃん丸の視線の先からは、巨大な岩石がまるでボールのように転がり、押しつぶさんと向かってきていた。
「さて、どうするかな……」
「コビアくーん!」
 にゃん丸が対策を考えはじめると、そこに高々とコビアを呼ぶ声が聞こえてきた。続いて、幾重にも重なる人の駆ける足音。
 コビアたちのもとに、幾数人の男女が駆けてきたのだ。
「よかったぁ、見つかったぁ」
「鳳明さん、それよりもあれ……!」
 小柄な少女が、安堵の息を漏らす娘に呼びかけた。
 コビアを呼び続けていた娘――琳 鳳明(りん・ほうめい)は、そんな蓮見 朱里(はすみ・しゅり)の示す先から転がってくる岩石を見て、焦り出す。
「ど、どうしよう……!」
「アイン……!?」
 そんな彼女たちを守るように、アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)は黙ったまま前に出た。
 この珍しい男性型の機晶姫は、もしもこのまま岩が転がってくるなら、自らの身を持ってしてそれを阻むつもりであった。まさに、それは騎士とも言える姿である。
 朱里を守ることを己の最大の意義とする機晶姫にとって、それは単純なることだ。
 しかしそこには――
「アイン、このままじゃ……」
「……後ろにいるんだ。必ず守る」
 心配する朱里に対して、アインは無機質な声色で答えた。
 もしかするならば、機晶姫として抱くもの、それ以上の意思があるのかもしれなかった。
「とりあえず……おい! コビアとかいうの」
「は、はい……?」
 コビアはにゃん丸以外の凛とした男性の声音を聞いて、再び頭上を見上げた。
 すると、にゃん丸の横から彼を見下ろしていた橘 恭司(たちばな・きょうじ)が、厳然とした態度で彼に指示する。
「その辺にスイッチかなにかないか? おそらく、罠と思わせといてそこに設置してると思うんだが……」
「す、スイッチ……?」
 あと数十秒で到達するであろう岩石の存在に、コビアも焦ってスイッチを探す。すると、針山のすぐ近くに確かにスイッチらしき赤いボタンを見つけた。
「あ、あった……!」
「よし、あぁと……忍者。コビアをそっちに誘導してくれ」
「俺の名前はにゃん丸ってんだ……そこんとこ、よろしくたのまぁ」
 にゃん丸は不敵な顔を恭司に見せた。恐らくは、二人とも共通する闘争心を感じ取ったのだろう。とはいえ――目前に迫る岩石をどうにかするのが先である。
「よ、よし、着いた……」
 身体に巻きついた鍵縄をにゃん丸に誘導されて、コビアはスイッチに手が届くところまで近づいた。
 意を決してボタンを押すと――
「と、とまったぁ……」
 岩石は何かにふさがれたわけでもないのにかかわらず、ガタンを音を立てて停止した。安堵の息をつく鳳明の隣で、恭司は違和感を抱えていた。
(岩石……に見えるが、中身はなにかの機械か?)
 床や壁にしてもそうだが、構造はほとんどが機械仕掛けのようである。嫌な予感を覚えながら、恭司はコビアを引き上げようとするメンバーの手伝いを始めた。