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リアクション
第2章 石仮面の問答 1
それまでの地下一階が目を見張るほど広大に入り組んでたせいだろうか……。
地下二階に降りたコビアたちは、その想像していた以上に手狭な部屋に逆の意味で驚いた。もちろん、コビアと、それに続く仲間たちが余裕を持って入りきるほどの広さはあったが、何の変哲もない四角い部屋は、まるで牢屋の中のように質素なものであった。
「これ……やっぱりこの扉の奥、ということでしょうか?」
「……だろうな」
一見すると育ちの良さそうな女子高生――朱宮 満夜(あけみや・まよ)が、傍らにいる若者に聞いた。若者は端正な顔立ちをしているが、いかんせん、その双眸はツリ目で大変厳つく、冷血漢のような印象を受ける。
コビアたちの目の前、部屋の奥には一つの扉があった。まるで待ち構えるようにして閉ざされているその扉に、コビアが近づいて行く。
「じゃあ……開けてみようか?」
「待て、コビア……!」
扉に触れようとしたコビアを、鬼崎 朔(きざき・さく)が引き止めた。
「何があるか分からない。慎重に行くんだ」
「分かってるよ」
普段は寡黙で表情を出すのが苦手な彼女も、コビアが相手ではついついお節介を焼いてしまう。そんな彼女に、コビアはふてくされたような声を出す。
「……私が触れよう」
コビアを引き戻して、朔が前に歩み出た。彼女の手が扉に触れんとする。
――途端、扉の中心部がまるで闇に飲み込まれたように黒く沈んだ。
「なんだ……!?」
驚く朔は、すぐにコビアを守る盾のように身構えた。
仲間たちも、次なる敵が現れたのかと、緊張の糸を張り巡らした。
しかし――闇が溶け込む音とともに顔を出したのは、敵か味方かも分からぬ、石仮面のついた石碑だった。
「なんでしょう、これ……」
「よくぞ来た、試練を受ける者たちよ」
「喋っただと……!」
満夜の疑問に石仮面が冷然と答えた。生きていると知った途端、彼女の傍らにいた若者――ミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)が敵意に満ちた目で石仮面を睨みつける。もちろん、その手は満夜を守るがごとく、だ。
「私は心理の試練を司る者だ。汝らは問いに答えるべくしてここに辿り着いた。間違いないな?」
「問いに答えるべくして、だと?」
石仮面の言葉を聞き逃さず、樹月 刀真(きづき・とうま)が眉をひそめた。
彼の銀髪の奥から石仮面を見据えるその瞳は、その動向を窺い知ろうとしている。しかし、なんら感情を見ることが出来ない石仮面の目的は、想像でしか計ることができなかった。
「その通りだ。私の問いかけに見事な解答を導き出すことが出来たならば、先に進むことを許そうではないか」
石仮面の声は、まるで反響し続ける木霊のように、コビアたちの耳に伝わってくる。
「試練の回廊、二つ目の試練というわけね……。ふふ、面白そうじゃない?」
戸惑う面子もあれば、石仮面に向けて不敵な笑みを浮かべる娘もいた。ドルチェ・ドローレ(どるちぇ・どろーれ)はまさしくそれであり、一見すれば物腰の良い淑女に見えなくもないが……その目的は些か計り知れなかった。
コビアを助けるためにやって来たというのが彼女の弁であるが、試練の回廊のことを知っていることにせよ、不可思議な点があることは、否めない。
「へへっ、喋る石か……! 持ち帰ったら高く売れるかな……?」
そんな彼女とは逆に、正々堂々と金のためにコビア救出依頼を受けたといわんばかりの男もいた。塚原 忍(つかはら・しの)こそまさしく、その男である。
眼帯を身につけたこの胡散臭い男は、にやりとあくどい笑みを浮かべて石仮面と対峙した。
「さあ石ころ! 試練でもゴレンでも、なんでもきやがれ!」
「……では問おう。一の問いだ。それをなくしてお前は生きられぬ。それをもってお前は死ぬ。それ、とは何だ?」
石仮面の問いは抽象的であり、コビアたちは唸りを上げた。
しかし、忍はまるで最初から決めていたといわんばかりの早さで声高々と答えた。
「金だッ! 答えは金に決まってんだろう」
いや、それは違うだろう。というコビアたちの目にも負けず――というより気づいておらず、忍は更に問いをご所望のようだった。
「では、第二の問いだ。炎のように燃え上がるが、決して炎ではない。いつかは消える灯火だが、時に激しく燃え上がるものとは?」
「我が家の家計だッ! 消火できる気がしないんだよ」
「ほう。では、最後の問いといこう。人は歩く。意思ある者は動くことを許される。ならば、気高き意思を以てしても動かざる哀しき存在はなんだ?」
「…………」
さすがに最後の問いには思考が必要だったか、忍は考え込んだ。しかし、それもわずか数秒のこと。最終的に彼が導き出した結論は――
「空腹だッ! どんなに意思が強い奴でも、腹の虫を抑えようと思って抑えられた奴を俺は今までに見た事がないね!」
これには、石仮面まで黙って呆然としているように見えた。
ここまで来てコビアが気づいたのは、石仮面の張り付いている石碑には、今の三つの問いが記されているということである。ということは、わざわざ仮面の問いかけを待つ必要はないのだ。
それはさておき。
「……個性的な答えではある。しかし、崇高な答えとは思えぬな」
「げー! スウコウだってっ!? なんだそりゃっ」
石仮面の返答に、忍は不満たらたらであった。
だが、現実は現実。石仮面は扉を開こうとはしない。彼を納得させるほどの答えでなければ、扉は閉ざされたままだ。
「崇高、ね。では、答えは全て愛じゃないの? ……私にとっては、一生関係のない言葉なんでしょうけどね」
忍に続いて答えたのは、ドルチェであった。彼女は不敵な笑みと物憂げな瞳で、石仮面を見つめる。だが――
「第一の問いに愛は申し分ないと言えるだろう。私はこれまで、愛のために生き、愛のために死んだ者を幾人も見てきた。しかし、愛は必ずしも消えるとは限らぬ。永遠の愛を信じているとは言わぬが……いつかは消える灯火とも信じれぬだろう。そして、意思ある者が抱く愛はあれど……愛に意思はないだろう」
石仮面はドルチェの答えをも却下した。
ドルチェは肩をすくめ、お手上げとばかりに自分は引きあがる。後は任せた、ということだろうか。
こうなれば、一人ずつ自分なりの答えを言っていくまでだ。これだけの人数がいれば、いずれは彼を納得させる答えが出るはず、である。
進み出た満夜とミハエルは、お互いに相談し合って答えを導き出す。
石仮面は、対峙した二人を見下ろして問いかけを始めた。
「では、答えを願おう」
「第一の答えは、肉体です。魂を宿す器、ということ」
「肉体があれば生きられるが、もちろん、なければ死ぬことになるだろう?」
「第二の答えは……その、えっと、感情です。特に、愛情、ですかね」
「……だな」
なぜか、第二の答えのところだけは微妙にお互い口数が減っているが、石仮面がそれを気にすることは当然のごとくなかった。
「最後の答えは、植物です」
「魔法生物は別として、植物はその場から動くことなどできん」
二人が答えを言い終えて、石仮面は考え込むように声を漏らして呟いた。そうしていると、まるで人間のような意思を感じ取れるが、恐らくはこの仮面も機晶姫のように作られた存在なのだろう。
石仮面が、決然と声を発する。
「第一の答えは見事。肉体は確かに器なりて、生と死を重ね持つものだ。第二の答え、感情は、残念ながら答えというには甘いだろう。感情は消えるのが当たり前だろうか? 愛情はいつか消えるのだろうか? 最後の答えであるが、植物には循環と呼ばれるように、他者の力を借りて初めて行動を可能とする種もある。一概に動けぬ存在、とは言い切れぬ」
つまりのところ――一番目は正解と言えるが、二番と三番は不正解ということ。なかなかに屁理屈のようなことをいう石仮面を納得させるのは、難しいことだった。
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