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夏の夜空を彩るものは

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夏の夜空を彩るものは

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 夜店出すのも巡るのも 
 
 
 手伝いの者の次に福神社にやってきたのは、今日の花火にあわせて夜店を出す皆だった。
 あらかじめメイベルたちが振り分けを決めた区分けにそって、咲夜 由宇(さくや・ゆう)はやってきた人たちに店を出す位置を指定する。
 火を使う店、水を使う店、扱うものによって配置が変わるので、由宇は店を出そうという人が来るたび尋ねた。
「何を売るお店なんですかぁ?」
「お面と揚げいもです。実家から大量のジャガイモが送られきたので」
 風森 巽(かぜもり・たつみ)の答えに、由宇は首を傾げる。
「あげいも?」
「はい。一度茹でたジャガイモ1個まるごとにてんぷら粉をつけて、狐色になるまで揚げたものを2個、串に刺すんですよ」
「おいしそうですぅ……」
 揚げいもを想像して、思わずごくん、となる由宇の背を咲夜 瑠璃(さくや・るり)がこっそりと突っついた。由宇ははっと気を取り直し、手元の配置図に目を落とした。
「油を使うのですねぇ。ではこの位置でお願いしますぅ。火の元には十分気をつけてくださいねぇ」
 位置を説明し、配置図のその欄に『お面と揚げいも』、と由宇はメモをする。じゃがいもの箱やらお面の入った箱やらを運びはじめた巽とそのパートナーのティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)を見送ると、由宇はほっと息を吐いた。
「おいしそうなものの話を聞くと、つい気になってしまいますねぇ」
 でも今は巫女としてお手伝い中なのだから、と由宇は身に着けている巫女服を眺めた。着慣れない格好だからちょっと恥ずかしい。けれど、一度巫女はやってみたかった仕事でもある。
「巫女さんの心を学べれば、何か新しい技が開けるかもですしねぇ」
 普段はメイド服を着ているのだから、巫女の格好もまあ……あまり変わらないと思うようにすれば、恥ずかしさも薄れることだろう。
 そんな由宇の姿を見て、瑠璃はわずかに微笑んだ。
 由宇と共に神社の手伝いをして、巫女というものはやはり素晴らしいものだと瑠璃は再認識した。もっと色々な人が巫女になれば、きっと世界が変わるのだと思う。
 由宇もメイド服ではなく、いつも巫女服を着ていてくれればいいのに、とさえ瑠璃は思った。
「あ、あの人も夜店を出す人なのでしょうか。ちょっと聞いてきますねぇ」
 袴を翻して走って行く由宇の後姿をしばし満足そうに眺めた後、瑠璃は由宇の後をゆっくりと追いかけて行った。
 
 
「すみません、手伝っていただいて」
 出店スペースに並べる机を運びながら、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は巫女姿の雪香に礼を言う。
「そんなの全然構わないですよ。ずっと掃除してるのも飽きて……」
 言いかけた言葉をごにょごにょと誤魔化し、雪香は首を振った。同じ仕事を続けていると、すぐに集中力や体力が尽きてしまう雪香にとっては、こうしてあちこちに手伝いの手を出している方が楽なのだ。
「ここで良いですか?」
「はい。前に置いたものにくっつけていただければ」
 雪香の手を借りて机を並べると、小夜子はその上に幅広のケースを置いた。この中に水をはって氷術で冷やし、そこに缶ジュースを浸けて冷やそうというのだ。花火を観て騒げば喉も渇く。夜とはいえ気温が高い時季だから、冷たい飲み物はいくらあっても助かるものだろう。
「また何かあれば声をかけて下さいね」
「はい、その時にはよろしくお願いします」
 他に手の必要なところはないかと探しに行く雪香に軽く頭を下げると、小夜子は出店の準備を続けた。
 店の前には手書きの看板。
 儲けを出すことが目的ではないから、ジュースの値段は原価に手間賃を少しだけ加えた程度にしておく。
 店の傍らの良く目立つところには、ゴミ箱も用意した。
「神社でポイ捨てをされる方はいらっしゃらないでしょうけれど、もしそうされてしまったら困りますものね」
 そんなことを呟いているところに、沙幸が回ってきた。
「あ、ここはちゃんとゴミ箱設置してくれてるんだね」
「ええ。買って下さった皆様が、きちんとゴミを入れに来てくれるといいのですけれど……」
 その辺りは客の良識に期待するしか、という小夜子に、沙幸はそれなんだけど、と自分なりに考えたゴミ回収の方法を提案する。
「あらかじめ1Gだけ高めの値段設定にしてもらって、容器を戻してくれた人にはその1Gをキャッシュバックする、っていうのはどうかな。お客さんはちょっと得した気分になるし、ゴミはちゃんと回収できるし、いいアイデアだと思わない?」
 沙幸は境内にも、持ち込んだゴミは持ち帰ってくれるようにとの看板を立てていた。夜店で出るゴミを回収してもらえれば、ゴミ問題は随分と片付くことだろう。
「それは名案ですね。私もそうしてみますわ」
「協力してくれてありがとう。人が集まるとどうしてもゴミは出てしまうものだけど、神さまのいらっしゃる場所だから、出来るだけ綺麗にしておきたいもんね〜」
 沙幸はまた別の店へと協力の要請に行き、小夜子は開店準備に戻った。
 
 境内のあちらでもこちらでも、店の準備がされている。
 簡単に机を並べただけの店もあれば、本格的にレンタルしてきた出店セットを組んでいる処もあり、と様々だ。
「みんな結構早くから来てるんだな」
 材料や容器を詰めたダンボール箱を抱えてきた瀬島 壮太(せじま・そうた)は、店の場所に荷物を下ろすと、まずは社にいる布紅の処に行った。
「よぉ、元気そうだな」
 紺の甚平姿の壮太に言われ、布紅はおかげさまでと笑顔で答えた。
「こないだはお守りのことで色々あったけどよ、今日は賑わってるみてえだな。オレも店出させてもらうから、よろしく頼むぜ」
「こちらこそよろしくお願いしますね。何のお店をされるんですか?」
「花火大会っつったらかき氷だろ。夏は稼ぎ時だからな」
「涼しそうでいいですね。きっと花火を観に来た人も喜びます」
「ああ。んじゃオレ、用意があるから」
「はい、がんばって下さいね」
 布紅に見送られ、壮太は店の位置に戻って行った。
「壮太、お帰り。あのね、食べ終わった容器を各店で回収できるように、最初に1G余分にもらっておいて、容器を戻してくれた人にその1Gをキャッシュバックするようにして欲しいんだって」
 ダンボールから、発泡スチロールのカップや先がスプーン状になったストローを出していたミミ・マリー(みみ・まりー)が、壮太が戻って来たのに気づいて伝言を伝える。
「そうか、分かった。値札書くとき、間違えんなよ」
「うん。気をつけるね」
 ミミはカップを重ね、色とりどりのシロップを並べていった。
「氷もそろそろ運んじゃう? 氷術で回りを冷やしておけば、結構もつと思うんだけど」
「ああ。混む前に運んじまおう」
 そうしてかき氷の準備をしている処に、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)の声がかけられる。
「あれ、せじまんの処はかき氷ですか」
「よ、リュースも店出すのか?」
「ええ。フラッペの店を。本当はパートナーたちがやるはずだったんですけれど、ね」
 デートする予定だったのが彼女が風邪で来られなくなってしまった為に、リュースは自分が店をやり、パートナーたちに花火見物させることにしたのだった。仕事をしていた方が気が紛れるだろうし、パートナーたちにゆっくりと空京の花火を見せてあげることも出来る。
「フラッペかー、洒落てんな」
「人込みの中では花を売るのも可哀想ですから」
 花を扱うネットショップ『T.F.S』を運営しているリュースだけれど、花火見物の人込みの中は花にとって過酷な環境だ。代わりに、フラッペの味ごとに違う花を1輪、添えることにした。エディブルフラワーや砂糖漬けの花は、きっと気分を引き立ててくれる。
「うちとは氷菓同士、ライバルになるかな。お互い、頑張ろうぜ」
 壮太はリュースににっと笑いかけると、店の準備に戻るのだった。
 
 
 吹く風が夕の涼しさを帯びてくる頃になると、出店も出揃い、花火見物の客の姿もそろそろ見られるようになってくる。
「いろんなお店が出てるなぁ」
 イシュタン・ルンクァークォン(いしゅたん・るんかーこん)を連れてやってきたミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、出ている店を順に覗いては、感心してみたり、買ってさっそく食べてみたり、と忙しい。
 ミルディアも出店の申し込みをするつもりだったのだけれど、あっちで手伝い、こっちで手伝いと今年の夏も飛び回っているうちに、すっかり遅れてしまい、店が出せなくなってしまったのだ。
 それは残念ではあるけれど、皆のやっている店を回るのは面白い。顔出しとリサーチ……とか言いつつも、ミルディアはお祭り騒ぎを楽しんでいた。
 一緒に来ているイシュタンも、目を輝かせて出店を覗いている。こんなお祭り気分の場所に来るのははじめてだ。久しぶりのお出かけということもあって、嬉しくてたまらない。
「街にあるお店とは違うんだね」
「こういう雰囲気もいいでしょ?」
「うん。あ、みるでぃ! これ買って〜! 線香花火ももらえるんだって〜」
 イシュタンが指差したのはベビーカステラだった。焼いている甘い香りが、周囲に漂っていてたまらない。
 店の主は二色 峯景(ふたしき・ふよう)。たこ焼き器に生地を流し、串で器用にころころとひっくり返して焼き上げている。
「いらっしゃい。焼きたてのベビーカステラだ。味もいろいろ揃ってるぜ」
 メニュー表を指しながら峯景が勧める。
 手書きのメニュー表にはこうあった。

 『*べび〜かすてら*15個入り301G(袋を返してくれたら1Gキャッシュパック)
     プレーン
     カスタード
     チョコレート
     ロシアン
 * お買い上げの方に人数分の線香花火をプレゼント! *
    *  花火の締めは線香花火で決まり!  *』

「ロシアンって何?」
 首を傾げるイシュタンに、峯景は身を乗り出す。
「チャレンジするかい? 15個のうち3つにはハバネロクリーム入り。スリル満点のベビーカステラだぜ」
「ええっ、私、辛いのはやだー。カスタードがいいな〜」
「じゃあカスタードをもらおうかなっ」
「毎度あり」
 峯景は代金と引き換えに、ベビーカステラを入れた袋と線香花火を渡した。さっそく袋に手を入れて、ミルディアはカステラを食べてみる。
「んんん、美味しいねっ」
「私もー。まだ温かいね〜」
 おいしいからと次々に口に入れながら、ミルディアとイシュタンは店巡りを続けた。
「冷たい飲み物は如何ですかー?」
 小夜子の呼びかけに、すっかり口の中の水分をカステラに吸い取られてしまったことにミルディアは気づく。
「いしゅたん、何か飲む?」
「うん。ジュースが欲しいな」
「なら……これ下さいなっ」
「ありがとうございます。缶を返却していただくと、1Gキャッシュバックしますので是非お持ち下さいね」
 藍白の浴衣を着た小夜子が、濡れた缶を拭いてミルディアに手渡した。
「あれ、さっきもそんな話を聞いたよね。この袋を戻すと、って」
 ベビーカステラの袋を振ってみせるミルディアに、小夜子はそうなんですと微笑んだ。
「境内を汚さない為に、容器の回収をしているんです」
「へぇ、そうなんだ。だったら絶対に缶を戻しに来るねっ」
 ミルディアは小夜子に約束すると、イシュタンを連れてまた別の店を覗くのだった。
 
 
 花火大会と聴くと、なんだかわくわくしてくる。そんなお祭り気分で五月葉 終夏(さつきば・おりが)は福神社の境内を歩いていた。
 本当はパートナー全員と来たかったのだけれど、皆それぞれに用事があるとかでそれは叶わなかった。けれど、一緒に来られたシシル・ファルメル(ししる・ふぁるめる)が喜んでくれているから、来て良かった……とつくづく思う。
「師匠師匠! 夜店がいっぱいですよう!」
 全身で嬉しさを表現する詩知るを見ていると、終夏まで楽しくなってくる。今日はめいっぱい、シシルの好きなようにさせてあげたい。そう思わせるほどに。
「師匠師匠! あれ買ってくーださーい♪」
 さっそく気になる店を発見したシシルについていくと、そこにあったのは風森巽の揚げいも屋さんだった。
 大正浪漫たっぷりの、女学生風矢絣の小袖に大正袴という出で立ちで、ティ亜が呼び込みをしている。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 美味しい揚げいもはいかがですかー!」
「へぇ、揚げいもか。いいね」
 そんな終夏の呟きを聞きつけ、巽は店を覗きこんでいるシシルにプッシュする。
「揚げいも2串購入してくれから、こっちのお面を1つプレゼントしますよ」
 仮面ツァンダーソークー1のお面をかぶった巽の誘い文句に、シシルは目をきらきらさせて終夏を振り返った。
「いいよ。1串ずつ食べよう」
「わぁい、ありがとうですう!」
 早速、2串、とシシルは頼んだ。
「ありがとー。お面はどれにする?」
 ティアが示したお面の数々を、シシルは端から順に眺めていった。
 男の子用には、巽がつけているのと同じ『仮面ツァンダーソークー1』をはじめとして、シャンバラの名だたるヒーローのお面。
 女の子用には、『エリザベート』や『飛鳥豊美』、そしてこの神社の『布紅』のお面等が取り揃えられている。
「おおやはりあれは……」
 どのお面にしようかと悩んでいるティアの横で、クレオパトラ・フィロパトル(くれおぱとら・ふぃろぱとる)がお面を見上げて感心したように肯いている。
「なぁにクーちゃん、何か面白いもの見つけたの?」
 尋ねるヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)は、ちぎのたくらみの力でクレオパトラと同じ年頃になっている。見た目は小さくなっているけれど、次から次へと夜店を制覇してゆく胃腸はさすがの強さだ。
「あの左から3番目にあるお面は……」
「いやお客さん、お目が高いですね!」
 クレオパトラの言葉を巽は途中でさえぎった。
「うぬ。小手先のモノには手をださぬつもりであったが……」
 これは気になる、とクレオパトラは唸った。
「わざわざお面なんて買わなくても、パラミタを歩けばこんなのいっぱい見られるわよ。あ、おにーさん、揚げいも1串お願いね♪」
 ヴェルチェはお面よりも食い気優先で注文する。
「2串買うとお面をおまけにつけますよ」
「ならばもう1串もらうとしようか。お面はそこの……」
「あーはいはい、ありがとうございます」
 巽はお面を素早く取ってクレオパトラに渡した。
 その間、考えていたシシルもようやく決めてあれ、と指差す。
「校長先生のお面にするですう」
 選んだお面を頭につけてはしゃぐシシルと共に、終夏は揚げいもを食べた。
「それにしてもー、師匠、その鞄の中身は何ですかぁ?」
「これ?」
 終夏は花火見物に来るにしては大きな鞄を掲げてみせる。
「そうですよう」
「内緒」
「うむむむー?」
 唸るシシルを横目に、終夏はまた1口、揚げいもをかじるのだった。