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【初心者向け】遙か大空の彼方・後編

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【初心者向け】遙か大空の彼方・後編

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 Part.11 市街戦
 
「報告通りだ、障壁が消えてやがるぜ!」
「チャンスだ、攻め込め! 長を探して捕まえろ!
 オリハルコンを差し出させるんだ!」
 白鯨の上空から、各個近づいて来る魚影。
「イルカ……いや、シャチか!?」
 翔一朗が、敵影を確認して叫んだ。
 その空賊達は、空を泳ぐシャチに手綱を繋いで立ち乗りし、水上バイクのように操っているのだった。


「面白いことになってきやがったぜ!」
 その襲撃を確認し、密かに飛空艇に乗り込んで、この場へ来ていた大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)がにやりとほくそ笑んだ。
「一丁、奴等に手を貸してやろうじゃねえか! ハツネ、出番だぜ!」
 呼び掛けられ、鍬次郎のテンションとは真逆の、感情の乗らない表情で、こくりとパートナーの斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)は頷いた。
 出番。即ち、人を殺すことだ。
 だが対象が人間という”生きた存在”であるという認識はハツネには無い。
 同じ殺戮でも、鍬次郎のように快楽を以って「人を殺す」のではなかった。
「人形遊びをするの……
 いっぱい、いっぱい”壊して”……鍬次郎に、褒めてもらうの……」
 誰に言うでもなく、感慨の無い口調で、ハツネは呟いた。
「人……人を殺してしまうんです、か……?」
 恐る恐る訊ねたのは、パートナーでありながら、2人とは違う考えを持つ天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)だった。
「はあ?
 何今更なこと言ってやがんだ。いい、行くぞハツネ!」
 呆れたように葛葉を一瞥してから、鍬次郎とハツネは街中に躍り出る。
 あっ、とそれを見送り、しかし成す術もなく、悲しそうに悔しそうに、ぎゅっと葛葉は唇を噛んだ。

 戦うことを知らず、武器も持たないこの街の住人には、策を弄する必要などなかったが、そこは警戒を怠らず、鍬次郎は背後からの奇襲によって、反応をする余裕すら与えずに彼等を屠った。
「ぎゃっ!」
 逃げようとする身体を両断するほどの手応えで斬り付け、
「……何っ?」
と、眉を顰める。
 一方で、ハツネもまた、次々に街の住人の背後を取り、叫ぶ暇もあればこそ、息もつかせぬ連続攻撃で、住人達を斬り捨てて行く。
「……?」
 次の獲物に向かいながら、ふと、死屍累々たる住人達の屍に目をやって、ハツネも不思議に感じた。

「何やっちょんじゃ、あんたらぁ!」
 轟き渡る叫び声に、視線をそちらへ向け直す。
「ふん、来やがったかよ」
 殺戮の様を目撃した光臣翔一朗が走って来た。
「――あんたら、空賊じゃないな?」
「だったらどうだってんだ!」
 先手必勝、答える鍬次郎ではなく、その隙を狙って翔一郎の背後をハツネが取る。
 翔一郎は気付いて、振り向きながら、ハツネの剣を受け返した。
「契約者が、街の住民を殺すたあ、どういう了見じゃ!」
 怒りに血管の浮かびそうな翔一朗の叫びに、は! と鍬次郎は笑った。
「笑わせてくれるぜ! こっちも一杯食わされたとこだがな!」
「何!?」
 はっ、と翔一朗は気付いた。
 周囲に、死体が無い。
 逃げようとし、斬り捨てられ、倒れたはずの街の人々の姿が、忽然と消えているのだ。
 手応えも確実にあったはずなのに、と、ハツネはぼんやりと首を傾げる。
 周囲を見渡すが、離れたところにいる、他の人々は避難を始めている。
 後を追おうかと迷って鍬次郎を見ると、彼はにやりと翔一朗に笑った。
「ちょうどいい。代わりにてめえを干し首にさせて貰うぜ!」
「!」
 煽る鍬次郎ではなく、背後のハツネが仕掛けた。
 有無を言わせぬ奇襲攻撃に、しかし翔一朗は反応する。
 躱そうとした翔一朗の、鉄下駄の鼻緒が突然切れた。
「うっ!?」
 前のめりになった翔一朗に、ハツネが斬りつける。
 バランスを崩して避け損ねた翔一朗の腕から、血潮が上がった。
「ちっ……!」
 鼻緒が切れたのは、『禁猟区』が発動したからだと、何度目かの経験ですぐに解った。
(トオル達に何かあったか……!)
 しかし、鯨の内部へと向かったトオルのところへ今すぐ駆けつけることは不可能だ。
 ちっ、と舌打ちすると、翔一朗は鉄下駄を脱ぎ捨てた。
「今はあんたらの相手が先じゃけえの!」
 とどめを刺そうとするハツネの攻撃を受け流し、拳を固めながら、ドラゴンアーツを使って懐に飛び込む。
「ッッおりゃあ!!」
 連続攻撃への対応が遅れた。
「……っ」
 ハツネは倒れ込み、そのまま、うずくまって頭を押さえる。
「ううっ……あ」
 ちっ、と鍬次郎は舌打ちをした。
「来やがったか!」
 いいとこなのによォ、と苦しみ出すハツネに対し、時間切れとなったことを悟った。
 素早く次の攻撃に移りかけた翔一朗は、ぴたりと動きを止めた。
「鍬次郎さんっ……ハツネちゃんっ……!」
 ハツネの異常を悟ったもう一人のパートナー、葛葉が泣き声を上げながら、ぱたぱたと走り寄る。
 意識が削がれた隙をつき、鍬次郎はハツネを抱えて素早く撤退した。
 走り寄ろうとした葛葉はそれに置いて行かれたが、うろたえた葛葉は、慌てて方向を転換し、後を追う。
 溜め息をついて拳を下ろした翔一朗は、それを追わなかった。

「……それにしても、どういうことじゃあ?」
 確かに、鍬次郎達に斬り捨てられた街の住民を見た。
 しかし、彼等は地に倒れながら、消えてしまったのだ。
 だが、今は考えている余裕はない。
 鍬次郎を撤退させたとはいえ、空賊達が次々街に潜入している。
 翔一朗は空賊達を迎撃する為に走った。


「……これは一体、どういう……?」
 空賊の狙いは、長てるフリッカであるようだった。
 上空からその姿を見付けたシャチが複数、急降下して来る。
 その空賊達を撃退した樹月刀真、神裂刹那達は、倒れた空賊から詳細を調べる為に改めようとして、その男を見て、驚いた。
 思わずフリッカを見る刹那に、彼女は悄然と俯く。
 蒼白としたその表情が、絶望と、悲嘆、そして後悔と思われるものに満ちているように、刹那には思われた。