シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

【初心者向け】遙か大空の彼方・後編

リアクション公開中!

【初心者向け】遙か大空の彼方・後編

リアクション

 
 
Part.13 オリハルコン
 
「ふふ……これは面白そうですねえ」
 飛空艇を降り、白鯨の状態について聞いたエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)は、オリハルコンという名前に興味を持った。
「ここは私も、鯨の体内に行って、オリハルコンを探してみましょうか」
「”探す”?」
 パートナーの緋王 輝夜(ひおう・かぐや)が、呆れた様子で言う。
「勿論、あわよくば入手したいと考えてますよ?」
 他の人には内緒、とでも言うように、人差し指を立てながら言ったエッツェルに、輝夜はますます呆れた。
 入手、とエッツェルは言ったが、奪う、と輝夜には聞こえた。
「ロクでもないこと考えてないで、皆を手伝った方がいんじゃん?」
「それは最後の手段で」
「最後なのかよ」
 輝夜は一層呆れて溜め息をつく。
「……しゃーないなあ」
 結局は付き合うことになる。最初から解ってはいたことなのだが。
「……でも、それが護られてんのは、護ってないとマズイから、護ってんじゃないかなぁ……」
 一抹の不安は、とりあえず置いておく。

 まるで洞窟内部のような白鯨の体内は、ふんだんに隠れられるところもあって、空賊との戦いを上手く避けながら、中心部と思われる場所を目指した。
「空賊の相手をするつもりもありませんしね」
 邪魔をしてくるなら容赦はしないが、その必要もなさそうだ。
 道は一本道ではなく、中心部に至る道はいくらでもありそうだった。


「オリハルコンゲットだぜ!」
 ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)もまた、それを入手しようと、レッサーワイバーンに乗り、鯨の体内に乗り込んだ。
 中は恐ろしく広く、高く、そのままレッサーワイバーンに乗ってある程度まで進めそうだった。
 トレジャーセンスを使うまでもなかった。
 体内に入った途端、ある種のプレッシャーのようなものが、ビリビリと感じられたからだ。
 超感覚で備えている猫耳が、意識しなくてもぴくぴくと動く。
「これ、オリハルコンの圧力かよ……!?」
 ミューレリアは思わず顔をしかめた。
 邪悪な気ではなかったが、重い。
「入った途端に、これか!」
 それでも暫くすれば慣れてきて、怯えているのか興奮しているのか、上手く操れないレッサーワイバーンを何とか宥めつつ、先に進んだ。
 その気に従って進んで行く。
 下方に空賊や、それと戦う学生達の姿も見えたが、無視だ。
 シャチに乗って追って来る空族も居たが、銃撃であしらいつつ、先に進むことを優先した。

 それでもやがて、柱のようなものが多くなり、先に進むには足を使うしかなくなって、ミューレリアはレッサーワイバーンを降りた。
「ま、いい。もうすぐのような気がするしな」
 脂汗が滲むほどの気だ。
 ふらつく足元を気力で支えながら、ミューレリアは先に進んだ。


 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)もまた、オリハルコンを欲した。
「……だが、現実問題として、オリハルコンを失った鯨は落ちるでしょうか」
「え、ええっ、でも、鯨さんだって、他のお魚さんみたいに、泳げると思いますけどっ」
 紫月 睡蓮(しづき・すいれん)がおろおろと言う。それもそうだな、と思った。
「では、憂いなく手に入れるとしますか……」
 まさか、面白そうなことをしていると何となしに乗り込んでみた船で、オリハルコンなどという超物質の噂が聞けるとは思ってもいなかった。
 是非とも手に入れたい、と思う。
「大丈夫か、睡蓮」
 睡蓮は苦しそうにぐったりしていたが、
「平気です。私も行きます」
 置いてきぼりは嫌だ、と、無理に平気な顔をする。
 だが実は、平気な顔をしているのは唯人も同様で、むしろ睡蓮よりも辛かった。


◇ ◇ ◇


 紫月唯斗達とミューレリア、エッツェルらは、それぞれ別の道からその部屋に辿り着いた。
 近くの空間で、空賊のボスと思しき者が誰かと戦っていたが、それに加勢せずに中央の空間を目指す。
 そこに、目的のものがあると解っていたからだ。
「マズ……エル、あたし、もう、駄目みたい……」
 ずる、と座り込んだ緋王輝夜は、そのまま身体を横たえる。
「輝夜?」
 エッツェルが歩み寄った時には、輝夜は既に気絶していた。
「くっ……」
 唇を噛むエッツェルの額からも、零れた脂汗が床に落ちて弾く。
「ここまで重圧が酷いとは……」
 放たれる気。存在感。
 それらが、自分達を押し潰そうとしているのだ。



 中央部のその更に中心部。
 そこに光が集まっていた。
 光の中心に、小さな漆黒の球体がある。
 光に全く照らされず、そこだけぽっかりと闇が生じているような、ゴルフボール1つ分に満たない、小さな球体だった。
「…………あれが?」
 まさか、あんな小さなものとは思っていなかった。
 驚くエッツェルの視界が、ぐらりと揺れた。
「最悪欠片だけでもと思ってたが……。
 あんなに小さいなら、丸ごといただけそうだな?
 ……っていうか、すごい圧縮されてる感じがするけどな」
 ミューメリアが脂汗を拭ってふ、と笑った時、
「それは、させないよ」
と、背後から声がした。
 レキ・フォートアウフとミア・マハが、後方からミューメリア達に銃を向けている。
「……何だよ?」
「それは、鯨さんと、この街の人のものだよ。
 ボク達が手を触れて、いいものじゃないんだよ」
「カタいこと言うな。
 ちょっとくらい大丈夫さ。
 欠片くらい貰っても、バチは当たらねーよ」
 そう言ったミューレリアに、レキはきゅっと顔をしかめて、引き金にかけた指に力を込める。
 レキ自身、この場にいるのがかなり苦痛だった。
 学生達に攻撃を仕掛けるのは気がひけるが、早めに決着をつけなくてはならない。
 ここは、威嚇射撃で彼等を退かせるつもりだった。
「やる気かよ」
 ミューレリアが臨戦体勢を取った時、ズシリ、と足元に響く音がした。

「……何だか、身体が、熱い……」
 ぜいぜいと息を荒げ、エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が膝をついてうずくまった。
「エクス!?」
 本当は、もうずっと前からこの状態だったが、我慢してきた。
 けれどついに、限界が来てしまったのだ。
 そのまま倒れたエクスは、気を失った。
「エクスッ!」
 凄まじいまでの力の気にあてられて、唯斗自身もフラフラになっている。
 それでもエクスを抱き起こそうとした。
 しかしそこで、がくりと両膝をついてしまう。
「くっ……!」
 息苦しさに目眩がした。

「懲りぬ輩だ」
 感情のこもらない声が聞こえ、ミューレリアは振り返った。
 ズシリ、と、3メートルほどの、石の巨人が入って来る。
「何っ……」
 門番、というやつだろうか。
 だが、声は石の巨人から放たれたものではなかった。
 その傍らにもうひとつ、小柄な人影がある。
 長く白い髪と、身体のラインに沿った白い服を纏い、人形のように表情がなく、少女とも少年ともつかないが、胸に起伏が全くないことから、少年だろうと判断できる。
「……初めて来たんですけどね」
 最初の少年の言葉に引っ掛かりを感じて、エッツェルが言うと、少年は首を傾げる。
「違いが解らぬ」
「誰だ、少年」
 霞む目を擦りながら、ミューレリアが訊ねた。
「戻れ」
 少年は短く言い放つ。
「それ以上は死ぬ」
「……悪しき物体だということですか」
 エッツェルが、息も絶え絶えで少年を睨み付けた。
「悪しき力でも人は死ぬ。
 聖なる力でも人は死ぬ。
 無垢なる力でも人は死ぬ。
 オリハルコンは強大過ぎる。
 おまえ達の手にはあまり過ぎる」
 石の巨人がズシリと足音を立てる。
 気を失ったエクスと輝夜を拾い上げ、意識があるのが奇跡な状態でいるエッツェルに身体を向けた。
「……は」
 息が漏れるように、エッツェルは笑う。
「……仕方、ありませんね……」
 元より、欲しいとは思っていたが、無理なら諦めようとも最初から思っていた。
 弊害をもたらしてまで、得るべきものではないのなら。
「……ま、実物をこの目で見れただけでも、良しとしますか……」
「待て……!」
 だが、唯斗が、身を起こしながら少年に向かって声を振り絞った。
 諦められない。
 目の前にある力を、それを欲することを、諦められなかった。
「確かに俺は、まだ弱い。
 だが、だから、だからこそ、力を欲する!
 皆を護れるように……! 理不尽に負けないように……!!
 その力、一部でいい、ほんの少しでいいんだ!」
 必死の思いで、手を伸ばす。
 だが少年は、僅かに目を細めただけだった。
「己の力は、全て己の内にあるもの。
 そして己の力に見合う分だけが、周りから集まるもの」
 少年は、静かに目を伏せる。
「身を滅ぼす為の力を求めるな。戻れ」


 出口付近まで、輝夜とエクスを運んで、石の巨人は戻って行った。
「お前達は、違うのだな」
そう言った少年は、あの場に残った。
「……うっ……」
 圧迫するものが薄れた為か、エクスが呻き声を上げて目を覚ます。
「姉さん、よかった……!」
 睡蓮が泣きながら縋り付いてきた。
「……面目無い」
 心配させてしまった。
 もう大丈夫だ、と言って謝る。
「気圧される、なんてレベルの話じゃなかったな」
 ミューレリアがはあ、と深呼吸をするように溜め息を吐いた。
 何とか耐えていたものの、あそこから離れ、緊張が解けた途端に一気に戻って来て、座り込んだまま暫く立てなかったほどだった。
「圧倒されたぜ……。
 あれが、オリハルコンか……」
 純粋なる、力の塊。
 形容すれば、そうなるだろうか。
 強大過ぎて、手が出せない。その通りだった。
「……はあっ」
 両手を地につけて、レキも大きく息を吐く。
「大丈夫か?」
 近くにいたミューレリアに声を掛けられて、レキの隣で、ミアが見返した。
「そんな顔すんなよ。
 ケンカは終わりだろ。後腐れなく行こうぜ」
くす、とレキが肩を竦める。
「……そうじゃな」
 ミアも苦笑した。
「そなた、良いことを言う」
「……うっ」
 遅れて、輝夜が目覚めた。
「大丈夫ですか」
 エッツェルの言葉にああ、と頷いて、じろ、と彼を見上げる。
 エッツェルは苦笑した。
「まあ、確かに……手出しは出来ない代物でしたね。
 あんなものが世に放たれたら、世界はめちゃくちゃになってしまうでしょう」
 だからすっぱりと諦めましたよ、と言うと、
「……ま、でも」
 はあ、と輝夜は溜め息を吐いた。
「あそこまで行って、結局オリハルコンを拝めなかったのは、残念だったよな……」
 辿り着いた途端に、気絶してしまったので、輝夜は肝心のオリハルコンを殆ど見られなかった。
 それが残念でたまらなかった。


◇ ◇ ◇


 一方で、白鯨に直接交渉しようと、天司御空は、空賊を撃退した後、外から白鯨に話しかけることを試みたが、白鯨からの反応はなかったらしい。
 守り神と言われてはいるが、人間と同じ次元の知性を持つ生き物ではないのかもしれなかった。