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【初心者向け】遙か大空の彼方・後編

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【初心者向け】遙か大空の彼方・後編

リアクション

 
 
「解りました。動くものがなくなるまで、皆殺しにすればいいんですね?」
「違う」
 物騒な一言に、冷静な突っ込み。
 牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)の言葉に、シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)
「そんなだから、魔王だの妖怪だのと言われるのだ」
と溜め息を吐いた。
「あれっ、違うの!?」
「皆殺しにすれば、って……中には、空賊だけでなく、わたくし達と同行された皆さまも行くんですのよ」
 ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)も言う。
 アルコリアの言葉には確実に「皆殺し」は「敵も味方も」というニュアンスが含まれていた。
「でも、敵を倒すにはまず味方から、って言いません?」
「言いません」
 シーマは2度目の溜め息。
「たまには人助けをしたらどうだ」
「う、うーん。うん」
 めんどくさい顔をしながら返事をして、
「うん、お手伝いよろしくお願いしますね」
とナコトに微笑んだ。
「えっ、丸投げですか……畏まりました。
 いた仕方ございませんわね」
 アルコリアは、内部に入ってすぐの頃は、
「だるいですね」
と言い放って、内部の充分な高さと広さで持ち込みオーケーだったレッサーワイバーンの上でワッフルを食べつつぐうたらしていたが、やがてレッサーワイバーンが何かに怯えたようになって、先に進むのを嫌がりだしたので、渋々歩く。
「……何か嫌なプレッシャーがありますわね。
 それですかしら」
「恐らく」
 その状況を冷静に解析するナコトとシーマの横で、ミューレル・シンクレア(みゅーれる・しんくれあ)は涙目で抗議した。
「なんでなんで――!
 ふたりとも、そんなへーきなの――!
 みゅーだってへーきだけど、けどでもうわーん!」
 じたばたと暴れるミューレルに、
「……アルとて、同様の状態になっていた」
「そうですわ。ですから、アルコリア様もレッサーワイバーンの上でぐったりなさっていたのですわ」
と、ナコトとシーマが慰める。
「…………」
 ミューレルは2人を見上げ、アルコリアを振り返り、
「うそだあぁぁぁぁぁ!」と叫んだ。


◇ ◇ ◇


「……空賊の狙いは、オリハルコンだから……。
 オリハルコンを探せば、空賊がいる、と、思う」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)の言葉に、全員が賛同した。
 空賊を探すより、オリハルコンを探すことの方が容易だった。
 オリハルコンが放っていると思われる、この気。
 これを辿ればいいだろうからだ。

 途中までは、小型飛空艇もレッサーワイバーンも充分に乗り物として活用できる広さがあったが、目的地に近づくにつれ、道が狭くなって行く。
 時々道が集まる空間があったが、歩いて行くうちにまた狭くなって行く。
 そんなことが繰り返されて、中心部と思われる空域に近づいた。
 ここが鯨の体内のどの辺なのかは解らないが、オリハルコンがあるとすれば、鯨の身体の核の部分だろう。
 全てを圧倒するプレッシャーを放つ根源の場所が、そう遠くないところにあるのが解る。

 そして、その場から程近い空間に、休息を取っているのか何かを相談しているのか、集まって留まっている空賊達の姿が見えた。
 空賊の方も、殆ど同時に気付いた。
「ボス。奴等……」
「例の、馬の骨どもか」
 どこからか、連絡が伝わっていたらしい。
 ボスと呼ばれた巨体の壮年の男は、盛大に顔をしかめて立ち上がる。
「随分と派手にやってくれてるようじゃねえか。
 ついにここまで邪魔しに来やがったか」
 袖の無い服のその肩に、フェイと同じ形のあざがあった。


〇 〇


「トオル! しっかりせぬか!」
 ぐったりと倒れているトオルに、夜薙綾香が取り縋る。
「全く、私より弱いくせして、庇ったりするから……」
「いーの。そーゆーもんなの」
 トオルはぐったりと倒れたまま、力無く笑う。
「アヤカ、俺は大丈夫だから……その内、シキが拾いに来てくれっから……お前、帰るか、誰か別の奴と一緒に」
「くだらぬことを言う余裕があったら休んでおくがよい!
 迎えが来るまで、私が護っていてやる」
 それは、男として情けねえなあ、と弱々しくぼやくトオルに
「自業自得と思え」
と綾香は容赦なく言った。
 空賊にやられたことに加え、トオルの精神力は、悲しいまでに低い。
 攻撃を受けて弱ったところで、鯨の体内でのプレッシャーに、すっかりやられてしまったのだ。
 綾香の回復魔法で傷自体は癒したものの、そのまま起き上がれなくなっている。
「全く、世話の焼ける……」
 だが、と綾香は思う。
 確かに相手は強敵だったのだ。
 誰もがこの重圧に苦しむ白鯨の体内で、まるで、それを感じていないかのような。
「連中も、このプレッシャーに強い者と弱い者がいる、ということか……?」
 それは、精神力の有無とはまた違うように、綾香には思えたのだが。


〇 〇


「ふん、見たところ、フラフラの奴もいるようじゃねえか。
 こっちは選りすぐりだ。何日もかけて慣らしたしな。
 悪いが、俺らの敵じゃねえ。
 お前等、ゴーレム共を下がらせろ! ここで壊したら元も子もねえ!」
 ボスが回りに指示を出す。
「ゴーレム?」
 ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)が眉をひそめた。
 必要があって、ゴーレムを用意したような言い方だ。
 連中の目的から考えれば、当然、オリハルコン入手の為だろうが。
「あいつらは、蒼空学園のアイドル、美羽ちゃんにお任せだよ!」
 同様に、ゴーレムを押さえた方がいい、と判断して、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とパートナーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が向かった。
「では、こちらの雑魚はお任せ願いましょう」
 ボスの周りの空賊達を見やってそう言った、音井 博季(おとい・ひろき)が手にしているのは、パン。
 パラミタバゲットだ。
「!?」
 ぽかんとする空賊達にひとつ笑みかけると、一瞬にしてその笑みは消え、鬼気迫る迫力で、博季は空賊達に問答無用で突っ込んで行く。
 フランスパンを振り回して敵を薙ぎ払っていく様は、ある種空賊達に戦慄を与えた。
「な、何だお前っ!?」
「ガラ空きですよ!」
 うっかり反応が遅れた空賊を、容赦なくメッタ打ちにして行く。
 異様な戦い方で空賊達を慄かせるのと同時に、殺さない為、そして鯨を傷つけない為、というのが、博季の思惑だった。
 若干、引かれているような気もしないではないが。

「?」
 どん、と背中に何かが当たって、博季は振り向いた。
 背中合わせになって、ミューレルが銃を構える。
「とつげき――!
 ついにみゅーのじだいがきた! ひゃっはー! しゃかいのくずめー! あとしーまめ!
 しねしねみんなしねー!
 みゅーのかつやくとくとごろうじろ! ごめんね! つよすぎてごめんね――!!」
 と一部不適切な表現を交えつつも張り切って銃撃戦に挑んだミューレルだったが、場のプレッシャーに圧倒されて、あっという間に囲まれてしまった。
 博季は臆せずその囲いの中に飛び込んで行き、突破口を開いたが、ミューレルはすっかり混乱している。
「ぎゃーす!?
 そ、そ、そんなばかなっ!?
 かんぺきなみゅーとみゅーのすないぱーらいふるがやられるひがくるなんてそんなばかな――!!」ばたり。
と、ミューレルは倒れたが、それは空賊の手によってではなかった。
「スナイパーライフルは、突撃する場合に持つ武器としては、不適当でございますわよ」
と、本人の耳には届かない解説を冷静にするナコトが、ミューレル諸共、サンダーブラストで敵を薙ぎ払ったからである。
 博季は、寸前で気付いて素早く範囲外に逃れていた。
「ですけれど、実力差があっても、こうして囮として敵をひきつけ、範囲攻撃で一掃する、というのは、有効な手段ですわね」
「……いや、その方法はあまり推奨できぬ」
 シーマが、もの言わぬ屍となったミューレルを拾い上げつつ、溜め息を吐いた。


 ゴーレムは命令する者が無ければ動かないが、誰が操縦者か解らないし、空賊達を殺すつもりは無かったので、確実な方法として、ゴーレムを壊してしまうことにする。
 戦闘用に用意されたものでもないらしく、それらは特に難しいことではなかった。
「一掃!」
 最後の一体が地に沈むと、美羽はどこへともなくピースサインを向けた。
 コハクは、倒れた空賊達を片っ端から縛り上げて行く。
「ごめん、美羽。手伝って」
 コハクに頼まれて、オッケ、と美羽もそれに加わった。


 オカリナの、物憂い気な音色が鳴り響く。
「……ここが、要の場所か。加勢する」
「誰よ?」
 現れた、長い漆黒の髪を一つに束ねた少女に、ヘイリーが訊ねる。
「俺は、七緒。銀星 七緒(ぎんせい・ななお)……。
 通りすがりの、退魔師……」
 七緒は、空賊のボスを見据えた。
「探していた。鯨を蝕み、苦しめ続ける暴徒……」
「くそっ……!
 わらわらとまとわりつきやがって、煩ぇハエ共が!!」
 空賊のボスが、振り回した戦斧を叩き下ろす。
 七緒がそれを躱すと、ボスの戦斧は、床を叩き割った。
「ああっ! 鯨さんのお腹が!」
 ルミナルナ・ハウリンガー(るみなるな・はうりんがー)が悲鳴を上げ、七緒は舌打ちを打つ。
「七緒! あたし達が攪乱するから、その隙に!」
 ヘイリーが七緒に指示を飛ばす。
 頷いた七緒に、パートナーのルクシィ・ブライトネス(るくしぃ・ぶらいとねす)
「ナオ君!」
と叫び、服の留め具を外して胸の谷間を晒した。
 七緒は、ルクシィの胸の谷間から、光条兵器を取り出す。
「報い、受けてもらう……!」

 ボスの戦斧による連続攻撃に、武器で阻みつつも弾かれるように後退させられる。
 ボスは、相手が何人でもまとめて打撃し、まとめて弾き飛ばした。
「重いっ……!」
 七緒が眉を寄せる。

 御剣 紫音(みつるぎ・しおん)が、その戦闘の混乱に乗じて、ひっそりと移動する。
 ボスの後方に。
 ボスにへろへろになっている、と指摘された彼等は、彼の眼中にも無い様子で、フラフラと歩いたところで意にも介されていない。
 武器すら持っていないのを、甘く見られたのだろう。
 そこを利用した。

 リネンが光術による閃光を放った。
 怯みながらも攻撃の体勢を崩さない空賊のボスに、七緒が飛び込む。
 聖なる光によるカウンターが上手く入り、ボスが吹っ飛んだ。
「ぐはっ!」
 壁に叩き付けられたボスは、しかし意識を失うことなく、すぐさま立ち上がる。
「ガキがぁ! ナメた真似しやがってえ!!」
「丈夫な奴!」
 ヘイリーが毒づく。

「さあ、良いぞ!」
 アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)が、2人のパートナーに強化呪文を掛け終えた。
「……行っけえ!」
 御剣紫音と綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)が、サイコキネシスによる攻撃を、同時に放つ。
 どこから打たれたのか解らない、突然の攻撃に、受身も取れずに無防備だったボスは、それをまともに喰らって、
「がふ!」
と目を見開いた。
「今よ!」
 もう一撃。
 紫音は力の塊をボスにぶつけた。


「はあ、はあ……終わった?」
 へろへろになりながら、紫音が訊ねた。
 へたり、と座り込む。
 オリハルコンの重圧に、もう気を失いそうだ。
「そのようじゃの。ようやった」
 脂汗は滲むものの、何とか立っているアルスが、動かなくなった空賊のボスを確認して答える。
「そっか」
 よかった、と、紫音は何とか笑った。
「ふう、しんどいどすなあ。
 少し休ませてほしいどす」
 ここまで何とか気力で持たせてきたが、決着がついたと知ると、風花も、気が抜けたようにぱたりと倒れる。
 博季が彼等の容態を見て、それが、疲労の特大のもので、怪我や病気の類ではなさそうなのを判断してとりあえず、安堵した。



 コハクと美羽、リネンの協力も得て、空賊を全員を縛り上げた後、怪我が酷そうな人を見付けて、コハクが治療を施す。
 戦闘の際に周囲の岩壁についた傷には、ルクシィがヒールを施してみた。
「効いてくれるといいのですが……」
 鯨の内部のはずだが、周囲は岩壁にしか見えなかったので、不安に思いつつもヒールを試してみると、じんわりと、削り、抉られた岩壁が少しずつ治って行くので、ルクシィはほっとする。
 傷が治るよりも先に、魔力はあっという間に尽きてしまったが、すると、美羽が
「はいっ!」
と、SPタブレットを差し出した。
「これね、魔力が回復するの。使ってね」
「ありがとうございます……!」
 受けとって、回復をさせながら、ルクシィは鯨の怪我を治療した。

「さてと」
 ヘイリーが、ボスを起こす。
 気付けをすると、呻き声を上げつつ、ボスは目を覚ました。
「……てめえ……!」
 拘束されている状況を確認して、ボスはぐるりと自分を囲む者達、とりあえず目の前にいるヘイリーを睨み付ける。
「訊きたいんだけど。
 どうしてオリハルコンを狙うの? そのあざ、どういう意味があるの」
「これか」
 ふん、とボスは、肩のあざを見た。
「これは、オリハルコンを持つべき一族の証だ。
 俺達には、オリハルコンを手に入れる資格がある。
 それを、あの魔女が一人占めしてやがるのさ。
 だから俺達は奪う。邪魔をする奴は容赦しねえぞ!」
「そんなこと言っても、もう駄目だよ」
 美羽が叱り付けるように言う。
「とりあえず、皆を連れて、上に戻ろう。
 ここには、長く居ない方がいいと思う」
 コハクが言った。
 オリハルコンが間近い。それには、近づかない方がいい、とコハクは言う。
「……そうね」
 リネン達も同意し、何とか空賊達を全員運び出しつつ、白鯨内部から、背中の街へと帰還したのだった。