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それぞれの里帰り

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それぞれの里帰り

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 陽も暮れ始めた夕刻の京都。
 清水寺にて、飲むと無病息災・不老長寿に恵まれると言われる『音羽の滝』の水を飲んだり、連なり並ぶ坂の商店で 『みやげ』 を見たり。
 清水寺の観光を十分に堪能した瀬蓮たち一行は、上京区内にある瀬蓮の実家を目指していた。
 京都府のほぼ中央に位置するのが京都駅。その丁度北部に京都御所、そして上京区は京都御所の西部一帯をさしている。
 昔ながらの石畳の道。長屋が連なる細い路地。どこを歩み進んでも、風情ある街並みが続くようだった。
 みなさま知っているでしょうか、京都の夏は『暑い』のです。そして、その 『暑さ』 を和らげる術もまた、風情に溢れているのです。
「瀬蓮おねえちゃん、瀬蓮おねえちゃん。この辺りは涼しいです〜」
 気付いて瀬蓮は辺りを見回して、店先の石畳へ水をまく和服美人を見つけると、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)に耳打ちをした。
「打ち水って言うですか〜。こんなに涼しいなんて、すごいです♪」
「打ち水は朝と夕にするんですよ。遠い昔からの知恵です」
 道行く人が少しでも快適に過ごせるように、という心配り。道にはゴミ一つ落ちてはいない。時が流れ、人が変わろうとも、人々の想いと心粋きは変わらないようだ。
「さぁ、着きましたよ」
「わぁ〜〜〜? ………? ……………?!!」
 皆が息を飲んだ。ヴァーナーは思わず、歩んできた道なりを振り向き見た。
 落ち着きのある日本の風情ある街並みが続いている、その先に瀬蓮の実家も連なっているはずだったのだが……。
 木々の柵に低い外壁。ふと目を向ければ、そこには広大な日本庭園が広がっており、実に落ち着いた雰囲気を感じることができるのだが……。
 庭園に囲まれた敷地の中央に、巨大なビルが建っていた!!!
「あの…… 瀬蓮おねえちゃん、あれは……?」
「私の実家ですよ。さぁ、行きましょう」
「え、あ、はぃ……」
 呆気に取られる面々を連れて、瀬蓮は家門へと歩んでいった。



 久我 雅希(くが・まさき)月谷 要(つきたに・かなめ)は、高原家の堂々たる門構えに立ち向いた。が、重く鋭い巨眼に睨まれているように思えて、すぐに踵を返した。
「さぁて、オレたちは…、帰るか…」
「そうだなぁ。そうだよなぁ」
 箱入り娘のお嬢さん。そんな瀬蓮宅の敷居を跨げるのは、『女性』 のみ、な様であるのだ。
「みんなは、入っても大丈夫だよ」
 の後方でビルを門傘を見上げている3人のパートナーたちを瀬蓮は、お誘いした。3人とも女性であるが、代表して霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)がそれを断った。
「とても有り難いんだけど、今回は… お断りするわ」
「そう、ですか……」
「オレの事は気にしなくて良いぞ。何処かのホテルに泊まるから」
「要だけなら、久我の家に泊めてやることもできるぞ?」
 雅希の助け船にも、悠美香は首を横に振った。
「旅先でバラバラになるのも、なんだし。大丈夫、ありがとう」
 すでにジャレているマリー・エンデュエル(まりー・えんでゅえる)ルーフェリア・ティンダロス(るーふぇりあ・てぃんだろす)を引き連れて、悠美香は場を後にした。少し目を離した隙にこれでは…、とのため息付きで。
 は当然、パートナーたちと。そして雅希は久我宗家に顔を出すという。
 『女性』 だけが残った面々を見て、和服姿の女中が優しい笑みを見せた。
「おかえりなさいませ、瀬蓮お嬢様。みなさまも、ようこそ、お越し下さいました。さぁさぁ、どうぞ」
 高原家の門をくぐりて、一行は瀬蓮の帰省を一緒に共に果たした。



「ご両親は、お留守、でしたか」
 ビルの中だというのに、その装いは正に和料亭そのものだった。
 道明寺 玲(どうみょうじ・れい)は持参した手土産を女中に渡した。小箱に入れてきたのは、ヒプラニアの鉱石で作られた置物であった。パラミタ大陸を形作った物だと説明すると、非常に喜んでもらえた。
「浴場の準備も整っておりますので、ごゆっくりなさって下さい」
 10を越える人数で歩んでいるのに、木目の廊下は音一つ立てなかった。
 襖の扉、カーテンは障子、クッションは座布団、フローリングは畳だった。用意された客間も、見事に和装だった。もう、ビルの中という観念は捨てるとしましょうか。
 お風呂場の事を『浴場』と言われたのが気になる所ですが、食事の前に入浴を済ませるとしましょうか。



 スパなの? 家のお風呂は温泉スパなのですか?
 立ち上る湯気で外壁が見えない…… って、この時点で普通じゃないよね……。
 池のように広くて浅いお風呂や、川のように象られた歩行浴場がまるで外堀であるかのように、中央には浮島が寝そべっていった。
 なぜ風呂場にパラソルが…… というツッコミはさておき、皆が皆が、温泉浴場を満喫した。
 両足をウンと伸ばして程良く肉付いた太股を揉み解したり−−−
 保湿効果のある粘水を滝下で浴びたり−−−
 普段はお付きの者が洗う瀬蓮のプニプニの肌を洗ったり−−−
 かっぽぉぉ〜ん。



「うっつ……」
 呻声を上げながらも、平静を装ってイルマ・スターリング(いるま・すたーりんぐ)は鱧の刺身を箸で摘みあげた。
 膳には小鉢に先付け、冷物、お造り、焼き魚や炊き合わせ、中皿に季節のご飯、水物といった、いわゆる『京懐石』が並んでいた。
 箸だって、ほら、当然上手に使えますぇ。ただ…… 足が……。
……」
「えぇ、美味しいですね」
「あ、いえ、そうではなく足が痺れて……」
 何とも静かで、落ち着いた雰囲気の中での、ご夕食。和室に用意された懐石料理を、背筋を伸ばして、正座で…… 正座は苦手なのに……。
「このウニは。非常に濃厚な味がしますね」
「えぇ…… うっ、そうどすなぁ」
「おや? 食べないのですか? 鮎の塩焼きも残ってますよ」
「食べますぇ、せやけど、その…… 椅子か何か用意してもらう訳には……?」
「その土地の料理を食する事は、文化と歴史に浸る事にもなるようですよ」
「…………」
「所作や形式も伝統のうちですよ」
 うぅ…… のイジワル……。
 涼しい顔で京野菜を口にして。同じように正座をしてはるのにぃ。
 料理は最高に美味しい、はずなのに、きっとその美味しさを半分も堪能できていない。
 うぅ………… 堀り炬燵………………。
 痺れを抑えようとすればするほどに感覚は鋭くなってゆく。食事の時が済むまで、イルマは一人、足の痺れと戦っていた。
 鯛の寿司に、ごま豆腐、カボチャのシャーベットも冷たくて美味しかった。足に多少の痺れを感じても、瀬蓮や他の生徒たちは、存分に京の味覚を堪能していた。
 翌日の朝食からはイルマも食事を楽しむことが出来たのですよ。
「いつも通りの食膳じゃ、おもしろくないよっ、テーブルに持ってきて! 洋の食式に和の食膳を合わせるのっ!!」
 イルマの様子に気付いた瀬蓮の、この一言がきっかけになりまして。
 食する事は、文化と歴史に浸る事。蒸し暑さの残る京の夜に、涼なる風が静かにそよいでいた。