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それぞれの里帰り

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それぞれの里帰り

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 火村 加夜(ひむら・かや)がそっと、『涼』 と書かれたネームプレートに触れ撫でた。
 頬が赤らんでいるのに気付いて、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は頬を緩めた。プレートに『納』と書き加えて涼しさを増してやろうかしら、なんて考えながら、ドアノブを回した。
「おじゃしま〜す」
 6畳程の部屋。男子の部屋にしてはキレイに片づいている…… 留守が長いから、かな。
 机にはパソコンがあり、その脇には、まるで鏡台のように2台のテレビが並んでいる。それぞれにハードが接続されている…… どれだけゲーム好きなのよ。
 っと、捜し物はソフトじゃないわ。机周りには… ないわね。
「ル、ルカさん、これ……」
「あった?」
 加夜が本棚の隅からアルバムを取り出した。これは… 小学校の時のアルバム! ビンゴ!
「どれどれ〜、キャーいたいたー」
「ほんとです、涼司君、眼鏡かけてない」
「ほんとだ〜、今より目、大きいね〜」
「この頃はまだ、目、悪くなかったのかな?」
「どうかな〜、写真撮るときだけ外したんじゃない?」
「あっ、いますよね、そういう人」
 今よりもずっと丸い顔をした山葉が呆けていた。もう少し笑うなり出来たでしょうに。
「見て見て、こっちにも映ってる」
「あっ、こっちにも」
 燃え上がったコンロの炎に驚く姿だったり、修学旅行先の神社の境内前でポーズを取る5人の中に居たり、プール開きの為の掃除風景の中に居たり。
「すごい、たくさん映ってる」
「昔からマメな男だったのね〜」
 主要イベントへの参加、フレームの隅への位置取り、そして豊かな表情が選人の目に付いたんだろうね、いや、目を盗んだ、のかな?
「ああっ! 最終兵器! 何してやがる」
 部屋の主が足取りを荒く踏み入り、アルバムを取り上げようとして−−−
「な、に、す、る、の、よ〜、って言うか最終兵器って呼ばないでよ〜! この前みたいに 『ルカさん』 って呼、び、な、さ、い、よ〜」
「人の、部屋で、勝手にアルバム見てる奴に 『さん』 付けな、んて出来るか! 離せ馬鹿力!」
「な、に、よ〜、入って良いって言ったじゃない!」
「入って良い、が、どうしてアルバム見て良いになるんだよ!」
「アルバムだって? 僕にも見せてよ」
「わらわも見てみたいのぅ」
「えっ、あっ、ちょっ… おわっ」
 山葉に次いで部屋に入り来た平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)もルカルカに加わると、山葉はあっさりと押し退けられてしまった。
「へぇ。みんな楽しそうだね。アルバムだから当然か?」
「そうじゃのう。その先に起こる過酷な運命など、微塵にも感じておらぬのじゃろうな」
 場の空気が一瞬、止まった。今? 踏み込むの? 確かに今なら… でも本当に大丈夫? 
 みなが自問をする中で、2人は敢えて踏み込んだ。
「あれ? 涼司先輩、この人は誰ですか?」
「ったく…… ぁん? …… あぁ、これは……」
「おぉ! 幼き日の設楽 カノン(したら・かのん)じゃな? 面影があるぞ」
 運動会の写真なのだろう。体操服に鉢巻を巻いた姿で群がる中に、笑顔の山葉カノンの姿が映っていた。天御柱学院では見た事のない、カノンの満面の笑みがそこにはあった。
「幼いからかのう、今よりもだいぶ優しい瞳をしておる」
「……あぁ、あいつは、いつでも楽しそうだった…… いつも笑ってる、変な奴だった」
 すぐに目を逸らす、ではなく、彼はじっと写真を見つめた。
「この写真、あいつ 『4』 って書かれたフラッグ持ってるだろ? これ、徒競走の 『4着』 のフラッグなんだぜ、それも係員用の」
「それをなぜカノンが手にしておる」
「4着って各レースのビリなんだけどな、『他の人よりも長く走っていられたし、みんなに見てもらえて、いっぱい応援してもらえたの』 とか言って跳ねながら戻ってきてさ。4等がエラく気に入ったみたいだったから、係員をしてた奴に頼んでみたんだ。捨てるなら、くれないか、ってさ」
「変わった奴じゃのう」
「あぁ………… 懐かしいな」
 懐かしんでいる。いや、思い出に触れてはいるが、同時に哀しみに浸り溺れている。失った愛娘の写真を見つめる父親のように…… 重みが違うか。
 お、重苦しい…… みんな事情を知っているだけに、彼にかける言葉を悩み選び決めかねていた。ルートを間違えれば、一気に再起不能に陥ることだって有り得る、それ故に。
「あ〜、暑い、暑いわぁ! 人数多くてクーラーが全然効いてへん!」
 襟元をパタパタさせながら、日下部 社(くさかべ・やしろ)が大きな声をあげた。襟元パタパタならルカルカがした方が…… いや、今は言うまい。
「咽が渇いて死にそうやわぁ、メガネよ、なんや飲むもの無いんかい」
「ん、あぁ、そうか、そういや暑いな」
「買いに行くんやろ? 連いて行ったるで」
「あぁ、いいよ、確か冷蔵庫に牛乳があるって母さんが言ってたような……………… 1ヶ月前に」
「飲めるかぃ! そんなもん、とっくにヨーグルトになっとるわ!」
「はぃっ」
「メガネ&ヤッシーでした〜」
「ずるいよ2人とも! 私も入れてよ〜」
 口を尖らす五月葉 終夏(さつきば・おりが)と共に、彼は部屋を出ていった。アルスにもレオにも、去りゆく山葉の背は、どこか小さく見えた。
「痛ぃのぅ…」
「あぁ、明るく振舞ってるのが、余計にな」
「まだ早かったかのう」
 気持ちを落ち着けるには、それなりに時間もかかる、しかし、それなりに手法を講じる必要もある。
 綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)が静かに立ち上がって、山葉を追った。



「カノンはんの事を思い出すんは、そないに辛ぃん?」
 玄関に座り込む山葉の背に、綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)が問い訊いた。彼の背が小さく見えるのはパシリにされているから、ではないのですよ。
「そんな事はない、どこを思い出しても、いい思い出ばっかりだよ」
「うそ」
「言うなよ、ろくなもんが出ないぞ」
 右足を終えて、左足へ。紐の結ぶのにも、それなりに時間はかかった。
「私も強化人間です。私の一番は紫音。カノンはんの一番は 『涼司君』 だって、いつも言うとりましたぇ」
「……それでも。あいつの言う 『涼司君』 はもう、『俺』 じゃあ無い…」
「……強化人間は、どこまでも一途ですよ」
「……あぁ。そう願ってるよ」
 忘れていない、でも、覚えていない。自分との思い出が、他の誰かを想う気持ちにすり替わってしまっている、そんな恐怖から、どうしても逃げられない。
 紐は結び終える事ができた。山葉は静かに腰を上げた。
 記憶が戻る事もある、なら俺はそれを待てば良い…… 意識の次は記憶か…… 待ってばかりだな俺は。
 扉の鍵に手をかけて回した時だった。途端に扉が勢いよく、ぶつかってきた。
「んがっ!!」
「あっ! ヤマバ、見つけたっ!」
 膝を折り、額を押さえてる山葉を、朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)は腕を組んで見下ろした。
「ちょっとアンタ! 一体どんだけ好感度下げ回ってんのよ!」
「痛っつ… 何だ? いったい何の事だ?」
「あんたのせいで私まで白い目で見られたんだからね!」
 時は少しに遡る。
 皆とは遅れて埼玉入りをした千歳イルマ・レスト(いるま・れすと)山葉の家の場所を訊こうと制服姿の数名に声をかけたのだが…。
「えっ、山葉君、帰ってきてるの?」
「彼には関わりたくないよ、ねぇ」
「何の用か知らないけど、近づかない方が良いと思うよ」
「マジかよ、また戦争?」
「奴らも今は、族になってるしな」
「ほんと勘弁してくれよ」
 訊く人、訊く人が、『山葉』 の名を出すだけで顔をしかめて目を逸らした。厄介者扱いをする者、馬鹿にする者、そして脅える者まで居た。
「アンタ、暴れまくってたんだって?」
「暴れて……? ちょっとしたケンカはしてたけどな」
「『ちょっとした』? 高校生にケンカふっかけるのは『ちょっとした』とは言わないのよ!」
「俺は売った覚えは無ぇよ。やらなきゃやられるからやったんだ」
 カノンの意識はきっと戻る、そう信じていた、願っていた、それでも、カノンは一向に目を覚まさなかった。時間が経てば経つほどに増す不安を、いや恐怖を振り払わずにはいられなかった、だから…。
 目を吊り上げる千歳をなだめるかのように、イルマはゆっくりとした笑みを向けた。
「ですが、100人近い方と抗争になったとお聞きしましたが」
「そんなに居たか? まぁあの頃は周辺学校からもどんどん集まってたからな、その位は居たのかもな」
 とにかく数は多かった。襲われた時は、まずは逃げた。奴らがバラついた所で蹴散らしていく、そうでもしないと対抗できなかった。
 今思えば結果的に? 奴らにとってすれば 『俺が逃げた』 って事になるのか?
 ある日の朝、いきなり環菜に拉致された。車の中で聞かされたのは、俺の「蒼空学園」への入学手続きが済んだという事、そしてこのままパラミタへ向かうという事だった。そう、俺はまさに拉致されたままにパラミタ入りしたのだ。
 奴らの事なんて別に思い出したくもなかったけど、どことなく懐かしい気持ちには、なるものなんだな。
「そう言えば先程、カノンさんの家の前に天御柱学院の制服を着た方が居た様ですけど」
「天御柱学院? かな?」
 あれ? でもあいつとは明日合流する約束だったはずだけどな。
 カノンの家も歩いて、すぐだ。
 ついでに…………………… 寄るとするか。