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豆の木ガーデンパニック!

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第1章 夢の国ムアンランド 6

「うーん、麻羅、超可愛い〜! やっぱりこの服選んだのは正解だったわね」
「服を着るのは構わんがの……抱きつくのはやめぃ」
 遊園地へとやって来た水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)は、パートナーの少女である天津 麻羅(あまつ・まら)の姿を見て、すりすりと頬ずりをしていた。
 なにせ麻羅はせっかくかわいい少女の姿に現身したのだ。となれば、可愛い格好をさせるのはもはや言うまでもない常識である。
 赤のキャミソールのような涼しげな格好に身を包む麻羅の姿は、きっと緋雨でなくとも心をつかまれることは間違いなしである。そんな麻羅に合わせるかのように、緋雨もラフで涼しげな服を着てやって来ていた。
「これが噂の遊園地か〜。それにしてもホント、ディテールに凝ってて本物の豆の木みたいだわ」
「ディテールに凝ってるというレベルではない気がするがのぅ……本物か?」
 はしゃいでいる緋雨とは違って冷静に地面の蔓を見る麻羅は、そのオッドアイとも言うべき左右の瞳で遊園地を観察していた。利き目である右目は赤、左は青。見事なまでに色を分けた双眸が、じっくりと豆の木を見ていたが――
「それぐらいすごいってことでしょ! さっ、レッツラゴー」
「わっ、引っ張るでない」
「さしあたってはジェットコースターよね! あ……でもジェットコースターって身長制限あったかしら?」
 麻羅を引っ張って、緋雨はなにやら呟きながらもジェットコースターに向かった。
 まあ、今は気にしなくてもよいか。今回は細かいことは気にせずに普段の鬱憤を発散することが大切である。緋雨に身を任せるまま、麻羅はジェットコースターに乗り――
 ――そして後悔した。
「ぐええぇぇ、なんじゃあの化け物はあぁ」
「……麻羅って遊園地初めてだったっけ?」
 初めてでなくとも、蔓と葉っぱで出来たムアンランドのジェットコースターは非常にスリリングなものであった。痛快だけでなく、本物の恐怖すら味あわせる自在変化コース。涙を浮かべるか、吐き気を催すか、もしくはすっごい楽しむか。三者に分かれることは間違いない。
「んー、じゃあ次はおとなしい系の観覧車に……」
「……ん? ちょ、ちょっと待つのじゃ緋雨。あれは……?」
 次のアトラクションを選ぼうとしていた緋雨に、顔を上げた麻羅が何かに気づいたような声をかけた。麻羅の視線の先を見ると、そこからは土煙を上げて何かが猛スピードでやってくる。
 それは追われる者の追っ手の一団で……
「なんじゃなんじゃぁ!?」
「なにかのアトラクションかな?」
 ずどどどどど! と麻羅たちの間を駆け抜けて行くのは、もちろん騒動の中心人物だった。
「待て夢安! おとなしく捕まれ!」
「そうよ、捕まんなさい! この●●●!」
「待てって言われて待つ馬鹿がいるかぁ! っていうか誰だ、伏字使いやがったのは!」
「京太郎、それよりも、こっちに逃げ道があるみたいだねぇ」
 追いかけてくるのは刀真にセルファに真人にと。夢安はそんな彼らから逃れてクドの指示に従った方向に――
「クド……!?」
「おや? 麻羅じゃないですかぃ」
 クド・ストレイフに声をあげたのは、顔見知りでもある麻羅だった。同じく彼女を見て驚いたように立ち止まった彼であったが、それもつかの間。
「おっとぉ、じゃ、ちょっと俺は急いでるんで、これで失礼しやすぜ」
「う、うむ……」
 夢安の後を追ったクドを見送って、一団が通りすぎるのを待った麻羅は呆然としたように呟いた。
「なんじゃ、あれ……?」
「んー、なにかあったのかな?」
 あったとすれば、きっとあの先頭にいた男が原因なのだろうが。
「ま、気にしない気にしない。今は遊園地を楽しみましょう!」
「……そうじゃな」
 二人は見なかったことにして、遊園地の遊楽を続けることにした。



 そもそもを言えば、このムアンランドはジャックと豆の木をモチーフにして作られた薬品――失敗作ではあったが――をもとに生まれた場所である。地球にとってはなじみ深いその場所で、九条 イチル(くじょう・いちる)は子どもの頃から夢見たお伽噺の世界が現実になっていることに興奮が止まらなかった。
「すごいすごい! 本当にジャックと豆の木みたいだっ! 子どもの頃、何度か本で読んだことあるんだよ!」
「ほう……地球の童話か」
 イチルのパートナーであるルツ・ヴィオレッタ(るつ・びおれった)は、興味だけは感じているのか、遊園地を見回して呟いた。きっと、物珍しいのだろう。焔のような赤い髪を靡かせて、彼女は子どものように色々な物に感嘆していた。
「豆の木遊園地……なかなか楽しそうではないか。遊具が全て豆の葉でできているのも興味深いな」
 普段は残酷かつ非道な一面を持つ彼女であるが、このように子どもっぽいところもあることをイチルは知っている。
「ねえ、ルツ、あれ知ってる? ジェットコースターって言うんだ」
「じぇっとこーすたー?」
「そう。こう、乗り物がコースに沿って走っていくんだよ! ……実は俺も乗ったことないんだ。一緒に行こうよ」
「ふむ……」
 イチルに連れられるまま、ルツは彼と一緒にジェットコースターへと向かった。その後はお昼もそこそこに、フリーフォールからお化け屋敷まで、色々なアトラクションにチャレンジしていく。
 お化け屋敷に関して言えば、ルツにとってはバカバカしいハリボテにしか見えないのか、スタスタとイチルを置いて先に行ってしまったが。
 そうして一通りのアトラクションを楽しんだ二人は、やはり遊園地と言えばコレ! といった醍醐味――観覧車に乗ることにした。
「ほう……あれが観覧車というものか」
「そう。あれに乗って、こう回転しながら更に高いところまで行くんだ」
 二人は他のお客が乗って回転している観覧車を見上げていた。
「ただ座っているだけだと? それは楽しいものなのか?」
「きっと楽しいよ! 豆の葉エレベーターで上まで来てるのに、さらに高いところにいくんだよ。……きっとすごい景色に違いないって」
 座るだけ、という行為に気が乗らないルツを連れて、イチルは観覧車の列へと並んだ。順番が自分たちの番になると、ルツと一緒に隣同士で座る。
 最初は宙に浮かんでいくことに戸惑うだけだった。しかし――やがてそれは、乗り物が90度を越えたぐらいから徐々に驚きへと変わり、そして……
「うわぁ……」
 まるで、天国から下界を見下ろすかのような不思議な風景に、イチルは感嘆の息を漏らした。それまでつまらなそうにしていたルツも、さすがにその景色には圧倒されている。
「ふむ……悪くない」
 素直に口に出すのは躊躇われたのか。ルツはそう言って静かにほほ笑んだだけだった。
「あれ……ここのオーナーの夢安くんだよね? 追いかけっこでもしてるのかな?」
 ふと、遊園地を逃げ回る夢安の姿が見えて、イチルは首をかしげた。もちろん、当の本人からしたらそんな楽しげな行為などではないはずだ。
 振り返ると、同じように夢安たちを見下ろしていたルツの横顔が、ふいにイチルの視界に映った。ずっと封印されていた、焔のような魔女。小柄でかわいくも、それでいて冷厳な彼女の姿は今はただの女の子に見えた。
 ……これって、デートかな? ふとそんな言葉が過ぎると、それからはまともにルツの顔など見れないほど頬が赤く染まり、意識すればするほどに、恥ずかしさは込み上げてきた。
「うん? 何をそんなに赤くなっておる?」
「い、いや、別に……」
「というかだな、イチルよ。夢安はただ追いかけっこをしているわけじゃないと思うぞ……」
「そ、そうかな……?」
 呆れ顔で下を眺めるルツであったが、イチルはもはや、夢安のことなどどうでもよかった。
 普段は、誘っても一緒に来てくれることの少ないルツ。そんな彼女が、今日は心から楽しんでくれていたら、それで良い。
「ねえ、ルツ」
「ん……?」
「今日は、一緒に遊んでくれてありがとう」
 イチルの声にルツは返事を返さなかったが、穏やかなその顔は、きっと楽しんでいたからに違いなかった。