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第3章 蔓にだって役目はあります 1

 リカイン――ニセカンナから逃げ出した夢安は、当初の予定が狂ったということ、そしてシオンが無駄に大声を出したり建物へと突撃したりとちょっかいを出したことによって、結果的に再び追い回される役へと戻っていた。
「おらおら、待たんかい夢安京太郎! デコ……じゃない、校長からの要請や! 大人しく捕まっとったほうが身のためってもんだぜ!」
「そうとも。このままだと大変なことになるぞ?」
「たとえどれだけ被害を受けようと、最後まで諦めないのがオレクオリティだ!」
 背後から追いかけてくる七枷 陣(ななかせ・じん)無限 大吾(むげん・だいご)に向けて、夢安が叫んだ。
 数分前には客として近づいてきていた関西弁男が、いまは追いかけっこの鬼である。てっきり何も害のない一般客だと思ったのに、質問に答えようとしたところを狙ってくるとは……。
 更にはそこに小型飛空挺に乗ったヒーロー気質の男まで現れて、散々とはこのことだ。
「ほっほう……そんなこと言っていいのか? オレは、そんじょそこらのやつと違って容赦せんで!」
 ニヤリと不敵な笑みを浮かべた陣は、腰からハンドガンを抜き出した。銃口が夢安へと向けられたかと思うと、次の瞬間には引き金が引かれている。
 体をかすめて飛んでいく銃弾に、夢安は冷や汗を浮かべざる得なかった。――というか、やりすぎだろ!
「おま……こんな夢の国で普通そんなもん使うかぁ!? 死んだらどうすんだ!」
「心配すんな、今回は割と何でも許容されるコメディシナや! このハンドガンは威力高いけど死んだりせんって。ちょ〜っと血が飛び散って重傷っぽくなるかも知れんけど、後で命のうねりでちゃんと治療してやっから安心しろって。つーわけで……大人しく撃ち抜かれて捕まれや、コラアアア!」
 もはや殺人事件である。警察を呼ぶべきだと思うがいかがだろうか。
 バン! バン! と銃声と共に銃弾が飛び交い、夢安の手足ギリギリのラインをかすめていく。
「か、過激だなぁ……。よし、俺たちも負けてられない! いくぞ千結!」
 陣の無駄に派手な追跡に刺激されて、大吾はやる気を漲らせた。
「はいは〜い。あたいもがんばる〜」
 彼に呼ばれた廿日 千結(はつか・ちゆ)も、魔法の箒をスピードアップさせて夢安を追う。のんびりとした声ながらも、軽快に夢安の後を追った彼女は氷術を放った。陣の銃弾に加え、氷結の鮮烈な風が夢安の脚を襲う。
「ちょっ、まっ、やめっ!」
 飛び上がるようにして避ける夢安。
 酷いのは、更に大吾が陣の銃弾に嵐を加えるように、弾幕援護をしてきたせいだった。
「マジで殺す気かよ……っ!」
「大変そうねぇ〜」
「見てねぇで手伝ってくれよ!?」
 跳ね上がりながらも必死で逃げる夢安を、空飛ぶ箒に乗ったシオンは愉快そうに傍観するのみだ。きっと、楽しければなんでもいいに違いない。
 すると、そんな夢安に追い討ちを加える脅威が続けて躍り出た。眼前に飛び出してきたそれは、気合を込めた遠当てを放つ。
「さっさとお縄につけ……はっ!」
 銀髪が跳ね上がった。
 陣に注意を引きつけて先回りしていた仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)は、文字通り挟み撃ちへと打って出たのだ。だが、夢安とてそう簡単にやられる逃げ脚をしているわけではない。遠当ての空圧を避けた夢安は、そのまま磁楠を抜き去ろうとする――が。
「それはフェイクだよ……。セット!」
 気合一閃。遠当てと火術の火球の合わせ技が、夢安へと襲い掛かる。
 だが、それを防いだのは、不敵と悪戯の混じり合ったような笑みを浮かべるシオンであった。
「らじかるメイド参上! 最初から最後までクライマックスよ! ……なーんてね」
「チィ……!」
 楽しいことは大好きであるが、それを消されるのは少々困る。
 メイド服の吸血鬼は、同じ火術を操って炎を相殺していた。
「た、助かったぜ……」
「あら、でも、まだまだ来るみたいよ?」
「へ……?」
 夢安が間抜けな声を発したとき、ぐぉんっ! と風をうねらせて巨大な影が背後からやってきた。バッサバッサとなるのは、巨大な翼であり、その姿はまさしく――
「ワイバーン……!?」
 巨大なレッサーワイバーンはまるで夢安という餌を見つけたかのように、一直線にこちらへと向かってきていた。その背中に乗るのは、一組の男女である。
「追いかけるほうも……なかなか面白いわね!」
「散々遊園地で遊んどいて、よくもまあそんな台詞が出るもんだな」
「それとこれとは別腹よ!」
 呆れた顔で突っ込む四谷 大助(しや・だいすけ)に、パートナーのグリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)がさも当たり前かのように答えた。一見すれば、グリムは金色の長髪に深い森のような緑の瞳と、よく出来たお嬢様の容姿である。だが、鎧に身を包むその容貌は、お嬢様というよりは騎士に近い。性格も相まって、一言で言えば『おてんば姫』とでも言うのが最もなのだろう。
 そんな彼女をパートナーに持つ大助は、広場を走る陣たちに呼びかけた。
「陣さん! 大吾さん!」
 声に反応して大助を見上げた彼らに、更に言葉を続ける。
「オレたちがまずあっちに誘導してみるよ! みんなは退路をふさいで追い詰めてくれないかな?」
「大丈夫か? 見失ったりせぇへんやろうな!」
「大丈夫! 追跡には自信があるから、見失うことはないよ!」
 声を張り上げる大助に従って、陣たちはその場から別ルートを駆けることにした。ここは、彼を信じるのが適切そうだ。
「さーて、じゃあまずは……」
 メガホンを掴んだ彼女は、夢安に向けて大口を開いて何かを叫ぼう――としたが、はたと止まった。
「どうした?」
「……なんて叫ぼうかしら?」
「……考えてから行動しろよ。とりあえず何か叫べ」
「えーと、……ああ!! こんなところに100万Gが!!」
「そんなもんに引っかかる馬鹿がいるわけない――」
 グリムが咄嗟に叫んだ言葉に、大助は呆れたように言うが。
「なにっ! 100万だって!? どこどこどこどこ!」
「――こともないのな」
 見事に引っかかって逆走してきた夢安を見る限り、どうやら脳内レベルはグリムと一緒のようだった。大助はグリムにレッサーワイバーンを操らせて夢安へと突撃する。
「ないじゃん! 100万Gなんてどこにもないじゃんっ!?」
「あったら、とっくに私が手に入れてるわよっ!」
 ようやく騙されたことに気づいた夢安は、突撃してくるグリムが何かを投げてきたことに気づく――銃弾もさることながら、レンチをぶん投げるとは、いかがなものか。
「……ッ!」
 咄嗟のことに避けようとした夢安。だが、その前に――彼の目の前に現れた数名の影がレンチを弾き飛ばしていた。
「……やらせん」
「面白そうなことになってるじゃんか。ちょっと混ぜてくれよ」
「刹那、トライブ……! それにまゆりにクドも!」
 四人の精鋭――と言っていいのかは定かではない――は、夢安を守るようにして盾になっていた。
「まったく、ようやく見つけたと思ったらピーンチ! でしょ? 勘弁してほしいわね」
「おや? カーネは見つけたんですかい。よかったよかった」
 肩をすくめるまゆりに、カーネをなでるクド。
「……ったく、遅いっつの。死んだら俺はしつこいぐらい恨むぜ」
 尻餅をついていた夢安は立ちあがった。
 そう、こんな自分でも、それなりに味方はいるのだ。ちょっとクセは強いが、頼りになる連中だ。きっと腹の底ではみんなを信用しているか分からないが、それはそれで、自分の仲間らしいってとこだ。
「さてと……じゃあ、やるかっ!」
「……うむ」
 トライブの掛け声に従って、刹那は彼の肩を利用して跳躍した。腕の立つ用心棒二人が、大助とグリム――というよりは、レッサーワイバーンに向かって抗戦を始める。
 その隙を突いて、夢安たちは逃げようとするが、そこに現れたのは、先ほどまで追いかけてきていた陣たちであった。
「おっと、逃がさねぇぜ」
「覚悟してもらおうか、小僧」
 陣と磁楠が睨み据え、小型飛空挺と箒に乗った大吾と千結が上空からも逃がさないとばかりに夢安を見下ろしていた。
「悪いけど、学園のためなんでね」
「そ〜ゆ〜こと〜」
 頼りのトライブと刹那は手が空いていないし、どうしたものか。
 逃げ道を探そうとキョロキョロ辺りを見回す夢安。とはいえ、これ以上隙間があるはずもなく――仕方なく、彼は最終手段に打って出た。
「まゆり、クド、シオンも、捕まってろよ!」
「はい?」
 訳も分からず声を漏らす三人だが、その理由はすぐに明白となる。広場の蔓が蠢いたかと思えば、それは突然空へと大量に伸びて巨大な大男を作り上げたからだ。しかも、夢安たちをその肩に乗せたまま。
「なんだこりゃあ!?」
「は〜、おっきいねぇ〜」
 口をあんぐりと開ける陣と千結に、磁楠が叱咤する。
「そんなこと言ってる場合じゃない! 逃げられるぞ!」
 蔓巨人、発進。
 夢のファンタジスタから巨人が発進するというロボットもの的事態に突入である。
「夢安、いきま〜す!」
 手は最後まで残しておく。これは、夢安にとって人生の格言とも言うべき台詞だった。