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第3章 蔓にだって役目はあります 5

 エヴァルトが夢安へと殴りかかる数分前のことである。
「よっこらせっ……と。これでリーンから頼まれたものは終わったし、あとは……」
 地上で待つパートナーから頼まれた機材の設置を終えた緋山政敏は、さっそく展望台代わりの葉っぱの上に登っていった。そこから見えるのは、広場を闊歩する巨人の全貌である。
「ここなら良いシュチュエーションだよな。デジカメに望遠ズームに、あ、そうそう黒布も忘れちゃいけない……よしよし、狙撃の準備はバッチリだぜ」
「まったく、何を撮ろうっていうの? こっちはお客さん撮るので忙しいのに……」
 政敏と同じように葉っぱの上でお客の楽しそうな姿を撮影していたカチェアは、いかにも怪しいパートナーに訝しそうな目を向ける。
「いやいや、こっちもお客さんを撮るつもりだぜ? ほらほら、そっちはそっち側で撮ってくれよ。分担したら効率良いだろ?」
「……なーんか怪しいのよね」
 怪訝そうに政敏をじっと見るカチェアであったが、仕事は仕事でちゃんとこなさなくてはならない。リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)から頼まれた機材の設置は終わったわけであるし、あとはお客の笑顔を撮影するのが自分の役目、というわけなのだ。
 カチェアと背中合わせで、政敏はレンズ越しに巨人の上を眺めた。
 すると――狙い通り!
 有栖川美幸のサイコキネシスで活発に動き回りはじめた蔓が、追っ手の美女たちへと絡み付いていくではないか。もちろん、それは見ようによっては魅惑的なことこの上ないわけで。
「美女が、ああ、綺麗な肢体に食い込む蔓! これを撮らねば、男が立たぬ!」
 バシャ! バシャ! と、政敏のデジカメのシャッターが幾度となく切られていく。こんなとき、男の才能というものは異様な力を発揮するものだ。プロのカメラマンさながらにタイミングよくシャッターを切る政敏の姿は、まるで戦場に赴く戦士のそれであった。無論――男の世界での話に限られるが。
 金髪お嬢様美女のグリムからアシャンテという寡黙美女まで、あっと、天然少女の千結を忘れてはならない。触手のごとく絡みつく蔓に暴れるたびに、更に蔓は複雑に絡み合う。これを撮らずして、俺はこの先生きていく資格などない! ああ、バンザイ、蔓!
「バンザイ……ねぇ」
「そう、バンザイ、蔓! ありがとう、豆の木! 俺はこの奇跡を一生忘れない……ん?」
 何かに気づき、政敏は嫌な予感がしながらもゆっくりと振り返った。そこには、やはり予想通りというべきか。こめかみに怒りの血管を浮き上がらせて笑みを浮かべるカチェアがいたわけで。
「……もしかして、声、漏れてた?」
「ええ、きっちりね」
「えーと、ちなみにどの辺から……」
「これを撮らねば男が立たぬってところからかしら。よくもまあ、そんなくだらないことに情熱を注いでいられるわねえぇ〜」
 怒りと混同した笑顔で、カチェアはひきつった顔の政敏に詰め寄ってきた。や、やばい……とその場をなんとか逃げようとしていたとき、携帯に連絡が入る。
「リ、リーンから連絡だ! な、なんだろうなー!」
 助かったと安堵する政敏が携帯を取り、カチェアは仕方なく彼から離れた。もちろん、通話が終わったらちゃんと説教をするつもりでいたのだが――それどころじゃない情報を、リーンは伝えてきたのだった。
「信号が弱くなってる?」
『ええ。さっきの機材は、植物の電気信号を計るものなんだけど、それがどうも少しずつ弱くなっていってるみたいなの。もともと、植物はこれだけの意思と自由を持たないものだし、もしかしたら、巨大化して意思を持ったことで、無理にエネルギーを使ってるのかもしれない』
 地上のサーバー室で数値画面を見ているリーンは、このままいくと豆の木が崩壊でもするのではないかと嫌な予感がしていた。そのことから、夢安に伝えるべきだと続ける。
 政敏は了承すると、リーンからの通話を切って、そのままとある人物に連絡をとった。
「あ、菜織さん聞こえるか?」
 リーンから教えてもらった事情を、そのまま菜織へと忠実に伝える。しかし、そこからは彼個人のメッセージだった。
「しかし、俺は男として果たさなければならない義務がある。だから頼む。この木を救ってやってくれ。じゃあな」
 そうして通話を切った政敏は、デジカメを片手に何事もなく場所を変えようと歩き出し――背後からカチェアの地鳴りような声で呼び止められた。
「どこに行く気? まさか、またエロ写真でも撮りに行くんじゃないでしょうね?」
 そんなカチェアに、政敏はまるで旅に出ることを伝える村の若者のような、神妙な顔で振り返った。
「……カチェア」
「な、なに……?」
 突然の真剣そうなシリアス顔に、戸惑うカチェア。
「男には、男には――やらねばならないことがあるんだああぁぁ!」
 叫びながら、決意と覚悟を決めた男は次なるベストショットスポットを求めて、巨大葉っぱから降り去った。――あとには、唖然となるカチェアのみが、残された。