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第4章 豆の木大暴走 3

 ところで、薬品を奪ったカーネがどこに向かったのかと言えば――
「ふむ、これがその薬品か」
「このカーネが持ってきてくれたんです。感謝しないといけませんね」
 ヘキサポッド・ウォーカーに乗ったヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)が薬品を眺める横で、陽太は傍らのカーネを撫でてあげた。
「カァ〜」
 喉を鳴らすカーネの後ろでは、ヴァルのパートナーであるシグノー イグゼーベン(しぐのー・いぐぜーべん)がなにやら広大な蔓の広場を見てわめいている。
「すごい!楽園は本当にあったっすね! マジ感激っす!」
 どうやら、先日どこかで見た話に影響を受けているようであった。間違った文献を読ませるものではない、とつくづく感じさせる。
 自分の世界に浸るシグノーをを微笑ましく見やって、ヴァルは同じくヘキサポッドに乗っている女学生に薬品を手渡した。女学生はお礼を言うと、早速解析に入る。
 ヘキサポッドの中には、そのための機材が必要な分だけ積まれている。それもこれも、ヴァルが彼女を手伝うために搬入したものだった。
 機材を展開させ、ヴァル自身も女学生の手伝いへと移る。主な質量計算と配合は女学生をメインとするが、細かい薬品の分量計算やサポートはヴァルの役目であった。
「ん? 除木剤を作るわけではないのか?」
 画面を見て配合の相違に気づいたヴァルは、女学生へと問いかけた。
「実は……アリアさんから頼まれたんです」
 女学生はそう言って、決然とした微笑を浮かべた。
 アリア――といえば、恐らくはアリア・セレスティのことを指しているのだろう。ヴァルも何度か一緒に冒険したことのある、心優しく、それでいて強い意思を秘めた娘だった。
「枯らすのではなく、できれば、元に戻せるようにしてほしいって」
「この豆の木を元に戻すということか……でも、それは」
「分かってます。大変なことだってことは……」
 ヴァルが言わんとすることは、女学生もよく理解していた。しかし、だからこそ、というべきか。技術者の端くれであるが故に、彼女は挑むということがあ、時に大切なことなのだと知っている。
「植物一つ救えなくて……技術者なんて言えませんよ」
 自嘲するかのような苦笑を彼女は浮かべた。それは、同じ技術者として、そして、帝王ヴァル・ゴライオンとして、手を差しのべざるえない、笑みだった。
「ふっ……一人で背負う必要はないというものだ」
「ヴァルさん……」
「なあに、帝王がついているのだ。必ず上手くいく! では計算はこちらに任せておけ。配合は、頼むぞ」
「――はいっ!」
 ヴァルと女学生は、枯らすための薬ではなく、豆の木を元に戻すための薬を作ることに尽力を注いだ。そして、シグノーは、
「楽園を終わらせる破滅の者の名は……ヴァルっす!」
 一人想像の世界へと旅立っていたのだった。



 これにてエンディング、といきたいところであったのだが。
「よっ……と。ここまで来ればつかまらないだろう」
 騒動終わりのどさくさに紛れて、夢安京太郎は豆の木を降りていく途中だった。結局、なんか夢安って実は良い奴なんじゃない? という風に終わったところで、環菜が彼を捕まえようとしている事実は変わらないわけで。
「あら、そろそろ潮時ね……」
「え、し、シオンくん、ちょ、まっ……」
 追いかけてくる追っ手へとシオンは司を突き飛ばし、自分だけはすたこらと逃げ去って行った。
「あら、そんなんじゃ称号(な)が泣くわよ」
「え、ちょ、しょ、称号(な)ってなんで――ぎゃあああぁぁ」
 司が言い終える前に、彼は夢安を手伝った仲間として大量の環菜親衛隊に捕縛された。同じシオンに振り回された身としては、夢安も同情せざるえなかったのだが。
「ま、それとコレとは話は別ってね」
 司に追っ手が回ってくれたことで、シオンではないが自分も逃げることができた。まゆりもトライブも刹那も、このどさくさ――主に司におかげによる――に紛れてきっと逃げていることだろう。
「さらば、ムアンランド! 我が夢の国よ! アハハハハハハ!」
 儲けも帰り際に持ち帰ってきたし、言うことはない。あとはほとぼりが冷めるまで学園からしばらく離れて――
 カチャ。
 後頭部に、鉛のような重みが押し付けられた。途端に、夢安の笑顔が固まる。音からしても、感触からしても、この気配は紛れもないアレであった。
「チェックメイトだ」
 声が聞こえた。ホールドアップの形となって夢安が振り返ると、やはり眼前で銃口が自分を狙っていた。しかし、夢安の驚きはそれ以上に、銃を持つ男にあった。
「あ、あんた……」
「悪いな。お前の言うとおり、どうやら切り札は最後までとっておくのが良いらしい」
 男――いや、カーネを模した着ぐるみはその姿に似合わない冷厳な声で言い放ち、被り物を外した。無論、そうであっても隙などあるはずもなかった。
「はは……俺の計画は、最初っから失敗だったってわけね」
「なかなか面白かったぞ。マスコットキャラの仕事というのも」
 くたびれた自嘲気味の笑いを浮かべる夢安に、レン・オズワルドは親しみを込めた声で告げた。