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少年探偵と蒼空の密室 A編

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少年探偵と蒼空の密室 A編

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ANSWER 16 ・・・ 傭兵の問題 クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと) セルマ・アリス(せるま・ありす)

「お姉ちゃんが、私みたいに、子供だった時には、私より、もっとしっかりしていたの」
「どうかな。自分のことは自分ではわからぬものだ。私はあなたを年が小さいとはいえ、自分の意志を持つ一人の人間として考えている。だから、あなたも私をお姉ちゃんではなく、名前で呼んで欲しい」
 クレア・シュミットは、助けを求めてきた少女相手にも、普段と変わらず冷静に対応している。
 はじめは混乱気味だった少女も、クレアと話しているうちに、クレアのペースにのせられてか、落ち着いてしゃべれるようになってきた。
「クレア、さん、って、呼べばいいの」
「クレアでも別にかまわぬが、私の方が年長なので、さんづけが妥当なところだろう。あなたの名前も教えてもらえるかな」
「私は、チハル・ナグモ」
「最後に、もう二つ質問させていただこう。チハルは、どうやってここに入った。いま、着ている天御柱学院の制服は、どこで手に入れたのだ」
「私は、住んでる村から、歩いたり、親切な人に馬車に乗せてもらったりして、ここまできたの。それで、学校の中に入れなくて困ってたら、さっき、道でおじさんが話しかけてきてくれて。自分と一緒に学校に入ればいいって、この制服を着ろって、先生じゃなくて、学生の人に話しかけろって、困ったら自分の名前を言えって、助けくれて、教えてくれて」
「そのおじさんの名前は?」
「マジェスティックの支配人のラウールさん。ここの博士の知り合いだけど、私の味方だって」
 ラウールを気に入っているのか、チハルは、にっこりほほ笑んだ。
「ラウール氏については、私は知らないが、いま、私の所属するシャンバラ教導団に連絡して、チハルの話の真偽を確認してもらったところ、たしかに、シャンバラの僻地では、最近、所属不明のイコンによる破壊活動が行われているらしい。放ってはおけぬ状況らしいな。私は、今日、これから、蒼空の絆開発の最高責任者と話をするつもりだ。チハルは、セルマたちとこの学院をでた方がいいだろう。これ以上、面倒に巻き込まれる必要はないだろうし」
 クレアの横にいるセルマ・アリスが頷く。
「チハル。僕とミリィがきみを守るよ。じゃ、クレアさん、後はよろしくお願いします。余計なことかもしれませんが、あまり、ムチャはしないでくださいね」
 セルマは、励ますように、チハルの肩にそっと手をのせた。セルマのパートナーのゆる族の乙女! 首に赤いリボンをつけた、黄色いクマの着ぐるみのミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)が、手にしているスポーツバックを机に置く。
「今日は、都市伝説の調査にきたんで、こんなこともあろうかと、秘密の道具をいろいろ用意してきたの。ルーマには、変装用に持ってきた天御柱学院の制服を着てもらうね。セルマもチッチも学院の制服を着ていれば、簡単に出口まで行けると思うよ。博士にもらったぬいぐるみは、このバックにしまっとく。ワタシは、ルーマやチッチとは別に動くよ。かわいいクマさんは、人目をひくからね。学院の外で落ち合おうね」
 セルマが部屋の隅で、着替えている間に、クレアは、チハルに謝罪した。
「チハル。あなたの話を疑ったりして、悪かった。すまない。私は、私の立場でこの問題に対し、できることをしようと思う。きみも、がんばってくれ」
 クレアが差しだした手を、チハルは両手で、力強く握った。


 V:シャンバラ教導団第一師団少尉クレア・シュミットだ。天御柱学院で事件に、そうだな、私、個人の判断のもと、介入している。後でこれが問題になった際の記録として、これからの電話のやりとりをボイス・レコーダに録音しておく。
 会話の相手は、アーケードゲーム蒼空の絆開発の責任者だ。

「お待たせいたしました。誠に申しわけありませんが、コリマ校長は、ただいま、来客と面談中で、席を外すことがおできになれません。本日は、予定が詰まっておりまして、そちら様とお会いする時間をご用意するのは、難しいかと思われます」
「つまり、私の用件では、時間を割いてはいただけないのか」
「いえ、そうではございません。なにぶん、急なお話ですので、こちらのスケジュールが」
「コリマ校長がご多忙なのなら、メロン・ブラック博士に取り次いでいただきたい。メーカーに問い合わせたところ、蒼空の絆は総監修がコリマ校長で、開発総指揮はメロン・ブラック博士だそうだ。こちらは、博士とは、お会いする予定で、先ほどからすでに二時間ほど待っているのだが、博士は、まだいらっしゃらない」
「それは、失礼いたしました。対応が遅れてしまっているようです。博士は、本日付で、本校、客員教員を退職いたしました。くわしい事情を私は、知らされておりませんが、緊急の決定だったようです。博士御自身は、もう、学院内には、おられないかと思われます」
「退職? それは、いつ」
「時間にすれば、ほんの一時間くらい前でしょうか。このようなことは、当学院としましても、前例のないことです。ですので、博士御自身もこうなるとは、お思いになってはおらず、お約束した時には、たしかにお会いするつもりで、そちら様にお待ちいただいていたのでは、ないでしょうか」
「博士がどこに行かれたか、わからないのか」
「それは、わかりませんが、お住まいのマジェスティックに、お戻りになられたかもしれません。あ。少々、お待ちください。コリマ校長から、クレア様にメッセージで、ございます。
 ゲーム機開発は、博士に一任していたので、学院校長として、開発環境を提供しただけで、自分は、蒼空の絆の内容は、関知していない。もし、博士の研究に興味があるのならば、現在も、研究室は、そのままになっているので、自由にみてもらって結構。異常な点があれば、報告していただければ、ありがたい。
 だ、そうでございます。博士の研究室に行かれるのでしたら、場所は、研究B棟の二階、廊下の東側の突き当たりです」


 V:ミリィ。遅いなあ。学院内で、博士の手下? に襲われたりした時の証拠のためにこうして、撮影してたんだけど、俺たち学院から、あっさりでられて拍子抜けしちゃうよな。あーあ、博士にもらったぬいぐるみ、惜しいけど、捨てたほうがいいよね。レア・グッズなんだけど、なんだか気味悪いし。ミリィがきたら、海にでも捨てにいこっと。

 学園の側の小さな公園で、並んでベンチに腰かけ、セルマとチハルは、ミリィがくるのを待っていた。
 チハルは、セルマの携帯で、カピパラやオオウサギ、薬局のマスコット人形等の、セルマが集めたかわいいものの画像コレクションを眺め、喜んでいる。
「セルマさんは、かわいい動物とかぬいぐるみとか、好きなんだあ。わあー、おっきなペンギンの親子、親のお腹に子供が顔をくっつけてて、かわいい」
「皇帝ペンギンだよ。べ、別に俺じゃなくても、誰でも、みんなかわいいものは、好きさ。チハルだってそうだろ」
「うん。ミリィちゃんも、かわいいよね」
「まあ、自分のパートナーだけど、ゆる族の中でも、かわいい方だと思うけどね」
 和やかに盛り上がっている二人の前に、彼が、あらわれた。
「やあ。セルマ・アリスくん。チハル・ナグモちゃん。お待たせしたね」
「あなたは」
 セルマは、チハルをかばうように、男、ジョン・ドーの前に立った。
「博士の友達のジョン・ドーさん。俺たちに、なにか用ですか」
「用もなにも、迎えにきたんだ。ミリィが、博士と一緒にきみらがくるのを待ってる、と言えば、話が早いかな」
 高そうなスーツにネクタイ、整いすぎた小さな顔、レンズのむこうの冷ややかな瞳、ジョン・ドーは、口調こそ親しげだったが、どこか近寄り難い雰囲気を漂わせている。
「ミリィは、博士に捕まったのか」
「捕まった、とか。人聞きが悪いな。招待された、にしておいてくれたまえ」
「しかし、自分はきみに、セルマくんたちを呼んできて欲しいとは、頼んでいないのですよ」
 まず、声がした後、メロン・ブラック博士が背景から浮きだすようにして、ジョンの背後に姿をあらわした。
 長い髪をほどき、化粧をし、黒のローブをまとった博士は、まるで魔法使いだ。
 博士は、骸骨を思わせるその細い前腕をジョンの首に回し、もう片方の手にした短刀をジョンの脇腹に突き刺す。
「お別れです」
「フフ。もっと、早く、こうすると思っていたよ。アレイスター」
 脇腹や背中を数回刺される間、ジョンは抵抗もせず、悲鳴もあげなかった。まぶたを閉じ、されるがままだ。
 博士が手を離すと、ジョンはその場に力なく崩れ落ちる。
 セルマは、とっさにチハルの目を自分の手で覆い、彼女から凶行を隠していた。
 地面のジョンをしばらく見下ろしていた博士は、顔をあげ、セルマたちに視線をむける。
 不思議な光をたたえた穏やかな瞳だ。
 セルマは、いつの間にか、公園内に、博士と同じローブの人が何人もきていて、自分とチハルを囲んでいるのに気がついた。

「当然だが、誰もいないようだな。だが」
 メロン・ブラックの実験室に入ったクレアは、実内に置かれた稼動中の蒼空の絆の筐体のドアを開ける。
「教導団のクレア・シュミットだ。きみたちは、ここでなにをしている」
「私は、抵抗しませんよ! 暴力反対です」
「俺たちは被害者だと思うがな」
 筐体内には、たじろぐ須藤雷華と、憮然とした北久慈啓がいた。