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リアクション
第9章 蒼空学園連合隊の攻撃(3)
『うーん、やっぱり第1ターンでたくさん罠にかかったあとですから、第2ターンにはそれほど目立った動きはないようですねっ。でもその分、この第3ターンは皆さん動きますから! どんな罠にはまるのか、ぜひご期待ください!』
「……プリモ」
『きゃー金団長! はーい、ごめんなさーいっ』
ついつい調子に乗りすぎたプリモが貴賓席の金に頭を下げているころ。
バートは一生懸命自分を叱咤、奮起していた。
なぜなら、インタビューを終えて、いったんプリモのいる放送席に戻ったらば。
「バート、さっき全然突撃リポーターしてなかったでしょ!」
「だってだって、あんないっぱい怖い罠がある場所になんて、わたくし行けません〜」
「行・く・の! それが突撃リポーターのお勤めなの!」
(ううっ…。叱られてしまいました)
だから絶対、最低1人には突撃しないと、プリモはまたかんかんになって怒るだろう。
(こうなったら、本当に突撃です!)
「行きましょう、カメラさん!」
自らを奮い立たせて、競技場に飛び込んで行くバート。
「あのっ、すみません!」
たたたたっ、と(7,5)に向かうリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)の一行に向かって走る。
「お話を聞かせ――」
リカインが彼女の声に気づいてそちらを向いたとき。
そこにはバートの姿はなく、カメラマンの男性が立っているだけだった。
……ザ……ザザ……ピューイー……
プリモの手元の無線機が鳴る。
「どうしたの? バート?」
『あっ……ああっ……タコ……タコが…っ! プリモさま……タコ…』
タコの海〜〜〜、という悲鳴のような声がして、無線は切れた。
(7,4)の落とし穴から救護班の敬一によって救出されるバート。
担架に乗せられ救護テントに向かう彼女の全身には、たくさんのパラミタヒョウハンダコがへばりついていた。
「何か、声がしたようだったけれど…」
しかし直後、リカインはアレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)の悲鳴を聞いて、ばっとそちらを振り返った。
「うわあああああっ!!!」
プシューッと足元から煙が噴出している。どうやら地雷を踏んでしまったようだ。
だが煙が出るだけで終わり、爆発はなかった。
「うわぁっ! し、死神っ?? くそっ! 来るなぁっ!」
「兄貴? どうし――わっ」
近寄ろうとしたサンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)に向かって蹴りが繰り出される。
「どうしたの?」
「分かんないよ、兄貴がいきなり」
アレックスは、まるで見えない敵を相手にしているように、手足を振り回していた。
「く、来るな……うわーっ!!!」
「あー、うるさい」
バコン、と音をたて、アレックスの後頭部を蹴りつけるリカイン。
アレックスは気を失ってその場に崩れ落ちた。
「兄貴は一体どうしちゃったの?」
「さっきの煙のせいね。何か幻覚を見せられたんでしょう。さっきの言葉からして、死神かしら。
とにかくナーシングをかけてあげて」
「うん、分かった」
サンドラはアレックスの頭を膝に抱えると、ナーシングをかけ始めた。
(3,8)に入って早々に、ガトリングガンの作動音がして、足元に数十発の銃弾が打ち込まれた。
もうもうと舞い上がる土煙が視界を覆う。
先の攻撃で十分警戒していたため、佑一は驚きもせず冷静にその場に踏みとどまった。
足先のすぐ向こうの地面が砕かれ、複数の穴があいている。
掘り出すまでもなく、ゴム弾だろう。
教導団席を一瞥し、佑一は何事もなかったように次のエリアへ向かった。
(2,8)に入った橘 恭司(たちばな・きょうじ)は、そこにあいた穴を覗き込んだ。
穴底では、少女たちが固まった接着剤で釘付けになっている。
彼女たちが落ちるのを見ていた恭司は、出てこなかったことからこんなことだろうと大方予想はつけていたため、驚きはなかった。
「おい、キミ」
ベアトリーチェは、その言葉にぱちりと目を開け、四つんばいの今の体勢でできる限り振り仰ぐ。
「あら。あなたは?」
「俺は橘 恭司だ」
「ベアトリーチェ・アイブリンガーです。このような姿で申し訳ありませんが、なにしろ動けませんのでお許しください」
「分かっている。今から出してやる。衝撃がくるが、我慢しろ」
そう言って、穴へ下りた恭司は足元の接着剤に拳を叩き込む。
効率的にベアトリーチェの周囲の接着剤を砕いてゆき、彼女を穴の上に抱き上げた。
「ありがとうございました。おかげで助かりました」
いまだ気絶したままの未沙を救出し、同じく穴から出てきた恭司に、ぺこっと頭を下げる。そして立ち上がろうとしたのだが。
「――あら?」
足が震えて、立てなかった。
「無理して立たなくていい。今救護班を呼んでやる」
「でも私、棄権するわけにはいきません。美羽さんの元へ行かなくては」
懸命に立とうとしたが、地面につけて添え手にしようとした腕も、少し力を入れただけでぷるぷる震えていた。
「パートナーと別行動になった時点で、キミは棄権になっている。そちらの女性は次のターンで動ければだが……接着剤の溶剤に長く浸かっていたからな。それに頭も打っている。救護してもらった方がいいだろう。
キミも今は治療を受けて、回復したら応援に回るといい」
「……はい」
恭司に諭され、ベアトリーチェはおとなしく頷く。
(最近事務仕事が多くて体が鈍っているような気がしていたが、ちょうどいい確認になった)
恭司は合図で駆け寄ってきたハンスに彼女を任せると、自身は再び競技へと戻った。
「あのー、すみませーん。出していただけませんでしょうかぁ」
(8,8)で深さ2メートルの落とし穴に落っこちたアルバティナは、口元に手をあてて、見下ろしているヨハンに言った。
本当は紗昏が罠にかかる順番だったのだが、紗昏の足元が崩れたとき、とっさにアルバティナが庇って身代わりになったのだ。
普段から紗昏をかわいがり、世話をやいている彼女にとっては自然な行為というか、反射だった。
「さて、どうしましょうか。姫を助けるとなると、服が汚れてしまいますね」
彼女を助け出すためには、自分が土に汚れないといけない。その価値はあるのか? ヨハンは意地悪く考え込むフリをした。
参加した以上は彼も優勝を目指す気でいたが、そのために必要なのは紗昏であって、アルバティナではない。ここで捨てて行っても構わない気はした。
「え、えへっ。汚れてほしいなー? なんて」
アルバティナもその可能性を考えていて、お愛想笑いをする。
紗昏はぼーっとした顔でヨハンの上着の裾を握っているだけで、全く役に立ちそうにない。
「提案があります」
無造作に、紗昏の手を邪魔と振り払って、ヨハンは言う。
「次の罠にも姫がかかってください」
「えっ? でも次はヨハンの――」
「いいですね?」
「――はい」
アルバティナの返答を聞いて、ヨハンは手を差し出す。
(彼女を置いて行ったら、サクラの面倒を見る者がいなくなりますからね)
置いて行く気がなかったことは、アルバティナには内緒だ。
「あっ、向こうのエリアから女性の助けを求める声が」
(8,8)のアルバティナの声を聞きつけて、(7,7)へ向かっていたエースは突然くるっと90度向きを変えた。
「こらこら。どこへ行くのだね?」
メシエが、さっと前に出て行手をふさぐ。
「そうだよー。ルートはずれたら失格になっちゃうぞー」
とは、一番後ろを走っていたクマラ。エースも分かっていたのだが、女性の助けを求める声にはどうにも抗えないものがある。
「彼女を助ける間だけでも駄目かな?」
「駄目だろうな。罠を回避するためルートを変えたととられて失格になる」
「そうだそうだ。
第一、同じルートじゃないと助けちゃ駄目なんだぞ。ルールは守らなきゃ。いつもルールを守れって言ってるのはエースの方だろー?」
「うーん…」
たしかにルールは大事だ。率先して破ってしまったら、次からだれにも言えなくなる。
だが、助けを呼ぶ女性の声は、無視しがたい。
「ちゃんと仲間がいるようだからね。助力は必要なさそうだよ」
メシエが見ろと促してくる。エースもまた、彼女を助けるべく膝を折った男の姿を見て、引き下がった。
「さあ、われわれは(7,7)へ急ごう」
「……メシエ、乗り気だな」
走り出しながらエースが言う。
「それはもちろん。すると決めたからには全力を尽くさなくてはね」
「じゃあなんでさっき消えてたのサ。もう戻ってこないんじゃないかって、オイラたち心配してたんだぞ」
「それは…」
言葉に詰まってしまう。だが隠したところで、いずれはバレてしまうだろう。
観念して、理由を話そうとしたときだった。
「――うわっ!」
エースが何かを踏んずけた。
カチッ
スイッチの入る音がして、とたん、周囲に仕掛けられていたスピーカーから歌声が大音量で響き渡る。
「なんだ、これは……クラクラする…」
スピーカーの中心位置にいたエースは、両手で耳をふさいだが、防ぎきれるものではなかった。
「くそッ………………ひどい、歌…」
ばたり。
「エース! ――ううっ、早くスイッチを切らなくては、私までやられてしまう」
気を失って倒れたエースと、スイッチを探して地面を探るメシエからはちょっと離れた距離で。
「エースー、これすんごいおいしいよー。『プリモ温泉特製豪華食事セット』だってー。プリモ温泉行くの、オイラすんごく楽しみになっちゃった!」
クマラが幸せそうに料理にパクついていた。
「なんか、あいつずっとついてくるなぁ」
(3,2)へ向かって走る途中、紗月は、ちらちら後ろを振り返りながら呟いた。
後ろのエリアに人の姿はなかったが、砂の上に足跡が点々とついている。
超感覚で現れた狐の耳が、後ろを警戒してピクピク動いていた。
競技の参加者だから、同じルートになってもおかしくはない。ほかにも同ルートになっている者はたくさんいる。
この場にラスティがいれば、そう言っただろう。
(そりゃおかしくはないさ。だけど、姿を隠してるってーのがうさんくせぇの!)
「何か裏の狙いがあるんだぜ、ありゃ。警戒するにこしたことはねぇよな」
紗月は不機嫌に背後の不審者ににらみを入れ、走るスピードを上げた。
(紗月、もう少し罠を警戒して…)
光学迷彩をまとい、1つ後ろのエリアを走りながら、鬼崎 朔(きざき・さく)ははらはらする思いで紗月の背中を見つめていた。
罠には絶対かからなければいけないルールだから、回避はできない。だけど、警戒していればけがをする率はぐっと低くなるのだ。
紗月は、考えるよりまず行動の人だから、無理な願いかもしれない。結局のところ、その心配がなければ朔も後ろを走ろうとは思わず、応援席でラスティと一緒に見守っていただろう。
(でも、だから変わってなんて言えない。今の紗月が好きなんだから…)
だから、朔も競技に参加したのだ。競技自体に魅力は感じなかったが、紗月が無茶をしてもしけがを負ったりしたら、すぐ助けられるように。
「――うわっ!」
「紗月!」
朔の目の前で、紗月が落とし穴に落ちた。
「やっぱ、他人がかかったあとに通る方が危険がないよな」
そう考えて匍匐前進でスタートすることに決めていた如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は、(1,4)でさっそく深さ2メートルの落とし穴に頭から突っ込んでいた。
「し、死ぬかと思った…。
――くそ! 匍匐なんかやってられるかよ!」
作戦変更! どんな罠があろうと突っ走るのーみ!
正悟は次のエリアに向かって走り出した。
第3ターン終了。
『やはり波乱含みの第3ターンでした! 中には戦法を変えられた方も出たようです!
ですが、砂山に近づくにつれて、罠はますます増えていきます! 皆さん、お気をつけください!』
「気をつけろと言われても、罠は回避不能だからな…」
エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は苦笑しつつ、後ろのミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)を振り返った。
「はい。でも、本当に気をつけた方がいいです。どんな罠があるか分かりませんし、注意していれば罠にかかっても最低限のダメージですみますから」
「なに、大丈夫だ。俺にはこれがある」
ピン、とエヴァルトはベルト通しに吊るした携帯音楽プレーヤーを弾いた。
イヤホンからは熱血系アニメソングが流れている。
彼のテンションを上げるには最適の道具だった。
そして何の注意もせず(2,7)へ進み。
まっすぐ落とし穴に落ちた。
「ああっ! だから注意してくださいって言ったのに」
たたたっと駆け寄って穴を覗き込む。
それはただの落とし穴にあらず、穴底30センチほどに接着剤が入った落とし穴だった。
「お兄ちゃん、大丈夫ですか?」
「いたたたた……って、ああっ! 俺のプレーヤーがッ!」
接着剤の海にどぽん。
たとえ防水加工をほどこされた物だったとしても、救出は不可能だっただろう。
「お兄ちゃん、早く上がってください! もう固まりかけてますよ!」
「うおおおおおおおーっ! 何時間もかけて順番を考え、容量まで計算して入れてあった、俺の珠玉の熱血アニソンメドレーがあっ!」
「お兄ちゃん、早く上がって…」
「くっそー! こんな罠仕掛けたやつ、絶対ぶち殺ーす!!」
「お兄ちゃん、お兄ちゃんはこんな事で負けるような人じゃないって、私知ってますから! だから上がって、お願い!」
駄目だ、聞こえてない。
昇天したプレーヤーを手に、嘆き、怒るエヴァルトの周囲で、接着剤は着々と硬度を増していったのだった。
「セシルたち、今どのへんだろ?」
綾夜はきょろきょろと辺りを見渡した。
(1,5)からスタートしているのは知っているが、距離がありすぎてよく見えない。
答えたのはすぐ後ろを走っていたカインだった。
「堅実に攻略するって言ってたからな。大方、匍匐前進でもしてんじゃねーの?」
あのセシルが地面に這いつくばってズリズリ進んでいると思うと、かなり笑える。
「そうやって笑ってるけど、向こうのチームにはエリィもいるんだよ?」
「……だからなんだよ。関係ないだろ」
とたん、カインから笑みが消えてぶっきらぼうな口調になった。
(分っかりやすーい)
綾夜がくすくす笑い出す。
「なんだよ!」
「べっつにぃ〜?」
「だから何だって」
「騒がしいぞ、2人とも。競技中だ、真剣にやれ」
先頭を走っていたセディが、めずらしく声を荒げた。
「ごめんなさい」
「ごめん、兄上」
と、一応あやまっておいたあと。
「わ〜、セディってば、めずらしく超真剣っ」
こそこそと、カインにだけ聞こえる程度に落とした声で、綾夜は続けた。
「そりゃ、罰が何か知ってるだろ。俺たちや翠の【翠月チーム】がセシルや陣たち【天陽チーム】に勝てなかったら兄上たちが翠にどんな目に合うか…」
「ピーマン」
すごく小さくささやいたつもりだったのに、しっかり聞きつけたセディが立ち止まり、肩越しにジロリとにらんできたので、綾夜はあわててプッと吹き出した口元を押さえ込んだ。
「あっ、兄上! 兄さんたちがあそこにいるよ、ほらっ。手を振ってる!」
セディの気をそらすべく、カインが(2,6)エリアを指差す。
ちょっとわざとらしかったかな? と思ったが、セディは何も言わずそちらを向いてくれた。
「あ、やほー! セディ、ほらクロスたちが向こうにいるよ!」
ぶんぶん回すように手を振って、翠はカインたちに応えた。
「あまり動くな。落とすぞ」
無表情でレイヴが警告した。
しかしそう言いながらも翠を抱いた手の力は強く、翠が多少動いても微動だにしない。
「むー。私はべつに運んでくれなくてもいいんだぞ。ちゃんと自分の足で歩けるんだから」
大勢の人の前でお姫さま抱っこされて移動するのは翠としてはかなり恥ずかしいのだが、している当のレイヴは全然平気らしい。
「言われなくとも放り出すさ、私が罠にかかればな」
俺様気質のくせに、変なところで優しいのも、よく分からない。
「……間に合わなくて、一緒に落とし穴に落ちたら笑ってやる」
「ふ。この私に限ってそれはあり得ん」
そんなことを話していたときだった。
「あっ、あれ! あそこで倒れたの、クロスじゃないか!?」
翠が突然大声を上げ、(5,7)を指差した。
「セディ! そんな…っ! セディ、おい! 目を開けろ!!」
目の前、地雷のガスを浴びて声もなく倒れたセディを見て、ルナティエールは半狂乱になった。
「起きろってばセディ! 俺が起きろって言ってるんだぞ!」
「揺すっちゃ駄目だ、ルナ。頭を打ったのかもしれない」
綾夜もまた衝撃から立ち直りきっていない、上ずった声でそう言って、ルナティエールの肩をとる。
その手を振り払い、ルナティエールは叫んだ。
「だったらおまえはヒールをかけろ!」
「かけてるよ! でも、全然反応がないんだ。きっと、ヒールじゃ無理だ」
「そんな…」
「しっ。兄上が何か言ってる」
ぶつぶつと呟いている言葉を聞き取ろうと、カインがセディの口元に耳を寄せた。
「何? セディは何て言ってるんだ?」
「分からない。なんか、かたつむりがどうとか…」
「かたつむり!? なんだよそれっ!!」
「俺にも分からないよ! 怒鳴るなよルナ!!」
倒れたセディを前に、3人ともがパニックを起こしていた。
普段であれば何か起きたとき、どっしり構えて柱になってくれるのがセディだった。だからそのセディが倒れて、ぼんやりと薄目をあけたまま、ぴくりとも動かないのを見た3人がこうなるのも、無理はなかった。
しかも呟いている言葉が「かたつむり」である。
「どうしたらいい? ねえっ! どうしよう? ルナ!」
「――兄上、何がなんでも勝つって言ってたよ。抜け出せない罠にかかったら、置いて行けって。でも俺、こんな状態の兄上を放ってなんか、行けないよ…」
苦しげな声で、ぽつっとカインが呟く。
ルナティエールはそっと、最愛の夫の頬に触れた。自分が触れても何の反応も示さない、冷たい頬。
「俺にも無理だ。こんなセディをここに置き去りにして、競技を続けるなんて…」
「ルナ、これは競技だ。ただの競技でしかないんだ」
セディとは比べものにならない。暗に含まれたその言葉に、ルナティエールは頷いた。
(でも、セディをこんなめに合わせたおとしまえは、いつかきっちり返させてもらう…!)
そう心に決めて、すっくと立ち上がり。発煙筒を割った。
『ああ! ここでついに発煙筒が焚かれました! しかも2箇所からです! ルナティエール・玲姫・セレティ選手、蒼空学園所属、エヴァルト・マルトリッツ選手、蒼空学園所属! 双方負傷者が出たもよう! 救護班が救出に向かっています!』
プリモの放送に、セシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)、高柳 陣、天川 翠の3チームに衝撃が走った。
「負傷者って……まさかルナか?」
陣がうめいた。(5,3)に向かって直進している彼の位置からは、全く様子が見えない。
「違うみたいよ」
走る速度を上げて陣の位置まで上がってきたユピリアが、横を向いたまま答えた。
「(1,5)のセシルがこっちに何か伝えようとしてる」
「何言ってるか分かるのか?」
思わず口にしてしまったが、さすがにそれは無理だと思った。距離がありすぎる。
陣自身よく分かっているみたいなので、ユピリアもあえて突っ込みはしなかった。
「頭の上で大きくバッテンしてるから、あれ、クロスって意味じゃないかしら」
「クロス……セディか」
そういや一番手を走るとか言ってたっけ。
きっとルナたちは動揺しきっているに違いないのに、駆けつけて力になってやることができない。
「……くそ。はがゆいな」
「大丈夫よ、多分、たいした怪我じゃないわ。もしそうならもっと大騒ぎになってるはずだもの」
「そりゃそうだが」
「陣、気持ちは分かるわ。私だってすごく心配よ。でも、だからといって競技を放棄してかけつけたりしたら、ルナに怒られるわよ」
「そりゃそうかもしれないが……って、なに? おまえ、燃えてるのか?」
今さらながらユピリアの状態に気づいて、陣はマジマジと彼女を見た。
「そうよ。だって、せっかく出るからには勝ちたいもの」
とはタテマエで。彼女の本心はというと。
(優勝商品、豪華温泉旅行……温泉……陣と2人で温泉! しかも1泊!! 温泉宿に男女2人で1泊って……これは絶対何かあっておかしくないっ! というか、何かあるに決まってるわよね! ――きゃー、やだっ! 陣ってば大胆なんだからぁ〜)
夢見る乙女の妄想ははてしない。
「勝たなくちゃ! 棄権することになったルナたちのためにも、何があってもこのサンドフラッグ、勝たなくちゃ駄目よ!!」
「あ、ああ…」
「じゃあ私、ティエンを落ち着かせてくるから」
さっさと元の最後尾へ戻って行くユピリアを見ながら、陣は、いつもながらユピリアの考えていることはいまいち理解できない、と思った。
「棄権かぁ。ま、あたしたちは絶対にそんなことしないけどねっ!」
あははははーっとセルファは豪快に笑い、次のルートである(5,3)に向かって走っていた。
さっき思いっきり落とし穴に突っ込んだというのに、全くためらいがない走りっぷりには真人も感心せずにいられない。
もっとも、ただゴールに向けて突っ走ることだけしか考えていなくて、あとのフォローは全部真人に丸投げしているだけだとは思うが。きっと砂山攻略法も実は何も思いついていなくて、ただ突っ走ろうと考えているに違いないのだ。
あるいは、真人が何か思いついてくれるだろうと期待して。
それを信頼と取るかどうかが難しいところだ。
それすらもセルファの場合は、本当に何も考えていない、というのが正しい気もするが。
そんな考えの方に気をとられ、走る速度が落ちた真人の前で、セルファはまたも落とし穴に落っこちた。
バシャーーーーンッ
落とし穴の中で、派手な水音がする。
「うおっ?」
その上に、今度は陣が落ちた。
「ミルディ、止まって! 前方に大穴が!」
セルファと陣が突っ込んだ落とし穴が、すぐ目の前に迫っていた。
同じ落ちるにしても、突っ込んでいくのとその場でぴょこんっと飛び込むのとではダメージが全く違ってくる。
「だめー、止まらないよー」
全速全開、突っ走っているミルディアはブレーキのない車と同じだ。
このままではさっきの二の舞!
かくなる上は、とれる手段はただ1つ。
「とうっ!!」
穴の手前でジャンプした。
「ばかーっ! それじゃ回避したことになって失格になっちゃうじゃないかーっ!!」
「あっそーかっ」
とは言ってももう遅い。
「こうなったら足がついた瞬間、後ろに飛んで穴に入るしか――――って、うわっ!」
ミルディアにとって幸か不幸か、落とし穴を回避したつもりで、実はそこに設置されていた別の落とし穴に落ちる結果となってしまった。
「いっ……たたた…。
で、でもこれで失格にはならない、よ……ね…?」
この穴、何かおかしい。
体の下で、何か小さい物がたくさんうごめいてる。
「大丈夫? ミルディ……うっっっっ」
中を覗き込んだイシュタンが、ドン引きした。
「イシュタン〜〜〜、怖くて下、見れないんだけどぉー」
でも大体予想はつく。
ミルディアの腕や腰を伝って上ってくるようなやつもいるから…。
ぞわぞわと鳥肌が立つ中、それでも果敢に下を向いたミルディアは――。
「いっやーーーーーっ!!! 何この虫ーーーーーっっ!!」
1キロ先まで聞こえたんじゃないかというくらいの大声で、絶叫した。
「な、何? だれの悲鳴?」
思わず悲鳴のした方を振り向いた陽太は、罠に対し、完全に無防備だった。
知らないうちに(7,6)に半歩踏み込んでいたせいで、スコーンと上から巨大なバケツが降ってきて。
バケツの角で後頭部を強打した彼は、その場にばたりと倒れこんだ。
悲鳴は朔にも聞こえていたが、彼女は今、それどころではなかった。
第3ターンで落とし穴に消えたまま、いつまでも上がってこない紗月の安否を確かめたくて仕方がなかったのだ。
しかしホイッスルがないまま、エリアを移動するわけにはいかない。ルール違反で強制退場にされてしまう。だからホイッスルと同時に駆け込んで、落とし穴を覗き込んだ。
「紗月……紗月! 大丈夫? 紗月!」
紗月は穴の底に横たわっていた。どうやら気絶しているらしい。
穴の底には目につくような物は何もなく、危険はなさそうだ。朔は、邪魔なブラックコートを脱いで腕にかけると、紗月を避けてそろそろと穴に下りた。
「紗月、目を覚まして」
そっと、優しくナーシングをかける。
やがて紗月の目がゆっくりと開いた。
「――あれ? おまえ…」
はじめのうち、焦点の定まっていなかった目が、朔の顔を見て、だんだんと正気の光を放ち始める。
そこではたと気がついて、ぱっと紗月から手を放した朔は、あわててブラックコートを肩にかけた。
「もう遅いって」
紗月がツッコミを入れる。
気づかれた以上、気配を殺すブラックコートは何の役にも立たない。
「わっ、私は……マスク・ザ・砂糖!」
呪術師の仮面だけはまだかぶったままだったことに救われた思いで、朔は作り声でそう名乗った。
「おまえ、朔だろ」
「うっ…」
アッサリ見抜かれてしまった。
紗月は、じーっと朔を見つめている。
「――どうして、分かったの…?」
おそるおそる、仮面を取って、その後ろから紗月を盗み見た。
「そりゃ、見れば分かるさ。好きな相手だったらなおさら、分からない方がバカだ」
「好き」と言われて、一瞬で朔の頬が真っ赤に染まる。
紗月も、真っ赤になった朔に、初めて自分が口にした言葉の意味に気づいて、照れ隠しのように頭を掻いた。
「あー、つまりホラ、おまえだって俺がどんな格好してたって分かるだろ。そういうもんだって」
「……うん」
(分かる。紗月がどんな姿をしていても、きっと、私には分かる。だって、ただそこにいるだけでこんなにどきどきさせる人は、ほかにいないから)
「おまえも参加したかったんなら、最初から言えよな。そしたら一緒に参加申込みできただろ?
それで? こっから先、おまえのルートはどうなってんだ?」
立ち上がり、手を差し出す彼に手を預けて、朔も立ち上がる。
「(4,3)(5,4)で、そこから砂山」
「マジ? 俺と一緒じゃん」
紗月は驚いているが、もちろん偶然ではない。ラスティから事前に提出するルート表を見せてもらって、すぐ後ろを走れるように書き写したのだ。
落とし穴から上がって、服の汚れをはたいて落とすと、紗月はあらためて朔に手を出した。
「一緒に行こうぜ、朔」
「うん」
朔は紗月と一緒に(4,3)に向かって走り出した。
第4ターン終了。
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