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リアクション
第1章 シャンバラ教導団の攻撃(1)
『それでは教導団の皆さん! スタート位置についてください!』
プリモの声がスピーカーから流れ、ホイッスルが鳴らされる。
クモの子を散らすように90メートル四方の碁盤目の定位置に走っていく彼らを見て、プリモはぼーっと横に突っ立っていたパートナーのバート・シュテーベン(ばーと・しゅてーべん)を突っついた。
「ほら、バートもちゃっちゃと行くのっ」
「え? わたくしは実況リポーターで…」
「そうよ。だから始まる前のインタビューをしておくの! 数人でいいから、行ってくるのですっ」
「は、はいっ」
どんっと背中を押し出される。よろけながらも、バートは懸命に走って行った。
「どういった進路をお考えですかぁ? よかったらお聞かせください」
そう、遠慮がちな声でおずおずと差し出されたマイクに、魏 恵琳(うぇい・へりむ)はあでやかな笑みを浮かべて答えた。
「もちろん、この(9,1)から(5,5)まで一直線に走ります。金団長の前で、教導団員として無様な姿を見せるわけにはまいりません。目標と定めたのであれば、あとはそれに向かい邁進するのみです」
吹きつける横風に、さっと髪を肩向こうに払い込み、決意の眼差しで赤旗を見つめる。
その凛とした横顔に、バートはぼーっと見とれてしまった。
「が、頑張ってください! 応援してます!」
「ありがとう」
恵琳はにっこりほほ笑んだ。
「あなたの戦略はどういったものでしょうかぁ?」
突然ニュッと突き出されたマイクに最初はとまどったものの、大岡 永谷(おおおか・とと)はにっこり笑って答えた。
「もちろん(5,1)前のこの位置から直線で突撃です」
「罠は怖くありませんか?」
「そんなもの気にしません。力尽きるまで前進あるのみ。どんな艱難辛苦が前方にあろうとも、突き進み、活路を切り開くのが騎兵というものです。
それに、こういう真っ向勝負ルートって、意外と罠設置されてないことも多いんですよ」
笑顔のままインタビューに応える永谷の後ろには、えんえんと砂山まで続く罠が太陽光に輝いていた。
「曖浜さんはどうですかぁ?」
「そうだねぇ。見るからに罠がたくさんあって、面白そうだよねぇ。どんな罠に遭遇するか、考えるだけでワクワクしてくるよ」
曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)は目の前に広がる碁盤目を見ながら、どこかはればれとした顔つきで答えた。
あきらかに自分の進路に罠があるのが見えていたが、どうやってクリアするか、それすらも面白がっているようだ。
「りゅーき……楽しんでる場合じゃないですってば! 砂山の登り方、ちゃんと考えてるんですか?」
横についていたパートナー、ゆる族のマティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)が問い詰める。
「ま、それはおいおいと」
「やっぱり考えてないんですねっ! あれほどゆうべ寝る前に考えておいてと言っておいたのにっ!」
「いや、考えてたんだけどねぇ、気がついたら机の上で、くー……っと」
「もおっもおっ! りゅーきのばかっ」
「いたっ、大丈夫だって、なんとかなるって」
「……えーと。ではわたくしはこのへんで…」
ぽかすか握り拳で叩き始めたマティエの後ろを回って、こそこそとバートは逃げ出した。
「霧島さん。霧島さんは葦原明倫館の方ですよねぇ」
「うん、そうだよっ」
バートの質問に、霧雨 透乃(きりさめ・とうの)は元気よく答えた。
スタートを待ちかねてか、手首を振ったり足首をぐりぐり回したりして、そわついている。
「蒼空学園でなく教導団とを希望されたということですが、何か深い意味はあるのでしょうか?」
「もちろん!」
そこで透乃は、パッとマイクを奪い取った。
「あっ…」
『いい? 涼司ちゃん! 私は今の涼司ちゃんが好きじゃない! だから教導団側で参加するの! とてもつらいことがあったのは分かってる。でも、涼司ちゃんは昔の涼司ちゃんの方が断然よかった! 昔の涼司ちゃんに戻ってくれないと、私は絶対蒼空学園に味方しない!』
透乃の堂々と胸を張っての演説に、貴賓席にいた山葉は苦笑を浮かべた。
ギイ、と音を立ててきしませながらイスに背を預ける。
「だ、そうだ」
横の金がつけ足した。
「ま、言われてもしゃーないよな」
校長という権威的立場……重責任者である今は、前のようにすぐ感情的に行動することは許されないのだ。
だがおそらく、透乃の言っていることはそれとも微妙に違っているのだろう。
前の自分がいいと言われても、山葉にはどうすることもできない。
「自分」の変化を止めることは、だれにもできないのだから。割れた卵は元に戻れない。それと同じ理屈だ。成長することを人は止められない。それが、たとえ正しい方向でなくとも。
環菜の死という衝撃で、山葉の成長は少しだけ横に曲がってしまった。
「でも俺は、おまえのこと大事な友人だと思ってるよ」
決して陰口など叩かず、まっすぐ相手に伝える彼女を好ましく思いながらひらひらと手を振る。
透乃は、ふん! とそっぽを向き、バートにマイクを返した。
「貸してくれてありがとう」
「あ、はい…」
「言いたいこと言って、ああすっきりしたっ」
にこにこ笑う透乃に、傍らで緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が笑顔を返す。
(……でも、蒼空学園の邪魔したいんだったら蒼空学園側で競技して、旗を取って、蒼空学園の優勝を阻むのが効果的なんじゃないでしょうか…)
と思ったが、口に出すのはためらわれたバートだった。
「えーと、ほかには……と」
きょろきょろ周囲を見渡したバートは、(1,6)付近にひとかたまりができているのに気づいて、そちらにひょこひょこ近づいて行った。
「皆さんはグループですかぁ?」
「おう。俺たちは【A298】だ。お嬢ちゃんはリポーターか? 頑張ってるなぁ、こんなに小さいのに」
マイクを向けられたハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)が、荒い口調ながらもにこやかに答える。
「は、はい。ありがとうございます…」
子どもにするようにぽんぽん頭を叩かれるバート。自分よりかなり上背のあるハインリヒに圧迫感を受けながらも、一歩も引かないのは立派だ。
「おどかしちゃ駄目だよ、こんな小さい子を。怖がってるじゃないか」
くすくす笑ってハインリヒの手を押しのけ、下がらせたのはゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)だった。
同じくらい背の高い男性だったが、こちらはまだいくらか表情が柔和で物腰もやわらかい。
バートは頑張ってみることにした。
「皆さん、グループということですが、何か作戦はお持ちなのでしょうか」
ゴットリープはどこまで話すか測るようにほかの3人を見てから言った。
「それはもちろんです」
「勝つのは我らだ」
信じて疑わない、自信たっぷりのケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)の言葉には、バートも頷かざるを得なかった。
なにしろ、参加者で一番のグループだ。これだけ屈強な人たちがいれば、罠などいかほどのものでもない気がする。
「どのような作戦ですか?」
「それは秘密だよ。でも、きっとみんな驚くだろうなぁ」
「楽しみにしてな、お嬢ちゃん」
「分かりました。皆さん、頑張ってください。
以上、現場からでしたぁ」
わしわしっと髪をもまれて、クシャクシャになった頭を振りながら、バートはなんとかインタビューを終えた。
『……からでしたぁ』
「じゃあ行ってくる」
スピーカーから流れたバートの声に競技開始が近いことを知って、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)はリース・バーロット(りーす・ばーろっと)から離れた。
「あ…」
リースは今回応援で、小次郎とは別行動のため、これ以上スタートラインには近づけない。伸ばしかけた手を引き戻し、胸元で握り込んだ。
けがに気をつけて、と言いたかったが、今そんなことを言うのはなんだかばかげている気がした。回避ができない以上、けがをしないはずがないのだから。
教導団の一員である彼に、こんな危ない演習に出ないでほしいとは言えない。でも、けがをする彼を見たくもない。
ヒールを飛ばせばいいかもしれないが、距離には限界があった。40メートルは遠すぎる。
リースのためらいを感じ取って、小次郎が歩みを止める。
「どうかしたのか?」
「ただ……いえ。なんでもありません。
頑張ってください、小次郎。私はここで応援していますから」
何か、言いたいことは別にあるような気がしたが、リースは笑顔でいたので、小次郎も深く追求する気にはなれなかった。
心配無用と軽く手を振って、スタートラインに立つ。
「きれいな子じゃないか。あんな子に応援してもらえるとは、おまえ運がいいぞ」
そう言ったのは、ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)だった。同じマスの前でスタンバイしているところを見ると、小次郎と同じく(9,9)からスタートするのだろう。
「だが優勝するのはこの俺だ」
ふふん、と不敵に笑う。
小次郎が何か言い返そうとしたとき。
ピリリリリリリリリーーーーーーーーーーッ!
サンドフラッグ開始を告げる鋭いホイッスルの音が高く鳴り響いた。
「どぉりゃあああッッッ!!……はぐおっ?」
そんな言葉を残して、ケーニッヒは姿を消した。
「なっ…? ケーニッヒ!?」
後ろについて走るつもりだった神矢 美悠(かみや・みゆう)と天津 麻衣(あまつ・まい)が慌てて駆け寄る。ケーニッヒは(1,5)に出現した深さ2メートルの落とし穴の中で、白い物にまとわりつかれていた。
「なんだ、これは……トリモチか? くそっ、ネチャネチャする」
同じくその横(1,6)地点では、マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)が全く同じ、2メートルの落とし穴にはまり込んでいた。幸いにもこちらにはトリモチは設置されていなかったが、その分クッションがなく、モロに尾てい骨に衝撃が走り、穴の底で声もなく痛みに震えている。
「……まさか、1歩目からとはな…」
「マーゼン、手を伸ばして。引っ張り上げるから!」
不安げに覗き込んでいる早見 涼子(はやみ・りょうこ)の横で、本能寺 飛鳥(ほんのうじ・あすか)が手を伸ばす。並の女性では無理な話だが、機晶姫である彼女にはマーゼンを片手で吊り上げることなど造作もなかった。
そして(1,9)前からスタートしたクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)は、GAを組んだ2人のさらに上をいく罠にかかっていた。
「なんとっ!?」
やはり落とし穴の罠に引っかかった彼の落下した先には、巨大なトラバサミが光っていたのだ。
(死に直結した罠はご法度のはずだろうが!)
「……くっ」
切り裂かれることを覚悟して、顔面を庇って腕を交差させる。
しかしトラバサミはよくできた本物そっくりのスポンジ製で、反対にクッションとなって彼の衝撃をやわらげてくれたのだった。
「無事ですか?」
穴を覗き込んだ島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)が、心底心配する声で訊く。
「ああ。大事ない」
穴も2メートル程度だから、簡単に上がれる。
一刻も早く競技に戻るべく身を起こそうとしたクレーメックだったが、引き戻そうとする強い力に阻まれて、穴の底に戻ってしまう。
彼の前面にはベッタリと、白いトリモチがくっついていた。
『さあ! ついに始まりました、サンドフラッグ先攻・シャンバラ教導団の1ターン目! はじめの1歩でさっそく罠にかかった者続出です! 読まれております、教導団!』
こうでなくちゃ面白くないよね、と言わんばかりに目をキラキラさせて、嬉々として放送席のプリモが叫ぶ。
すぐ背後からのプリモの大声で意識を取り戻し、永谷はハッと目を開いた。
「い、いたた…。一体何が…」
ホイッスルとともに走り出した瞬間の記憶はある。が、気がついたら倒れていて、下にした左頬がじんじんしていた。
どうやらまっすぐ倒れこんでしまったらしい。
「とにかく起きよう」
そう、両手を顔の横についたとき。
ねちゃ〜〜〜、と嫌な感触が起きて、永谷は今さらながら、自分が(5,1)に仕掛けられていたトリモチ罠に引っかかったことに気がついたのだった。
「――ルカ、姿を隠す必要があるのか?」
ルートは提出済みだ。罠には必ずかからなければならず、避けようがないのに、まるで姿さえ見えなければ罠回避ができるとでも言わんばかりに光学モザイクを用いているルカルカ・ルー(るかるか・るー)に、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が突っ込みを入れる。
「うるさいわね。黙って。気づかれちゃうじゃない」
きょろきょろと周囲を伺いながら(9,6)へ進むルカ。
(絶対こいつ、ルールを何か間違って解釈しているぞ)
「だからだれに?」
そう、再び訊いたダリルの前で、小石に偽造された何かをルカが踏んづけた。
「ルカっ!」
「きゃっ…!」
ダリルがルカを押し倒す。
自分の体でルカを庇うダリル。
その後ろで、パーーーーーーーーーン!!! と耳をふさぎたくなるほど大きな音が弾けた。
「なに? ダリル、まさか撃たれたのっ?」
大急ぎダリルの下から這い出したルカが、動転し、震える手でダリルの背中をあちこちさする。
「……いや、何もない。音がしただけだ」
身を起こしたダリルの言葉通り、彼の背中は土埃まみれになっただけで、それらしい穴はあいていなかった。
「よかった…。
でも、音だけ?」
自分を庇ってダリルが撃たれたと思ったときの凍りつくような恐怖が醒め切らないまま、ルカはへたりこんでいた。
まだ少し、動けそうにない。
「ふはははは!!!! 覇者の称号も優勝商品も俺のモン! 恋人と一緒に温泉デートじゃ〜!!!」
叫び、スタートダッシュで(9,9)前から飛び出したルースは、様子見に、最初は歩いて行こうと決めていた小次郎の前で、やはり(9,9)前からスタートしたゾリア・グリンウォーター(ぞりあ・ぐりんうぉーたー)と一緒に仲良く地雷を踏んづけた。
「にょっ?」
プシューーーっと足元から噴出した毒霧に、ゾリアが声を上げる。
「マスター、息をしては駄目です!」
ザミエリア・グリンウォーター(ざみえりあ・ぐりんうぉーたー)がパタパタ手ではたいてゾリアの周りの毒霧を少しでも薄めようとしたが、遅かりし。しっかり吸い込んでしまったあとだった。
「……く、くそ……毒、か…」
バタリ。
隣でルースが倒れる。
「お嬢っ!」
あとを追うように顔面から地面に倒れかかったゾリアを、あやういところでロビン・グッドフェロー(ろびん・ぐっどふぇろー)が支えた。
「お嬢! しっかりしろ、お嬢! ……くそ、間に合わなかった」
とんだ失態だ、と舌打ちをする。
「まったくですわ! あなたであればこんな毒霧ごときではびくともしなかったでしょうに! これでは次の戦いに支障が出るじゃありませんか!」
ザミエリアが憤慨して叫んだ。ゾリア自身を心配しているというよりも、先に進めないことを嘆いているようである。
実際、ロビンとて進む先に罠があればゾリアをかばって先にかかる心積もりだったのだが、地雷という見えない罠だった上に、いまかいまかと開始の合図を待っていたゾリアは、まるで豆が弾けるようにホイッスルと同時に飛び出していったのだ。
瞬発力はゾリアの方が断然上で、気がついたときにはもう彼女は地雷を踏んづけていたというわけだった。
「にょ……にょろ〜…。地雷を仕掛けようと思っていたら、先に仕掛けられてしまったです…」
弱々しい声でゾリアが呟く。次の瞬間、カクン、首が後ろに倒れた。
「お嬢ーッ!」
「ああっ、マスター! まだ戦いは続いていますのよっ」
だがあいにくと解毒・回復系スキルは、そこにいる4人のうちだれも習得していなかった…。
第1ターン終了。
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