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【相方たずねて三千里】西シャンバラ一人旅(第2歩/全3歩)

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【相方たずねて三千里】西シャンバラ一人旅(第2歩/全3歩)

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4 ヒラニプラ

 ギュスターブから誘拐未遂の件を聞いた鷹村真一郎(たかむら・しんいちろう)は、トレルのそばを離れまいとしていた。
「さすがにヒラニプラでは何事もないと思いますよ」
「うん」
 これから向かうところはシャンバラ教導団のお膝元であるから、何か起きる可能性は低い。けれども、気を抜いてもいられないだろう。
「俺が護衛できるのは街に着くまでですが、その後はきっと楽しくなりますよ」
「そうなの?」
 と、トレルが真一郎を見上げる。
「はい。あなたもよく知ってる方が護衛に付きますから」
 と、真一郎は答えた。
 歩く道は出来るだけ安全な道を、トレルに余計な負担をかけないように街を目指す。
「しんいちろーさんも、契約者なんだよね?」
「はい、そうです」
 トレルは彼の方を見ずに問う。
「どうやったらそうなれる?」
「……そうですね、俺の場合は偶然の出逢いによる縁だと思ってます。トレルさんにもその内、家族のように思える仲間が出来ますよ」
「家族?」
「縁があれば、絆は自然と結ばれます。だから、それを待てば良いんじゃないでしょうか」
「……待つ、ねぇ。もう飽きちゃったよ」
 と、トレルは溜め息をついた。

「護衛引き継ぎ、お願いします」
 びしっと敬礼をする真一郎。その向かいでルカルカ・ルー(るかるか・るー)もまた、敬礼をする。
「護衛任務、引き継ぎました」
 真面目な顔で見つめ合う二人。そして、ルカルカが思わず吹き出して笑う。すると真一郎も照れたように少し笑う。
 トレルはその様子を不思議そうに眺めていた。
 街の入り口で引き渡されたトレルに、ルカルカが言う。
「久しぶりね、トレルちゃん」
「おう」
「ここからはルカが護衛を兼ねて案内するね」
 と、トレルのそばにぴったりくっつくルカルカ。その後ろからはダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が付いてきていた。
「さっきの彼ね、ルカの婚約者なの。渋いでしょ?」
 ルカルカがそう言うと、トレルは納得した。
「ああ、そうなんだ」
 道理で親しげな雰囲気だったわけだ。
「それで、この街はかつて機晶姫が作られたって言われてて、別名機晶都市とも言うの」
 と、ルカルカが説明を始める。山岳地帯にありながら、見ただけで街としての機能を立派に果たしていることが分かる。それも機晶都市らしく、そこかしこに機晶姫に関連した店が並んでいた。
「近くには教導団の本校があるから、ここではおかしな事に巻き込まれたりしないはずよ」
「うん、そうしてくれると助かる」
 トレルは適当に返事を返しながら話を聞いていた。ついにここまで来てしまった、残すは海京のみだ。そこでも出逢いがなかったら、今度は東シャンバラにでも旅するか。
「トレルちゃんは、どんな恋がしたい?」
「は?」
 急に質問を投げかけられてびっくりする。
「恋よ、恋。でも今の時代、女の子も強くなくっちゃ。特に恋する女の子はね」
 すると、ダリルが呆れた様子で口を開いた。
「それ以上強くなるつもりか」
「良いじゃない。向上心は大切よ」
 と、調子よく言うルカルカ。
「正論ではあるが……トレルは、ルカみたいにならなくていいぞ」
「どういう意味? 失礼しちゃうわ。ねぇ、トレルちゃん?」
 トレルはそんな二人のやりとりをおかしく思ったが、ふと視線を感じて振り向いた。
 ――どこかで誰かがこちらを見ていたような気がするのだが、それらしき影は見つからなかった。気のせいだろうか?
「え、ああ、うん」
 やはり、一人で旅に出たのは間違いだったのだろうか? らしくもなく不安になるが、同時に胸が高鳴っていた。来るなら来い、非日常。
「どうしたの?」
「……うん、何でもない」

 しかし訪れるのを待つのも嫌だったので、トレルは隙を伺ってルカルカたちからはぐれてみた。一人でいた方が、きっと相手も行動を起こしやすいはずだ。
「……やっぱ、気のせいだったのか?」
 だが、現実はそう上手くいくものではなかった。すっかり迷子になってしまい、トレルは困り果てる。
「困ったなぁ」
 と、呟いて空を見上げる。
「あなたが目賀トレルですね?」
 はっとして前方に目を戻すと、数人の教導団員がいた。
「ようこそ、ヒラニプラへ。私は御茶ノ水千代(おちゃのみず・ちよ)と申します」
 と、中でも年長とおぼしき女性が言う。
「見たところ、ヒラニプラに対する興味がないようだから、私たちが案内するわ」
 と、その隣でローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が言った。その後ろにはグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)典韋 オ來がいた。
 トレルには何のことかさっぱりだったが、もしかすると自分を見ていたのは彼女たちだったのかもしれない、と思う。
「あー、お願いします」
 と、トレルが素直に返すと、千代は言った。
「それでは行きましょう。まずは我がシャンバラ教導団の校舎へご案内いたします」

 案内された道はとんでもなかった。
「ここが山岳街道。この先に校舎があるのよ」
 と、ローザマリアが後ろから声をかける。そう言われても……眼前には果てしなく続きそうな山道があるだけだ。
「お嬢様にはちょっと厳しかったかもしれませんね」
 先を行く千代は余裕の表情だ。この道を、ルカルカたちも歩いているのだと思うと何だか悔しい。
「そんなことないもんね」
 と、意地を張ってトレルはまた歩き始めた。
 少しでも弱音を吐けば、後に続くローザマリアたちに何か言われるだけだ。乗り切るしかない。
 それからしばらく歩き続けると、いかつい建物が見えてきた。
「あれがシャンバラ教導団です」
 と、千代が振り返る。山道を登り切ると、その建物が不思議と山間の景色に溶け込んでいるのが分かる。
「素敵な場所だと思いません?」
「……ああ、うん」
 自然と共存した教導団の校舎にトレルは少し圧倒されていた。
 千代がふっと寂しげな笑みを浮かべ、ローザマリアがはっとする。
「では、アイドル集団秋葉原四十八星華の一人として、一曲歌わせていただきます」
「は?」
 思わず目を丸くしたトレルだが、ローザマリアがどこからともなくアコースティックギターを取り出して、歌い出す千代に合わせて弾き始めた。
 山間を風が吹き抜け、傾き始めた太陽が千代の影を長くする。どこか寂しげなメロディだった。それでいて、とても優しい雰囲気の歌である。
 歌い終わると、彼女は言った。
「今の歌は鎮魂歌です」
 また寂しそうな顔をして校舎を見つめる千代。
「数ヶ月前、この校舎で激しい戦いがありました。多くの学生がこの場所で死んでいきました……」
 その横顔をじっと見つめるローザマリア。
「今でも、思うんです。あの時私は、契約者としてベストを尽くせたのか……成すべき事を成せたのか……」
 トレルが思うよりも、悲惨な現実がこの世界には存在する。
「いつも心残りがあるんです。だから、ここでこうして歌を歌うんです。契約者として生き残り、今何を成すべきなのか? 何を成さねばならないのか? ここで歌うたびに、いつも考えているんです」
「……良かったよ、今の歌」
 と、トレルは千代へ拍手をして見せた。千代はそちらに目を向けると、ただ頷いた。

「ヒラニプラ家は機晶姫を製造する職人の血筋として名の知れた一族とされている」
 と、グロリアーナは言った。教導団本校を後にした千代たちは、次にヒラニプラ家へ案内したのだ。
「地名はもちろん、街が機晶都市と呼ばれるのはそれ故だ。今やヒラニプラは機晶技術研究のメッカとなっておる」
「はあ」
「そなたはパートナーを探しておるのだったな。ここには主と巡り会うのを待っている機晶姫がいるやもしれぬぞ」
「機晶姫、ねぇ……」
 トレルはメンテナンスがめんどくさそうだと思う。
「姿形は様々だが、だいたいが少女の形をしておる。探してみるのも良かろう」

「関帝廟ってぇのは、金鋭鋒のパートナー、関羽雲長を祀った場所だ」
 と、オ來が説明をする。
 次に案内されたのは関帝廟だった。トレルは建物の中を興味深げに見ていた。こういった信仰にまつわる建物は嫌いじゃない。
「関羽がいるからか、この教導団にはどういうわけか三国志時代の中原の英霊と契約している団員が割といるんだよな。あたしを含めて」
 彼女もまた魏の武将にして曹操孟徳の親衛隊長だった。
「機晶姫と英霊、これがヒラニプラを代表するもんだと、あたしは思ってる」
 それはきっと、あながち間違えてもいないのだろう。