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獣人の集落ナイトパーティ

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終章 旅立ちの狼

「なんだと……!?」
 アールド・クオルヴェルは、唖然として声をあげた。震えるような声で、もう一度目の前の娘に向かって問いかける。
「い、いま、なんと……?」
「ですから、花嫁修業として一度集落の外に旅に出たいと考えています。つきましては、集落長の許可をいただきたく……」
 リーズは、正式に集落の一員として出向いた礼儀として、実の父に堅苦しく告げた。外では昨夜のナイトパーティの片付けが行われており、わずかに騒々しい音も聞こえてきた。
「お、お前は何を言っているのだ……。花嫁修業など、そんなものは必要――」
「あら、素晴らしい提案ですね、リーズ」
 アールドの言葉を遮って、横に控えていたリベルが微笑みながら言った。
「では、さっそく旅立ちの準備を始めましょうか? あ、アリアさん? すみませんが、部屋の奥にあるテーブルの上に紙が置いてあるはずですので、そちらを持ってきていただいてもよろしいですか?」
「あ、はい、わかりました」
 片付けの手伝いもこなしてアリア・セレスティは、リベルに頼まれて部屋の奥へと引っ込んでいった。
「お、お前、何を言っているのだ。我が集落では花嫁修業など必要ないではないか」
「あら、恋に興味を持つように仰っていたのは誰でしたか? あなたの希望通り、リーズがこうして自ら「花嫁」修行したいと言っているのですから、もちろん、断るつもりはありませんわよね?」
「う…………」
 にこにこと笑顔を浮かべながらもまくし立てたリベルに、アールドは何も言い返せなかった。確かに、恋に興味を持つようにあれだけ小言を言っていたのは自分だ。かといって、ここまで飛躍して集落を出て行くまでになるとは思わなかった。
「じゃ、じゃあ、行っていいのね!」
「う……む……」
 はっきりと返事をしないまでも、アールドは渋々と唸った。もはや、こうなっては実権はアールドではなくリベルにあるようだ。
「ちょっとお待ちなさい、リーズ。こちらにサインだけして、行きなさい」
「これって……?」
「集落の住人を記録しておくのも私たちの役目なのですよ? ですから、今回は「修行旅立書」としてこちらに記載していなさい。これにサインをしたとき、貴方は一旦、クオルヴェルの集落の獣人ではなくなりますけど、それもまた貴方の生き方です。もしも花嫁修業を終えて戻ってきたときは、また貴方を快く迎えますよ」
 リベルは、動物の皮を加工して作られた古めかしい紙をリーズに手渡した。
 一旦は集落の獣人ではなくなる。その言葉にわずかに躊躇いを見せるも、リーズは決意に満ちた顔で自分の名前をサインした。
「では、さっそく旅立ちの支度をなさい」
「はい! ありがとう、母さん、父さん!」
 二人に感謝を述べて、リーズは集落長の家を出て行った。その後をため息をついて眺めていたアールドは、リベルを呆れるような目で見やった。
「……計ったな?」
「あら、なんのことでしょうか?」
「お前がリーズの発言に一切驚かぬのはまだ分かるとしても、紙が用意されているのは不自然であるし、ましてや、もしも……花嫁修業を終えたらと言うところを見るに、戻ってこない可能性を考えているようではないか」
「……バレましたか?」
 いたずらな顔でちろりと舌を出した妻に、アールドは再びため息をついた。
「まったく、してやられたな……」
「まあまあ、心配する気持ちも分かりますけれど、あの娘はもう一人前ですよ。悩みは自分自身で解決するのが一番です。あの娘なら、きっと答えを見つけてこの集落に帰ってきますよ」
 リベルは、リーズが何かを思い悩んでいるのを知っていた。それは、彼女自身が自分で気づかぬように振舞っていた心の影であったが、さすがは母親といったところだろうか。リーズ自身よりも、彼女を知っているのではないかとさえ思える。
「それに……外の世界で良い旦那さまを見つけて帰ってくるかもしれませんよ? そうしたら、集落は安泰です」
「…………ふん。大したことない男であれば、私は認めんぞ」
 集落長の顔はどこにいったのか、ただの過保護な親の顔になったアールドを見て、リベルはくすくすと微笑ましく笑った。

 旅立ちの支度は、そう長い時間かかるものでもなかった。
 背嚢(簡素なリュックのようなもの)に必要最低限の食糧や小物を詰め込み、愛用の剣を腰に提げて、リーズは集落の出口に立っていた。
「花嫁修業、頑張ってなー、リーズ!」
「軽い男がナンパでもしてきたら、ぶんなぐってやれ!」
「リーズ、これ、旅先で食べてね?」
 リーズの旅立ちを聞きつけた集落の住人たち、そしてナイトパーティの片づけを行っていたルカルカ・ルーや神和綺人、閃崎静麻たちは、彼女を見送りに来ていた。
「もしかしたら、どこかでまた会うかもしれないわね〜」
「もしそうなったら、よろしくね」
 ルカは明るく予感を告げて、リーズと握手を交わした。もしまた会うときがあるとしたら、そのときはきっと、冒険の舞台かもしれない。
「そのときは、アップルパイをご馳走します」
「ほんと? ありがとう」
 綺人と一緒にいたクリス・ローゼンが、にこやかな笑顔を見せた。リーズはぜひご馳走になりたいものだと思ったが、クリスの背後にいるユーリが渋い顔をしているところを見るに、彼にとってはあまり歓迎したいことではなさそうだった。
「ま、どこかで会ったら、そのときは、また」
「ええ……コンテストのときは、ありがとう」
 握手を交わした静麻に、最後の言葉は囁くようにして伝えた。
 たくさんの人が、彼女を見送る。それを見ていると、自分がどれだけ集落の人に愛されているのか、どれだけ、仲間に支えられているのかがよく分かった。同時に、少しだけ切ない気持ちになる。今ごろ、あの黄金色の瞳をした獣人は、一人で歩き続けているのだろうか。
 そんな見送りの様子を遠くから見守っていたのは、レン・オズワルドとノア、そして紫月唯斗たちである。
 かつてもリーズに一緒に旅に出ることを提案した唯斗ではあるが、ガオルヴと彼女はある意味で似た者同士ということなのだろうか。彼女は一人で、勇敢なる背中を向けることにしたのだった。
「リーズさん……ガウルさんと会えるよね?」
「そうだな。そのときは……俺たちも一緒に、な」
 クラウズの花言葉は「縁」――その縁が、自分たちとガオルヴと、そしてリーズと、たくさんの仲間たちを繋げてくれることを、今は切に願う。
「じゃあ、行ってきます」
 リーズは、皆に最後の言葉を告げて、集落から旅立った。

担当マスターより

▼担当マスター

夜光ヤナギ

▼マスターコメント

シナリオにご参加くださった皆さま、お疲れ様でした。夜光ヤナギです。
まずはリアクション公開が遅れてしまったことにお詫び申し上げます。
申し訳ありませんでした。

それぞれの恋愛事情や、恋への考え方が垣間見える今作、いかがだったでしょうか?
一人参加だった方も、カップル参加だった方も、そしてスタッフだった方も、それぞれがパーティを楽しんでいただけたなら、それに勝る喜びはありません。

ついにリーズは集落を出て旅立ってしまいました。
目的はとある獣人に会うことですが、その間にもきっと紆余曲折あるのでしょう。
そこでもまた、多くの絆や人の思いに触れていくのだろうと……。

それでは、またお会いできるときを楽しみにしております。
ご参加ありがとうございました。

※11月9日 一部修正を加え、リアクションを再提出しました。