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第6章 その嘘の意味するものは


 フェルナン・シャントルイユ(ふぇるなん・しゃんとるいゆ)は今日も、都合のいい使いっ走りだった。
 姉クロエは、面倒事があるとよく彼に頼みたがる。こたつとみかんが欲しいから日本に行って来いだの、飼い猫がいなくなったからヴァイシャリー中を探せだの。
 頼まれることも応じることも、既にいつものことになってしまっていて、それは密かな不満の種だった。
「ですが、今回の事件はヴァイシャリー全体に影響のあることなのです。というのは、バルトリ家はヴァイシャリー家側の貴族ですから」
「ヴァイシャリー家側……?」
 問い返したのは、オルレアーヌ・ジゼル・オンズロー(おるれあーぬじぜる・おんずろー)。百合園女学院非常勤教師、担当科目はフランス語。高いヒールを履いているため、フェルナンとそう身長が変わらない。
「旧家ということもあり、バルトリ家はヴァイシャリー家と古くからの親交がある貴族です。バルトリ卿も夫人も、その方針に従っていますし、おそらく本心でしょう」
「ヴァイシャリーの貴族は、最も力のあるヴァイシャリー家に従っていても、腹のうちがどうであるかは、定かではないということですね」
「そうです。自分の家や血筋の影響力を伸ばしたい、と思うのは当然ですが、そこに叛意や、たとえば他国と通じているようなことがあれば、看過しておけませんからね」
「分かりました。その点を注意して、お話を伺ってきます。……ええ、気にしないで。百合園にもラズィーヤ様ににもお世話になっていますから」
 オルレアーヌが貴族達の間に入っていく。
 彼女の背を見送って、では、私たちも行きましょう、とフェルナンは葛葉 翔(くずのは・しょう)に声をかけた。
「“怪物”は、必ずしも想像通りの姿かたちをしているとは限りません」
 そうですね、とフェルナンに続きながら翔は頷く。彼は普段の制服を脱ぎ捨て、執事服を着ていた。
「俺にできるのは真実かどうか確かめることだけですが、役に立てれば」
 西シャンバラのロイヤルガードなのだから、本来フェルナンの方がその役目に相応しいかもしれないが、ここは東。そして貴族たちの場だった。それに彼には、フェルナンの、いつも浮かべている微笑がどこか余裕がないようにも見えていた。パートナーが失踪したからだろうか。
 少しでも早く解決するといいな……と、翔は、会話を交わす貴族に注意を払っていた。
 が。
 しばしののち。
「っは〜……」
 壁際のソファに腰かけた翔は、疲れたように、そして困ったように、額に手をやった。
「嘘が……いや、どれが本当なのやら分からないですね。かと思えば、いかにも嘘くさい話を本当に信じてるみたいだったり……」
「貴族の会話には嘘が多いものです」
 フェルナンは苦笑して、グラスの水を翔に手渡した。
 貴族同士の意味のあるような、ないような会話。遠回しな冗談に、皮肉めいた冗句。それらはまだ真っ直ぐな少年をうんざりさせるには十分だった。
「少し休みますか?」
「気になったんですが」
 水で口を湿らせながら、翔は指先で一人の男を密かに指差した。紳士たちと葉巻をくわえて歓談している中年の男だった。
「さっき話した、あの背が高くて、白髪に禿げ上がった頭の……あの人はどんな人物なんですか? 会話の中ほどで、違和感があったんですが」
「ああ、あの方はドナート卿です。バルトリ家には及びませんが、ヴァイシャリーではそれなりに地位にある貴族ですよ。……彼が嘘を?」
 会話の内容をフェルナンはなぞる。
「思い当りそうなものは……確かこんな内容でしたね。
 『うむ、素晴らしい屋敷に調度品ですな。これだけのものを揃えるのは、一朝一夕では無理でしょう。歴史の重みというやつですな』
 『あちらの絵画をご覧になりましたか? 古王国時代の美術品であれほど保存状態の良いものはなかなかありませんね。
  ことに夫人は芸術の信奉者でいらっしゃいますから、なおのこと大切にされているのでしょう』
 『そうですかな。最近はそちらの芸術よりも、若い男を鑑賞することの方がお好きなようですよ』」
 フェルナンは再び、水を飲み終えた翔を促した。
「──行きましょうか」
 フェルナンと翔は、ドナート卿の元へと人波をくぐって近づいていった。
「申し訳ありません、ドナート卿。実はお話ししたいことが……」
 上手く話しの輪から彼を引き離すと、フェルナンはカマをかけた。
「お聞きになりましたか、ドナート卿。実はご内密にいただきたい話なのですが──今さっき聞いたのですが──夫人に殺害予告状が届いたそうです」
「それは何と……! わしは初めて聞いたぞ。まさか、アレッシア夫人に恨みを持つ者が……?」
 翔は違和感を、今度ははっきりと感じ取った。驚くドナート卿の演技は作り物めいて見える。
「高貴なご身分の卿にも、厄介ごとがふりかからないとも限りません。お気をつけください」
「うむ、そうだな。ご忠告感謝する。途中で帰るのは失礼になるかと思ったが、今夜はもう帰宅するとしよう」
 ドナート卿は何度も──これは幸いとばかり──頷くと、暇を告げる為アレッシアの方に挨拶に行った。
 翔は言い切る。「嘘ですね」
「ありがとうございます。彼が予告状を送ったとは思えませんが、きっとこれは重大な手掛かりになるはずです。では、今度こそ休みましょうか。あちらで食事でもご一緒しましょう」
 翔はドナートの言葉を反芻した。
 あれは、前から予告状のことを知っていたという反応に間違いない。が、彼はどこでどうやってそれを知ったのだろう……?