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はじめてのひと

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●潰れちまってもしょうがねぇ、てめぇで選んだ道だ / アイスちゃんのこと……

 トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は、きっかり一年後の自分にタイムカプセルメールを送る。
 設定時期は少しだけ悩んだ。
(「昔っから俺は、その日暮らしの根無し草……十年後なんて未来すぎる、五年後なんて想像もできない」)
 だから結論はすぐに出た。
 一年後の今日、と入力してメッセージを記す。それくらいがちょうどいい。
 将来の自分に求めるもの、それまでに達成しておきたいこと、それにいくばくかの不安……書くのは少し照れくさかったが、どうせ読むのは自分だ、と良い意味で開き直った。

「よぅ、俺。元気してるかい?

 相変わらず東に西に、北へ南へと厄介事を見つけては首突っ込んでんだろうな。
 とりあえず、五体満足で生きてりゃ御の字さ。後の諸々の事情は、一年後の俺に全部丸投げだ。
 あんたの前には誰か居る? あんたの横には誰が居る? あんたの背中に誰がいる?
 重いモンを背負いすぎて、潰れてないかい?

 OKOK、潰れちまってもしょうがねぇ、てめぇで選んだ道だ。生きて歩いて戦えるんなら、とにかく前に進んでみなよ。少なくとも、今の俺はそうしてるんだ、一年後の自分が出来ないわけねぇだろ。
 平和だったらご苦労さん、退屈な人生を送ってますね。なんてな。

 不幸せでも幸せでも、やるべきことはあるだろ?
 ま、頑張ってくれや」



 *******************

「おかえり……?」
 戸口で鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)を迎えたアイス・ドロップ(あいす・どろっぷ)であるが、
「姉様! 姉様!」
 はしゃいで走り寄ってきた彼女に目を白黒させている。
「あのね、姉様の携帯の調子悪いって言ってたからボク新しいの買ってきたよ! もちろん電話番号とメールアドレスは引継ぎだよー」
 と言って氷雨は、携帯電話メーカー名の書かれた袋から、二台の『cinema』を取り出したのだ。
「……ひーちゃん、コレ……私に……? ……ありがとう……」
「コレでレイス君からのメールに返信できるね!」
 と、さりげなくレイス・アズライト(れいす・あずらいと)について切り出す。(実はこれが本題なのであるが)
 ところがアイスはここで顔を曇らせた。
「……あ……最近……レイス様から……メールは……来てないの……。……多分お忙しいんだよ……」
「……ふーん、そうなんだ……」
 平静を保ちながらも本当は、心中穏やかではない氷雨である。手を洗ってくるね、と言いながら洗面台に向かい、
「レイス君ってば何やってるの? ただでさえヘタレで姉様と会うとテンパってまともなこと言ってないなんだからメールして好感度あげなきゃダメじゃん。もしかして最近姉様が落ち込んでたのって……」
 小声で不満を漏らしていた。

 一方その頃、噂のレイスはといえば、
「え? リース、いいのかい? これ最新型の『cinema』じゃないか。最近、自分の携帯が調子悪かったから嬉しいよ〜」
 笑顔で携帯電話を受け取っている。贈り主はリース・アルフィン(りーす・あるふぃん)である。
「うん、使って使って。今日街に出たら売り出されてたんでつい勢いで買っちゃったけど、前の携帯のメモリーとか移すのとかめんどくいなぁ……と思ってたんだ」
 というのは真っ赤な嘘、そもそもレイスに渡すつもりで、リースはこれを購入したのである。
(「……実は兄さんの携帯の調子が悪いのって、私が掃除してるときに間違ってバケツの中に落としちゃったからなんだよね……知らないみたいだから……せめてもの罪滅ぼしってことで」)
 罪滅ぼしどころか、レイスが以前から使っていた携帯に倍するほどの高機能機種なのだ。兄思いの妹ではないか。
 レイスは手慣れた様子で、旧機をネット接続して携帯移行手続きをしている。ほどなくしてセッティングが完了した。
「よし、まずは高性能フォト機能で、リースの立体写真を撮影してあげよう」
「おっと、それより先に、電話かメールを使ってみようよ。それあってこその携帯電話じゃない?」
 兄さんの始めてのメールの相手は誰なのかしら……と考えてみたリースであるが、すぐに思い至る。
(「まぁ……兄さんなら真っ先にアイスさんに報告しそうだけどねー」)
 その通り。やはり彼が選んだ相手は『アイス・ドロップ』であった。
「携帯が調子悪くなって最近連絡してなかったからなぁ……」
 というレイスはいささか申し訳なさそうな表情をしていた。
「えーと」

「レイスです。携帯を変えました。これからもよろしくお願いします。」

 と、ここまで打って小首をかしげる。
「どうしたの?」
「……いや、次に書くべき事が思いつかなくて」
「せっかくの『はじめて』メールなんだから、普段アイスさんに対して思っていることでも書いたら?」
「普段思っていること……か」
 ややたじろいだように、レイスは手を止めた。アイスに対して思っている気持ちはたったひとつだ。
 なにごまかしてんだか、とリースは思わずにはいられない。
(「……あれでアイスさんのこと好きだってことばれてないと思ってるなら、兄さん、よほどアホね。どこからどう見てもバレバレじゃないの」)
 まあそれが彼らしいとも言える。
 そこでリースは、
「夕食の準備するねー」
 と言って台所に立ち、背を向けることにする。丼を作れば『デローン丼』になってしまうリースにとっては微妙な言い訳かもしれないが悟らず、これ幸いとレイスはメールを再開したのである。
(「んー……メールだし、駄目もとで告白してみようかな……もしびっくりされたら冗談だって言えばごまかせそうだし……」)
 意を決し、書き始めた。

「あと、実は前から……」

(「あ、何かメール打ってる。すっごい真剣な表情で……! これはもしかして……メールだから恥ずかしくないと思って告白デモするのかしら!」)
 さっとリースは振り返っていた。わくわく全開で見守る!
 レイスのメールは続く。

「アイスちゃんのこと……」

 しかし、上手く行っているにもかかわらず天の邪鬼、トントン拍子で兄が告白しつつあるこの状況がちょっと悔しくなってきたリースは、思わず飛びついてしまったのである。
「兄さ〜ん、その携帯の画面ってどんな感じなの〜?」
 しかも画面を覗きこむ!
「わわっ!」
 焦ったレイスは送信アイコンに触れてしまった。
「ダメだよリース。まだメールの途中だ……って送っちゃった……
 画面は一転、書きかけの告白メールは、電子の世界を流れていった。

 直後、アイスの携帯電話が着信音を立てた。
「……あ……」
 アイスの頬が弛むのがわかった。送信者の名前が表示されている。
 音を聞きつけて氷雨も飛んできた。
「あ、噂をすればメールだね! レイス君から?」
 姉様ってば嬉しそうー、自分のことのように幸せな気持ちで、アイスと共に画面を眺める。
 ところが、届いたのが上掲の中途半端メールだったわけだ。
「……もしかして……私……レイス様に嫌われてる……?」
 アイスの顔がみるみる曇っていった。
「って、姉様、大丈夫だって! 絶対に嫌われてないから!」
「……でも……実は前から……私の事って……きっと迷惑に思われてたんじゃ……」
「これからもよろしく、って書いてある時点で迷惑じゃないって! ほら、とりあえず返信しよう。せっかくの『はじめて』なんだから!」
「……そうかな……? ……うん……お返事しないと……失礼だよね……」
 肩を落としてメールを打ちはじめるアイスを眺めながら、氷雨は苛立たしく思う。
(「レイス君のバカ。アレ、途中じゃん! 姉様は恋愛ごとには物凄くネガティブなんだから、悪い方に勘違いしちゃったよ……。どうして姉様とレイス君は両思いなのに上手くいかないんだろう……」
 アイスの返信は、以下のものとなる。

「……メールありがとう……ございました……。
 ……こちらこそ……よろしくお願いします……。
 ……その……ご迷惑だったら……言ってくださいね……。
 ……また……メールさせていただきます……」


 送信し終えて、
「……嫌われてるのかな……それは……悲しいな……」
 と、またうなだれるアイスを見て、やっぱりボクとリースちゃんで二人をくっつける為に頑張るしかないね! と決意する氷雨であった。