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リアクション
●クランジΥ(ユプシロン)
コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)は悩んだ末に提案したのだが、夫のルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)は、そんな彼女の心情をとうに理解している。
「この電話からの『はじめて』のメール、あのひとに送りたいんです……」
「そうするのではないかと思っていた。そして我も……同じ事を考えている」
コトノハはルオシンに微笑みかける。ルオシンはその手を握り、キスをした。
握り合った二人の手はコトノハのお腹の上にそっと乗せられた。
このところ夫婦には、不思議な力が働いている。結ばれたとき以上に、互いの心がよくわかるようになったのだ。それは、コトノハに新しい命が宿ったことと関係があるのかもしれない。
コトノハのいう『あのひと』とは、クランジΥ(ユプシロン)のことである。
ユプシロンは現在教導団の監視下にあるものの、修理中ということもあって比較的自由な状況にあるという。独房には電話と、専用回線も許されているらしい。
そのアドレスは、教導団のつてを頼って入手した。あとはメールを書くだけである。
「ユプシロン、いえ、今はユマという名前ですね。
夏祭りであなたに出会えたのも何かの縁、
あの後、あなたを見失い、そして『緑の心臓』付近にいるという噂を聞いて、
私は居てもたってもいられなくなかった。
本当は会いに行きたかったのに『ハート・オブ・グリーン』の募集に落選して行けなかったの……
無事に保護されたと聞いた時はとても嬉しかった。
でも、このまま教導団にいたら、鏖殺寺院にいた時と同じく武器として使われてしまう。
だから、私はあなたと契約したい。
契約してあなたを普通の女の子として解放したいの。
機晶姫も恋をして子を成せると聞きます。
これって私達と同じ『人』ってことですよね?
あなたは武器なんかじゃない。
――コトノハ・リナファ」
つづいてルオシンもメールを入力する。
夏祭りでユプシロンがコトノハを突き飛ばしたのは、コトノハを戦闘から遠ざけようとしたからだと彼は理解していた。それはユプシロンが、字義通りの『兵器』ではない証左ではないだろうか。
「五千年前、我は殲滅塔を破壊しようとした為、危険な存在として封印された。
花音を含め、周囲は剣の花嫁をただの『武器(消耗品)』としてしか見ていなかった。
でも、コトノハは我を『人』として見てくれた。
ユマ・ユウヅキ……おまえも『武器』ではなく『人』にならないか?」
本当の気持ちを伝えるには、メールだけでは足りないだろう。
近いうちに一度、教導団に面会許可を求めたいと二人は考えている。
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長年使ってきた携帯電話の末期の言葉は、ぷしゅっ、という味気ないものだった。
この妙な音とともに画面が暗転して沈黙、それっきりになってしまったのである。
「諸行無常、せっかくだから今度は、一番新しい機種を買ってみましょうか」
と、琳 鳳明(りん・ほうめい)は奮発して『cinema』を購入した。そこまではいい。
ところが問題は、鳳明自身が機械に弱く、また、現在たまたま、機械類に詳しい彼女のパートナーは出払っているということだった。そこで現在、機械に強いとは言いがたい藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)と一緒に、鳳明は『cinema』を操作しようとしているところなのだ。
「……そこ押してみよう」
「え? これ?」
「……ん、違う。そっち」
「たしかにこれっぽいかな……? あれ、別の画面になったよ」
「……間違えた」
というように精神感応で応援してくれる天樹のおかげもあってか、ついに電話が……かけられるようになった! なお、天樹の精神感応は鳳明にしか届かないので、二人の『会話』は他の人からすれば鳳明の独り言のように見えてしまうが、いまは二人きりなので問題はない。
「さあ、はじめての電話……誰にかけよう?」
「……気がかりな人にかけてみたら?」
「気がかりな人……?」
無意識のうちに鳳明はコールアイコンをクリックしていた。
呼び出し音を立てている相手の名を見て、自身、多少困惑を抱かないでもない。
相手の名は、クランジΥ。
その姉妹であるΦと、鳳明は夏祭りでひとときを共にしたことがある。忘れ得ぬ記憶だ。浴衣姿で綿飴を手に、おずおずと微笑みを浮かべたいた彼女が、殺人兵器だったなんて今でも信じられない。
しかしΦ……ファイスは、死んだ。
その姉妹たるユプシロンは、ファイスが死んだ『ハート・オブ・グリーン』事件で、教導団に拘束されたと聞いている。人づてにその電話番号を受け取ってはいたものの、かけることなど思いもつかなかった。
(「けれどそのユプシロンさんに、私は今、電話している……」)
一瞬の邂逅はあったとはいえ、鳳明はユプシロンとはほとんど面識はない。
(「二人は何を想って戦ったんだろう?
ファイスさんは何を残して去って行ったんだろう?
……ユプシロンさんは何を胸にあそこから戻ったんだろう?」)
鳳明の胸にはたくさんの疑問符があった。それを解きたくて、コールしたのかもしれない。なぜなら鳳明にとって、Φの事件の決着はまだ付いていないのだ。
「……その回線、諜報部の監視下にあると思うよ」
天樹がさりげなく知らせてくれる。鳳明は軽く頷いた。
電話が、繋がった。
「……はい」
聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「……あ、ぇ、う。あ、あの初めまして……かな? ユプシロンさん、だよね?」
「そうです。あなたは?」
「教導団の琳鳳明って言うんだ…………えっと、一応夏祭りの時以来、なのかな?」
「記憶装置にあなたの声と姿は残っています。お久しぶりです」
機械的なユプシロンの口調に、鳳明は否応なく緊張してしまう。
「体の調子は……どうかな?」
「修理中です。稼働している部分に限れば、良好です」
「ご飯、ちゃんと食べてる?」
「いただいています」
「みんな親切にしてくれてる?」
「独房暮らしとはいえ、日中は校内もある程度歩かせてもらっています。もちろん、監視付きですが」
「そっか……良かった、のかな?」
「かと思います」
冷徹な響きすらある彼女の受け答えに、鳳明は何となく気まずいものを感じてしまう。
思わぬ助け船を出してくれたのは、かたわらの天樹だった。
「……彼女も、緊張しているんだよ」
「……?」
「……鳳明が心を開かなきゃ、ユプシロンだって気楽には話せない」
クランジΦをファイスとして人間扱いしていた自分が、クランジΥに対してはつい、腫れ物に触るような対応をしている――鳳明は悟り、つとめて明るい口調で問うた。
「ユプシロンさん、教導団に来てからお友達はできた?」
「いいえ。面会も、まだ許されていません」
「だったら私と、友達になろうよ」
「え……?」
「……今度、会ってお話できるかな? 面会許可が下りてからでいいけど」
「…………はい」
電話の向こうでユプシロンが、態度を軟化させるのがわかった。いつのまにか鳳明には笑顔が生まれている。ユプシロンもきっと、そうに違いない。
鳳明を眺めながら天樹は思う。
(「……鳳明は、……Φとかって機晶姫を助けに行けなかったのを後悔……してるんだろうね。
……今電話をかけてるのは……その代償行為? ……φが死んだのは鳳明のせいでも何でも無いのにね。
……そうやって……関わった人の命の為に自分を責めて……その人を想っては泣いて…………。
……お人好しすぎるんだよ、鳳明は」)
しかし、そんな鳳明だからこそ、自分は彼女の傍にいることを選んだのだ。それも理解している天樹である。
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ジークフリート・ベルンハルト(じーくふりーと・べるんはると)は、自身のしたためた一文を読み直している。
「恐らく、このメールも検閲されるだろう……」
したがって迂闊なことを書けば、ユプシロンの立場が悪くなるに違いない。
(「ファイの件も情報漏洩になりかねんし、触れない方が良いだろうな」)
大胆な性格にもかかわらず、細かな気遣いもできる魔王、それがジークフリート・ベルンハルトである。
念入りにチェックした上で、入手済みのメールアドレスを記した。
「ユプシロンへ
教導団での生活はどうであろうか?
この先どうなるか不安になったとしても、決して早まってはいかん。
また、自由な身になったからといって、一人で寺院へ戻り自分を破壊しようとしたことの復讐を果たそうと考えたりはしないことだ。
もし困ったことがあった時は、素直に誰かに頼るがよい……どんな過去を背負っていたとしても、それでもなお、お前を信じて助けようとしてくれる者がいるだろう。
俺もその一人と想ってもらって間違いない。
まだ伝えたいことはあるのだが、あまり長くなっても迷惑かもしれんし、この辺にしておこう。
いつの日か、健勝な姿のお前と再開出来る日を信じている。
お前の唇を奪った悪い男より」
最後にさらりと粋な一言を添えるあたりが、やはりクールなジークフリートなのである。
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