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【金の怒り、銀の祈り】決意。

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【金の怒り、銀の祈り】決意。

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*研究室*






 エヴァルト・マルトリッツたちが進む道には、魔獣よりもトラップのほうが多かった。先行する合身戦車 ローランダーが何度も落とし穴に落ちては、自力で脱出するという行為を繰り返していた。

「さすが車輪があると便利だよね」

 にっこりとそう笑いかけるロートラウト・エッカートに対して、虚しさを感じずにはいられない合身戦車 ローランダーだった。
 そんな中、林田 樹は黙ったままのジーナ・フロイラインを気にかけて、可能な限りはなしかけていた。

 緒方 章はため息をついてその様子を眺めていた。

「まったく、カラクリ娘はどうしたって言うんだ?」
「じにゃ、どーしたおー?」

 可愛らしく小首をかしげた林田 コタローの頭を、ロザリンド・セリナがなでた。

「大丈夫ですよ。すぐに元気になります」
「……すまない、なんか」
「いいえ。今回のことは、ルーノさんだけに限りません。機晶姫の皆さんも、思うところがあって当たり前です。私自身も……」

 ロザリンド・セリナは青い髪を耳にかけながら、ため息を漏らした。

「あんなひどい映像を見せられて、誰も助けてくれない、深い闇のうちにいたら……私は、きっと負けてしまうと思います」
「ロザリンドちゃん」
「でも、ジーナさんはそれがダイレクトに頭の中に入ってきても、それが間違っているといえた女性です。その強さがあれば、きっと大丈夫ですよ」

 眩しそうにジーナ・フロイラインのほうを見つめた。だが、いまその眩しさには陰りがあるようにも見えた。緒方 章はなにかがプチ、と切れてしまったようでドスドスと音を立ててジーナ・フロイラインの前に立った。

「おいカラクリ娘! お前、そんなんで樹ちゃんを護れるのか!?」
「……なんですか?」
「や、あの……とにかくだ! 愛の深さなら負けないからな! そんな風に落ち込んでいる間にも、樹ちゃんとの愛の逃避行は始まって」
「アキラ、敵が来た」

 冷静につっこみ(?)を入れた林田 樹の言葉に従って、一行は武器を構えた。その視線の先には、魔獣たちがこちらの様子を伺っているようだった。

「ジーナ、下がっていろ」
「私がお守りしますねぇ〜」

 メイベル・ポーターがそばに立ってジーナ・フロイラインは完全に戦力外扱いをされた。
 それを跳ね除けるほどの意欲が、いまはわいてこなかった。

 武器を構え、立ち向かっていく仲間の姿を見て、ジーナ・フロイラインは考えていた。

(彼女は、オーディオ様は一体、何を忘れて欲しくないのでしょうか)
(ワタシは……自分のことを知らなかったことが恐ろしくて、樹様と契約した……兵器として扱われる日々、そしていまは友として、仲間として扱われる日々)
(どうして、ワタシはいま身体を動かすことが出来ないのでしょう)

「ジーナ!!」

 林田 樹の声が聞こえて、ようやく我を取り戻した。メイベル・ポーターを集中して狙っているのか、顔をあげたら四方から魔獣たちが飛びかかろうとしていた。
 だがそれも、すぐにセシリア・ライトの鈍器で血の海に沈められ、フィリッパ・アヴェーヌの能力で動きを止めた魔獣たちがステラ・クリフトンが武器を叩きつける。
 その蓮劇が決まることには、魔獣たちはいなくなったようだった。

「ま、これくらい大したことじゃないよ」
「ジーナ様、お怪我はありませんか?」
「悩みがあるなら、いまのうちに悩むといい」

 思い思いの言葉をかけて、ふと、ジーナ・フロイラインは林田 樹のそばに駆け寄った。だが言葉を紡ごうとして、口をつぐんでしまった。
 その様子を見て、林田 樹も昔のことを思い出していた。

 暗い場所で見つけた、記憶のない機晶姫。泣きじゃくりながら、「ワタシは何者なんですか?」と問いかけてくる彼女に、林田 樹は答えられなかった。
 そのことを思い起こして、林田 樹は金のツインテールに手を伸ばした。

「ジーナ」
「樹、様?」
「ジーナは、ジーナだ。出逢った時から、ずっと。これからも……過去にすがりつくあの機晶姫に、思い知らせてやろう。金の機晶姫とともに、未来を見据える私達には敵わないという事を」

 にっこりと笑った林田 樹に、ジーナ・フロイラインも明るい表情に戻った。

「はい。ありがとうございます。樹様」
「やっとカラクリ娘の復活か」
「あんころ餅に樹様を渡すわけには行きませんからね」

 軽口がちゃんと帰ってきたのを確かめて、緒方 章は眩しそうに目を細めた。

「丁度よいタイミングのようだな。魔獣が止まったようだぞ」

 悠久ノ カナタが、石化した魔獣を見つけてきてそう呟いた。そして、その石化してしまった魔獣がいる部屋に、奇妙な装置が並んでいるのを見つけた。






 


 茅野瀬 衿栖がようやくその装置にたどり着いたとき、また魔獣たちに囲まれてしまった。詠唱の準備を始めた緋桜 ケイはため息混じりに吐き捨てた。

「まぁ、邪魔されたくはないよな……猛炎の嵐よ、焼き尽くせ!」

 狼に酷似した魔獣たちが集まってきたところに炎の嵐が舞い踊る。銃を構え、魔獣の脳天を的確に打ち貫いていくアイビス・エメラルドの背後を、榊 朝斗が軽い身のこなしで斬りつけた。

「……朝斗、私のことよりも目の前の敵の排除を」
「そうしてるよ」

 小さく笑うと、榊 朝斗はまたもやアイビス・エメラルドの背後を取ろうとする魔獣を重点的に切りつけた。それが気に入らないのか、両手で銃を構えると、くるくると華麗なダンスのように回りながら魔獣の脳天を撃ち抜いて行った。
 辺りがようやく静かになると、レオン・カシミールが機械の様子を見始めた。

「朝斗、私は兵器です。護るべき対象を間違えないようお願いします」
「アイビスは大事なパートナーだ。守るのは当たり前だろう?」
「それは私の役目です」
「ちょ、ちょっとあなたたち、喧嘩しないで」

 茅野瀬 衿栖が仲裁に入るが、アイビス・エメラルドの翠玉の眼差しはまっすぐに榊 朝斗に向いていた。

「私はあくまでも兵器。それを忘れないで下さい」
「まてよ」

 それを止めたのは、緋桜 ケイだった。彼の表情は、いつになく冷たくそのの機晶姫を貫いていた。

「俺は、兵器であることを強要されて、女らしさを喪いかけてた女性を知ってる。そして、いまこれは彼女のための戦いだ。それを、そんな風に平然ということはゆるさねぇ」
「たとえ誰に言われようと、私は私です。人ではありません。心を持たないモノにそんなものを求めないで下さい」

 きっぱりと言い放つアイビス・エメラルドに、緋桜 ケイは殴りかかりそうな勢いで飛び出そうとした。それを、茅野瀬 衿栖はぎゅ、と抱きとめた。茅野瀬 衿栖はとても柔らかく微笑んだ。

「な、なにしやが!」
「彼女の信念を、あなたが押し付けちゃダメよ」
「……信念?」

 その言葉の真意を問いたいと想って口を開いたのは、榊 朝斗だった。アイビス・エメラルドは首をかしげていた。落ち着いたらしい緋桜 ケイから身体を離すと、自分の鞄から二体の人形……リーズとブリストルを出して、お辞儀をさせた。

「私が作る人形達は、話はしないけれど、心がある。大切にしてくれる人のことを大好きになるし、そうじゃないと悲しんでしまうわ……話して欲しいけれど、どんな気持ちでいるのか教えて欲しいけれど、語らない。それはきっと彼らの信念なの。私は、いつか彼らが話してくれるのを待ってる」

 アイビス・エメラルドは理解できないと言いたげに、冷ややかな視線を送る。だが榊 朝斗は少し理解できたのか顔を明るくする。

「いつか、その信念が別のものに変わるといいのだけれど」
「まぁ、そう信じろと押し付けられているなら話は別だがな」

 レオン・カシミールが手を上品なハンカチでぬぐいながら輪に加わった。成功の是非を聞くまでもなく、辺り一体に機晶エネルギーが満ちていくのがわかる。

「これで、また魔獣たちともお別れだな」
「その手合いの話は、また専門家を交えて話すといいだろう。間もなく、その機会も与えられるはずだ」

 榊 朝斗がいぶかしげに見つめると、茅野瀬 衿栖が手を叩いて微笑んだ。それには緋桜 ケイも気がついたようで、ああ、と頷いた。

「なんのことでしょうか?」
「これから助ける、『元兵器』の女性の誕生日会が、まだ途中なのよ」







 通信機の向こうから成功の知らせを聞いて、ルカルカ・ルーはほっと胸をなでおろした。そして、目の前に円陣が描かれた石の扉に手をかけた。
 ディオネア・マスキプラはその肩をかりて耳をぴょこぴょこ動かしていた。扉が開く気配がないと思ってから、ようやく思い出した。

「ええと、歌は……お願いできる?」
「うん☆ エレエレも歌おー」
「はい」

 短く言葉を返した後、目で合図をして歌を口ずさむ。といっても、エレアノールはハミングがメインなのでディオネア・マスキプラはそれにあわせて丁寧にハミングを歌っていた。
 石扉が、ごりごりと音を立てて動き始める。そのおくには、大きな杯が置かれていた。以前見たときのままなのを確認するべく、ディオネア・マスキプラはピクシコラ・ドロセラの頭に飛び乗り、杯の中に放り込んでもらった。

 中はやはり何もなく、つるんとした銀製の杯だった。そういえば、と上を見上げた。四角く小さな空気口だった。

「ねぇ、春美……ここにはめればいいんじゃないかなぁ?」
「ピクシー!」

 返事を返すよりもすぐさま杯に飛び乗ると、そこに石版をはめ込む。ぴったりだった。だが、どこもうんともすんとも言わない。エース・ラグランツが、エレアノールに手を差し伸べた。

「……もう一度、スイッチを入れてもらう必要があるんじゃないかな」
「はい。少し力を貸してください」

 にっこりと笑ったエース・ラグランツは肩を貸してエレアノールを杯に飛び乗らせた。そのあとの足を支えようと思って振り向いたが、彼女がスカートであることを思い出し、あわてて視線をはずした。仕方なく、ルカルカ・ルーが足を支える役目を代わる。
 無事に上りきったエレアノールが石版に振れ手も何もおこらなかった。だが、エレアノールは手を伸ばしたまま歌を口ずさんだ。すると、部屋ごとそのまま下降をはじめているようだった。

「へぇ、エレベーターになってたのね」
「用心しろ。この先がアジトになっている可能性もある」

 ダリル・ガイザックが武器を構えながら、石扉の前で待機した。そして、たどり着いたらしく石扉が重々しく開いていく。

 その先には、埃とカビの臭いが充満していた。
 少なくともここ数ヶ月はあけていないだろうことが伺える。

「ひどい臭いね……何かの薬品かしら?」
「多分、あれじゃない?」

 一ノ瀬 月実はレーションを咥えたまま指を刺した。
 その指の先には、大きな水槽に入れられた……真っ黒な塊があった。水槽の蓋は開いたままだったが、何かが湧き出しているのか、時折こぽこぽと音を立てていた。

「……そんな」
「どうしたの? エレアノールさん」
「あれは……ディフィアの守り神の機晶石です……」

 駆け寄って、水槽を哀しげになでる。はらはらと涙を流していると、リズリット・モルゲンシュタインがハンカチを差し出した。

「ありがとうございます……そう、よね……あの機晶石は人工物だった……」

 言い聞かせるような発言をしているエレアノールが落ち着くのを待って、部屋の捜索を開始した。部屋の中は研究日誌などが見つかる。
 開始する頃には、エレベーターが行き来して、緋桜 ケイたちと合流した。

「あの石版が、こんなところで役に立つなんてなぁ」

 簡単声を漏らしながら、書類をあさる仲間に加わる。書類にまぎれて、いくつかの手記が見つかった。イアラ・ファルズフは適当な場所に腰掛けてぱらぱらとめくっていく。

『機晶姫たちの前情報埋め込みが可能だということが発覚した。これによって、どのような成長過程を経ても我らの指示を忠実に遂行する兵士が出来る』

「だってさ」

 退屈しのぎのつもりだったのか、朗々と読み上げた内容に反応したのは、榊 朝斗だった。

「そ、それ……どういうことですか?」
「さぁ? なんか……生まれる前から生き方を制限できるって話だろ? ばっかばかしー。機晶姫ってそんなあほな生き物じゃないっての」

 悪魔は吐き捨てるように言うと、問いたそうな表情の榊 朝斗を見てにんまりとした表情で顔を接近させる。

「生き方を決めるのは自分だ。上の機晶姫保護団体だって、なんか勘違いをしている。機晶姫を保護だのなんだの……全くバカげてる。結局上から目線で扱いたいだけなんだよ」
「どういう、ことだよ?」
「兵器は兵器。ですが、兵器として生きるか、そうでないかも本人の意志ということです。それを強制するなんてまったく……品がない組織ですね。ここは」

 メシエ・ヒューヴェリアルはため息をつくと、エレアノールのところに一つのファイルを持っていった。無言で差し出してくるそれを、青い髪のヴァルキリーは受け取って開く。

「これ、は……!」
「金の機晶姫が狙われる理由が分かりましたよ。どうしても、銀の輝きではいけなかった理由が」

 その言葉を聞いて、ルカルカ・ルーがエレアノールの脇からファイルを覗き込む。エレアノールは崩れるように座り込んでしまい、キリエ・クリスタリアが心配してその身体を支えて、草を差し出す。その草を取り上げたリズリット・モルゲンシュタインは、代わりに水筒のお茶を差し出した。

「あ、ありがとうございます……」
「これ、『金の機晶石の実験は成功。このエネルギー反応なら、パラミタを破壊するのは簡単だろう』で、ここ……皆ここ読んで!!」

 ルカルカ・ルーが声を荒げる。
 言われて集まったメンバーが覗き込んだ先には、『エネルギー暴走の際に、相殺能力を持った銀の機晶石を完成させた。これがあれば、エレアノールもおとなしく製作を開始するだろう』

「ニーフェは、ルーノの力を相殺できるのよね!?」
「……ああ、そうだった。思い出しました! 博士達は、ルーノへの対応と、ニーフェへの対応が違いました。理由はおぼろげに分かっていましたが……目に見えて、利用価値があるものとないものとの対応があまりに違いました。いまのですっかり思い出せました」

 にこやかに微笑むエレアノールに、一ノ瀬 月実はレーションを差し出す。

「疲れた頭には、カ●●ー○○トよ」
「ありがとうございます、月実さん」
「チョコバーもどうぞ」

 にっこりとわらったルカルカ・ルーからチョコバーを受け取ろうと手を伸ばすと、エレアノールはそのまま倒れてしまった。クッション代わりになったディオネア・マスキプラを下敷きに、意識を手放してしまったようだった。

「エレ!?
「……大丈夫よ。きっと疲れてたのね」

 霧島 春美が様子を見ると、一同はほっと胸をなでおろす。
 ひとまず霧雨 透乃が背負うことになり、緋柱 陽子が時折流れる汗を拭うかかりになった。

「魔獣が出ないんじゃ、私たちの出番もないしね」
「とはいえ、油断は禁物。直接的な護衛はおまかせください

 赤い瞳が細められると、エース・ラグランツは力強く頷いた。すると、研究室の奥から硝子を砕くような音が聞こえてきた。

「なんだ?」
「ふぅ、やはりつながっておったか」

 赤い着物に、流れるような銀髪。悠久ノ カナタがそこに立っていた。その場にいたメンツは驚きの表情を隠せないでいた。

「さぁ、こちらにも道が出来た。そこから帰るよりは早いはず」

 手招きをした着物の魔女が、そばの機械にスイッチを入れると足元の円陣が光り始めて陽炎のように姿を消してしまった。

「……まぁ、目的のものは見つかったし、行きましょうか?」

 その言葉に一同が頷くとワープ装置を使ってボタルガ方面へと飛んでいった。









 ワープした先は、広々とした研究施設……厳密に言うと、製造用の場所に思えた。辺りは石化した魔獣たちが大量に転がっていた。何とかそれらを蹴り壊しながら、調査を開始した。
 笑顔で迎えてくれたのは、ロザリンド・セリナだった。

「皆さん! カナタさん、ありがとうございます」
「つながっていたのが確認できれば何よりだ」

 にこっりと笑った悠久ノ カナタは嬉しそうにもう一度ワープ装置を調べに戻っていった。
 再会を喜び合っているのもつかの間、部屋の更に奥には、見覚えのある円陣が描かれていた。

「これ……向こうのと一緒かな?」
「まって春美。これ、多分そのままあけられるわ」

 ピクシコラ・ドロセラが気がついて石扉を押し開くと、その中はまるで牢屋のような廊下が続いていた。片方には鉄格子がはめられた独房が並んでおり、そしてその更におくには鉄扉にのぞき穴があるだけの部屋もあった。

「なに、これ……」
「金の機晶姫が捉えられているのは、ここかもしれないな」

 林田 樹の言葉に、一同は深く頷いた。途中で休憩室らしきものを見つけたが、そこは誰も使用していない様子だった。

「とりあえず、エレアノールさんを休ませよう」
「ええ。私たちも少し休憩しましょう」
「そういうわけには、いかない」

 小さく呟いたのはバロウズ・セインゲールマンだった。その後ろには、辿楼院 刹那、東園寺 雄軒とバルト・ロドリクスが立っていた。

「え、何でですか」

 辿楼院 刹那の顔に見覚えがあったロザリンド・セリナは目を丸くした。

「保護団体に興味はない。じゃが依頼があれば、例え誰であろうと保護する。それがわらわじゃ」

 言い終わるよりも早く、袖の中から暗器を飛ばしてきた。それをロザリンド・セリナは盾で受け止めると、アイビス・エメラルドが飛び出した。それを追うように、ジーナ・フロイラインも飛び出していくと、呪文の詠唱を開始した。

「前に出る必要なかっただろ!?」
「いいんですよ」

 自慢げに笑ったジーナ・フロイラインに負けまいと、緒方 章も飛び出し、バルト・ロドリクスに飛び掛った。

「数はこちらのほうが上よ!?」

 ルカルカ・ルーがそう声を上げるが、そういった直後足元からスライムが沸いて出てきた。

「足止めさえ出来ればいい。そういわれているのですよ」

 東園寺 雄軒の言葉に、歯軋りをしながらも足元のスライムに標的を変えた。だが、いままでのスライムよりも強度が上がっていた。なかなか外れないスライムを相手にしていると、一人、二人と刺客の人数が減っていった。

「く、待ちなさい!」

 そんな叫びも虚しく、スライムが全て消える頃にはどこかの石扉が閉じる音が響いていた。
 手分けをして、すぐに上へと出る道を探し始めた。この建物の中にいることは、先ほどの奇襲で確信を得ることができた。









 施設内を変装して探索していたニーフェ・アレエは、メモリープロジェクターに反応を感じた。そのことをすぐに回りに告げて、適当な部屋に入ると、すぐさま壁に投影を開始する。
 それは、撮影を開始する前の有栖川 美幸との対話のところだった。姉の迷いが伺えて、ニーフェ・アレエは睫を伏せた。

「姉さん……」
「ニーフェ……なぜ、哀しいのですか?」

 傍らで慰めるアイリス・零式がその肩をなでた。表情は、ぽかんとしたように問いかけていた。赤嶺 霜月がそんなアイリス・零式の頭をなでた。メイ・アドネラはそんな様子のアイリス・零式を睨んでいた。

「わからないのがおかしいだろ!?」
「メイさん、落ち着いてください……あの、赤嶺さん」

 ニーフェ・アレエは少し赤くなった目をこすりながら、口を開いた。

「こんなことを言うと、おかしいと思われるかも知れなくて、黙っていたことがあるんです」
「なぁに?」

 傍らにいたノーン・クリスタリアの問いかけに、少し哀しそうな顔で口を開いた。

「私、あの映像を見ても……姉さんの文字のことしか頭にありませんでした。あの映像がひどいかどうかの判断は、皆さんから教わりました」
「……どういうこと?」
「善悪の違いというものが、インプットされていません。多分……そういう風に作られたからだとお見ます」
「それじゃ、アイリスも今はわからないだけということ?」
「だと思います。今、姉さんが何で悩んでいるのかも、私はわかりません。だって、姉さんがいないと皆さんが悲しむから、私がさびしいから、探しにきたといっても過言じゃありません」

 少し哀しげに笑ったニーフェ・アレエに、ラズン・カプリッチオがにいっと口の端を持ち上げて笑った。

「兵器でいるのが怖いの?」
「……わからないんです。考えないでいられたらそのほうが楽なのかもって、そう思うこともあります」
「それじゃ満足できないから、ここにいるんでしょ? ラズンとおんなじ、マゾになりたいんだね〜」

 なにか悦に入ったラズン・カプリッチオの言葉に、ニーフェ・アレエは小さく頷いた。

「そうかもしれません。私も、私は機晶姫だから、ってどこかで想っていましたが……ここに来て、考えが変わりました。私は『人間』でいいんだって」
「そうですわ〜、ニーフェ様〜」

 朝野 未那がそういってにこやかに微笑みかける。小麦色の手をとって、おまじないをかけるように両手で包み込んだ。

「ニーフェ様が〜、またルーノ様と〜いろんな楽しいことが出来ますように〜」
「がんばるの!」

 朝野 未羅も元気よくその手を握りしめて、三人は笑いあった。そんな和やかな空気を、不穏な気配が支配し始めた。それにいち早く気がついたのは、鬼崎 朔だった。

「それよりも、まずいみたいだな」

 鬼崎 朔が、呟くと、スカハサ・オイフェウスも武器を構えた。秋月 葵や七瀬 歩も習って武器を手に取る。

「……なんだ? 嫌な殺気に囲まれてやがるぜ」
「きゃはは! 気持ちのいい気配だよぉ……」
「アル、ニーフェを護るんだぞ?」
「はいはーい♪」

 シーマ・スプレイグの言葉に、牛皮消 アルコリアはむぎゅーっとニーフェ・アレエにしがみついた。次の瞬間、開け放たれた扉の向こうから飛び込んできたのは目がうつろな保護団体の青年達だった。

「なにこれ!?」
「みんな、どうしちゃったの?」

 七瀬 歩の言葉にも全く反応がなく、うつろな顔つきのまま襲い掛かってくる。トライブ・ロックスターはすぐさま、適当な棒切れで腹に一撃を加える。

「躊躇するなっ! 死なせない程度にやるしかない」

 何人かが戸惑っていると、別の扉が開いた。そこにいたのは、メイド姿に身を包んだイレーヌ・クルセイドと、槍の先を潰した武器を持った、琳 鳳明だった。

「お待たせいたしました! 葵様!!」
「イレーヌ!」
「天樹、怪我はしてない?」 
「(大丈夫)」

 ホワイトボードを掲げている藤谷 天樹の無事と、ニーフェ・アレエの無事を確認すると、二人は盛大に大暴れをする。多少の怪我は許してね、という声が聞こえた。
 援軍がきたことによって、シーマ・スプレイグと鬼崎 朔もすばやく青年達の急所を狙った。銃器を取り出そうとしているスカハサ・オイフェウスを押さえるのも、もちろん忘れなかった。

「ひとまず、ここから移動しましょう」
「向こうに神楽坂さんたちがいるから、ゆっくり休めるしね」

 にっこりと笑った琳 鳳明の言葉に、一同はほっと胸をなでおろした。
 反応し始めたメモリープロジェクターの受信率が、上がっているような気がしたニーフェ・アレエは、胸の中で姉の名前を呼んでいた。その肩を叩くものがいた。

「俺は、別のほうにいく」
「トライブさん?」
「ルーノの救出は任せた」

 そういうなり、トライブ・ロックスターは違う方向へと駆けていった。




 扉のない建物に、何人かネズミが入り込んだという情報をつかみ、ロイ・グラードはその殲滅に借り出された。だが、何故かいまは囲まれていた。自分の目的が知れたのかと想ったが、どうやら彼らの表情はとても正気ではなさそうだった。

「……なるほどな。異常なほどに組織に従順になった連中は、簡易的に洗脳されたということか」

 ロイ・グラードが状況を見てため息混じりに呟いた。アイアン さち子は気合を入れてリターニングダガーを放り投げる。常闇の 外套を纏ったロイ・グラードは身を任せて剣を振るう。かといって、死なせては面倒だと致命傷にならない程度を命じておいた。
 幾人か振り払ったところで、廊下の向こうから駆け込んでくる二つの影があった。

「ロイさん?」
「大変、手助けするよ!」

 ミルディア・ディスティンと小鳥遊 美羽がかけてくると、援護を買って出る。軽やかな動きで巨大な杭と、足技で蹴散らしていく。意識を取り戻したのか、まだ操られているのか、一人が倒れこんだ状態でうめいた。

「き、貴様ら……我らの理想を……」
「機晶姫と人間が平等な世界、確かにそれっていいけどね」

 小鳥遊 美羽が小さく呟いた。長い緑のツインテールが揺れて、振り向きざまににっこりと笑った。

「でもそれは、みんなで仲良くやるだけで大丈夫なはずだよ」
「かたなし、それ以上先に進むなら……斬る」

 聞き覚えのある声に振り向くと、そこには冷ややかな表情の辿楼院 刹那が立っていた。袖の中から、暗器がのぞいていた。

「せっちゃん!?」
「……いまの依頼主が、この先にいる」

 それだけ告げると、辿楼院 刹那は強く蹴り飛び込んでくる。それを小鳥遊 美羽が受け止めると、ミルディア・ディスティンが電話をかける。

「ビンゴだよ!」
「なら、先に行かせてもらう」
「気をつけろよ!」

 樹月 刀真と、七尾 蒼也が脇から飛び出して辿楼院 刹那が塞いでいた道の奥へと進んだ。漆髪 月夜とペルディータ・マイナは通りがかりに洗脳された青年達の重症なものたちだけ、手当てしてから互いのパートナーの後を追った。

「囮役を買って出たのか……かたなし」
「違うよ、せっちゃんがどうしてここにいるのか聞きたかっただけなんだ。お仕事なら、仕方ないよね」

 一歩も引かずに小鳥遊 美羽は笑いかけた。