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ぶーとれぐ 愚者の花嫁

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ぶーとれぐ 愚者の花嫁
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第二章 マジェスティックの青髭と呼ばれる男

あたいが欲しているのは、未だ知らないことで、すでに知っていたことじゃない。ありがとな。 伊吹藤乃(いぶき・ふじの)(本体ただいま貸し出し中)

愛というもの、それ自体を見た人間は、有史以来一人もいないと聞いています。愛とは目には見えないものなのでしょう。
しかし、愛の障害になるものは目に見えるものが多い気がします。
貧乏。偏見。傲慢。惰性。
破壊神ジャガンナート様を崇拝する洗礼名セシリアこと私、伊吹藤乃。
マジェスティックの青髭として知られているアンベール男爵が、真の愛を手に入れるための妨げになるものを破壊させていただきます。
もし、この救済の過程でよしんば男爵が命を落としたとしても、破壊は救い、死こそ生という名の苦痛から解放される術なのです。
私は一片の後悔もしませんし、男爵もそれはそれで幸福でしょう。

私と私のパートナーの三人、屍食教 典儀(ししょくきょう・てんぎ)雷獣 鵺(らいじゅう・ぬえ)オルガナート・グリューエント(おるがなーと・ぐりゅーえんと)は、深夜、男爵の屋敷に侵入しました。
屋敷の警護は思いのほか杜撰で、「隠れ身」と「ピッキング」を使い、数人のガードマンの目をごまかすだけで、男爵の寝室へやすやすと入り込めたのです。
私たちが音もなく部屋に入ると、広い部屋内に一人、ガウン姿の男爵は椅子に座り、あかりもつけぬまま、闇を見つめていました。

「こんな時間に来客があるとは、私の雇っている警備の者たちは、いよいよやる気を失ったらしい。
私の身を本気で心配してくれている者など、ここにはいないのだろうな」

軽口をききながら、彼は私たちの方をむき、頬をゆるめました。
心と同じく目も闇になれているのでしょう。
彼の強く、そして冷たい光を放つ瞳は、まっすぐ私を見ています。

「なにがおかしいのですか? あなたはいまから私たちに説教されるのですよ。
あなたの態度によっては、説教だけではすまないかもしれません。
私は拷問も得意としております。
連れのものの中には、死体を集めているものもおりますから、あなたがどうなろうとこちらの手はずは整っています」

「ははは。
ああ、笑ってすまない。
説教と拷問をしにきたシスター。
この暗闇の中でも目隠しをし、日傘をさして、口元に笑みを浮かべているドレスの少女。
血のにおいのする白衣の女。
楽しそうににやけている小さな女の子は、人の姿をしているが人ではないようだね。妖魔、化け物の類か。
きみら四人も私と同じく、その身に昏い血が流れているらしい。
好きにしてくれたまえ。
私は自分のしてきたことの結果がいつ目の前に示されても、後悔しない覚悟で生きているつもりだ」

「さて、その覚悟、試させていただきます」


まずは、建築作業用の超強力粘着テープを二重三重に巻きつけ、彼の体を足首から肩まで椅子に固定しました。この状態でへたに体を動かすと脱臼、骨折のおそれがあります。
おしゃべり好きそうな彼に余計な口をきかせないため、顔には有刺鉄線で編んだフェイスマスクをかぶせました。
顔の筋肉を動かすと鋭く研がれた刃が容赦なく皮膚を切り裂くので、まばたき一つも慎重にしなければなりません。
前口上をきくとそれなりに腹が据わっている御仁らしいので、説教前ですが、拷問の先行サービスとして、両足の小指の爪と皮膚の間に、針を一本ずつ差し込ませていただきました。
が、せっかくここまでお膳立てしたのに、彼は悲鳴をあげません。

「ふうーん。顔色一つ変えずに耐えていらっしゃる。
フェイスマスクを血で汚してもかまいませんから、叫んでもよろしいんですよ」

男爵は穏やかな目をして、声もあげず、なんの抗議もしません。
無痛症か、痛覚の域値を鈍くする薬でも飲んでいるのか。
もし、頭がおかしいのであれば、困りますね。
説教の意味がわからないではありませんか。

「藤乃様。
この動物、おもしろいわ。私、よだれがでそうよ」
 
ゴスロリドレスの少女の姿をした魔鎧オルガナート・グリューエントは目が不自由なのですが、その種の趣味の熟練者ゆえに、気配だけで男爵の優秀さを感じとったようです。
彼女は私に身をよせ、おねだりするように体をくねらせました。

「ペットのしつけは飼い主のつとめ。
あなたにかまってあげたいところですが、今夜の目的は、彼への説教です。
話を聞く姿勢もできたようですし、はじめましょう。
あなたも、彼に言いたいことがあると言っていたではないですか」

「そうね。
こいつの女たらしぶりを言葉で責めて、なぶって、泣くまで遊んでやるつもりだったけど。
なんでかしらね、もっと、他の遊びをしたくなってきちゃった」

「あなたも彼の横で同じ格好をして、私の話を聞きたいのでしょう。
わかっていますよ。
でも、いまは、お預けです」

「お預け」

「そうです。
飼い主が、犬に「待て」と言っているのです」

「ありがとうございます御主人様。
もっと、もっと、いけない子の私を焦らしてください」

熱を帯びた彼女の体を片手でむげに押しのけると、彼女は、やはり、うれしそうに悲鳴をあげ、床に倒れました。

「貴様ら、いつまでも遊んでないで、さっさとはじめろ。
殺した後、バラして持ち帰るのは我の仕事なのだ。明るくなる前にことをすませたい」

どす黒く変色した血の染みがいくつもついた白衣の女、魔道書、屍食教典儀は、口ではそう言いながらも目が笑っています。
唯我独尊。
常に自分以外のすべてものを見下している彼女としては、目の前で他人の愚かさを示されると、生来の優越感がくすぐられて愉しいのでしょう。

「説教と拷問は予定にありますが、彼を殺す気はありません。
積極的には」

「藤乃。
オルガ。
貴様らが好き放題いじれば、結果としてこいつは死ぬだろ。
それを見越した上での発言だ」

「死体を片付ける時間がないんなら、ワタシが頭から丸かじりで食べちゃうから、問題ないよ」

ここで口を挟んできたのが、雷獣鵺です。
幼女の姿をした彼女は、気まぐれで嘘つきで、かって日本の武将源頼政に討伐された妖怪鵺が英霊化した存在。
妖怪鵺は、頭は猿か猫、胴は狸か鶏、虎の手足を持ち、尾は蛇や狐の姿をしているそうなのですが、ウチの子がそんなおぞましい姿になったことはなく、どうやら彼女は鵺は鵺でも「鵺の声で鳴く得たいの知れないもの」と呼ばれた妖魔のようです。
性格は、一見、陽気にみえて凶悪冷徹残忍、しかし、死体を食らうというのは、呼吸するように嘘をつく彼女のいつもの戯言でしょう。

「キヤハハハハ。
食べない。食べない。こんなの食べたら、ワタシ、内臓破裂しちゃうよね」

ほら。
自分でつっこんで笑ってます。

「みなさん。
では、説教をはじめましょう。
テーマは、愛する者を不幸にする女たらしの害悪についてです。
よろしいですね。
納得してもらえるまでとことん話し合いましょう。
話に集中してもらうために、私が使用するスキルは、シューティングスター☆彡かファイアストームです。
男爵、準備はいいですね」

こちらを見ている男爵の表情に、怯えも反省もうかがえなかったので、私は、さっそく、彼を椅子ごと燃え上がらせました。
焼かない焼かない、あぶるだけです。
殺しはしませんよ。
一応。



追われていたあなたを放ってはおけなくて……確かにそれも契約をした理由の1つですが、本当は……あなたを手放したくなくなったという理由の方が大きかったんです。
ご家族があなたを想うように、ずっと見守り続けていこうとしていたのですが……もう……あなたの親代わりとして接することに限界が出てきたようです。ミレイユ……それでもあなたは、私と居続けることができますか……?

お願い……。
家族として……親代わりとして見てくれなくてもいいから、これからも一緒にいさせて。
どんな理由があったとしても、シェイドがワタシを大切にしてくれたことに変わりはないから…… シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)(地球に帰らせていただきますっ!)


ミレイユとシェイド兄ちゃんがマジェスティックに行くというので、最近、恋仲になったらしい二人の邪魔をするのもどうかと思ったけれど、ロレッタは真都里がなんとなく気になるし、二人についてきたんだぞ。
いや別に、心配なんかしてないぞっ。
もなかが送ってくれた写メで、上半身裸で街を徘徊しているのは見たから、元気らしいのは知ってるぞ。
しかーし、真都里のやつ、あんな姿でなにをしているんだ。
警察に捕まるのは当然だ。
でも、その後、マジェで消息不明になって、連絡がつかないのは、やりすぎだぞ。
ロレッタは、ロレッタ・グラフトン(ろれった・ぐらふとん)
身長は一メートルちょっと、体重は二十キロに少し足らない小さな女の子だけど、ほんとは絵本『ふかふかの旅』の魔導書だぞ。
クレヨンのお絵かきがお気に入りなんだぞ。
頼りないけどいい奴ミレイユ・グリシャムのパートナーだ。
ロレッタやミレイユの面倒は、同じパートナーでミレイユの恋人のシェイド・クレイン、シェイド兄ちゃんがみてくれているぞ。
さっき言ってた真都里というのは、春夏秋冬真都里(ひととせ・まつり)と言って、あー、あー、あいつの話はどうでもいいか。
ま、そういうことだぞ。

「シェイドがマジェを気にし続けてるのは、やっぱり、この間の事件にノーマン・ゲインがからんでいたからなのかな」

「彼の話はやめておきましょう。
いま、イーストエンドは、やはりアンベール男爵とテレーズ嬢の婚約の話で持ちきりのようです。
ですが、私の知る限りでは、この話は非常に危険な要素をはらんでいると思うのです。
男爵がその可能性をわかっているのか、気になりますね」

「危険な要素ってなに。
ワタシは好き同士で結婚しようとしているのを親族や周囲の人が邪魔しちゃ、めっだと思うんだよね」
 
ミレイユもシェイド兄ちゃんもせっかくマジェにきたのに、会話も雰囲気も全然、デートっぽくなくてロレッタはちょこっと残念なんだぞ。
二人はマジェでいま話題の事件に興味があって、ミレイユは、なぜか評判の悪い男爵を応援してるんだぞ。
そうして男爵の屋敷へ行ったら、簡単に中へ通されたので、ロレッタはびっくりしたんだぞ。

「ようこそ。はじめましてだね。
きみらは、私にどんな用があるのかな」

ベットに横たわって、上体だけを起こした男爵は、顔も体も包帯まみれで、痛々しい姿をしていた。
ロレッタは、シェイド兄ちゃんが言ってた危険なことが、もう現実に起きたのかと思ったんだぞ。

「うわあ。アンベール男爵さん。寝てていいよ。
ワタシはあなたの応援にきたんだよ」
 
ミレイユが男爵に駆けよったんだぞ。

「新しい血のにおいがしますね。
昨日、いやひよっとしたら今日、かなりの量の血がここで流されたようです、」

実は吸血鬼のシェイド兄ちゃんは眉をひそめ、つぶやいた。
ロレッタは、部屋を見回して、天井がススで汚れ、絨毯が焼け焦げているところがあるのを見つけたんだぞ。
強盗がきて男爵を襲って、放火までした。
そういう状況なんだぞ。

「どうしたの? 
結婚に反対する人に襲われたの? 
こんなひどいことをする人たちは、ワタシが許さないんだよ。
なにかして欲しいことがあれば、なんでも言ってくれていいんだよ」

「お嬢さん。
私は、きみの名前も聞いていないのだが、きみの好意だけはありがたく受け取っておくよ」

「ごめんなさい。
ワタシはミレイユ・グリシャムです。
男爵さんとテレーズさんのお話を聞いて、男爵さんの力になりたいと思ってここへきました」

ミレイユが礼儀正しくお辞儀をした。
シェイド兄ちゃんもミレイユの横に行って自己紹介して頭を下げたので、ロレッタも同じようにしたんだぞ。

「私は来る者は何者も拒みはしません。
また去る者も追いません。
このケガは、昨夜の客人たちが私の気持ちをためすためにつけたくれたものです。
私は彼女らをうらんでいませんし、むしろ、彼女らがあきれて帰るまでなに一つ言葉をかけられなかったのを悔いている。
この顔がもっと切り裂かれても、自分の思いを語るべきだった反省しています」

「そうですか。
大変だったようですね。
ところで男爵。私の話を聞いていただけますか」

「どうぞ」
 
男爵の了解を得てシェイド兄ちゃんは、語りはじめたんだぞ。

「そうは見えないかもしれませんが、私は、こう見えて、永劫にも等しい長い時を生きてきた者です。
このマジェスティックについても、それなり知識は持っているつもりです。
テレーズさんの親族の方があなたたちの結婚に反対しているのは、一族の定めに従い、テレーズさんをさるお方の生贄にしなければならないからだと思います。
マジェスティック、つまりはこのシャンバラの地下に蠢く魑魅魍魎、この地に住む古くからの名家のほとんどは、それらのものと永遠に続く血の盟約を結び、その恩恵として繁栄を得てきたと聞いています。
テレーズさんは、一族からさる方への捧げもの、花嫁、生け贄として、ずっと育てられてき方。
その捧げものに手を出して…果たして、あなたは無事でいられるのでしょうか?
このようなお話、あなたが知らないのも無理はありません。
私がこれを知っているのは、偶然にも私もまたそうした忌まわしいしきたりをいくつも持つ家の出だからです。
その家に生まれついてしまった以上、このしがらみから逃れるのは、非常に困難です。
おわかりになられますか?
本来、あなたのようなご自分の愛を貫き通す心をお持ちの方には縁遠い話でしょうが、今回の婚礼は、よほど覚悟を決めなければ、あなたも、そしてテレーズさんも不幸になる結果になるかと思います。
さしでがましい口をきいて失礼しました。
話を聞いていただいて感謝いたします」
 
シェイド兄ちゃんは話し終えると、男爵へのお土産として用意してきた、シェイド兄ちゃん手作りのお菓子の入ったバスケットをサイドテーブルに置いたんだぞ。
旬の野菜、さつまいもを使ったパイは、ロレッタもお家で味見したけど、上品で、甘くて、とってもおいしいんだぞ。

「お心遣い感謝する。
私はその話の真偽は問わない。
ただ、どのような障害があろうと私はテレーズと一緒になるつもりだ。
きっと、あれも、そのつもりだろう。
にしても、私はこれまでも何度となく、婚約、結婚をしてきたが今回ほど、いろいろな客が訪れる結婚ははじめてだよ。
どうやら、誰かが、私の婚礼を大々的に宣伝してくれているらしいな。
なんのためかは、わからぬでもないが」

かすれた声で、でも、冷静に男爵は話した。
ミレイユには内緒だけれど、シェイド兄ちゃんがいま話した話は、全部、嘘っこ。
ミレイユがどうしても男爵の味方をしたいというから、シェイド兄ちゃんが男爵の心をためす作り話をしたんだぞ。
ロレッタは、事前にシェイド兄ちゃんからそれを聞いていたけど、シェイド兄ちゃんのさっきの演技は真に迫っていたぞ。
となると、揺らぎのない男爵の気持ちは本物なのかもしれないんだぞ。

「だからさ、そのさるお方を退治すれば、結婚に反対する人もいなくなって、男爵さんもテレーズさんも幸せになれるんじゃないのかな。
ワタシがそいつの正体を突きとめてあげようか」
 
張り切るミレイユに、シェイド兄ちゃんの話が嘘だって気づいているらしい男爵が苦笑いをしていたら、ドアが開いて危なそうな客が入ってきたんだぞ。



そして危機があるのなら、それは全て切り抜けるべきものだ。 四条輪廻(しじょう・りんね)(イルミンスールの大冒険〜ニーズヘッグ襲撃〜 第1回)

俺としたことが、捕まってしまったのだよ。
俺、イルミンスールの四条輪廻は、ここ数日間、マジェに滞在して噂のアンベール男爵の身辺調査をしていたのだ。
動機? 
古くからのシャンバラ人の集落がテーマパーク化したマジェスティックには、以前から興味があったのだが、どうにも行く機会がなくてな。
そうしたら、ついこの間の所属不明イコンによる大爆撃事件&地底湖の遺跡浮上のための沈没騒ぎじゃないか。
そろそろ行っておかないと、そのうちにマジェが消滅する気がして、きてみたわけだが。
来園してみてマジェの住人たちに聞き込みしたところ、いま現在、ここで最も人々の興味を集めている人物は、マジェの青髭ことアンベール男爵らしい。
下世話な興味本位で彼について調べてみると、それなりに、というかかなり興味深い人物なのがわかった。
そこで俺は、四六時中、彼に張りついて、彼にまつわる数々の噂の真相を知ろうとしたわけだ。
あげく、彼の屋敷に忍び込んで、部屋のベランダに隠れ、中の様子をうかがっていたところ、現場を押さえられてしまった。

「そこでなにをしていた」

質問に素直に答えてやる義理も感じないので、黙ることにしたのだよ。

「手にしている、それはなんだ」

見ればわかるだろう。
塩オニギリと牛乳のパックだ。
張り込み中でも腹が減るのは当然だろう。
白米と牛乳が意外に合わんのは、迂闊だったな。

「質問ばかりされるのも、アレなので俺も聞こうか。
俺の身柄を確保したおまえたちは誰だ。
ここでなにをしている」

「俺はシャンバラ教導団の三船敬一(みふね・けいいち)だ。
アンベール男爵にまつわる噂の真相について調べている」

「私は三船さんのパートナーの白河淋(しらかわ・りん)
あなたも学生っぽいし、私たちと同じような目的でここにいたようですね」

いかにも軍人らしい厳つい顔、体、声の男の方は、どう見ても俺とは違うタイプの人間だ。
理知的でそれなりに落ち着いた雰囲気の女の方が、まだ話が通じそうなので、女に話しかけてみる。
女と話すのは照れてしまって苦手なのだがな。
相手を女と意識すると顔が熱くなるのだ。

「お、お、俺は、四条輪廻。
おまえたちと同じで男爵を調べている。
た、ただ、それだけだ」

「三船さん。
四条さんと協力してはどうですか」

白河の提案に三船は、頷いた。

「なあ、四条。
情報交換をしないか。
俺たちが調べた結果、どうやら男爵はシロの線がでてきた。
おまえの方は、どうなんだ」

別に話してやるのは、かまわんのだが。

「俺は情報を得たいだけで、事件に直接的にからみたいわけではない。
俺から得た情報をもとに、おまえらがどう動こうと俺を事件に巻きこんだりしてしないでもらおう。
いいな、俺は、情報の蓄積、分析に興味があるのだよ」
 
二人が了解したので、俺は数日間の調査で得た情報を話してやる。

「いま話したこの数日間に男爵が会った人間の中では、特に、今朝というか昨夜、忍び込んできた連中が、本当に危険なやつらだったな。
女四人だったが、男爵は拷問され、殺されかけた」

「それでもおまえは、彼を助けに行かなかったのか」

「ああ。
例え飛び込んでも、俺一人でどうにかできる状況ではなかったのだ。
しかし、ある程度ことが進んだ時点で、物音を立てて、屋敷にいる護衛たちをこの部屋に呼びはした。
あのままでは、男爵は危うく死ぬところだったのでな」

「アンベール男爵は、来客を拒まないんですね」

「うむ。
どんな相手とでも相手が望めば、都合の許す限り会うようだ。
いまも、ほら、あれを見ろ」

壁に身を寄せ、中から見つからないように気をつけながら、俺たちは室内に視線をむけた。
ベットにいる男爵は三人の、見るからに怪しげなやつらに囲まれているのだよ。



世界平和? 人類みな兄弟? 寝言はやめてくれ。誰も彼もが幸せな世界なんて、過去も未来もどこにもないんだぜ。 世界の幸福の絶対量は決まってるんだよ。俺様はそれを独り占めしたい。
なにか、問題でも?
いらないなら、おまえの分もよこせ。
だぁ〜ひゃっはっは!! 俺様以外、みんな不幸になぁ〜れ!! ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)

王家秘伝の超奥義! 周囲に漂う王者の臭気(スメル)っ。病院直行華麗臭気弾!! リンダ・ウッズ(りんだ・うっず)(ミッドナイトシャンバラ2)

いろいろ面倒なんだけれど、ようするに私は、男爵と寝たいだけなのよね。
あっははは。
あーら、あいさつが遅れてごめんなさあい。
お色気担当の雷霆リナリエッタ(らいてい・りなりえった)でえーす。
財力があって、スキャンダラスで、そのうえでワルでイケメンの男爵様なんて、私のために存在してるようなもんでしょ。
会いにいってあげないと、それこそ犯罪だと思ったわけ。
テレーズ? 
誰それ。
私、知らないわ。
私ったらお嬢様育ちでガツガツしてないでしょう。
だから、今回もついつい出遅れてしまって、私が男爵様のお屋敷に着いた時には、すでに金と犯罪のにおいにたかる人たちが彼のベットの周りににまとわりついていたの。

「ぶっちゃけ、俺様はアンベールちゃんを信頼、尊敬している。
あんたとテレーズちゃんの結婚を邪魔するようなやつは、許せないね。
あんたのために手を貸すよ。
俺様は、ゲドー・ジャドウ。
信念のためになら我が身を捨てられる男だよ」
 
緑の髪、紫のマントの彼は、大げさな身振り手振りをまじえて、一生懸命、男爵に自分を売り込んでるわ。
ちゃんづけとか、ずっと浮かべてる作り笑いとか、怪しいことこの上ないわね。
このお兄さんには、まずここで腹を切って死んで、身をもって信念を示してもらった方がいいかも。
ハハ。

「ちょっと兄さん。どいてつかあさい。
ボクはこの屋敷のメイドじゃけん。
男爵様のお世話ばさしてもらわんといかんけんのう」

なに、このメガネっ子メイド。
箒でゲドちゃんを追い払ったわ。
強い女って素敵ねぇ。
おや、私にもなにか言いたそうね。

「姉さんも御用がないのなら、お引取りしてくれんかいのう。
ウチの親父は、ケガしちょってあんまり具合がよくないけん。
安静にしてやりたいんじゃがのう。
ボクは、リンダ・ウッズ。
この家のメイド頭じゃ。
ボクの顔に免じて帰ってつかあさい」

この部屋には、私とこのメイド、ゲドちゃん、それにどっかでみたおぼえのある、かわいいカップルと幼女がいる。
お目当ての男爵様は、ベットに横たわってまぶたを閉じているわ。
さっきのゲドちゃんの話も聞いていたんだか、いないんだか。
メイドの言葉はどうでもいいとして、ともかく、彼を起こさないといけないわね。
私はベットに腰かけて、片手を彼の首にまわすと、顔をよせ、唇を近づけたの。

「なにをしつかのるんじゃ、このアマあ」

メイドが箒を振りかぶった。

「きやああああ」

私は絹を裂くような甲高い悲鳴をあげて、彼の体によりかかったの。
真新しい包帯が巻かれている胸に顔をうずめてしまう。
高そうなコロンのにおい。
やっぱり、男はこうでないとね。
貧乏くさいのはイヤよ。
彼はまぶたを開け、クールな視線を私にむけた。

「どうしました。
ん。
あなたは、どなたです。
私は、ゲドーくんの話をきいているうちについ、うとうととしてしまったらしい。
失礼した」

「いいえ。
私こそ申しわけありませんわ。
私は、雷霆リナリエッタです。
画家をしています。
美術評論家として名高いアンベール男爵様にぜひ一度、私の描いた絵をみていただきたくって、わがままとは思いましたが、こうしてお訪ねした次第です。
男爵様、どうか一目、私の絵をごらんになってくださいませ。
そして、もしよろしければ、私の芸術活動にご援助を」

「つまり、私にあなたのパトロンになれ、と」

「はい」

これはいけるわ。
直感したの。
私と男爵は見つめあった。

「この尻軽。
ウチの親父の人の好さにつけこんで、とんでもねえアマじゃのう。
親父、こいつはいま、ボクが追いだしますけん。
休んでてくれんさい」

メイドが箒を振り回すの。
女の嫉妬ね。きゃー。こわーい。

「リンダ。
いいんだ。
私は彼女の後ろ盾になろう」

うふふふ。
速断即決ね。
できる男はこうでないといけないわ。

「それからゲドーくん。
きみの話はようするに私の元で働きたい、という意味だろう。
わかった。
きみには、私の仕事を手伝ってもらう。
それから、ミレイユさん、シェイドくん、ロレッタさん、きみらも私のところで働いてくれるのかな」

並んでソファーに腰かけ、お行儀よく私たちのやりとりを眺めていたお嬢ちゃんたちは、かわいらしく首を横に振ったわ。

「わははははは。アンベール男爵ちゃん。
俺様は、人の二倍三倍働く男だ。
大いに期待してくれてかまわないぞ」

「親父。
こいつにゃ、口のききかたから仕込みますけん。
いまはかんべんしてやってつかあさい」

ゲドちゃんとメイドは気が合いそうね。
じゃあ、他のみなさんにご退場願って、私はさっそく男爵をいただこうかしらねえ。

「すまないが、リンダでもゲドーくんでも誰でもいい。
さっきからベランダでこちらを覗き見ている人たちがいるようだ。
彼か、彼女かはわからないが、その人たちをこちらへお連れしてくれるかい」

男爵は口ではそう言いながらも、ゲドちゃんやメイドを信頼していないらしくて、サイドテーブルの呼び鈴を鳴らしたわ。
すると、すぐにいかにもな黒服たちが部屋に入ってきたの。
さすが用心深いわね。ほれぼれしちゃうわ。



それなら、俺が罠作りの時間を稼ぐ。
俺がボス猪を足止めしてくるから、お前達は罠作りに専念してくれ。
まぁ、死ぬ気はサラサラないから安心しろ。無理しない程度にやってくる。 三船敬一(黒毛猪の極上カレー)


教導団の三船敬一だ。
アンベール男爵とは直接話をしたいと思っていたので、ガードマンたちにかこまれても、別に俺と白河はあわてはしなかった。
四条はイヤそうな顔をしていたがな。
そして、彼の寝室で男爵と対面した俺は、非礼を詫びて、簡単に自己紹介をすませた後、話を切りだした。

「切り裂き魔事件がとりあえずの決着をみてからも、俺はこの街の動向が気になっていたんです。
終わっていないというか、あの時、ここにきた俺たち捜査メンバーがなにかを目覚めさせてしまったような感覚がありまして。
別に、確証はないんですが。
とにかく、そういうわけで、俺はいま、マジェスティックを賑わせているアンベール男爵とテレーズ嬢に注目し、独自に調査させていただきました。
特に男爵の不幸について」

「私の、不幸とは?」

俺たちのこれまでの調査結果を裏づけるかのごとく、実際のアンベール男爵は、柔らかな物腰の紳士だった。
ケガで心身が弱っているからかもしれないけどな。

「男爵もご自身にまつわる数々の風評は、聞き及んでおられるかと思います。
マジェスティックの青髭」

遠まわしは俺の流儀ではない。
男爵が世間でそう呼ばれているのは、事実だ。
実体はどうあれ。

「私としては、好きに呼んでくださってけっこうだ。
商売上、差しさわりがないといえば嘘になるが、かといって止められるものでもありませんしね」

「失礼しました。
俺は、事実を語っているだけで」

「気にせず、やりよいように話を進めてください。
三船くん。
実直でよいではないですか」
 
なんというか俺個人としても、男爵は話の通じそうなタイプの年長者だと思う。

「俺の結論から言わせていただきます。
アンベール男爵は、青髭男爵ではない、と思います」

「私と三船さんは、男爵と過去に結婚、婚約した後、不幸にも亡くなられた女性たちを重点的に調べたのですが、男爵は彼女たちの死によって、保険金や財産の相続といった形で利益を得たことは一度もありません。
それに、マジェスティックのスコットランドヤードや地球の警察も捜査に動いていますが、女性たちの死の影には、男爵とは関係ない、なにものかの姿が見え隠れしているようです」

「男爵。
あなたは、すでに何度もヤードや警察にきかれているはずです。
あなたの花嫁たちを葬った連中に、心当たりはないのですか?
事故にみせかけたその手口は巧妙極まりなく、捜査は難航しています。
だから、世間の批判は、姿なき殺人者ではなく、あなたに集まる。そして、あなたはそれを否定しない」

「私は、自分が殺したようなものだと思っています。
私が彼女たちの人生にあらわれなければ」

「その言葉が誤解を招くのです。
俺は、あなたの花嫁たちを殺害した犯人を捕まえたい。
あなたに御迷惑はおかけしません。
なにか手がかりはないのですか」
 
俺は伝えたいことをすべて口にした。
男爵は、顔色を変えず、穏やかに俺を眺めている。
彼がなぜ、世間に青髭と思われ続けていて平気でいられるのか、俺にはわからない。俺は、これ以上、犠牲者がでるのは許せなかった。

「きみは、マジェスティックの、正義の味方、というわけですか。
三船くんの質問への正確な解答は用意できないが、私が教えられるのは、きみも調査の過程で気づいたと思うが、私は美術評論、美術商の仕事だけをしているわけではない。
私の影の部分の仕事は人のうらみも買うし、なにをするかわからない商売敵もずいぶんいる。
そんな連中の一つ一つがどう考え、動いているか、当然、私も把握しきれてはいない。
法を踏みにじるのに微塵のためらいもない連中だ。
きみが関わるのは、私は反対だ」

俺は、彼の話を信じることにした。
理由は、たぶん、彼を信じたかったからだろう。

「情報提供。ありがとうございます」

俺は、白河とすぐにダウンタウンに戻らなければならなくなった。