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第3章 少女の嘲り

「今度は・・・誰で遊ぼうかな」
 ハツネは刃をつぅっと指で撫でてニタニタと笑う。
「あいつらがいるっていうのはここか?」
 鉄筋作りの工場を見上げ、大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)は生徒たちが本当にここへ隠れているのか秦天君に聞く。
「そうさ♪あちきたちから逃げ切れるとでも思っているのかねぇ」
「へっ、あいつらが泣き喚く様を見るのも面白そうだな。おい、俺たちはこの雨に濡れても平気なんだよな?」
「柏天君に言ってあるから、あんたたちは普通に入って大丈夫さ」
「んじゃ入るか」
「先に行くけど後からちゃんと来なよ、柏天君」
「あぃあぃー♪」
 鍬次郎たちと共に工場へ入っていく秦天君にひらひらと片手を振る。

-AM1:30-

「皆さんどこに行ったんでしょう・・・。鎌鼬ちゃんもいなくなってしまっていますし」
 咲夜 由宇(さくや・ゆう)はマンションを出て、とぼとぼと探し歩く。
「あ、鎌鼬ちゃん!どこへ行くんですかーっ」
「工場のところへ行く秦天君たちを見たんだよぉ。ぼっくんも行かなきゃ!」
「待ってください、あぁっ」
「ありゃ、行っちゃったねぇ」
 のんびりとした口調で言い、アレン・フェリクス(あれん・ふぇりくす)は飛んでいく少女を見上げる。
「ん?何だろう、あの雨」
「え、どういうことですか!?」
 アレンが指差す方を見上げると、建物を囲むように雨がザァーッと降っている。
「―・・・ぁっ!」
 指先でちょんと触れてみると、焼けつくようにヒリヒリと痛む。
「うわー・・・。そのまま中に入ったらやばかったね」
「どうしたらいいんですぅ・・・これじゃ中に入れないですよーっ」
「誰かと思ったらイルミンの生徒じゃん?何で外にいるんだよ」
 フェンスに囲まれた工場の前にいる女がツカツカと由宇たちに近寄る。
「何でって・・・」
「せっかく術で閉じ込めたと思ったのにぃ」
 この女が工場内にいる者たちを逃がさないようにしているようだが、外にいる2人を見てムッとした顔をする。
「じゃあこの中に皆さんがいるんですか!?」
「おや、知らないのかぁ?まぁいいや、そこからじゃ簡単に中へ入れないからねぇ。ゆっくり外で見物して、絶望に落ちるといいじゃん♪」
 女はクスクスと笑い、ザァザァと降りしきる雨の中に入っていく。
「まいったなこりゃー。中にいるやつを逃がさないようにしているだけのことはあるね。無理やり通ったら重傷になっちゃうよ」
「これじゃあ中に入れないです・・・。鎌鼬ちゃんもまたどっかへ行ってしまいましたし」
「柏天君、もう行っちゃった?」
 妖怪の少女はふわふわと空を舞い、ずっとアヤカシの女がいなくなるのを待っていたようだ。
「鎌鼬ちゃん!よかった、1人で行ってしまったと思ったです」
「ぼっくんは風になって通ろうと思えば通れるけど、すごーく痛いんだよねぇ」
「どれくらい痛いんですか?」
「うーん、鉄の表面が溶けちゃう感じかな?ぼっくんの場合だとね」
「じゃあ私たちの場合は・・・」
「皮膚が溶けるだけじゃなくって、へたしたら骨まで溶けちゃうかも?たぶんだけどね」
「ほ、骨ですか!?」
 とんでもない何かのフラグに、由宇は恐ろしさのあまりぶるぶると身を震わせる。
「運がよければ生きているって感じかな。中にいる人たちを絶対に逃がさないようにしてあるわけだから。それを考えたらまず出入りは無理だよ」
「でも、柏天君だっけ?その女は入って行ったけど大丈夫だったよ」
 傷1つつかず工場の中に入っていったのにと、アレンが不思議そうに首を傾げる。
「術者とその仲間にはね。ぼっくんはもう敵だと思われてるから入れないんだよぉ」
「鎌鼬ちゃんは殺されるかもしれないのに、どうしてここに?」
「柏天君たちがやっていることを止めようと思ったけど、言って聞くような相手じゃないからぁ。せめて邪魔してちょっとでも時間が稼げればと思ってね」
「そういうことなら私たちも協力しますよ!―・・・中には入れないですけどね」
 酸性雨に阻まれて入れなんじゃ何も出来そうにないと、由宇はしゅーんとした顔をする。
「2人を封神しようとする人の邪魔はしたくないなぁ。何もわるーいことしなければいいよぉ。でも、そうじゃないなら悲しいことばっかり増えちゃう」
「野放しにして犠牲者を増やしたくないってことですか?」
「わるーいことするのは面白いこと♪だけど、皆がいっぱい泣いちゃうのはいけないことだよぉ。ギター弾きのお姉ちゃん、もし十天君や協力している人たちが近くに見えたら邪魔して欲しいの」
「魂を奪わせないためですぅ?」
「それもあるけど時間稼ぎしている人に協力出来ればなぁと思ってさぁ」
「なるほど、分かりました!(まさかとは思いますけど、何だか無茶しちゃいそうですね・・・私が傍にいなきゃいけないですっ)」
 命で償って死なないように、少女の傍へ寄り添う。



「いないわね・・・十天君のやつら。どこにいるのかしら」
 魔女の翌日の朝まで何とか時間稼をしようと、歌菜は1階をウロウロと歩き回る。
「1階のフロア以外、ほとんど何も見えないわね」
 地下へ進む螺旋階段を見つけ、睨むように見下ろす。
「あ、きゃあっ!」
 湿気に塗れた鉄骨の階段に、ズッと足を滑らせてしまう。
「うぅ、いたた。暗闇でも見える人っていいなぁ・・・」
「歌菜じゃないの、1人?」
 転ばないようにルーツの裾に掴まり、彼の後ろからアスカがひょこっと顔を覗かせる。
「えぇアスカさん。少しでも足止めを出来ればと思って、十天君を探しているんです」
「私たちは・・・ちょっと違うけど同じかしらねぇ」
「そうだ!マンションの1階で、その協力者にトラップを仕掛けられたんです。アスカさんも気をつけましょうねっ」
「工場でも仕掛けてくるかもってことね?分かったわ〜」
「後、問題はこの暗さですね。1階はともかく、他のフロアはほとんど見えないですよ」
「それならルーツに前を歩いてもらいましょ。いいわよねぇ?」
「まぁ、この状況では仕方ないだろうな。我から逸れるなよ」
 ルーツは手摺を掴みゆっくりと下りていく。
 明かりの点いていない天井の照明が、外から入ってくる風にギッ・・・ギィーッと揺らされる。
「ベルトコンベアか。ここで梱包などがされていたんだろうな・・・」
「明かり?違うわ・・・火!?皆、伏せてぇえっ」
 人形のような形状をした炎がアスカたちを襲う。
 ゴォォオゴゥウウッ。
「―・・・収まったかしら?」
「アスカさん、下から来ます!」
 消えたかと思うと床を這うようにズズゥウッと4人へ迫る。
「くぅっ、相殺しきれないか」
 ルーツが氷術で消そうとするものの、さすがに何人も守りきれないのか、ジリッと皮膚を炎が掠め火傷を負ってしまう。
「ばぁか♪単体の技で炎の聖霊の術をガードしきれるわけないじゃん?」
「余裕でいられるのも今のうちだぞ」
 袖から取り出したアルコールの瓶の蓋を取り、聖霊へ目掛けて投げつける。
「フンッ。そんなものかよぉ?去りな、聖霊」
 女の声に反応した炎はぐねりと身体を捻るように天井へ舞いフッと消え去る。
「仮にもおれっちは十天君の1人。そう簡単に倒せるわけないじゃんっ」
「まだそれは割れていないようだが?」
「―・・・何だと?」
「油断したなっ」
 ニヤリと口元を笑わせたルーツはサイコキネシスの念力で瓶を操り、十天君に向かって飛ばす。
「(術を使うっていうことは、酸性雨の原因はあいつね!)」
 オルベールは朱の刃を抜き放ち、アヤカシの女に襲いかかる。
「あっはは♪燃え散りなよ」
「う、熱っ!(受け流しきれないみたいね・・・。でも、これならどうかしら?)」
 シュシュパッ。
 横薙ぎに振るい、脇腹を狙って検圧を飛ばす。
「ちっ・・・」
「フフッ、崩れたようね」
 床へ膝をつきそうになる彼女を見て、オルベールは妹の方へちらりと視線をやる。
「(ありがとうベル!)」
 こくりと頷いたアスカは鬼神化し、ベルフラマントを羽織って身を隠して迫り、掴みかかろうとする。
「(頭からアルコールを被せてやるわ〜♪)」
 女の片腕を掴んで床へ落ちそうになる瓶を蹴り上げ、ひっかぶらせようとする。
「1人相手に酷いねぇ」
「泰天君っ!?」
 頭部を狙おうとする足を、アスカはとっさに片腕でガードする。
「わざわざそっちから出て来てくれるとはな」
 暗闇に紛れて現れた泰天君に向かって、硫酸の入った瓶をツールが投げつける。
「ルーツそこに誰かいるわっ」
「くぁっ!」
 何者かがヒュッと物陰へ飛び、彼の手を刃で掠めていき手元が狂ってしまい瓶を落としてしまう。
「何この殺気・・・。どこかで感じたような・・・まさか!?」
 遊んでいるかのように残酷な少女の気配を察知し、歌菜は慌てて周囲を見回す。
「トラップ・・・!」
 壁や天井に張りめぐられたワイヤーが、外から入る僅かな光を受けて艶やかに光る。
「(また会ったね、お姉ちゃん・・・。そして・・・ばいばい♪)」
 ルーツに手傷を負わせたのは、光学迷彩で姿を消しているハツネだ。
 少女は無邪気に笑い、手にしている刃でブチンッとワイターを切る。
 シュパパパッ。
 切り離されたワイヤーにつながっているナイフが天井から雨のように降り注ぐ。
「んもぅ!せっかく追い詰めたと思ったのにっ」
 殺気看破で察知したアスカはオルベールの手を引き、階段を駆け上がる。
「伏せてください!」
 歌菜は槍の柄を両手で握り、ルーツを守るように迫り来る刃を叩き落とす。
「あっ、瓶が!くっ、失敗か・・・」
 1階でルーツが見つけた瓶にズダンッとナイフが刺さり、アルコールはドボドボと床に流れ出てしまう。
「(姿を隠すにはこの闇はちょうどいいぜ、くくっ)」
 ブラックコートを羽織った鍬次郎が気配を殺し、オルベールの方へ忍び寄る。
「(まずは1人・・・。殺気看破でばれるとまずいからな。こっちの存在に気づかねぇやつから片付けてやるぜ)」
 ヒロイックアサルトのパワーを切っ先に込め背後を狙う。
「きゃぁああっ!」
 迫り来る刃風を肌に感じ、はっと振り返るがすでに遅く、両足を斬りつけられ刃の餌食なってしまう。
「ベルーッ!!よくもやったわねぇ〜っ」
 キッと眉を吊り上げたアスカが刀を持つ手を狙う。
「(ちぃっ、なんつーパワーだ!鬼女かっ)」
 柄でガードするものの、じりじりと壁際へ追い詰められる。
「腕の1本くらいは覚悟しなさいよぉ〜」
 スガッガッ。
 拳が痛むのも忘れ、パートナーの傷の仕返しをしてやろうと殴り続ける。
「(わざと狙ったんですね、許せない!)」
 気配に気づきにくい者を狙った彼に怒り、歌菜は槍を咥えて光を纏った拳で乱撃する。
「まだ誰か隠れているんですかっ」
 ズダァンと放たれた銃弾を手摺に飛び乗り避け、超感覚で火薬の匂いがする1階の方を見上げる。
「(外したか・・・)」
 壁際に隠れている東郷 新兵衛(とうごう・しんべえ)が、階段にいる彼女に向かって発砲したのだ。
「(お嬢は・・・あの辺りだろうか?)」
 ハツネが傷を負わされていないか、スナイパーライフルのスコープを覗き込む。
「邪魔はさせませんっ」
 歌菜は手の平に乗せたしびれ粉に、ふぅっと息をかけて撒き散らす。
「隙・・・、見つけた」
「なっ!?」
 術を発動させる時を狙われ、ぬぅと忍び寄るハツネの殺気を探知するのが遅れてしまう。
「酸性雨の匂い・・・鉄が錆びた匂いが充満したフロア・・・。それじゃ嗅覚疲労を起こして当然なの。ハツネだって超感覚で、お姉ちゃんたちの足音や声でだいたいの場所は分かるよ?」
「気づかれないように動かないでじっとしてたのね」
「遊ぶ時は静かに狙わなきゃいけないの・・・。気配を感じても攻撃している隙に・・・こうやって後ろをとられちゃうよ」
 ハツネは粉を吸わないように袖で鼻と口を押さえ、ニヤァと笑い歌菜の片腕を刺そうとする。
「くっ・・・!」
 刺されてたまるかと彼女は槍の柄を振るい、少女を追い払う。
「むぅ・・・刺せなかった。でも・・・、お仕事を続けれなくなっちゃうから無理はしちゃいけないの」
 残念そうな顔をするものの、ハツネは姿を消したまま階段を上る。
「ハツネ、行くぞ」
「逃がさないわよぉっ」
 まだ怒りが収まらないアスカは、十天君の2人を連れて逃げようとする鍬次郎たちの後を追う。
「きゃあっ、また銃弾!?誰よ〜、邪魔するなら殴るわよ!―・・・あれ、どこに行ったのかしら」
 足を狙って狙撃してきた弾丸を避けたのはいいが、目を離した隙に逃げられてしまった。
「んーもぅっ、悔しいわぁあ〜!」
 ぎゃあぎゃあと騒ぎ、悔し紛れにダンダンッと階段を踏み鳴らす。
「ベル、大丈夫?」
「歩けなくはないわ」
「私の肩に掴まって」
 アスカはベルの治療をしようと薬品倉庫へ戻る。
「エタノールで消毒しておきましょう。いつのか分からないけど・・・これでもないよりはマシねぇ」
「―・・・いっ・・・たぁ・・・」
「ちょっとしみるけど我慢してねぇ。(ベルにこんな傷を負わせて・・・。あの協力者たち・・・覚えておきなさいよっ!)」
 失敗させられた挙句、パートナーに傷を負わされたアスカは、治療に使ったハンカチをぎゅっと握り締める。