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第5章 ずれ始める歯車Story1

-AM8:00-

「悪霊たちは声にも反応して集まってくるからな。なるべく静かに行動しよう」
「そうですね・・・」
 ちらりと唯斗にヴァーナーは口を閉じる。
「事務室に誰かいた形跡があったが、もういなかったな」
「もう1度下の階へ行ってみるかのう?」
「そうだなエクス。たしか機材室だったか」
 金網状の床をカツンッコツッと踏み鳴らし2階へ向かう。
「―・・・ここにいたのか。ずいぶんと探したぞ」
 鉄製のドアを開けて中へ入ると、数人の生徒が集まっている。
「オメガの魂は・・・無事のようだな」
 クマラの傍にいる魔女の姿を見て、安心したように息をつく。
「唯斗・・・闇世界にいるオメガの魂は1つか?」
「あぁ、そのはずだ。どうしたんだ、エクス」
「ならば唯斗の傍にいるのは・・・」
「―・・・魂が2つ?・・・違うな」
 エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が恐る恐る指を刺す先を見ると、機材室の中にいるオメガとそっくりの魔女がいる。
「こっそり後をつけてきたのか」
「フフッ。道案内ご苦労様ですわ♪」
「あなたをここへ入れるわけにはいきません」
 侵入しようとするドッペルゲンガーの行く手をプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)が阻む。
「日早田村で魂を狙ってきたもう1人のオメガさんですね」
 入れてなるものかと紫月 睡蓮(しづき・すいれん)はキッと睨みつける。
「お退きなさい」
「いいえ、退きません!」
「でしたら無理やりにでも退いてもらいますわ」
「待てドッペルゲンガー。どうしてそこまでして本物になろうとするんだ?」
「愚問ですわね。この世に、同じ存在は2つもいりませんわ」
 止めようとでもしているのかと、クスッと小ばかにしたように笑う。
「誰かじゃなく自分になればいい。もう自我は持ってるんだろ?だったら簡単なはずだ、自分はこうありたいと決めればいい。その時からお前はお前になっていくんだ、ドッペルゲンガーがそうなれないなんて誰が決めたんだ?変わりたいと思う意志、それがあれば生きてる限り変われるんだ」
「あら。そなたは闇世界のドッペルゲンガーがどんな存在か、知らないようですわね」
 ふぅっと息をつきふるふると首を振るう。
「今、そなたはわたくしに一生暗い森の中で過ごせと言っているのと同じことを言いましたわね」
「どういうことだ?そんなふうには言った覚えはないぞ」
「わたくしは本物の魂がなければ、外には出られないんですのよ。だから・・・そなたに出来ることは何もありませんわ。いただいている魂を返さなければいいっていうなら別ですけどねぇ。まぁそれなら一生、館にいらっしゃる魔女の方にまともな笑顔は戻らないでしょうけど」
「な、何だと!?」
「そこにいる魂が戻ったとしても、全ての感情が戻るわけじゃありませんもの。もちろんそなたが見たがっている笑顔も、僅かしか見られませんのよ。ほっほほほ♪」
 唯斗の説得を聞こうとせず、ドッペルゲンガーは口元に片手を当てて高笑いをする。
「―・・・唯斗、ドッペルゲンガーの説得はおぬしの好きにしてみよ。と言いたいところだったが、これはもう状況的に無理だ。早くドッペルゲンガーを引き離さなければ、村で起こったことの二の舞になってしまうぞ。これ以上どうする気だ?」
 どんなに助けようと思っても、救えないものもある。
 このままでは目の前の魂が犠牲となり、館にいる魔女が危険にさらされてしまう。
 どちらを選ぶのか両天秤にかけても片方が悲しい結果となる。
 エクスは本当の笑顔を戻す道か、それとも魂の一部を奪われたままにして本当の笑顔を見るのを諦めるのか唯斗に選択を迫る。
「本物を殺して森から出たいという本質を変えることは出来ません。彼女は異形の存在だということを理解してください!」
「異形の人格は本物と別物で、残忍さがあります。唯斗が思っているほど甘くはないんですよ」
「俺には・・・決められない。どっちを選んだとしても酷なことじゃないか・・・」
 睡蓮とプラチナムにも決断するように迫られるが、彼にはどちらも決められない。
「ほほほっ、滑稽ですわね。時にはその優しさが仇となるんですのよ?」
「そこに入んなドッペル!」
 魂を奪わせるものかと陣がドッペルゲンガーに指を刺し怒鳴り散らす。
「唯斗さんたちそこ退きやっ。そいつをしめてやる」
「よせ、傷つけるな!」
「甘ったるい考えは捨てるんや。何を言ってもそいつは魂を奪うのをやめないからな。前にドッペルゲンガーの森でヨウくんの偽者と戦ったけど、本気でオレを殺しにかかってきたんだ」
「そうそう。本物を殺してその残りの人生を奪いたいっていう本質は変えられないからねぇ」
 リーズは陣の言葉にうんうんと頷いて言う。
「こいつがあのくらぁーい森で、大人しく過ごすわけないんやっ」
 機材室の中に入らせないように、陣がファイアストームの炎でドッペルゲンガーを囲む。
「フッ、この程度でわたくしが諦めるとでも?そなた、邪魔ですわっ」
 涼しげな顔で笑い衝撃波で炎を吹き飛ばす。
「おぉあっ!?」
 陣は床へ叩きつけられないよう柱へ必死にしがみつく。
「術でじわじわといたぶるのも面白そうですけど、直接ひっぱたいていじめてさしあげますわ」
「ざけんなぁああっ」
 近寄ろうとするドッペルゲンガーを火の聖霊を纏うようにガードする。
「さっさと倒れてしまいなさいボウヤ」
「殺しはしないけどな、意識吹っ飛ぶくらいは覚悟しろや!」
 魔女が放つ衝撃波を蒼紫色の炎の嵐で相殺させようとする。
「まだまだ若いですわね」
 サードニックスのような赤みの混じった金色の瞳で睨み、陣を壁際へ飛ばしてやる。
「んぁあっ。くそぅ・・・隙でも狙わない限りきついか・・・」
「もうお終いですの?ではゆっくりと魂をちょうだいしますわね。ごめんなさいね、お友達に酷いことをしてしまって。フフッ♪」
「リーズッ、そこへ絶対に入らせんな!」
「ボクたちにとっての友達のオメガさんは館で待ってるんだよ。今ここにいる君じゃないもんね、べーっだ!」
 乱撃ソニックブレードの剣風を放ち、動けなくしてやろうと四肢を狙う。
「酷いですわぁ。わたくし、魂をいただきに行くだけですのに」
 怒りに殺気立つリーズの刃から逃れようとドアから離れる。
「魂を取り戻すまで殺してはいけないんですね?でしたら倒れる程度に峰撃ちにでもしてあげるです♪」
 機材室から現れたオルフェリアは魔女の脇腹へ目掛けて、琴音の玉串を振るい破邪の刃の聖なる光を殴りつけるように放つ。
「怖いお嬢さんですわねぇ」
 接近を許すまいとサンダーブラストの雷の雨で防ぐ。
「魔法ですか・・・。(あの様子からして警告は効目なさそうですね)」
 なかなか近づけず、オルフェリアは悔しげに歯をギリッと噛み締める。
「ですが、あの部屋の中には鏡はありませんからね。オルフェたちを倒してここを通られなければ、魂を吸収することなんて出来ませんよ!」
 中に入ろうとする偽者の足元をズガンッと叩き、追い払おうとする。
「次は本当に足を潰しますよ?」
「フフッでしたら隙を見つけてまた来ますわ♪」
「あーっ、逃げた!」
「追うぞリーズ」
 確実に奪える機会を狙おうと退くドッペルゲンガーをリーズと陣が追いかける。



「鏡・・・ないですね。オメガさんー、いませんか?いたら私の話を聞いて欲しいんですけどー」
 ドッペルゲンガーのオメガと話をしようと、鏡を探している緋音だったが事務室にあるものは全て、ルカルカたちによって片付けられてしまっている。
 出てきて欲しいと魔女の名前を必死に呼ぶ。
「―・・・出てきてくれませんね」
「警戒されているのかしら」
「あれは化粧室でしょうか?ドアがデスクで塞がれてしまっていますね」
「退けてみましょう」
 中に入ろうと泡はドアの前にあるデスクをポンと放り投げる。
 ドアノブに手をかけて開くと、ギィイッと鈍い金属が響く。
「オメガ・・・。お願いよ、出てきて・・・」
「あら、泡さんじゃないですの?マンションでのこと、わたしくに仕返しでもするつもりですか?」
「いいえ、そのことであなたを恨んだりはしていないわ。1つ確認したいんだけど、あなたはなぜオメガを吸収したいの?」
「それは本物の存在になりたいからですわ」
「でもあなたに話を持ちかけた十天君はもう封神されたし、あなたも知っているわよね?現実世界にいるオメガは“呪いによって館から出られない”ってことくらい。もしオメガを吸収したら、その呪いも一緒に引き継がれて不自由な思いをするかもしれないのよ?」
 当然のように言う魔女に、一生閉じ込められるような生活でもいいのかと問う。
「暗い森の中より全然いいですわね。だから以前、交代しようと本物を森へ引きずり込んだんですのよ。お友達も欲しいですし♪」
「あなたが“友達が欲しい”って理由でオメガの魂を吸収し、現実世界でのオメガになろうとしているのなら止めておきなさい。皆あなたのことを憎むだけよ」
「どうでしょうね。人によるんじゃありませんの?」
 ネガティブというべきか、泡の言葉に動じる様子がまったくない。
「ただ・・・本当に友達が欲しいだけなら、オメガと合体すると言うのはどう?あなたがオメガを吸収するのではなく、オメガがあなたを吸収するのでもなく・・・。私たちと友達にならない?・・・ねぇ、“オメガ”?」
「わたくしを工場の中にいる魂のところへ連れていってくだされば考えますわ」
「そうね・・・、皆と相談して決めるわ」
 まったく裏がないか分からない彼女を、いきなり連れて行くわけにはいかないと、泡は生徒たちと相談することにすると伝える。
「あの、私も少しお話がしたいです」
 話す機会を窺っていた緋音が、遠慮がちに話しかける。
「考え次第では他の仲間の方に擁護するような話をしてもいいのですよ」
「どういうことですの?」
「本物のオメガさんと同化することは可能ですか?そしたら私もオメガさんとお友達になれますし」
「そうですわね、あの森の中にずっといるなんて耐えられませんもの」
「あの場所は館以上に不自由でしょう?」
「えぇ・・・。吸収した魂が本物に戻ってしまったら、わたくしまた出られなくなってしまいますもの。えっと、館にいる方と同化ですか・・・?」
 ドッペルゲンガーは黙ってしばらく考え込む。
「―・・・そうですわね。出来るならそうしたいですわ」
 何を思いついたのか、彼女の話にニヤッと口元を笑わせる。
「本当ですか!?じゃあ、皆さんに話してみますね」
「やめろっ」
 もう1人のオメガを事務室へ追ってきた陣が止める。
「同化したとしたら、どっちの人格なるのか分からないんや!」
「ボクとしてはそっちの人格はいやだし、2つ合わせて2で割った感じになるのもいやだな」
 リーズは不快そうにべーっと舌を出す。
「え、どっちの人格って・・・。それは・・・」
「わたくしの方に決まってますわ♪」
 戸惑う緋音にドッペルゲンガーは、自分の人格になるようにすると言う。
「そ・・・そんな!それじゃあ館にいるオメガさんを吸収するのと同じことじゃないですか。私を騙そうとしたんですね!」
「緋音さんたちとお友達になりたいのは本心ですのよ?」
「だからって本物のオメガさんの人格が消えてしまうなんていやです」
「ふぅ、話になりませんわ。交渉決裂ですわね」
 嘆息をすると身勝手な魔女は鏡の中からすぅっと姿を消してしまった。