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魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~

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魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~
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 後部座席のモーナを要人警護で護りつつ、刀真は殺気看破で周囲を警戒する。シャンバラ大荒野を通るのだ。どこから盗賊団とかが出てきてもおかしくない。十分に注意する必要があるだろう。
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)と共にモーナに同行していた。デパートでの一件を考えると、彼女の身が狙われる危険性がある。そう思ってのことだ。デパート、及び空京での事件については、メティスが独自に根回しで詳細を集めた。冒険屋ギルドを介せばもっと簡単に集まるである情報を、メティスは地道な方法で得ることを選んだ。何か、思うことがあったのだろう。空京にてファーシーの脚が偶然反応したらしいが、この日の事件――
(ファーシーがデパートの事件に巻き込まれた。もしそれが偶然でなく仕組まれていたことだとすれば、ファーシーの名前を出して人集めをしたモーナは危険だ……)
 彼女は、それに気付いているのだろうか。どうも気軽な調子で緊張感が感じられない。
 ともあれ。
 先日は、同じ冒険屋のヴァル・ゴライオンが義侠心より1人の少女を守った。自分は、ここからだ。この仕事を完遂することが、新たな始まりに繋がっていく。
 そうして、刀真の飛空艇を中心に一行は進む。彼らを先導するように、バイクに乗ったプラチナムが先を行く。
「センセ元気にしてっかなぁ。かれこれ一年以上ぶりか」
 そんな中、七枷 陣(ななかせ・じん)はライナスの研究所で機晶姫用のハンドキャノンを開発した事を懐かしく思い出していた。
「あのバズーカについて、センセに聞きに行くってことやけど……」
 少し、不思議に思うことがある。
(モーナさんて、機晶姫データ移植とか色々携わってる専門家やのに、わざわざ会いに行くっつーことは……ファーシーちゃんの件は彼女の手に余る事なんだろうか?)
 専門家が増えれば色々な意見交換も出来るだろうし、何か進展があればいいけれど。
(機晶姫用に調整し直して足のエネルギーの循環を弄るつもりなんかな?)
 陣はモーナの背中を見やった。彼女の考えを一応聞いておこうと近付きかけ、彼はそこで、空京でのことを考える。
「……あのバズーカ、また誰かが奪い返しに襲いかかってくるとも限らんよなあ」
 再び利用する為、証拠を隠滅する為、構造解析をさせない為――理由はいくらでも考えられる。
「ディテクトエビルはちゃんと機能させとこか」
 陣の隣で、フォルクスも同じくディテクトエビルを使う。
「そうだな。害意のあるものが近付いてくる可能性がある。大荒野は決して治安がいいとは言えないからな。警戒はしておこう」
 彼等は集団の左右で警戒することにして、それぞれ別れた。フォルクスと共に、重そうな荷物を箒にぶらさげた樹と、それよりは小ぶりな荷物を下げたセーフェルが離れていく。
「不測の事態に素早く対応できるようにしとかんとな」
 スキルを纏った状態で、陣は小型飛空艇をモーナに近付けた。ちなみに、彼の後ろの席には小尾田 真奈(おびた・まな)が乗っている。
 モーナは、隼人、司と話していた。
「ライナスに会いに行くってことは、何か分からない事があるということか? ファーシーのボディの製作に関わった1人としては気になるんだけど……」
「俺もそれは聞いておきたい。確かにライナスは機晶技術の先達ではあるが。今回の事は、彼に頼る必要のあることなのか? それとも、何か方策が?」
 機晶技術素人の司から見れば、モーナは十分に習熟している技師だ。その彼女がライナスを頼るという選択をしたことには、幾許かの不安を覚える。誰かを頼るのはつまり、当てが無いのでないだろうか、と。
「そうやな。どんなプラン練ってるんや?」
 やはり、引っ掛かりを感じる者は多いらしい。そう思いつつ、陣も聞く。
「うーん……」
 モーナは難しい顔をした。その様子からは、説明の仕方を考えているのか単純に困っているのかが判然としない。
「まさか、完全にお手上げだったとは言わないよな……?」
 問う司の声音が強くなる。ファーシーに効果的な治療を施せるのは機晶技師だけであると思っている為、彼女の知見が暗いのは悩ましいことである。
「もう、しょうがないですねえ司君は」
 そんな彼に、サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)が呆れたように言う。ちなみに、司は箒でサクラコはヘリファルテに乗っている。
「落ち着いてくださいよ。そんなに迫ったらモーナだって答えにくくなっちゃうじゃないですかっ」
「しかし、これは大事なことだろう……」
 サクラコはやれやれ、と首を振った。難しく考えがちな司の気持ちを薄めるのが、姉貴分の勤めというものである。
「そんなに気にするんなら、モーナにばっかり頼ってないで、自分も何かできないかちったあもがいてみるもんですよ、司君」
「…………いや、俺も考えていないわけではないが……」
 勢いのしぼんだ司の隣で、サクラコは気楽な口調になって続ける。
「説教とか堅苦しいこたー、私のキャラじゃないですねっ。でも、人事を尽くして天命を待つのは、奇跡の最低条件ですから!」
 彼女は大らかにニコニコ笑って、機嫌良く空の旅を楽しむ。その中で考えるのは、司の専門分野が何かファーシーの役に立たないか、ということ。
(試薬が車椅子の電池になったように、なにかないですかね? 最近の司君は、『電池をくれる人』みたいな位置になってる気がしますがっ! うーん、でも……)
 サクラコにとって、司の研究は『なんかよくわからない薬を混ぜ混ぜして塗ったり飲んだり』という感じなので、それが機晶姫に効果があるのか、と考えても――
(まあ、なさそうですけどねー)
 という結論になったりするのだが。
 そんな会話をしているうちに、モーナは考えが纏まったのか、話し始めた。
「バズーカもそうだけど、まず、ライナスさんにはファーシーの脚に関する見解を聞きたいと思ってる。あたしの見立てでは、動くようになるにはまだ年単位の時間が掛かるはずだったんだけど……。ぴょこんと動いた、っていうのが気になるの。
 ファーシーは、魂の捩れが云々って言ってた。でも、機晶石内のデータに問題は無いし、回路だって綺麗に通ってる。最後にメンテナンスしたのは1週間位前だけどね。どうにも良く分からない。肉眼では確認出来ない、何かが起こっているのかもしれない。でも、彼はあたしとは違って研究者だからね。データと魂の関係について、新しい見識を得ていてもおかしくないから」
「それは、もしかして……」
 少し上を飛んでいる月夜が言う。
「うん、進行しているのは、魔法……に近い何か、かもしれないね。あたしは魔法ってのはどうも苦手なんだけど……」
「研究者ってのとモーナさんは違うんか?」
 陣が聞くと、モーナはうん、と頷いた。
「あたしは技術者。与えられた、発表された情報、知識を使って機晶姫のメンテナンスをするっていう、どこか受け身の存在なんだよ。新しい未知の何かを調べたり探求したりはしない……というかあたしの場合は時間が無いんだけど……。
 ライナスさんは、見えない靄の中から確実なものを取り出そうとしているから。そもそも、持ってる情報量が違う」
「ふーん、そんなもんなんか」
「そんなもんだよ」
 風を気持ちよさそうに受けながら、彼女は言う。
「しかし、今聞いた事をまとめると、やはり、つまりのことお手上げ、と……」
「違う、それは違うよ司君。ただ、何かを見落としてるかもしれないから、他の専門家に意見を聞くの。それに、剣の花嫁に作用するバズーカなんて、これ1つしかないなら慎重に扱わないと。三人寄れば文殊の知恵とも言うでしょう。意見を出し合った方がいいじゃない」
 モーナは、少しむきになった。
「あ、言っておくけど、お手上げな時はちゃんとお手上げって言うからね、あたしは」
「そ、そうか……だが、そうか、『ぴょこん』と動いたのか……」
「銃声に驚いた時って言ってたよ」
 司は考える。究極的に、全ての動くものは何らかの反応で動いている。それなら、反応を考察する錬金術師や薬師の技術でも何かしらできそうなものだ。具体的には、一体何をしてやれるだろうか。
「その時の話なのだが……リリ達はその場に立ち会っていたのだよ」
 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が言う。皆は、驚いて彼女を見た。続きを話そうとする彼女に場所を譲り、モーナに聞こえやすいようにする。そして、バズーカ攻撃を受けたユリ・アンジートレイニーが彼女に触れて銃声が起こるまでの一連の出来事を説明した。
「魂は『こんぱく』とも呼ぶ。ユリが捩れていると言ったのは、主に『魄(ぱく)』――肉体を司る方なのだ。もちろん、それは目視出来る類のものではないのだよ」
「ぱく、ねえ……」
 そこまで来ると、モーナの理解の範疇を超えてしまう。パラミタ大陸における魂の概念、存り方、流れについては分かっているつもりだ。肉体と魂、機晶姫と魂の関係も。だが、そんな話は初耳である。
(だから、数字に出来ないものは苦手なんだよね……)
 モーナがファーシーの脚が動いた瞬間というものを改めて想像していると、リリは言う。
「ところで、リリ達はファーシーが銅板へ定着した時のこと、原因を調査しているのだ。始まりである巨大機晶姫の事件についてからこれまでの経緯も、調べられる範囲で把握しているのだ。良かったら、銅板から機晶石へ移植した時のことを聞かせてほしいのだよ」
「うん、あたしはね……」
 彼女は、移植の際にも、銅板に残っている『データ』を取り出したのだ、と話をした。『心』はそれに付随して移動したに過ぎない。データと心は一つ。機晶姫は、それが揃って初めて成り立つのだ、と。
「ふむ、では、壊れた機晶石から銅板に移ったことに関しては……」
「それに関しては、奇跡としか言いようが無いよ。あたしも、話で聞いただけだけど……生き残りたい、と思ったファーシーと、説得した皆の心が生んだ奇跡。あたしは、そう捉えてる」
「奇跡の一言で片付けることは出来ないのだよ。実例がある以上、それが如何に奇跡的であろうと条件が揃えば可能なはずなのだ」
「……条件?」
 モーナだけではなく、ファーシーの件に当初から関わっている司や隼人も眉を顰めた。今更、他でも可能と言われても……。
「まず、第一に死亡時に定着したということが上げられるのだ。聞けば5000年前、パートナーにも同様の現象が起きていたという事。第二に、魔物化したことにより魂が欠損した事、なのだ」
「……死亡時に完全じゃなかった……ファーシーの場合はそうだけど、パートナーは違うぞ。死亡時にも完全な状態で定着していたって聞いてるけどな。それより、あの地が銅板を結婚の証としてしていたことに意味があるんじゃないか?
 定着は、両方とも銅板が近くにあったから起こったことだろ。銅板自体に特性があったと考えた方がしっくりくる。それと、やっぱり、彼女達の思いが強かった……それがポイントだと思うけどな」
 隼人が言う。モーナもそれを受け、続ける。
「仮に可能だったとしても、もうこんなケースは出てこないと思うよ。実用性も無いし、突き止めたとしても……真実を知りたいという気持ちに実用性は関係ないかもしれないけどね。過去より今。あたしはそう思うよ? 今は、ファーシーの脚について考えないと。時が解決するのは自明なんだけどね……まあ、思い悩んでた節があったのは確かだし、少しでも早く、何とか出来るものならしてあげたいし」
「脚、か……」
 リリは箒の上で考える。脚部機構に問題なく。魂の捩れも解消されたにも関わらず足が動かないのは、やはり魂の不完全さに問題があるのかもしれない。それを完全にするには――
「移植した魂は完全では無かった。魔物化した部分が切り離されたからなのだ。それなら、巨大機晶姫の機晶石に魂の欠片が残っていれば、ファーシーに戻すことが出来るかもしれないのだ」
「機晶石って……元の石、ということだね。それなら……」
 本当に残っていれば、『不可能ではない』。しかし――
「ただし、それは魔物化していたものなのだ。戻して良いものか? 自分自身の闇の部分を、ファーシーは受け入れることが出来るだろうか、という懸念はあるのだ」
「…………」
「やはり、そのバズーカを研究して魂を充填可能にするのが確実なのだ?」
「そうだね、今の所、それが1番だとは思うけど……うーん……」
 何の縁も無いエネルギーを足してしまうよりも、元からあるものを戻せるなら。その可能性について、モーナは真剣に悩み始めた。そこに、ララ サーズデイ(らら・さーずでい)が下から話に参加した。ララは白馬に乗り、地上を走っている。皆は少し高度を落とした。
「ボディイメージが違うのではないか?」
「……どういうことだ?」
 隼人が敏感に反応する。ボディ製作者としては聞き捨てならない言葉だ。
「……あの時のことを言っているのだ?」
 リリが訊くと、ララは頷く。
「実は、リリがアーティフィサーだった頃、ララを改造しようとした事があるのだ。だが、全く受け付けなかったのだよ。ララは、機晶姫だが90%以上が生体パーツで出来ているのだが」
「……剣士として決闘を行う時に、公正と言えない身体では困るからね」
 そう言うララを見下ろし、リリは言う。
「それで、リリ達はこういう結論に至ったのだ。『機晶姫はそれぞれ固有のボディイメージを持っている』と。ララはボディイメージとの乖離への耐性が低かった。乖離が大きいと機晶姫は暴走か停止する、と……」
「ファーシーが歩けないというのも、その問題ではないのか?」
 ララに訊かれ、モーナは首を振る。
「それは無いよ。確かに酷く壊れてはいたけど、基本の形は崩してない。彼女は少女型で、デザインとかも人に近いものにしたんだ。5000年前当時とそう変わらないということは、ファーシー本人も言ってる」
「……昔から貧乳だったことも認めてるしな」
 ルヴィは貧乳好きであったのだとのろけられたことを思い出しつつ、隼人は言った。
「ファーシーの場合は、魂の欠損によりボディイメージの方が変化しているかもしれないのだ」
「ううん……面白い予測ではあるけど、それじゃあ改造した機晶姫からどんどん不具合が出ることになるよ? そんなにしょっちゅう、改造の不具合は出てない。彼女は決闘する為に、その身体なんでしょ? だから、単純に剣士としての個人的な理由で――拒否したんだと思うよ。むしろあたしは、その話を聞いて彼女をいじってみたくなったけど♪」
 最後に怪しい技師魂を垣間見せ、モーナは言った。
「そうか……、私の剣士の魂……。機晶姫の魂は、何処から来るものなのだろうな?」
 ララが自分の身体を、心臓部を見ながら言う。
「……とにかく、ライナスさんと会って意見をすり合わせて、それで方向性を決めることになると思うよ。その為にこうして向かってるんだから。でもきっと、いい方向になるはず」
「そうですね〜。ファーシーさんの脚が少し動いたというのは朗報ですし、ライナスさんの元に行けば何らかの進展があると思いますぅ」
 近くを飛んでいたメイベルが、期待を込めた様子で言う。彼女は、モーナが何らかの仮説の検証か、知識の補強に行くのだと思っていたが、話を聞いてみると、やはりそういう面は多いようだ。
「うん。そうだね……。未沙、カルテは持ってるよね」
「ばっちり! ちゃんと持ってきてるよ!」
 モーナが振り返ると、小型飛空艇ヴォルケーノに乗る朝野 未沙(あさの・みさ)が元気よく言った。彼女は、自前で機晶姫の整備道具を持ってきていた。カルテは、ショルダーバッグに入っている。
「ライナスさんの所についたら、それを見せて話をしよう」
 そこで、レッサーワイバーンに乗った紫月 唯斗(しづき・ゆいと)がモーナ達の所へやってきた。紫月 睡蓮(しづき・すいれん)を後ろに乗せたエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)も一緒だ。
「そろそろ、休憩しないか? もう昼だ」
 気がつくと、太陽が南に位置する時刻を迎えていた。