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第一章:めぐり愛


第一章:めぐり愛

 ここは蒼空学園の校舎裏、時折肌寒い風が吹き、地面に溜まった落ち葉が風に舞う。

 あちこちで聞こえるスパアアーンッという音を気にせず、手に3つのクラッカーを持ったメイドの芦原 郁乃(あはら・いくの)が木陰に身を隠して、不安そうな面持ちで彼女の数メートル前にいる二人の男女を見つめている。
 空いた片手でグッと握りこぶしをつくった郁乃が念を送るのは、パートナーであるヴァルキリーでセイバーのアンタル・アタテュルク(あんたる・あたてゅるく)である。

「(アンタルは悪い奴じゃないんだよ……ただね、210cmの巨体とスキンヘッドにあごひげ、そしてちょいと遊び人な雰囲気が不良っぽい空気を醸し出してるだけなんだよ……)」

 郁乃はアンタルに、時折見せる真面目な顔で行けば彼女の一人や二人楽勝だよ! とアドバイスしていたのだが……。

「おれと新境地に旅立たないかい?(ニコリ)」

「(違う、違ぁぁうっ!! 新境地って何だぁぁ!?)」
 
そう頭を抱えて悶絶すること数度……幸いアンタルの高身長のため、未だこのイベントの参加資格であるヘルメット上の紙風船は破壊されていないものの、彼は別の意味で女の子を斬りまくっていたのである。

 そんな郁乃の気持ちはいざ知らず、人肌寂しい冬だけど相手がいれば盛り上がる冬ですよ!! と燃えるアンタルは、再び別の参加者に狙いを付けた……そこから5分が経過したのが現在の状況である。

 今、アンタルと話すのはクイーン・ヴァンガードのミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)である。

「へぇ、じゃあアンくんはどうしてハゲてるの?」

 アンタルを見上げて子どもっぽい笑顔を見せるミーナに、普段は「ハゲ」と言われると「この頭はハゲたんじゃねぇ 剃ってんだ!!」と激昂するアンタルも陽気に笑う。

「この頭はハゲたんじゃない、剃ってるんだよ。まぁ俺の容貌は決して優しげではないからなぁ。やっぱり髪伸ばした方がいいかな?」

 頭のヘルメットをヒョイと持ち上げるアンタル。

「うーん、難しいね。ホラ、女は髪が命だけど、男の人はねー……」

 乳白金色の高く結い上げた髪をなびかせるミーナ。

「おまえの好みはどんな人なんだ……あ、いや、まずNGなタイプを言ってもらった方がいいかも」

 アンタルの質問に首を可愛く傾げたミーナが暫し考え、
「筋肉系……かな?」

 傍の木陰に隠れていた郁乃が、ギィィと爪を木の幹に掻き立てる。

「(あんた……どストライクじゃない……)」

 しかしアンタルは会話を強引に続ける。

「へぇ、俺も実は筋肉系は駄目なんだ」

「本当? でもアンくんはマッチョじゃない?」

「いやいや、これは見せかけの筋肉なのさ。少し痩せればいい感じになるんだ、多分ね」

 木陰の郁乃が思わずコケる中、ミーナがプッと吹き出して笑う。

「面白いね、アンくんは」

「(おおおぉっ!? チャンスじゃない? アンタル、行け、行くのよ!)」

 祝福用のクラッカーを持つ手に力を込める郁乃。

「……ところで、さっきからあの木陰に隠れている人、誰?」

「ん? ああ、あれは俺のパートナーだ」

「恋人じゃなくて?」

「冗談! 俺がいないと何も出来ない困ったちゃんだからな」
 
やれやれといった顔のアンタルに、郁乃は一瞬先ほどまでとは違う念を送るかどうか悩む。

「……ミーナね」

「うん?」

「孤独な学園生活にピリオドを打つため、イベントに参加したんだけど」

「俺もさ!」

 自分を指さしニコリと笑うアンタル、動かした腕の筋肉がグッと持ち上がる。

「やっぱり彼女が欲しいかなって思ったんだ」

「俺と付き合えば肩車でもお姫様抱っこでもいくらでもしてあげよう♪ さぁ、めくるめく愛欲にまみれ、熱い新境地に旅立とうぜ♪ ……彼女?」

 アンタルを残し、木陰の郁乃の元に駆けていくミーナ。

「え? え? 何?」

 同じくらいの背丈のミーナがじっと郁乃を見つめる。

「ねぇ、ミーナをいっぱいなでなでしてくれますか?」

「……は?」

 呆然とした顔の郁乃が思わずクラッカーを一発鳴らす。

ーーパンッ!

「だから、その前に、アンくんとの関係を清算しておくね!」


「……俺は郁乃に負けたのか……何故だ? 慢心したのか……」

 巨体をかがめたアンタルが、まるでロダンの考える人のようなポーズをしていると、ミーナの声が響く。

「いっくよー! ジャンケン……」

 傷心のアンタルが出したチョキは、ミーナの野望のグーの前に呆気無く敗れ去り……。

ーースパパァァーンッ!!

 乾いた破裂音と野太いアンタルの咆哮が校舎裏に反響するのであった。




「うるせぇな……どこのバカが騒いでいやがるんだ?」
そう言って唾を吐き、ピンクのデラックスモヒカンを揺らして校舎裏を歩くのはモンクのゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)である。

 彼のヘルメットはイルミンスール側としてイベントに参加するという条件で特別に許可されたモヒカンの通し孔を付きの特注品であった。無論、男の勲章と自負するモヒカンが崩れないようにするためだ。

「しかし、このイベントはいいぜぇ、女にもてはやされている俺様のためにあるイベントなんだからなぁ。だがみんな恥ずかしがって逃げていくのは計算外だったがなぁ」

 いつも女生徒がきゃーきゃー逃げていくのは、ゲブーが女性とのおっぱいを握ろうと迫るためであり、故に彼のナンパがまともに出来た事はないのだが、そこを気にしないのが彼固有の強さなのだろうか?

「俺様に声をかけられて、テレてやがって! ったくよぉ!」

 ちなみに、一瞬の隙も見逃さず、胸だけを狙うゲブーのジャンケンは勿論パー、その一択である。

 歩きながら腰に付けたペロペロキャンディーの数をそっと確認するゲブー。

「ふん! ちょっと数が減ったな」

「そのペロペロキャンディーは何に使うご予定なのかしら?」

「ああ!? 誰だ! ……うおおおっ!!」

 素っ頓狂な声を上げたゲブーの前には、ピンク色のツインテールの髪を風になびかせ佇む魔法少女の秋葉 つかさ(あきば・つかさ)が、妖艶な笑みを浮かべ且つ気怠そうに立っていた。

 勿論ゲブーはつかさの顔等見ていない、彼の視界にはメイド服に包まれた二つの大きな膨らみだけしか映っていないのである。

「私は昔いろいろと使われていたせいか、独りで夜眠れませんの……そのためだけの人を探してみたところです……女性でも構いませんけどね?」

「俺様もだぜ! ハートキャッチ? 心臓わしづかみ? おっぱいわしづかみか!きゃーきゃー喜ばせて彼女にするぜ! ってなところだ」

「……で、そのペロペロキャンディーは?」

「これは所謂栄養費だ」

 そう言ってゲブーは胸を張る。

 事実、彼の好み(胸が大きくない)女生徒に出会った際には、頭をなでてペロペロキャンディーを渡し、
「おっぱいがでかくなったら相手してやるぜ! がはは!」と去っていたのであった。

「まぁ……それは良き事ですわね」

 子供っぽさの中に妖艶な雰囲気を持つつかさが笑い、暫し後溜息をつく。

「私も……私の心を動かす事のできるような人がいなくて、困っているのでございます。こんな私に恋人なんて出来るのでしょうか?」

「心配するな、毎晩俺様がてめぇのおっぱいをユサユサと左右に上下に動かしてやるぜぇぇ!」

「私の体が目的……と?」

「がはは! そうだ! 俺様のナオンにしてやるぜ!」

 ピンク色の髪と言う共通点を持つ二人の間を木の葉が舞う。

「……わかりました。あなた様とお付き合いして差し上げましょう」

「がはは……え? 今、なんて言った?」

「このイベント、どちらかと言えばそういう目的なのでしょう?」

「がはは、おまえを俺様のナオンにしてきゃーきゃー言わせてやるぜ!」

「ええ、よろしく」

「じゃあまずそのおっぱいを……」

 ゆっくりと手をワシワシしながらつかさに近寄るゲブー。その時!

「はいはい、どいてどいて!!」

 仕込み竹箒で落ち葉をはきながら強引に二人の間に入るのは、メイドのエミン・イェシルメン(えみん・いぇしるめん)であった。

「なんだぁ、てめぇは!」

 そう凄むゲブーに負けじと竹箒をその鼻先に突きつけるエミン。

「掃除です! 見て分かりませんか?」

「……なんでここで……」

「お楽しみは、二人でやるもんだよ! 自分に見られていいの?」

 エミンの言葉にゲブーとつかさが顔を見合わせる。

「……私は別に構いませんけど」

「俺様もだぜ、がはは!」

「あのさ、合コンやお見合いを否定する訳じゃないけど……愛って、もっと崇高で美しいものじゃないか! さすがにこんな風に、ちゃかしてゲームみたいにしてしまうのはいかがと思うんだよ?」

 エミンの迫力にゲブーが頭を描いていたが、突然、ポンと合いの手を打つ。

「わかった。てめぇも俺様に惚れてるんだな?」

「……だ、誰が男に惚れるかああぁぁぁっ!!」

 絶叫と同時にエミンの記憶は彼が両校長に今回のイベントの異議を問いかけた過去に、飛んだ。



 イベントが発表された蒼空学園の校長室は普段とは異なる慌ただしさを迎えており、花音・アームルート(かのん・あーむるーと)はひっきりなしにかかってくる電話の応対をしていた。

「はい……ええ、ですから安全かつ平和的に行うつもりです……はい」

 電話を受ける花音をソファーに座って腕を組んだエミンがじっと見つめている。

 エミンが今回の真意を聞こうと思っていた企画者の一人、山葉 涼司(やまは・りょうじ)の姿はそこにはなかった。

「はぁ……」

 溜息をつくエミンに、電話を切った花音が振り返る。

「お待たせしました。エミンさん」

「花音、涼司はいないの?」

「今日はもうこちらには戻らないと思います。御用は私がお聞きしますけど?」

「えー!? もう、当の本人がいないんじゃ抗議できないよ!」

「……と、言いますとやはりイベントについてですか?」

 そう言うと花音は小さな肩をよりすぼめてみせた。

「抗議の電話、多いんでしょう?」

「はい。やれ不純異性交遊の促進だ、参加者の心が掴めていないんじゃない等と……まぁ、その通りだと思うんですけどね」

「自分も今から中止しろなんて言わないけれど、今一度愛の美しさや素晴らしさについて考えてほしいと思ってるんだよ」

「……ですね。私も今回の企画は流石に無いかなと思っていたのですが。ところでエミンさんは参加は?」

「……え、自分かい? まぁ、恋人はいないけど気にする事じゃない、この世界は愛にあふれているからね!」

「愛ですか……」

「でも涼司がいないんじゃ仕方ないね……」

 やれやれと首を振って立ち上がるエミンに、花音が声をかける。

「あ、ちょっと待って下さい!」

「何?」

「ちょうど今、今回の仕切りをやって頂く方の不足に困っていたんです」

 花音はエミンに審判と書かれた腕章を見せる。

「如何です? 何が正しくて何が間違っているか、あなたの目で見極めてみませんか?」

「自分に、やれと? 冗談じゃないよ。そもそも自分は今回の……」

「ですから!」

「え?」

「傍観者ではなく、中の人としてその結論は出すべきではないのでしょうか?」

 少し真剣な眼差しを見せた花音と差し出された腕章をエミンはじっと見つめる。



「やれやれ……さっきのはモロにアウトだったからなぁ。持っていて良かったというべきかな?」

 エミンは服のポケットに忍ばせた腕章を見ながら、蒼空学園の校舎へと歩いて行くのであった。