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カノン大戦

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第11章 カノン、遺体を回収する

 護衛の生徒たちに囲まれ、次々に迫りくる多種多様な野生動物を蹴散らしながら、カノンはゆっくりと弧を描くように谷間を走りまわって、イコンの残骸が集積する地点に近づいていく。
 何だか、闘いを楽しむために、わざと無駄な動きをしているようにも思える軌跡だった。
 イコンの残骸近くでは、遺体の回収が本格的に進められており、いくつかの遺体は、袋に入れられて地面に寝かされていた。
 みると、作業に従事する生徒が寝泊まりするためのテントや、火を起こして食事をつくった跡なども見受けられた。
 カノンの部隊が出撃する1、2日前から、彼らはここで危険な作業に従事していたようである。
「よし、次は、あのイコンだ。埋まっている機体を慎重に掘り起こせ。その後、ロープをかけて機体を傾け、コクピットを開けられるようになったらいってくれ。遺体に気をつかいながらやっていきたいんだ」
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)が、周囲の生徒たちに指示を出している。
 冒険屋ギルドに所属しているレンは、いつの間にか、作業を指揮する存在になっていた。
 テントや食料を用意したのもレンであり、そのサバイバルスキルは生徒たちを過酷な労働に耐えさせるだけの力を持っていた。
「何だか、遺体の回収に手慣れてきちゃったねえ。同じことばかりやってると、遺体そのものにも慣れてきちゃうんだよね」
 レンと同じく冒険屋ギルド所属のクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)が、レンの側にある岩に腰かけて、額を汗を拭う。
「コツがいるといっても、きれいにコクピットにおさまっている場合の話だ。たいていの遺体は、ひどい状態で野ざらしにされている。ちぎれた手足をみるのにはなかなか慣れないものだ」
 レンが、イコンの残骸の周囲の地面にめりこんでいるものに目をやって、顔をしかめた。
 たいていの遺体は、イコンが撃墜されたときにコクピットともども破壊されて、バラバラになって地面に散らばったのである。
 それらの遺体は、肉の腐敗の臭いに耐えながら拾い集めて、どれがどれとつながるかを考案しながら、ひとつひとつ、いびつに組みあわせていくしかなかった。
 ひどいケースでは、倒れたイコンのコクピットを野生動物が無理やりこじ開けて、遺体を食いかけたところを、他の野生動物やゴーストイコンに追われて、そのまま放置していったものがあった。
 引き裂かれた腹部からはみ出た腸の塊や、かじられた頭から吹き出ている脳漿をはじめて目にした者は、激しく嘔吐することも多かった。
「まっ、それなりに有意義な作業だとは思うよ。何とか遺体のかたちを整えて、目をそらさず向きあえるだけの姿にしてから遺族に引き渡すと考えればね。そう、遺族のために、弔いの準備をしているわけなんだねえ。」
 そういいながら、クドはふと、遺体の破片を拾い集めている生徒の一人が、ニヤニヤ笑っていることに気づいた。
 その少女は、傍らにいるパートナーの男子に作業を任せて、一人周囲の光景を鑑賞しているようだった。
 少女のその笑みは、みるだに背筋がぞっとするような狂気をたたえていた。
「あははははは! みて、こんなに血が、肉が、大地とたわむれ、ありのままでいるよ。誰も、嘘偽りなんか、やってない。原初の状態で、いくらでもかたちを変えることができるんだ。死は、苦しみだけじゃない。解放であり、回帰なんだよ。西城くんも、ゲテモノを扱うようにしないで、ちゃんともとの姿を想い浮かべながら、丁寧に扱わなきゃダメだよね!」
 横島沙羅(よこしま・さら)は、むせかえるような血の臭いの中で、自分の感覚が解放され、研ぎすまされていくのを感じていた。
 身体が、軽くなったようだと横島は思った。
「沙羅。なに、楽しそうにしてんだよ。人の破片なんだぞ。いわれなくたって、厳粛に扱ってるよ。だから、おまえもさ」
 西城陽(さいじょう・よう)が、拾いあげた腕を袋に慎重に入れながらいった。
「西城くん。校長に実績を認めてもらって、海人をまた外に出すようにお願いしたいと思ってるんだよね? でも、真面目に働いてるだけじゃ、校長は認めてくれないと思うよ。西城くんも、この人肉パラダイスのど真ん中で理性のたがを外して、超能力の限界を超えてみよう! あはははははっ!」
 横島は、西城の言葉などお構いなしで笑い続けている。

 少し離れた場所から横島の様子を眺めていたクドは、呆れたという風にため息をついた。
「はあ。死体に興奮してるようじゃ、せっかくの弔いが台無しになっちまうねえ。死は苦しみだけじゃないってのはそうだけど、死によってもたらされた安らぎをかき乱すようなことをされちゃ、死人も浮かばれないでしょうよ。下手すりゃ、ゾンビ状態で起き出してしまうよ、って、あれは!?」
 突如大地が鳴動し重い足音が聞こえてきたのに驚いて、クドは目を見開いた。
「またきやがったか。みんな、ゴーストイコンだ! 隠れろ! ほら!」
 レンが怒鳴り声で作業中の生徒たちをものかげにひっこませる。
 谷間の外れの木々の合間から顔を出したゴーストイコンが、作業の現場付近を通り過ぎようとしていた。
「だから、いわんこっちゃない。騒ぐから、ゴーストイコンだって昼寝から起きてくるんだよ」
 クドは嘆いた。
「おい、何やってるんだ。一人でいつまでも笑ってないで、身を隠せ。みんなを危険に巻き込むんじゃない!」
 レンが、ゴーストイコンが現れても平気な顔でゲラゲラ笑っている横島に強い口調でいう。
「沙羅。なに、やってるんだ。頼むから、こっちにきてくれ!」
 岩の陰に身を潜めていた西城が、哀願するような口調で横島に呼びかける。
 だが、横島は微動だにしない。
「あははははははは! ゴーストイコンまで出てきて、死の饗宴はたけなわだね! 私はすっかり気分がよくなったから、破壊衝動が止めようもなく膨れあがってきたよ!」
 横島は、自分に気づいて近づいてくるゴーストイコンを、突き刺すような視線で見上げた。
「ぐるるる!」
 ゴーストイコンは横島に不快感を覚えたようで、握りしめた拳を思いきり彼女に叩きつけてきた。
 どごーん!
 すさまじい音が谷間に響きわたり、土埃とともに、散乱している遺体の破片が舞い上がる。
「あははははは! 死人のダンスだ!」
 身をひねって攻撃をかわした横島は、サイコキネシスで宙に浮き上がると、静止して、さらに念をこらした。
「死ぬって、いいことだよね。だから、もう1度死んでよ、ゴーストイコンさん!」
 横島の瞳が光を放つと同時に、生徒たちの工具箱の蓋が開いて、おびただしい量の釘が宙に舞い上がり、ゴーストイコンに襲いかかっていった。
「む、むぎい!」
 両手を振りまわして釘から身を守ろうとするゴーストイコン。
「あははははっ! 動いたらダメダメ、攻撃が思いきり当たらないと、気持ちいい感触が感じられないよ!」
 横島が笑いながらさらに念じると、多数の釘はかたまった状態でゴーストイコンの顔面に特攻して、片方の目をつぶすことに成功した。
「ぐ、ぐわあああああ!」
 ゴーストイコンは悲鳴をあげる。
「さあ、脳天を叩き割るよ!」
 横島がノコギリを構えてさらに高く浮上したとき、怒りに燃えるゴーストイコンが、巨大な剣を鞘から抜いて、斬りかかってきた。
「沙羅! 危ない!」
 西城が、ザイルをサイコキネシスで操ってゴーストイコンに投げつけ、その動きを封じようとする。
 そして。
「アッハッハ! 回収担当の生徒さんにも、勇敢な人がいるんですね! 気に入りましたよ!」
 ついに現場に到着したカノンが、笑いながら鉈を構え、サイコキネシスの力で宙を舞って、ゴーストイコンに斬りかかってゆく。
 横島とカノン。
 2人は、非常によく似た動きをしているのだった。

「カノンさん。やっときましたか」
 それまで事態を静観していたクドが、曙光銃エルドリッジを構え、カノンをサポートするために動き始めた。
「いろんな人が、あなたの身を案じてますからねぇ。お転婆ぶりには困ったもんですが、安全はしっかり保障してあげいないとね!」
 クドのエルドリッジが火を吹き、漆黒の魔弾をゴーストイコンの腹に撃ち込んだ。
 魔弾で身体の奥までえぐられたゴーストイコンの身体がガクガクと揺れ、その隙を逃さず、横島がノコギリを敵の脳天にくいこませた。
 カノンもまた、ニコニコ笑いながら、ゴーストイコンの首に鉈を何度も振り下ろす。
 ついに、ボタリと音がして、ゴーストイコンの首が落ちてしまった。
「あははははっ! やったー!」
 横島とカノンがともに歓声をあげる。
「さすがだな、クド。一撃でゴーストイコンをひるませるとは」
 レンが、感心したような口調でいいながら、カノンに近づいていく。
「なに、まぐれ当たりですよ。外れたらどうしようかと思いました。さて、私は、死者の弔いの作業に専念するとしますよ」
 クドは笑って、イコンの残骸を掘り出す作業を再開した生徒たちの輪に入ってゆく。
「陰の功労者か。カノンは、思ったよりもいい仲間に恵まれているようだな」
 レンは、クドの背中を見送ってから、カノンに振り向いた。
「カノン! よくきてくれた。遺体の回収はまだ続いている。よかったら、少し手伝ってみないか? ちょうど、話したいこともあるんだ」
 レンの誘いに、カノンは微笑む。
「はい。まだ、私がいじれる死体は残ってますよね?」
「もちろんさ。だが、死体と戯れるのは厳禁だ。俺たちの仲間だった連中の身体なんだからな」
 レンの諭すような視線が、カノンをみすえる。
「ええ。わかってますよ。でも、わくわくするのは止められませんね!」
 カノンはうなずいた。
 横島をみた後なので、レンはそれほど驚いたりはしなかった。
 ただ、生命の大切さをどうすれば教えられるかと、心の片隅で模索していた。

 カノンが遺体の回収を始めてからも、島の他の地域では、イコン部隊の生徒とゴーストイコンたちの闘いが続いていた。
「くそっ、倒しても倒してもわいてくるな。だが、隊長のいうとおり、スピードが重要なのは間違いない。今回で殲滅できなければ、すぐにまた数を増やすだろう。今日決着をつけなければな!」
 氷室カイ(ひむろ・かい)が叫ぶ。
 氷室と雨宮渚(あまみや・なぎさ)が搭乗するイコン、イーグリット・アサルト【月詠】は、ダブルビームサーベルを振りまわして、ゴーストイコンの大群と白兵戦を繰り広げていた。
「カイ、この敵の集団は、カノン隊長が遺体の回収を行っている谷間に向かおうとしているようよ!」
 雨宮がいった。
「なるほど。何が何でも阻止しなきゃいけないわけか。激しくいくぞ、揺れるからそのつもりでいろ!」
「いいわ! 思いきりやって!」
 氷室にいわれるまでもなく、雨宮は覚悟を決めていた。
 ぐいーん
 【月詠】はより機動的になり、ダブルビームサーベルを縦横無尽に振りまわしながら、迫りくる銃弾や刃の嵐をかいくぐって、あらゆる方向から敵に攻撃を仕掛け、1機、また1機と撃墜していく。
 そんな流れが、突然止まった。
「きひゃひゃひゃひゃ! 愚かな人間どもよ、その程度の力で調子に乗りおって! 隊長の首をもらう前に、思い上がった貴様を天にかわって成敗いたそう!」
 中ボスクラスのゴーストイコンが現れると、巨大なムチを【月詠】に向けて振り下ろしてきたのである。
 ビシィッ!
 右方向に急速なダッシュをかけて攻撃を避ける【月詠】。
 脇にいた他のゴーストイコンに身体をぶつけ、突き飛ばしてしまうくらいの無理やりな回避だったが、とっさの操作ではそれが精一杯だった。
「ふざけたことを。どっちが、天にかわって成敗を受ける身だ! 知性化とは、減らず口を覚えることなのか? ただ徒に人間を殺すことに罪も覚えないのなら!」
 氷室は、巨大なムチを構える敵機に突進する態勢をとった。
「カイ、気をつけて。この相手は、ゴーストイコン八将軍の1体よ!」
 雨宮が叫んだ。
「わかっているさ。だから、勝たなきゃいけない。八将軍の優先的撃墜が隊長の指示だからな!」
 雨宮は、状況的にここで相手を倒すしかないと判断していた。
 巨大なムチで中距離から攻撃可能なゴーストイコンに、生身のカノンを襲わせるわけにいかないのだ。
「きひゃひゃひゃひゃ、死ね、死ねい!」
 嘲りの笑いを浮かべながら、迫りくる【月詠】に何度もムチを振り下ろす敵幹部。
 氷室は機体にダブルビームサーベルを振りまわさせてムチを切り裂こうとするが、思うようにいかない。
 ついに、一方のビームサーベルに相手のムチが絡まり、動きを止められてしまった。
「もらった!」
 相手は得意そうになっている。
「くっ、それなら!」
 氷室は、ムチが絡まったビームサーベルを放棄させて、もう1本のビームサーベルを構えたまま、【月詠】を相手の懐に特攻させる。
「きひゃひゃ、そうきたところで!」
 敵機は、ムチを巧みに操作して、その先に絡めたビームサーベルを振りまわし、切っ先を【月詠】に突き立てようとした。
 その瞬間。
「よし、バルカン!」
 だだだだだ!
 イーグリット・アサルトの頭部のバルカン砲が、敵機の顔面を襲った。
「き、ひゃは!?」
 思わず身をそらした相手に、隙が生じた。
「いまだ! おまえ自身という罪を切り裂かれ、永劫の地で光に包まれて天に昇るがいい!」
 【月詠】が、ビームサーベルを一閃させて、敵機を袈裟懸けに斬り捨てた。
 鋭い攻撃は、相手のエネルギーパイプを斬り裂き、熱風を伴う爆発をまき起こす。
「う、ぐはあ!」
 炎に包まれて、八将軍の1体は絶命した。
「やったか。う!」
 勝利の喜びも束の間、ムチ打ちのダメージが累積していた【月詠】の身体のあちこちから小爆発が起こり、コクピットに伝わる衝撃に氷室は顔をしかめた。
「カイ、まだ動けるわ。他の機体も片づけるの?」
 雨宮が尋ねた。
「そうだ! 闘いは終わらない! カノン隊長のもとにはどんな敵も通させはしない!」
 氷室は叫んで、次の敵へと【月詠】を振り向けさせた。

 ゴーストイコン八将軍の4機目を撃墜! 残り四の将軍はいずこに?