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リアクション
第6章 カノン、愛の奉仕を覚える
「ああ、誠一さん、ああ!」
大浴場で、結城真奈美(ゆうき・まなみ)は目をつむって、パートナーである佐野誠一(さの・せいいち)の姿を想い浮かべながら、ボディソープまみれの身体をカノンにこすりつけていた。
「なるほど。人間石鹸、または人間タオルになるわけですね。これが、『私の涼司くん』がやってもらいたいと思っていることなんですか? こうすれば涼司くんは喜ぶんですか?」
カノンは、自分の腕を足で挟んでいる結城の身体の動きを神妙な顔で観察しながら、カーマ スートラ(かーま・すーとら)に尋ねた。
「そうですわ。女性にとって恥ずかしい動きであればあるほどよいと思います」
カーマの答えに、カノンはふんふんとうなずく。
「確かに恥ずかしいですけど、『私の涼司くん』のためなら、いくらでもやります!」
「それでは、そろそろ役割交代です。カノンさんの身体にボディソープを塗りたくりますので、カノンさんが真奈美さんを洗ってあげて下さい」
「はい! 『私の涼司くん』を洗ってあげます!」
カーマによって全身をボディソープまみれにされたカノンが、自分の身体を結城の身体にまとわりつかせていく。
「ああ、涼司くん、ああ!」
目をつむって山葉涼司(やまは・りょうじ)の姿を想い浮かべると、カノンの口から知らず知らずのうちに色っぽい声がもれる。
「カノンさん。さすがですね。うまいですわ」
カノンに身体をこすりつけられている結城が、感心したような声をあげる。
そして。
「ああ、2人とも、泡にまみれてお互いを自分自身で洗いあっている姿、かわいらしいです、素敵です!」
カノンと真奈美の色香あふれる姿をみて興奮してしまった天津のどか(あまつ・のどか)が、浴場の床に大の字に倒れて、怪しく身をくねらせ始めた。
「ああ、どうか、私にもやって下さい! 好きにして下さい! この身体、差し上げます!」
天津は、哀願するような瞳をカノンに向けた。
「カノンさん、ちょうどいいですわ。今度は、相手が仰向けになっているシチュエーションを想定して、天津さんの身体を洗ってあげましょう」
カーマが、カノンを動かした。
「はい。天津さん、いえ、『私の涼司くん』! ゆっくり横になっていて下さい。私がたっぷりご奉仕しますので!」
カノンは、山葉涼司の姿を想い浮かべる状態を継続しながら、仰向けになっている天津の身体に自分の身体を被せて、ごしごしと絡め動かした。
「ああ。カノンさん。上手です。気持ちいいですわ! ああ!」
天津は、感極まって叫び声をあげた。
もはや、浴場の中の光景は、世間一般の男子の貧弱な妄想を遥かに凌駕する色香の嵐と化していた。
「カノンさん、素晴らしいですわ。みようによっては百合に目覚めたようにみえますね。まあ、本人は、山葉涼司さんとプレイしてるつもりなんですけど」
カーマは、感心したようにうなずきながらいった。
「そうですね。山葉さん以外の男子に対しては、下ネタをいわれただけでキレてしまうそうですから、ある意味、百合園女学院などに入学して、普段は百合でいった方がいいかもしれませんね」
結城も、同様にうなずきながらいった。
しかし、同じくお風呂に浸かっていた、今回カノンの部隊に参加する百合園女学院の生徒たちはみな、激しく首をうち振ってこう叫んでいたという。
「違いますわ! 百合園の百合は、そういう意味ではありませんわ!」
「あーあ。いまごろ風呂の中では、真奈美が、生まれたままの姿のカノンやオリガと仲良くやってるのかなー? 裸のおつきあい、か。くっそー! せめて大浴場の入口にいて、匂いを嗅いでいたかったぜ!」
同じ時間、イコン格納庫では、カーマからのメールでイコンの整備をするよういわれた佐野が、色香の一端も味わうことができない状況下で血の涙を流しながら、ひたすらパーツの調整に専念していた。
佐野のすぐ側では、「整備の女神」と呼ばれる長谷川真琴(はせがわ・まこと)が黙々と整備を行っているのだが、長谷川は正直地味すぎる、というのが佐野の偽らざる想いであった。
「佐野さん、この溶接機、使わせて下さいね。ところで、この部分の調整ですが……」
苦悶する佐野の想いになど全く気づかぬ顔で、長谷川はひたすら整備についての話を振るのだった。
「うーん、そうだな。そこはまあ、そういう感じで。あー、お風呂みたいよ。わ、わおおーん!」
長谷川に答えながら、佐野は、募る煩悩に頭をかきむしって、男らしい雄叫びをあげるのだった。
無論、長谷川の耳には、佐野が発する、整備とは関係のない言葉や雄叫びは聞こえてすらいないのである。
「あー、たまらないぜ。お湯の匂いに、多数の美少女の身体の匂いが混じって漂ってくるぜ! うーん、これは、中では相当濃密な絡みがあるとみた! むう。も、もう我慢できない。ちょ、ちょっとだけ首を突っ込んでみようかな?」
同じ時間、大浴場の脱衣所入口では、覗きが来ないように見張っていたはずのリョージュ・ムテン(りょーじゅ・むてん)が誘惑に耐えきれず、危険な領土侵犯を行おうとしていた。
と、そのとき。
「ヒャッハー! ここが天御柱学院の大浴場か。よし、脱衣所に潜入だぜ!」
泣く子も黙るパラ実の南鮪(みなみ・まぐろ)が、リョージュの姿など目に入らんといった勢いで、婦女子の脱衣所に踏み入ろうとしたのである。
「あっ、おい、待てよ。あちこちに、侵入者探知用の罠が仕掛けられてるんだぜ」
南の姿に驚いて、理性を取り戻したリョージュが警告する。
「なに? あっ、そうだったな。大丈夫だ。俺もこの道の人間! たいていの罠は突破できるぜ!」
南は、ニヤニヤ笑いながら脱衣所入口付近を入念に調べて、瞬く間に罠を外すと、足音ひとつたてずに内部へと潜入していった。
「す、すげー! 鮮やかな手腕だぜ。よし、俺も一緒に中へ! って、それでいいのか? 一応見張りだしな。おい、やめろよ、って止めないと。おい!」
リョージュは理性と闘いながら、脱衣所の中の南に呼びかける。
しかし、南はリョージュの言葉など聞く耳持たないといった様子で、脱衣所の棚の籠の中に脱ぎ捨てられている女子生徒たちの下着に手を伸ばしていた。
そのとき。
「何をしているの?」
脱衣所に響きわたったその声に、南は心底驚いて、叫び声をあげそうになった。
誰にも気づかれないよう細心の注意を払っていたはずなのに、なぜ?
きょろきょろと周囲をみまわす南だが、誰が声をかけたかわからない。
すると。
「刹那、曲者よ。みんなが気づいて大騒ぎしないうちに、来て!」
その声は、奥のハンガーに吊るされている白銀の鎧からしていた。
「げっ、しまった。魔鎧が置いてあったのか!」
南は、頭をかいた。
「ノエルさん! 何かあったんですか?」
湯槽に浸かっていた神裂刹那(かんざき・せつな)は、ノエル・ノワール(のえる・のわーる)が自分を呼んでいる気配に気づくと、ざぶりとお湯を蹴って立ち上がった。
「先にあがっていますね」
天津に身体をこすりつけるのに夢中なカノンに声をかけると、神裂は引き戸を開けて、脱衣所に走り込む。
「う、うおお!? いきなり、いいものみたぜ!」
神裂の身体を目にした南は、思わず興奮して動きを止めてしまう。
「刹那、タオルも巻かないで来たの? こういういやらしい人に身体をみせちゃダメよ! 装着して」
ノエルは、呆れたような口調でいうと、宙を舞って、神裂の身体に覆い被さる。
「あー、くっそー、もう着ちゃったか」
南は悔しそうに舌打ちする。
「助平な人ですね! どうやら、許す必要はないようです」
神裂は生真面目な口調でそういうと、ものすごい目で南を睨んで、脱衣所に置いてあった光条兵器をつかんだ。
「あっ、ちょ、ちょっと待ってくれ! 実をいうと俺は、痴漢目的できたわけじゃないんだ。覗きにきたわけでも、下着を盗みにきたわけでもない。実は今回、俺の用意した勝負下着を部隊の隊員たちに履いてもらいたくて、それで、仕掛けにやってきたんだ」
神裂から本気で殺しかねない気配を感じた南は、慌てて弁解する。
懐から、特製の勝負下着を取り出して、神裂の前で広げてみせる。
それは、透け透けのパンツだった。
神裂の顔が、いよいよ怒りに赤く染まってゆく。
「そんな破廉恥なものを、私やカノンさんに履かせるつもりだったんですか! 仕掛けるって、要するに、もともとの下着と交換するってことですよね? つまり盗みと同じじゃないですか! ただの痴漢より悪質ですね。ゆ、許せない。絶対に!」
「う、うわー、おまえ、頭がかたすぎるぜ。いいか、俺はパンツ愛の伝道者なんだ。俺が愛情をこめてデザインした下着を履いて出撃すれば、体調も万全になるし、何より、同じ下着を履くことで連帯感が増すんだよ。つまり、ユニフォームなんだ」
南は、神裂とは根本的に相性が合わないように感じたが、それでも必死で伝道を行った。
「本当にユニフォームなら、こっそりやる必要ないですよね? それに、電動ですって? いやらしい言葉ばかり使わないで下さい!」
「な、何を連想してるんだ? 違うよ、その『でんどう』じゃないって! まあ、こけしなら確かに持ってるけどな。ヘヘヘ」
最後の方で、南は思わずいやらしい笑いを浮かべてしまったが、それが神裂には致命的な悪印象となった。
「あなたは汚らわしいです! 覚悟して下さい!」
神裂が光条兵器を振りかざして、目にも止まらぬ速さで南に襲いかかろうとしたとき。
「カノンさん、もう入ってらっしゃるんですか?」
邪悪な笑みを浮かべた藤原優梨子(ふじわら・ゆりこ)が、脱衣所に足を踏み入れてきたのだ。
「あなたは?」
神裂は、藤原をみた瞬間、背筋に緊張がはしるのを感じた。
何しろ、藤原ときたら、手にナイフを握っているのである。
「う、うおお、さらに藤原がきたか! こ、これは下手すると絶対絶命のピンチだぜ! お、俺はパンツ愛のためなら死も恐れないからな!」
南は、強敵を2人も相手する事態に備えて、身をかたくした。
「南さん、こんなところで何やってるんですか? 今回ばかりは、私の邪魔をしたら本気で殺させて頂きますからね」
藤原は血も凍るような声でそういいながら、瞬く間に服を脱ぎ捨て、全裸になった。
「うおお! 相変わらず見事なスタイルだが、興奮している余裕がないぜ!」
南は、とびきりのごちそうを目の前にしながら、触れることもできずに、呻いた。
藤原は無防備な姿にも関わらず、手には依然としてナイフを握りしめている。
「あなた、そんなものを持ち込んで、何をするつもりですか? お風呂に入るなら、置いていって下さい。ちょっと!」
神裂の声を無視して、藤原は走っていって、引き戸を開け、浴場の中に入り込んでいった。
藤原の後から、ノコギリや釘といった日曜大工の工具が、サイコキネシスの力にひかれてふわふわと宙を漂いながら、やはり浴場の中に潜り込んでいく。
「刹那。あの人、超能力バトルロイヤル『いくさ1』の1位の勝利者だわ。コリマ校長は絶賛したけど、凶暴極まりない人よ。悪い予感がするわ」
ノエルが警鐘を鳴らすまでもなく、神裂は、藤原の後を追って浴場の中に入り込んでいた。
そして。
しばらくして、浴場からキャーという悲鳴があがり始める。
「おっ、これは、天の配剤か? この隙に、電動、じゃない、伝道するぜ!」
南は、これ幸いと、脱衣所に脱ぎ捨ててある下着を自分の特製の勝負下着に替え始めた。
「カノンさん! お久しぶりです!」
浴場に入るなり、藤原は第一声でカノンに呼びかけた。
「あら? 藤原さん? あなたもイコン部隊に参加するんでしたっけ?」
天津への愛の奉仕を終えて、ひと休みしているカノンは、藤原に笑みを向けた。
「いえ、今回、あなたの部隊に参加するつもりはありません。あっ、ちょっと待って下さい。一応身体を洗いましょうか」
藤原は、石鹸とタオルで身体をごしごし洗い始めた。
「そうですか。でも、ここでお会いできてよかったです! 裸のおつきあいで、わかりあえますよね」
カノンは、藤原の身体をしみじみみつめながらいった。
「そうですね。あなた、そのやせ具合がたまらないですね。ところで、お互い、もっとわかりあいませんか?」
急いで身体を洗い終わった藤原が、仁王立ちになってカノンを睨む。
湯煙の中で、豊満だがあちこちに鍛えられた筋肉が浮かんでいる、藤原のすらっとした裸体がご神像のような輝きを放っていた。
「もっと? どういうことですか?」
「これから戦場に出るんですよね。予行演習ということで、お互いの戦闘スタイルを研究して、攻略法を実践してみませんか?」
藤原は、ナイフの刃先をカノンに向けて、いった。
周囲の女子生徒たちから、ひいっという悲鳴があがる。
「もしかして、殺し合いで真の魂の交流をしようと? ア、アハハハハ、アハハハハ!」
カノンは、両手を打ちあわせて笑い始めた。
先ほどまでの、結城や天津と身体にこすりつけ、山葉涼司の姿を想い浮かべて嬌声をあげることで盛り上がってきていた妖艶の気配は、どこかに消えてしまっていた。
「面白いですね。私も、出陣前に、景気をつけたいと思っていました。是非、このお風呂でやりましょう! お互い全裸で闘うことに意義がありますよね。でも、部隊に参加しないあなたが、どうして急に?」
徐々に戦闘モードへと移行しながら、カノンは、殺気のこもった瞳で藤原をねめつけていた。
「別に。ただ、興奮して呼びかけるあなたの映像をみていたら、私も興奮して、あなたの首でさくらんぼをつくりたくなった。それだけです。だって、殺し合いは、それ自体が楽しいし、生き甲斐ですもの! いきますよ」
藤原は、全身から殺気を放ち、サイコキネシスを解放した。
浴場の湯煙の中に、ノコギリや釘、金槌、カンナ、ヤスリ、といった日曜大工の工具がいくつも宙を舞って、旋回運動を始めていた。
「カノンさん、気をつけて下さい! カタクリズムを発動しようとしています!」
藤原を追って浴場に再び入っていた神裂が、叫ぶ。
「どんな状況でも、どんな理由でも、私に攻撃を仕掛けた人は、ただではすませませんよ。フフフ」
カノンは、怒りというより、楽しんでいると感じられる口調でいって、怖い笑いを浮かべていた。
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