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第2章 カノン、隊員と議論する

(では、設楽隊長自身の海中特攻への代替案として、柊真司(ひいらぎ・しんじ)くんを実行役とする、海中への長距離射撃実施を認めるが、この射撃のことは、隊長には知らせず、その場で急に思いついたこととして行って欲しい。よろしく頼むぞ)
 学院の校長室では、校長と生徒たちとの密議が続いていた。
「わかりました。事前に話したら、反対するに決まってますからね。隊長はなぜだか、死に急いでいるように思えます」
 柊はうなずく。
 他の生徒も、異議はない様子だった。
(また、今回の作戦行動全般において、血気盛んな隊長が行き過ぎないよう、その行動を注視して、必要なら一定のブレーキをかける役割を諸君にお願いしたいのだ)
(といっても、隊長の指示は原則として遵守であり、隊長の意向も当然尊重するのだが、明らかにこれはまずいということがあれば、だ。判断が難しいかもしれないが、諸君の良識に期待したい)
「わかりました。校長がじきじきにそうおっしゃるのであれば、設楽さんの行動をよく見張らせて頂きます。僕も、設楽さんを死なせたくはないですから」
 端守秋穂(はなもり・あいお)がうなずき、他の生徒も同意を示した。
 と、そのとき。
「ダメー! 見張るんじゃダメー!」
 ビスケットをかじっていたユメミ・ブラッドストーン(ゆめみ・ぶらっどすとーん)が、急に興奮した口調で叫び始めた。
 叫ぶと同時に吐き出されたビスケットのかけらが宙を舞い、校長室に甘い香りが漂う。
「ユ、ユメミ! どうしたんだ。校長、すみません。ユメミは、設楽さんのことで、何だかイライラして、精神が不安定になっているようなんです」
 端守が慌ててユメミを制止しようとするが、ユメミは激しい発作が起きたかのようにわめき続けた。
「見張りじゃダメ! いっそ縛りつけてでも止めなきゃダメー!」
「ユメミ、落ち着いて! 校長先生の前だよ」
 端守の言葉に、ユメミはイヤイヤをするように首をぶんぶんうち振った。
「だって、あの子、いま、大事なものを忘れて、自ら死にに行こうとしてるみたいに見えるものー!」
 ユメミの絶叫が、校長室中に響きわたる。
(おぬし自身も強い力を持つがゆえに、設楽くんの状態がみえるようだな。残念だが、設楽くんの出撃を止めるつもりはない。今回の出撃は、全体の状況を総合的に検討して私が許可したことだ。それに、出撃が決まったのを無理に止めようとすれば、設楽くんはいよいよ興奮して、かえって悪い結果を招くだろう)
 コリマは、落ち着いた口調でユメミに語りかける。
 だが、ユメミは、コリマの言葉など聞こえていないかのようである。
「何で? 何であの子は、大事な人がいるのに置いてって、死ぬみたいな事できるのー!? 私は、私だったら、秋穂ちゃんを置いてなんか、絶対行けないし、秋穂ちゃんが死ぬくらいだったら、そのときは! あー!
 ユメミのテンションは上がるばかりだ。
「ユメミ、落ち着いてったら! 外に出よう。本当に申し訳ありません」
 暴れるユメミを校長室の外に連れ出しながら、端守はコリマに頭を下げた。
(構わん。おぬしは、いくさ1の「勝利者」だが、実質的には、そのパートナーと、2人で1つの存在なのだ。このことを忘れてはならないぞ。おぬしらは、2人でいるときにこそ真価を発揮するのだ)
 コリマは、全てを見透かしているかのような口調で、忠告のような言葉を端守に投げかけた。
 そして、端守たちが校長室から退出した後、コリマは次のような言葉も述べていたのである。
(ふむ。ユメミくんは、内心では、設楽くんを恐れているようだ。力の程度が近いだけではない、本質的には同じタイプなのだからな)
 すると。
「あら、校長先生は、やっぱり鋭いわね。今回の件、どこまでみえてるのかしら? 私から、いろいろ聞いたり、議論したいことがあるんだけど」
 水心子緋雨(すいしんし・ひさめ)が、校長の前に進み出ていった。

(ほう。葦原明倫館の生徒か。他校生も今回の作戦に参加してくれるおかげで戦略の幅がだいぶ広がったのは、喜ばしいことだな。で、何を聞きたい?)
 コリマに促されて、水心子はこういった。
「まず、疑問点をあげるわ。第一部隊が壊滅したのは、海ではなく島なのか。そして、壊滅の知らせと同時にカノンさんの力は増幅したのか」
(壊滅したのは、島でのことだ。設楽くんには、彼女が興奮する恐れのあるニュースはなるべく知らせないようにしているのだが、今回の件は、なぜか彼女に伝わった。結果、彼女は興奮し、力の増幅も観測されている。なぜ彼女が知ることになったのか、その原因は調査中だが、我々の予測を越える不確定要素の存在が疑われる)
 コリマは、水心子の疑問に答える。
「ああ、そういえば、例の『Sの館』の事件のことも、カノンさんは知らないようね。もしあの事件を起きたときに知っていたら、彼女がどうなったかわからないわね。カノンさんが今回のセンゴク島の事件をなぜすぐに知ったか、それも確かに気になるけど……」
 そのとき、水心子の脳裏に「寺院」という言葉が浮かんで、消えた。
「あれ? なに、いまの? あっ、気にしないで。その問題より、いまは、海中にいるという親玉のことを考えたいわ。もしかして親玉は海中にいるんじゃなくて、海中にしかいられないんじゃないかしら?」
(その可能性はおおいにある。海中にいて、姿をみせないのには何らかの理由が考えられるからな。だが、我々の力でも、海中の存在については朧げなイメージしかつかめていないのだ)
「親玉の情報はほとんどわからない、ってこと? ああ、でも、何でもいいから、ヒントになりそうなことがあればいって下さらないかしら」
 水心子は、頭をおさえて、目を閉じながらいった。
(ふむ。では、我々が気になっている事実を伝えよう。実は、この学院で以前開催された超能力体験イベントで、強化人間の1人、サンプルXが今回の出来事に関する何かを予知していたと思われるのだ。だが、彼は我々への協力を拒否しているため、詳しい情報を聞き出せてはいない)
「サンプルX? ああ、強化人間 海人(きょうかにんげん・かいと)のことね。ちょっと待って。その件についてのファイルをみせて欲しいの」
 水心子の頭の何かが猛スピードで動いていた。
 今回だけの特別、ということでみせてもらった機密のファイルの1つに目を通すと、水心子は再び目を閉じる。
「うん? 精神感応体験でみえた、海底にある宝石? これだわ。ものすごいヒントだわ。ちょっと待って。あっ、あっ、出る、出る!」
 頭が強い熱を放ち、水心子は悲鳴をあげる。
「私も、どこかで聞いたことがある。以前、シャンバラ大荒野でも、今回と同様に、マイナスエネルギーの増大が観測されたことがあるはずよ」
(む? 我々が赴任する前のことだな。よし、その件に関する情報を収集するとしよう)
「そうね。詳しくは、その情報を分析してからになるわね」
 水心子はふうと息をついた。
(なかなか鋭い洞察、ご苦労だったな。この情報を、冒険屋ギルドに伝えるのは認めよう)
 校長の言葉に、水心子は一瞬心臓を射抜かれたような衝撃を覚えた。
「あら、ギルドのこと、見抜かれてたの。まあ、いいわ。こちらこそ、ありがとうございます」
 何とか平静を保って礼をいいながら、水心子は、ある疑念を抱いていた。
 コリマ校長は、普段から精神感応で語りかけるスタイルをとっているが、これはつまり、あまり長く話し込むと、自分の心の中の考えや記憶を読まれかねない危険があるということではないだろうか?

「校長。僕も、お話したいことがあるんですが」
 水心子と校長のやりとりを聞いていた榊朝斗(さかき・あさと)が、シャンバラ大荒野やマイナスエネルギーといった言葉に、反応を示していった。
(何かな?)
「以前、東シャンバラのイコン製造プラントがナラカ化した事件については、校長もご存知ではないかと思います。あの事件では、ナラカ化の原因はゴーストイコンそのものにありました。今回も、もしかしたら第二のナラカ化が起きるのではないかと危惧しています。私もあのとき、プラントの内部に潜入したんですが、ゴーストイコンだけではなく、スライムやヤドカリといったモンスターも発生していました」
(うむ。その事件なら、もちろん知っている。うん? ちょっと待って欲しい。先ほど話があった、シャンバラ大荒野でのマイナスエネルギー増大について、資料のファイルが集まったようだ)
 コリマは協議を中断し、学院の教官たちが集めた電子ファイルに目を通した。
(なるほど。シャンバラ大荒野に突然泥の沼地が発生し、黒鬼や巨大なカメが暴れだした事件か。確かに今回のセンゴク島の事件と関係がありそうだ。それに、この泥沼の事件でも、放置すればナラカ化の危険があったという分析結果が出ている)
 校長の言葉に、榊は驚いたような顔をみせた。
「泥沼の事件なら、僕も知っていますが、僕が先ほどお話した、イコン製造プラントのナラカ化とはどういう関係があるんでしょうか?」
 すると、話をずっと聞いていた水心子が口を開いた。
「泥沼の事件と、プラントの事件とに直接の関係はないわ。おそらく、2つの事件の元凶は別のものよ。ただ、どちらも、マイナスエネルギーの増大が、ナラカ化に結びつくことを示しているわね」
「えっ、すると?」
 榊は、一連の事象が示すものを考察しようとした。
 だが、先に、コリマがあらたな認識を得ていた。
(今回のセンゴク島の事件も、放置すればナラカ化を招く可能性が非常に高いということだな。偶然かどうかはわからないが、センゴク島付近に、泥沼事件の元凶と、イコン製造プラントの事件の元凶の両方が揃ったのだとすると、極めて憂慮すべき事態といえる)
「やっぱり、ナラカ化は起きるんですね。そうすると、元凶に近づくにつれ、機械類や精神が異常をきたす事態も起こりうるので、出撃前に対策を施しておいた方がいいと思います。もしかしたら、強化人間の中でも特に敏感な人なら、既に影響を受けているのかも。あっ!」
 そこまで話して、榊は気づいた。
 今回のカノンの、凶暴性の助長についての真相の一部がみえたのだ。
(了解だ。イコン製造プラントでの事件のファイルも分析し、対策を考えてみよう。だが、どんな対策をたてたところで、特に敏感な一部の者は影響を免れないだろうな)
 コリマは、榊のいわんとすることを見透かしたような口調でいった。
「校長。僕も出撃するので、できる限りのことをやってみたいと思います」
(うむ。頼んだぞ。それと、ひとつお願いがあるのだが、センゴク島近海で、ナラカ化を引き起こすもとになる物質をみつけたなら、できれば回収して欲しいのだ)
 コリマのその言葉に、榊は怪訝そうな顔をみせた。
「回収を? 破壊した方がいいのではないですか?」
(いや、純粋な学術的興味からいってるだけだが、もちろん、難しいなら破壊して構わない。ただ、我々は、その物質を回収したとして、安全性を保障しながらそれを解析する自信はあるのだ)
「そうですか。わかりました。できる限り努力はしてみます」
 榊は、一応了承したものの、どこかに疑問が残った。
 だが、校長と精神感応を行っている状態では、その疑問もできる限り抹消する必要があり、結果として、疑問を抱いたこと自体を忘れるように努めたのである。

 一方、食堂では、設楽カノンとその周囲の生徒たちとの間で、食事会兼作戦会議が和やか(?)に続いていた。
「はーい、それでは、部隊名も決まったところで、作戦の内容に入りますね。センゴク島に到着したら、状況を把握のうえ、島のゴーストイコンさんの首を斬り落としながら、遺体の回収も行うことになります。問題は、私が海中に存在すると考える、ボス敵さんの対処ですね。とりあえず、私が海中に特攻して、首を斬ってやろうと考えていますが、一緒に特攻したいという人は、きても構いませんよ。でも、念のため、遺言は残しておいて欲しいですね」
 そこまでいって、カノンは、何が面白いのか、クスッと笑った。
 部隊に参加することになる生徒たちは、真剣な表情でカノンの話を聞いていたが、海中への特攻の話になると、みな、眉をひそめざるをえなかった。
 まるでカノンは、自分から死にたがっているようにさえ思えるが、それにしても、なぜそんなに楽しそうにするのだろう?
「隊長、そのボスへの特攻についてなんだけど、特攻すると見せかけて敵を誘い出してから浮上するようにして、海中戦闘は避けた方がいいんじゃないかな?」
 榊孝明(さかき・たかあき)が、意見を述べた。
「あっ、榊さん。お気遣いありがとう! そうですね。おっしゃるように、私が囮役になるのでも構いませんよ」
 カノンは、榊に笑みをみせていった。
 だが。
「榊さん、それでは、同じことですわ」
 オリガ・カラーシュニコフ(おりが・からーしゅにこふ)が、異議を唱えた。
「同じこと、って?」
 榊は、オリガに尋ねる。
「隊長が危険にさらされる点に変わりはないということです。それに、隊長は囮役に満足せず、きっとそのまま、特攻してしまいますわ」
 オリガは、カノンを真剣な瞳でみつめて、いった。
「あっ、バレちゃいましたか。エヘへ」
 カノンが舌を出したのをみたとき、オリガは思わず感情的な口調になった。
「カノンさん! これだけはいっておきます。私、あなたの生命を軽んじるところが嫌いです!」
 話を聞いていた生徒たちの間に、緊張がはしる。
 最近の戦闘での体験をとおして、僚機が全て帰還できるように闘いたいとの思いを強くしたオリガがそうした発言をするのは、当然といえた。
 だが、周囲の生徒たちとしては、カノンがどういう反応をみせるかが不安なのである。
「へえ。そう? じゃ、何で参加するんですか?」
 それまで上機嫌だったカノンだが、一転して、燃えるような殺意のこもった瞳を、オリガに向けていた。
「この作戦でも、みんなに無事に帰ってきて欲しいからです。もちろん、カノンさん、あなたも含めてですわ」
 オリガは、カノンの瞳をまっすぐみつめ返して、答えた。
 そして、オリガは、ヤバいことになったという顔をしている榊の方を向いた。
「榊さん、敵を誘い出すというあなたの考え方は、いいと思います。ですが、囮役を設定するにしても、海中には入らないで、あくまで海上から仕掛けた方がいいですわ」
「あっ、そうか。そうだよね。でも、隊長じゃなかったら、誰が囮役をやるの?」
 頭をかきながら、榊が尋ねる。
「私がやりますわ。イコンで海面付近を飛行して、ボスを誘い出します」
 オリガの言葉を聞いたカノンが、けたたましい笑い声をあげた。
「アッハッハ! どういうつもりかと思ったら、自分の手柄にしたいんですね! でも、誘い出しても、海上に出るとは限りませんけど?」
 オリガは、再びカノンにまっすぐな視線を向けた。
「自分の手柄なんか、どうでもいいですわ。敵が海上に出なかったとしても、海面付近に誘い出せれば、たとえ特攻を仕掛けたとしても、被害を最小限に抑えることができますわ」
「そうですよね、結局は特攻することになりそうなんですよね。じゃ、そのときは、隊長である私が率先して特攻しますね」
 カノンの言葉に、生徒たちは首をかしげた。
「誤解を防ぐためにいいますけど、できる限り特攻を避けるために、こうした案を提案してるんですわ。隙あらば特攻しようと考えるのはなぜですか? 私の案を、特攻の前座と考えるのは不適当ですわ」
 オリガは、優等生的な口調でカノンに斬り込んだ。
 周囲の生徒は、ハラハラしどおしだ。
「オリガさん、あなたは優秀ですが、常識の範囲内での考察にとどまっているようですね。隊長である私の意向としては、あなたが囮役をやるのは認めますが、同時進行で特攻もやるしかないと思います! 私の直感ですが、海中の敵は、特攻でなければ倒せません。それも、できる限り速やかな特攻が求められているんですよね」
 カノンは、邪悪な笑みを浮かべながらいった。
「カノンさん、隊長であるあなたに失礼なことをいってしまったのは、謝りますわ。ですが、同時進行で特攻をやるのでは、私が囮役をする意味がなくなってしまいます。どうかお考え直しをお願いします」
 オリガは、どこまでもはっきりした口調でいった。
「ねえ、私も、特攻の前に、爆雷で海中の敵を誘い出す作戦を考えているのよ。大物が爆発に驚き慌てふためいてる姿を楽しんで、それから首をとった方が面白いんじゃないかしら?」
 天貴彩羽(あまむち・あやは)も、議論に参加してきた。
「あっ、いいですね。じゃ、海中で爆雷が爆発しているただ中に特攻すると、さぞかし爽快な気分を味わえますよね」
 カノンは、天貴にニヤッと笑いかけていった。
「爆発しているときに特攻を? そこまでしなくてもいいでしょ」
 できる限りカノンの考え方に合わせようとしていた天貴も、あまりのことに目を丸くした。
 オリガが、呆れたといったように腕を組んで、ため息をつく。
 周囲の生徒には、議論のゆくつく先がみえなかった。
 そもそも、無闇に特攻を仕掛けたがるカノンの心情が意味不明なのである。