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【2021正月】お正月はハワイで過ごそう!

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【2021正月】お正月はハワイで過ごそう!

リアクション


第四章 只今、絶賛修行中!

「そこのあなた!シズル様をお見かけしませんでしたか!!」
タオルやドリンクといった、差し入れの準備に追われていたミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)は、突然の声に顔を上げた。
いつの間に近寄ったのか、メイド服姿の少女が、切羽詰まった顔で立っている。
「え、えっと……」
「シズル様です、加能 シズル(かのう・しずる)様!この辺りにいらっしゃるはずですが!」
突然の事に戸惑うミーナに、秋葉 つかさ(あきば・つかさ)は、苛立ちを隠そうともせずに詰めよった。
「う、うん。シズルさんなら、ちょっと着替えてくるって、あっちの茂みの方に行ったけど……」
「あちらですわね!有難うございます!」
 礼の言葉もソコソコに、つかさはミーナの指差す方向へと猛然とダッシュする。
『誤算でしたわ……。てっきりシズル様もホテルに行くものだと思っていたのに、まさかキラウェアに直行するなんて……。でも、これは嬉しい誤算かも……』

修行の際にはサラシに剣道着を着用するシズルだが、修行の前に行うウォーミングアップは、Tシャツにノーブラというラフな格好で行うという事実を、つかさは綿密な情報収集によって掴んでいた。
つかさは、そのウォーミングアップを“視姦”するために、『二度と地球の土は踏むまい』という誓いを破り、『屋敷』の人間に見つかる危険を犯してまで、今回のハワイ旅行に参加したのである。
しかし、その甲斐はあった。さっきの少女によれば、シズルは今着替え中だという。急げば、Tシャツどころか、シズルの生肌を目にすることが出来るかもしれない。
『お願い、間に合って!!』
 そう念じながら、全速力で走り続けるつかさ。身を隠すことなど、とうの昔に忘れてしまっている。

『ガサガサッ!』
 前方の茂みが不自然に揺れるのを見たつかさは、咄嗟に地面に伏せると、【ベルフラマント】を頭から被った。これで、自分の気配は完全に消したはずだ。
 茂みの向こうに目立った動きが無いのを見て、スススッと茂みへと近づいていく。また、茂みがガサガサと揺れた。
 はやる心を抑え、慎重に茂みに近づいていく。茂みの手前で腹ばいになり、枝をかき分けながら進んでいく。
 茂みの向こうに、チラッと人の肌のようなものが見えた。さらに、『バサッ』という服を脱ぐような音も聞こえる。
 『間違いありませんわ!あそこにシズル様が!!』
 絶対に気づかれてなるものかと、一度に数センチのペースで進んでいくつかさ。茂みの端まであと数十センチだというのに、それが何十メートルにも感じられる。
『「女子のぞき部部長」の名にかけて、なんてしてもシズル様の珠のお肌を、この目に焼き付けておかなくては!!』
 ただその一念に突き動かされて、拷問にも似た時間に耐え続けるつかさ。だが、その苦しみもついに終わりを告げようとしていた。茂みの端に到達したのだ。
『お待たせ致しました、シズル様!今、つかさが参ります!!』
 天国への扉を開くかのように、茂みの向こうを覗くつかさ。その目の前には――。

「うーっし!火山の気を取り入れながら、修行開始だ!まずは、走りこみ5キロ!!」

 六尺褌一丁で、気合を入れているナイスガイ、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)の、引き締まった臀部があった。



「これがキラウェア火山か……。確かに、スゴい迫力だな」
耐え難い熱気に顔をしかめつつ、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は眼下に目やった。火口から溢れ出した溶岩が、次々と大地を赤く染めていく。
噂に名高いキラウェア火山を間近で見ようと、ダリルは《物質化・非物質化》を使い、パラミタから飛空艇を持ち込んでいた。
 頭上を振り仰げば、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が、溶岩に熱せられて出来た上昇気流を翼一杯に受けて、ゆうゆうと空を舞っている。やがてカルキノスは高度を下げ、ダリルの横に並んだ。顔一杯に笑みを浮かべている。
「いいねぇー、大地の力を感じるぜー!」
 吠えるようなカルキノスの声に驚いて、彼の周りを飛んでいた鳥たちが、一斉に逃げて行った。
「あんまりゆっくりしてると、後で航空管制センターからドヤされるぞ」
「うっかりすると、空母からスクランブル発進するかも知れないな」
「あるある!」
 そう言って、大笑いする二人。

「おい、見てみろ、アレ。随分と熱心なヤツがいるぞ」
 カルキノスに言われて下を見ると、ふんどし姿のラルク・クローディスが、筋トレに励んでいる所だった。
「ふぅ……ふぅ……まだだ!まだまだ足りないぜ!!限界だ、限界を超えるんだ!!」
「『大和魂』ってヤツだな。感心感心」
うんうん、と頷くダリル。
「大和魂ね。じゃ、アレはなんだ?」
「アレ?」
 カルキノスの指差す方向に目をやると、何かが、砂塵を捲き上げながら道なき山の斜面を登っている。時速60キロは出ているだろうか。斜面である事と悪路である事を考えれば、かなりのスピードだ。
 よく見ると、どうやらそれは戦車であるようだった。一昔前のロボットアニメによくある、今にも合体変形でもやらかしそうなデザインをしている。
 機晶姫用魔鎧を自称する、合身戦車 ローランダー(がっしんせんしゃ・ろーらんだー)が、悪路走破性能をテスト中なのだが、そんなコトはダリル達に知る由もない。
「戦車……かな?少なくとも米軍のモノには見えないが……」
「同感だ。じゃ、アレはなんだ?」
「まだなんかあるのか?」

言われてダリルは目を凝らしてみるが、そこには、火口から流れ出る溶岩があるばかりだ。
「違う違う、もっと右だ、右。火口のフチの所!」
 今度は、ダリルも気がついた。
甲冑に身を包んだ誰かが、火口の辺りで上昇と降下を繰り返している。実はこれは、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が火山の熱を利用した龍鱗化のパワーアップ実験をしているのだが、やはりそんな事は、ダリルには分かろう筈もない。
「……ヘンなのが多いな、今回」
「……あぁ」
 カルキノスは頷くしかなかった。



「ここなら、思いっきり修行ができると思うぞ。リンドウ」
 桜葉 忍(さくらば・しのぶ)はそう言って、光条兵器を取り出した。
 忍の光条兵器は、長さ約2メートル。白銀に光り輝く、片刃の大剣だ。
「はい!忍殿」
 元気よく返事をした秋草 リンドウ(あきくさ・りんどう)は、はりきって薙刀を構える。
「今回の修行は、『閃空移動』を完成させることが目的だ。そのつもりで、頼むぜ」
「はい、忍殿の動きについていけるよう、頑張ります!」
 閃空移動というのは、《縮地》と《バーストダッシュ》を組み合わせた、忍オリジナルの移動術である。
“気配を消したまま神速以上の速度で移動し、足に集中させた『力』で空間に力場を作り出す事により、慣性の法則を無視した機動を可能とする”事を目指してはいるが、未だ開発の途上にあった。
 
「よし、行くぞ!」
 言うが早いか、忍は大剣を構えたままリンドウへと突っ込んだ。彼女の薙刀の間合いに入る直前に、左の足に気を集中させ、大きく右へと向きを変える。そして、完全にリンドウの側面を取った所で、大剣を思い切り振り下ろした。
「ちぇすとー!!」
 裂帛の気合と共に放たれた衝撃波が、リンドウを襲う。
 忍の剣術は、示現流を元に改良を加えたオリジナルのモノだ。
「はぁーー!」
 対するリンドウは、薙刀を風車のように回転させ、衝撃波を受けようとする。
『くっ……、お、抑え切れない!』
 忍の衝撃波に耐え切れず、リンドウの薙刀が吹き飛ばされた。それでも勢いの収まらない衝撃波はリンドウを襲い、彼女の身体をビリビリと震えさせる。
『もらった!』
 宙に舞う薙刀を見た忍は、リンドウに必殺の突きを見舞うべく、急制動をかけた。しかし、足が力場を捉える気配はない。攻撃に気を取られて、足への力の集中に失敗したのだ。
『しまった!』
 必死に体勢を立て直そうとするが、あせりから力の集中がうまく行かない。リンドウのポカンとした顔が、見る見る遠ざかっていく。
『ドコーン!』
 結局忍の身体は、そのまま10メートル以上も横滑りを続けた後、溶岩の塊にぶつかって止まった。
 激しい衝撃と痛みに、一瞬意識が朦朧とする。まるで受身も取れなかったのだから、当然といえば当然だ。
「忍殿!大丈夫ですか、忍どのー!」
 リンドウが慌てて駆け寄ってくるのが見える。
「くっそー、まーだまだー!!」
 溶岩に半身埋まったまま、声を上げるリンドウ。
 何気に忍は、障害が大きければ大きいほど、燃えるタイプなのだった。



「これはもう、乱取りに近いな……」
エヴァルト・マルトリッツは、自分の背後を振り返り、半ば呆れたように言った。そこには、シズルとの手合わせを待つ10人以上の戦士たちが、自分の出番を待っている。
いずれも、シズルの使う『タイ捨流(たいしゃりゅう)』という剣術に惹かれて集まった者たちである。タイ捨流というのは、戦国時代の剣豪、丸目蔵人佐(まるめ・くらんどのすけ)が興した流派だ。
タイ捨流の『タイ』には、“「体」とすれば体を捨てるに留まり、「待」とすれば待つを捨てるに留まり、「対」とすれば対峙を捨てるに留まり、「太」とすれば自性に至るに留まる”として、いずれの枠にも収まらない、自在の兵法(ひょうほう)を目指す意味が込められているという。

「一番手はあなたなのね、エヴァルト。あの時は不覚を取ったけれど、もう昔の私ではないわ」
 そう言って、刀を構えるシズル。拵えは普通の日本刀そのものだが、訓練用に、刃は潰してある。木刀を使う手もあるのだが、プレートアーマーやパワードスーツが相手では、木刀ではすぐに折れてしまう。
「久し振りだね、加能さん。空賊に捕まった時から、どれほど強くなったか……見せてもらうぜ!」
エヴァルトは、《空飛ぶ魔法↑↑》で宙高く浮き上がると、シズル目がけて一気に急降下した。普段はその重量が足手まといになる【マクシミリアン】だが、今はそれが加速を増す手助けになっている。
シズルは、その直線的な動きを軽く身体を開いてかわすが、当然それはエヴァルトも予想済みだ。落下の勢いを転がって殺しながら、シズルの懐へと飛び込む。
エヴァルトは、格闘術の使い手である。とにかくシズルの間合いの内側に入り込まなくては、勝負にならない。
『捕まえた!』
 エヴァルトが喝采を叫んだのもつかの間、シズルはエヴァルトの方に向かってトンボを切った。空中で身体を捻って向きを変えると、着地の勢いを乗せた一撃を、彼の背中に浴びせる。
その必殺の斬りを、エヴァルトはかろうじて避けた。とはいえ、攻撃を予測していた訳ではない。ただ、鍛えあげられた彼の戦士としての本能が、無意識の内に彼の身体を動かしたに過ぎない。
「これは、驚いたな……」
背中に走る鈍い痛みをごまかすように、エヴァルトは呟いた。いくら油断していたとはいえ、攻撃を完全には避けられなかったのだ。
「まだまだ。この程度で驚いてもらっては困ります」
 エヴァルトから片時を目を離すこと無く、立ち上がるシズル。
「そいつは楽しみだ。なら、俺もせいぜい楽しんでもらえるよう、頑張らないとな」
そう言って、ニヤリと笑うエヴァルト。
戦いの幕は、まだ上がったばかりだ。



「……始まりしたね」
 光の翼を広げ、レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)は空を舞っていた。
彼女の位置からは、シズル達の立合いがよく見える。
 今回レイナは、龍騎士との本格的な戦いに備え、空戦の修行に励む事にしていた。
地上とは異なり、慣性に大きく左右される空中での戦闘の感覚を、しっかり身体に刻み込まなければならない。
 全速力で上昇し、そして下に向きを変えながら目標を定め、一気に急降下――。
 レイナはこの動作を幾度も繰り返しながら、目標の確認の仕方や、落下時の勢いを上手く剣に乗せる方法について、確認していく。

「どうせ修行するなら、相手がいた方がはかどるんじゃないのか?」
 野太い声に顔をレイナが振り返ると、そこには、皮の翼をゆったりと羽ばたかせて滞空する、ドラコニュートの姿があった。
「驚かせてスマン。俺はカルキノス・シュトロエンデ。俺でよければ、相手になるぞ?」
「それは願ってもない申し出ですが……いいのですか?」
「あぁ。俺は今回仲間の付き合いみたいなもんだからな。ちょうどヒマしてた所なんだ」
「それでは、お願いします。私は、レイナ・ライトフィードといいます」
 少し逡巡した後、レイナはカルキノスに頭を下げた。
「よし、そうこなくっちゃな。ところでレイナ、お前、二刀流を使うのか?」
 レイナの腰に下がる、まだ抜かれていない剣を、カルキノスが指差す。
「はい」
「そうか、そいつはちょうどいい。俺の相棒が二刀流を使うんでな。二刀流の相手なら、慣れてるぜ」
 そう言って得意げに笑うカルキノス。
「そうなのですか!なら、遠慮無く行かせて頂きますね」
 嬉々としてもう一本の剣を抜くレイナ。
 格好の修行の相手が得られた幸運を、レイナは全身で表現していた。



「沖田さーん、沖田さんの番だよー!」
 進行役を務めるミーナ・コーミアの声に、沖田 聡司(おきた・さとし)は刀を振る手を止めた。
「もう出番か」
 自分の練習に集中するあまり、時間の経過をすっかり忘れていた。これまで聡司は、一人皆から離れ、これまでに体得した型を超スローモーションで行うという練習を、ひたすら繰り返していた。
「すぐに行く」
 練習でかいた汗を手早く拭うと、聡司はシズルの元に急いだ。

「俺は、沖田 聡司。新陰流(しんかげりゅう)を使う」
「新陰流……」
新陰流の祖、上泉信綱(かみいずみ・のぶつな)は、タイ捨流の祖、丸目蔵人佐の師匠にあたる。
「そうだ。おまえも、新陰流の太刀筋は知っているだろう。俺も、タイ捨流の太刀筋は知っている」
「ハンデなしにしたかったと、そういう事?」
「その通り。まぁ、契約者同士の戦いで、既存の剣術の情報など、大して役にはたたんがな」
「そうね」
 レティーシアと契約する前の自分を思い出し、シズルは自嘲めいた笑みを浮かべた。
「俺は、おまえの戦いは全く見ていない。だから、おまえがどういう戦い方をするのか、とても楽しみにしている」
「私も、新陰流を使う契約者と手合わせするのは初めてだから、とても楽しみよ」
 聡司と言葉を交わしながらも、シズルの構えには全く揺らぐところがない。
「……やはり、打っては来ないか」
「新陰流相手に、こちらから動くのは得策ではないものね」
 そう言って、口元に笑みを浮かべるシズル。

 新陰流は、自分を『陰』とする、すなわち、「『影』のように相手の動きに付き随いながら、しかし相手に翻弄されるのではなく、逆に相手を自分の有利なように誘導する」事を極意とする剣術である。ならば、影を作らねばよいだけの事――。

 しかし聡司は、シズルが笑みを浮かべた、その一瞬の隙を見逃さなかった。
大きく前に一歩踏み出し、シズルとの間合いを詰めにかかる。
シズルが打って来ないだろうというのは、聡司も予測していたことだ。
実は、聡司は新陰流以外の流派も学んでいるのである。
「自分が『新陰流の使い手である』とシズルに教え、先入観を与える事で、彼女に付け入る隙を作り出す――」全ては、聡司の作戦だったのである。

『この足が地面をとらえると同時に、下段に構えた刀を振り上げ、奴の小手を打つ!』

聡司の脳裏には、自分が勝利を収めるその光景が、ありありと浮かんでいた。
 だが――。
 
刃の先に、シズルの姿は無かった。
 シズルは、聡司の刀の半歩脇、まさに紙一重という位置に立っていた。
 わずかに残ったシズルの髪が、聡司の刃に触れ、はらり、と落ちる。
その刹那、シズルは、完全に伸びきった聡司の身体を、袈裟懸けに切り下ろした。
 木刀が肉を撃つ、鈍い音が辺りに響く。
 この一撃で、勝負はついた。

「俺の完敗だ。まさか、俺の策を完全に見抜いた上で、俺が動くよりも一瞬早く体を捌くとはな」
 シズルに打たれた傷を押さえながら、聡司はシズルを見上げた。
「見抜いた訳じゃないわ。ただ、あなたが動くのがわかったから、それに反応しただけよ」
「……それだけ早いと言う事か。ますます持って、俺の完敗だ」
「楽しかったわ」
「あぁ。俺もだ。また、よろしく頼む」
 差し出されたシズルの手を取り、立ち上がる聡司。今日初めて、聡司は笑顔を浮かべた。



「では、よろしくお願いします。葉月さん」
「こちらこそ、お手柔らかにお願いしますね」
礼を済ませたルーチェ・オブライエン(るーちぇ・おぶらいえん)菅野 葉月(すがの・はづき)は、同時に構えた。
 ルーチェの得物は【翼の剣】を模した模擬刀。対する葉月は、刃を潰した日本刀だ。
 シズルとの対戦までかなり時間のある葉月が、同じように対戦待つルーチェに、立合い申し込んだのである。
 ルーチェは、頻りに前後に動き、葉月との間合いを測っている。どちらかいうと、フェンシングに近い動きだ。
 対する葉月はというと、居合のように中腰になり、鯉口を切った刀の柄に手を当てたまま、じっとルーチェの動きを見守っている。
 両者とも相手の出方を伺ったまま、動こうとはしない。
 先に仕掛けたのは、ルーチェの方だった。
一定のリズムを刻んでいた前後の動きを大きく崩して前に踏み込み、葉月に突きを繰り出す。その攻撃を、後ろに飛び退って交わす葉月。
『今!』
その着地の隙を、ルーチェは見逃さなかった。
《バーストダッシュ》を使い一気に間合いを詰めながら、必殺の突きを打ち込む。
 しかしその動きを、葉月は見抜いていた。
 真っ直ぐ繰り出される突きを、半ばまで鞘走らせた刀で受けると、柄を握る右手と鞘を持つ左手に渾身の力を込め、ルーチェの剣を上から押さえ込む。
 体重が前方に移動していたルーチェが、大きく揺らぐ。彼女の身体は、葉月の体重まで乗せた圧力に耐え切れずに、その場に突っ伏してしまった。

「今の技は、一体なんですか?」
 身体についた土を払いながら、ルーチェが尋ねた。今まで、見たこともない技だ。
「今のは、我が当理流に伝わる剣術の一つです。相手の武器を奪い、拘束することを主眼としています」
「当理流……ですか?」
 元々ルーチェは日本剣術には詳しい方ではないが、それでも有名な流派の名前位は一通り知っている。しかし、当理流というのは初耳だ。
「はい。当理流というのは二刀流で有名な宮本武蔵の父、新免無二(しんめん・むに)と同一人物といわれる、宮本無ニ助(みやもと・むにのすけ)が開いた兵法なんですが、今は伝える人は殆どいません」
「ほとんど……」
「はい。失われた剣術なんです。元々は一刀、二刀、十手、手裏剣、捕縛などの術を網羅した総合武術なんですが、私も使えるのは、その内のごく一部です」
 刀を収めながら、寂しげに言う葉月。
「あの……、もっと教えて下さいませんか、当理流のコト。私、スゴく興味があるんです」
『失われた剣術』と聞いて、ルーチェは俄然興味が湧いてきた。
「もちろんいいですよ。それじゃ、もう少し立合いましょうか?」
「ハイ!よろしくお願いします!」



『くっそー、キラキラしてんなー、ルーチェのヤツ』
 葉月と楽しげに言葉を交わすルーチェを横目に見ながら、狭霧 和眞(さぎり・かずま)は内心毒づいた。
 『ハワイ旅行』というから、てっきりバカンスを満喫できるものと思って来たものの、いつの間にか、ルーチェに付き合って剣の修行をさせられている。
『イコンに乗るには体力も重要ですし、何より格闘センスを磨いておかないと!』
と言うルーチェの言い分ももっともなのだが。
「何をボーッとしているの?こっちから行くわよ!」
 シズルの声に、和眞はハタと我に返る。そうなのだ。自分は今、シズルと立合いを始める所なのだ。
「お!?ちょ、ちょっと待って……」
「問答無用!」
 慌ててシズルの方に向き直ると、今まさに、振り上げられたシズルの刀が、必殺の袈裟を見舞ってくる所だ。今から受けや避けをしても、一撃目はともかく、二撃目は避けられまい。
『ええぃ、こうなったら!』
 思い切ってシズルの懐に飛び込み、すれ違い様の一撃にかけるしかない。
 一瞬でそう判断した和眞は、大きく身体を沈み込ませて力を溜めると、一気に前に飛び出そうとする。ところが――。
下手に力んだのが行けなかったのか、地面に何もないにもかかわらず、つんのめってしまった。
 バランスを崩し、前に倒れる和眞。
「おぁぁ!?」

ポヨン♪

 和眞の顔が、何か柔らかいモノに突っ込む。
 和眞が、それが、シズルの胸である事に気づくのに、たっぷり5秒はかかったろうか。
 ほのかに、甘い香りがした。

「……いつまで、そうしているつもり?」

 激しい怒気をはらんだ声に、目を上げる和眞。
 そこには、怒りと羞恥とで真っ赤になった、シズルの顔がある。
「5つの時より剣を握り、今日まで十二年。コレほどの恥ずかしめを受けたのは初めてよ。あの空賊に捕まった時でさえ、コレほどではなかったわ。あなた……、覚悟はいいわね?」
 和眞は、死を覚悟した。



「みなさーん、お疲れ様です!差し入れですよー!」
 シズルにボロ雑巾の様にされた和眞を収容するまでの時間を利用して、ミーナ・コーミアがドリンクとタオルを持ってきた。
「みず、水―!」
「慌てなくても、ちゃんと全員分ありますからねー」
 汗まみれになった戦士たちが、我先にと殺到する。
「お、サンキュー♪」
「有難う!気が利くな〜!」
「おいしいー!ねぇコレ、オリジナルドリンクでしょ?どうやって作ったの?」
「えっと、それはですね――」
 殺伐としていた空気が、一瞬で、和気あいあいとしたモノに変わる。

「いやー有意義な修行だったぜ!久々に、思いっきり身体を動かしたな!」
 タオルで汗をふきふき歩いてきたのは、ラルク・クローディスだ。ようやく自主トレから戻ってきたらしい。
「あ、お疲れ様です!ハイ、どうぞ♪」
「おー、いいの?それじゃ、遠慮無く」
 ペットボトルのキャップを開けて、ゴキュゴキュと音を立てて飲み干していくラルク。ボトルは、あっという間に空になった。
「プハーァ!いやー、生き返った!ありがとう!」
 ボトルをミーナに返し、爽やかな笑みを浮かべるラルク。
「あぁ、そういえば……」
「どうしたの?」
「いや、戻ってくる途中で気絶してる女の子を見かけてさ。声をかけたんだけど、目を覚ますなり、悲鳴を上げて逃げてっちゃって……。大丈夫かな、あの子」
 心配そうな顔をするラルク。
「えー!逃げちゃったの、その子?熊かなんかと勘違いされたんですかね?」
「いやー、ハワイで熊もないだろうけど、痴漢か何かと間違われたのかな?」
「んー、でも、今この辺りにいるのって私達修行組だけですから。多分、大丈夫じゃないですか?」
「かな?だといいけど……」
 自分のせいで気絶したとも知らず、秋葉 つかさの身を案じるラルク。
 どこまでもナイスな男であった。



「お互い『力』は使わない、という事でいいのね?」
 シズルの言葉に、志方 綾乃(しかた・あやの)はコクリと頷いた。
「はい。これまで私は、体型だった武術を習ったことがないので、どちらかというと力に頼ってばかりでした。でも、今日皆さんの戦いを見ていて、“やっぱり、ちゃんと武術を学んだ方の戦い方は違うなー”って。だから、シズルちゃんから見て、気づいたことがあったら、どんどん言って下さい」
「わかったわ」
「それじゃ……行きます!」
綾乃は、刀を腰だめに構えると、シズルに向かって一気に突っこんだ。そのままシズルに斬りつけるかと思いきや、彼女の手前で大きくトンボを切り、その背後に回る。エヴァルトとの戦いで、シズルが使った戦法である。
だが、綾乃は落下と同時にシズルに斬りつけるのではなく、一旦着地してからシズルに突っ込んだ。着地と攻撃の間に一拍置くことによって、シズルの回避のタイミングをずらそうとしたのだ。
だが、綾乃が突きを繰りだそうするよりも早く、今度はシズルがトンボを切る。綾乃の突きを体を捌くのではなく、シズルの後ろに回った綾乃の、さらに後ろに回って避けたのである。
これに対し綾乃は、突きを入れたその勢いを殺す事無く、さらに二歩、三歩と前にステップを踏んだ。綾乃との距離を取り、背後からの攻撃を避けるためである。
しかし、シズルの追撃は早かった。綾乃の稼いだ距離を瞬く間に詰めると、立て続けに左右の袈裟懸けを浴びせてくる。これを刀で受ける綾乃。
するとシズルは、素早く綾乃の前後左右に移動しながら、さらに袈裟を打ってきた。それも、一撃一撃、微妙にタイミングをずらして打ってくるのである。
 その動きに付いて行く事ができずに、ついに綾乃は、シズルの小手を受けてしまった。

「ま、まいりました……」
 打たれた小手をさすりながら、立ち上がる綾乃。
「あなた、守りが苦手みたいね。守りの練習、してないでしょ?」
図星だった。日頃、『先手必勝』『攻撃は最大の防御』を座右の銘としている綾乃は、守りの練習をおろそかにしていた。シズルに、その弱点を突かれたのだ。
「はい。確かにそう言われると、守りの練習は殆どした事がないです」
 経験不足を指摘され、綾乃は素直に答える。
「なら、まずはそこから始めないとね。自分の好きな事ばっかりだと、どうしても偏りがでちゃうから。私でよければ、後で少し教えてあげるわ」
「本当ですか!是非、よろしくお願いします!」
 綾乃は、嬉しそうに頭を下げた。



「んー?標的なんて、ナンもねぇじゃねぇか?」
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)の指し示す方を見て、怪訝そうな顔をした。

今回、エースとメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は、ルカとダリル・ガイザックと共に、射撃訓練をすることになっていた。
ルカが『準備はまかせておいて♪』というので、全面的に任せたのだが。
「え?標的ならあるわよ、ちゃんと。ホラよく見て?」
「どれどれ?」
「ほら、あそこにあるでしょう?マカダミアナッツ」
「ナッツかよ!!」
 間髪入れず突っ込むエース。
「そう、ナッツ。あ、動的標的は、瓦せんべいよ♪食べる?」
「いらねーよ、そんなモン!それより、当たる訳ねーだろ、あんなの!」
 瓦せんべいをはねのけ、ルカに詰め寄るエース。
「あら?当たるわよ?ちゃんと」
 その言葉を待っていたのだろう。ルカはエースに双眼鏡を渡すと、親指をクイッと向けて、ダリルに合図した。ダリルはおもむろに銃を構え、立て続けに撃つ。
「全弾命中。さすがだね、ダリル」
 着弾確認をした、夏侯 淵(かこう・えん)が告げる。
「ま、止まってるしな。真正面から撃てば、当たる道理だ」
「ね?」
「……」
 あまりの事に、しばし言葉を失うエース。
「まぁいいじゃないか。ともかく早く初めようよ、エース。こう暑い中ただ立っているのは、耐えられない」
 暑いのが苦手なメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)がぼやく。
「わーったよ!ほら、銃貸せ、銃」
 ダリルからひったくるように銃を受け取り、射撃姿勢を取るエース。
「わー!エースー!頑張れー!」
「全弾命中ですよ、二人とも♪」
クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が声援を送る。
「あらあら〜、カッコ悪い所は見せられないわね〜、エース?」
 ここぞとばかりに、エースをからかうルカ。
「いいぜ、始めろよ」
 エースは、そんなルカの言葉には毛ほども動じた様子はない。表情は、真剣そのものだ。
「オッケーイ!成績優秀者にはマカダミアナッツチョコ、最下位は薬莢始末の罰ゲームが待ってるわよ♪」
「ナッツはもういい!」
 そのツッコミを合図に、訓練が始まった。



「ま、まいった……」
 そう言ってがっくりと膝を付くシズル。
シズルのその言葉に、ルカルカ・ルーは、両手に構えていた剣を鞘に戻した。そして一方の剣を、ダリル・ガイザックに投げ返す。
「完敗だなんて……」
 シズルは、悔しそうに拳を震わせた。シズルは、ルカの他にもダリル、夏侯 淵と戦い、破れていた。いずれも、ルカのパートナーである。
「初めの身体のキレがあれば良かったんだけどねー。ま、さすがにこれだけの人数と立て続けにやると、もたないよね」
「いえ、疲れの問題じゃないわ。ベストの状態でも、あなた達には敵わないわよ」
 力量の差を実感したのだろう。妙にサバサバした表情で、シズルが言う。
「スゴい二刀流だったわ。あの大きさの剣を、あのスピードで、しかも腕一本で振れるなんてね」
「まぁねー。筋肉には自信あんのよ、アタシたち♪」
「淵の剣さばきも、凄かった。あのフェンイトは、是非モノにしたいわ」
「シズルみたいに、真剣に武術に向きあう人は大好きだ!また一緒に戦おうぜ!」
「……ま、淵ったら、大胆♪」
 わざとらしく口を押さえて言うルカ。
「そ、そんなんじゃないよっ!」
「なんだ、シズルにホレたのか、ちみっこ?」
「ちみっこいうな!」
「シズルの戦い方は、中々興味深かった。また、手合わせを頼む」
 ルカの隣に来たダリルが、シズルに手を差し出す。
「こちらこそ、お願いするわ」
 シズルは笑ってその手を取った。続けて、ルカ、淵とも握手を交わす。
『こうして自分より強い人と出会うたび、また一歩、あの人に近づけた気がする』
 そう思うと、シズルの胸は喜びで一杯になるのだった。