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蒼空サッカー/非公式交流戦

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蒼空サッカー/非公式交流戦

リアクション

第2章



 試合当日・蒼空学園第8キャンパス建設予定地。
 実行委員会側としては「開催告知」以上の宣伝・広報はほとんど行わなかった――正確には余力が無く「行えなかった」――のだが、それでも開場の前から結構な人数が入り口前に行列を作っていた。
 時計が00:30を指すと、各出入り口についていた警備担当の人員が、おもむろに入場用ゲートを開く。
 人の列の動きに乗って観客席に出た者達は、フィールドを見てざわざわとどよめき始めた。
 ――おいおい。
 ――なんだありゃあ?
 フィールドでは、青や黒のゼッケンをつけた選手が凄まじい勢いで走り回り、パスを回し、ゴールに向かってシュートを打ち、ふたりのキーパーがそれらを体で止めている。
「あららぁ。私達、時間間違えて来ちゃったんでしょうかねぇ?」
 オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)が思わずそう口に出したのも無理はない。
 ――試合開始は1時じゃなかったのか!?
 ――運営のやつら、ポカしやがったか!?
 そういう物騒な声すらあちこちから聞かれる。が、よく見れば、両チームの選手はそれぞれセンターラインで分かれたフィールドの半分半分の中に収まっており、ラインを越えた反対側には決して出て行こうとはしない。
 ――試合前の練習、ウォーミングアップなのか?
 ――にしちゃあ、ちょっと熱が入り過ぎなんじゃない?
「うーん。最近のサッカーって、相手チームさんと闘う前に、仲間と闘わなきゃならないってルールでもあるんでしょうか?」
 小首を傾げるオルフェリアの横で「それには理由があるのさ」と答えたのは不束 奏戯(ふつつか・かなぎ)である。
「理由? どんな?」
「フッ、教えてやろうじゃねぇか」
 不束奏戯は咳払いをし、勿体をつけてから口を開いた。
「このイカれた超人スポーツ『蒼空サッカー』は、時間が経てば経つほど選手がエキサイトしてきて、繰り出される技の威力や密度が高まってくる、っていう特色があるんだ」
「はぁ、そうなんですか?」
「間違いない。で、参加選手はそれを見越して早めに現地入りし、キックオフと同時にテンション最高潮で動けるようにしてるんだろうさ」
「あ、あそこに如月 正悟(きさらぎ・しょうご)さんがいますよ。クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)
さんやヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)さんも」
「テンションが高くなれば単にスキルの威力や効果も高くなるってだけじゃない。意外なスキルの使い方を思いついたり、即席でコンビ技を決めたり天候まで味方につけて状況をひっくり返したりと、前の試合じゃあ知恵や機転を働かせたトンデモプレーが連発する。前回はそりゃもうスタジアムは大湧きってもんだったさ」
「青の方にはセルマ・アリス(せるま・ありす)さんや高峰 結和(たかみね・ゆうわ)さんがいますねぇ」
「そうでなくても、前回に比べて試合時間やフィールドが圧縮されている。選手の方としても、色々と密度を上げていかないと今度の試合は勝ち抜けはしないだろうよ」
武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)さん、審判なんてやるんですねぇ」
「続けて参加しているヤツらも、以前に比べてみんなパワーアップしてるだろうからこりゃ色々と見応えがありそうだぜ、オルフェ?」
「正悟さーん! セルマさーん!」
「……なぁ、話聞いてるか?」
「あ、すみません。何でしょう?」
「……いや、何でもない」

「ふぅん? ずいぶん熱の入ったウォーミングアップねぇ?」
 刹姫・ナイトリバー(さき・ないとりばー)が、フィールド全体を見渡せる位置につき、わずかに口元を歪めた。
「ハイレベルのパフォーマンスは、心身ともにトップギアあるいはオーバートップに入ってなければ発揮できないでしょうからね」
 傍らに座っていたマザー・グース(まざー・ぐーす)が答えた。
「でも、いきなり全力を出して、彼らの『エンジン』は最後まで持つのかしらねぇ?」
「問題はないでしょう。試合時間、フィールド、いずれもダウンサイジングされていますから。むしろ、選手の方としては、短く区切られた時間と空間の中でどれだけ力を発揮できるかが問われるのですから、やりにくいのではないでしょうか?」
「……ふ、ふ」
 刹姫は眼を細め、含み笑いをした。
「真の強者とは、いつ、どんな時でもすぐに『全力』を揮えるもの。彼らも大したことはないわねぇ?」
「ですが、彼らが自分の裡の『全力』を解放しだした時は、空恐ろしいものがあります」
「……失礼。ちょっとよろしいですか?」
 語り合うふたりに、声をかける人影があった。
「……どなた?」
エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)と申します。今回の試合では、実行委員のお手伝いをさせてもらってます」
「? 私達が、何か?」
 訊ねるマザー・グース。エッツェルは微笑んだ。
「私の仕事は、実況放送でしてね。ただ、ひとり語りのままだと聞いてる方は面白くなさそうですので。
 よろしければ、喋りの相方になっていただければ、と思いまして」
「……面白い口説き方をされる方ねぇ?」
 刹姫は再び「ふ、ふ」と含み笑いをした。
「でも、人を見る眼はあるようね? 私に声をかけるなんて、あなたは問題解決に当たって実に素晴らしい解を導き出したわ」
「あなたからは、匂いがしたんですよ。私と同じ匂いが」
「ふ、ふ……私とあなたは同類、とでも?」
「違うのですか、と私はむしろ問いかけたい」
 会話に興じるふたりを、マザー・グースは見比べた。
 かたや、やたら目立つデザインをした、何かのスポーツ団体のジャージを羽織る包帯まみれの少女。かたや、涼しい顔をして単に「仕事を手伝ってくれ」という申し出を色々いじって口にする青年。青年の方は、外見上特に目立った特長はない。が、「それっぽい」ものが内に秘められているとしたら、刹姫よりも遥かに業が深そうだ。
「エッツェルさん、と言いましたね? お訊ねしたいのですが」
 マザー・グースは会話に割り込んだ。
「? 何でしょう?」
「今回のイベントは、実行委員会が色々と規模を小さくしているとうかがっています。私の記憶が正しければ、実況放送の類も特に予定はなかったはずですが?」
「私がお願いして急遽『有り』にしてもらいました。
 『蒼空サッカー』は並みのスポーツではありません。戦況や状況を素のままで見る、というのはお客さんにとってもなかなか大変でしょう。放送設備もまだ生きていますから、ちょっとの調整やテストで使えるようになるはずですよ」
「……行きましょう、グー姉さま」
 刹姫は立ち上がった。
「こちらの殿方も、私達を楽しませてくれそうだわ。『契約者』達の戦いの行く末を見届けて、“叙事詩”『蒼空サッカー』の語り部となりましょう」