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【カナン再生記】黒と白の心(第2回/全3回)

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【カナン再生記】黒と白の心(第2回/全3回)

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第3章 白き心の影 7

 容赦なく襲いくる“白騎士”たちに、シャムスたちは必死で立ち向かっていた。モートとともに現れた敵兵士たちも加わっている上に、相手がエンヘドゥということもあって満足に戦えない。なんとかエンヘドゥの心を取り戻そうと彼女に呼びかけるが、槍の攻撃を重みを増していくばかりだ。
 無論、クド・ストレイフも、エンヘドゥを助けるために戦いに飛び込もうとする。
「……っと! ……やっぱり、あんたでしたか」
「一応、余計な手出しはさせるわけにもいかないので」
 それを阻んだのは、坂上 来栖だった。お互いに二挺拳銃で相手を捉えている。唯一違うとすれば、今回はシスタとナナ。お互いのパートナーも傍にいることだろうか。
「本気でいきますよ?」
「もっちろん。俺も、冗談でここまできたっつーわけでもないんでしてね」
 口調は軽口めいたものだが、双眸は決して敵を捉えたまま離さない。
 そう、決して遊びではない。あのモートの手からエンヘドゥを救ってみせる。かならず……!
「来栖さん」
「なんですか?」
「今回の件が全部終わってもしその時お互い生きてたんなら。ちょっとさ、食事にでも付き合ってくださいな」
「……いいですよ。フランス料理フルコースでお願いしますね」
「……ちょいとお高いなー」
 二人は跳躍した。お互いに譲らぬ弾丸の交錯が、敵の空間を貫くもあと一歩のところでよけられる。まるで別の意思ある何かのように、お互いに両手は拳銃を操っていた。
 そんなクドたちの交戦から離れて、白騎士の槍が重く悠希の剣を叩いた。続けざまに鋭い突きを降してくるも、それは魔鎧状態となっているカレイジャス アフェクシャナト(かれいじゃす・あふぇくしゃなと)のマントが防いでくれる。
「ありがとう、シャナト」
 もともとはモートの隙をついて水晶を奪おうとしていたカレイジャスだが、その前にエンヘドゥは敵として立ちはだかってしまった。その失態を取り戻そうとするように、カレイジャスのマントは悠希を守ってくれる。
「エンヘドゥ! 正気に戻ってくれ!」
「…………」
 シャムスの呼びかけに、エンヘドゥは眉一つ動かさない。
 彼女の心は、本当に自分を憎んでいるのか? モートの言葉が、シャムスの中で思い起こされる。だが――
「シャムスさん、絆って言うのは簡単に切れたり無くなったりはしないんです!」
 シャムスを守ろうと飛び込んだノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)が、シャムスにそう叫んだ。
 絆……。かつて、父が彼に言った言葉だった。この世で大切なのは絆だと。そしてそれは、誰にでもあるつながりなのだと。
 お世辞にも、戦闘能力が高いといえないノアだが、彼女の生み出す聖域がシャムスを守ってくれた。
「諦めないでください、シャムスさん……! 私は信じています。この戦いを乗り越えた先にシャムスさんとエンヘドゥさんが笑って暮らせる未来があるって! だから、だから、戦えるんです!」
「そうだな……それに、俺たちが傍にいる。シャムス……おまえを支える絆は1つではない」
「……それを、教えてやりましょう」
 ノアだけでない。レン・オズワルドが、メティス・ボルトが、シャムスにそう言った。
 たくさんの想いがそこにあった。彼女たちだけでなく、いま、外では数多くの兵士たちが戦っている。全ては、カナンを取り戻すため。そしてエンヘドゥを救うために。
 だが――かくも現実は脆いものだった。
「そろそろタイムオーバーですねぇ」
 まるで死刑宣告でもするかのように、モートの不気味な声色が響いた。すると、砦の外で巨大な轟音が聞こえてくる。それは空気をビリビリと揺らす、シャムスたちのところにまで届いてきた。
「な、なんだ……?」
「帆船の崩れた音でしょうね。……陽動のための部隊が、それほど長くもつと思いますか? ましてや、砦内にエンヘドゥさんがいるということで全力で攻めることすら出来ないというのに」
「…………!」
 来栖が、分かっていたとばかりに冷然と告げた。
 負ける。敗北するというのか……。モートの確信めいた笑みが歪んだ顔に浮かび上がった。
 ――そのときである。
「……ッ!」
 砦を揺らした絶大な砲撃に、全員が足を踏み外した。
「な、なにが……あれは……っ!?」
 そのとき初めて、モートは予期せぬ驚愕の表情を浮かべた。砦の外からこちらを見据えていたのは、巨大な飛空艇の姿。あれは……あの飛空艇は……。
「エリシュ・エヌマ……だと?」
「うおおおぉぉ!」
 モートの呆然とした声と同時に、石像の間に踏み込んできたのは数多くの兵士たちだった。いや、兵士……と言えるほど満足な装備はしていない。だが、彼らは実に機敏な動きでモンスターたちをなぎ払うと、シャムスのもとまで駆けてきた。
「シャムス様! ご無事ですかっ!」
「ア、アムド……!? みんな、無事なのか……!」
「今はそんなことを言ってる場合ではありません! すぐにここから離脱を!」
「し、しかし……うぁっ!」
 再び、砲撃が石像の間を揺らした。
「さ、早く!」
「させないわよ!」
 シャムスを立ち上がらせて、アムドたち騎士団員は彼を引っ張るようにして石像の間を脱出しようとした。そのとき、彩羽が撃ちだした弾丸がシャムスに向かって飛んだ。かろうじて直撃は免れたものの、弾はシャムスの兜を弾き飛ばした。
「…………!?」
 そのとき、その場にいた皆の顔に驚愕が浮かんだ。それは、弾き飛ばされた兜の下から現れた顔が、エンヘドゥそのものであったからだった。
 ――いや、正確には、違う。確かにエンヘドゥとそっくりだが、瞳の色は青みがかった紺碧のものであり、鋭い顔だちはそれまでのシャムスの勇士を物語っている。だが、美貌は隠し切れまい。ふさ……と舞い落ちた長髪の下にあるのは、見紛うことなき女の顔だった。
「シャ、シャムス様……」
 信じられない。そんな呆然とした声を漏らす騎士団員と仲間たち。その場にいて全く動じなかったのは、モートとエンヘドゥ……そして。
「ぐずぐずするな! 行くぞ!」
 騎士団を叱咤した騎士団長、アムドだった。
「逃がすかっ……!」
 逃げ出すシャムスたちを追いかけようとするモードレットたち。その前に、神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)エマ・ルビィ(えま・るびぃ)が立ちはだかった。
「授受……っ!」
 背中からシャムスの声が聞こえてきた。それは、彼女を呼び止めようとする声に他ならなかったが、授受は決して振り返らなかった。
「授受、何をしてるんだっ!」
「ふっ……真打ちは遅れて登場するものなのよ」
 軽口を叩きながらも、手には汗が滲んでいる。この状況で残るというのは、確かに、恐怖も少しは背中を撫でてくるものね。……でも。
「ねえシャムス様。あたしたちを信じてくれてる?」
「……授受」
「……信じてくれてる?」
 もしかしたら、答えは最初から分かっていたのかもしれない。そして、それをシャムスが察してくれることも分かっていたのかもしれない。
「……ああ。当たり前だ」
「ありがとう。……じゃあ、早く行って!」
 授受を駆け抜けようとした兵士に向かって、授受は爆炎波を放った。続けざまに、エマが自分たちとシャムスたちとを隔てるよう、炎の壁を生み出す。これで、空間は断絶された。
「最後までもつかな、あたしたち」
「さあ、でも……何があっても、シャムス様が脱出されるまでは、食い止めないといけませんわね」
 もの柔らかく微笑みながらも、エマの瞳には決意の色が見える。そう――たとえ、自分達が捕まっても、シャムスたちを守ってみせると。
「自分たちだけってのも、ずるいと思いませんか?」
 授受とエマは、どこからともなく聞こえてきた声にはっとなった。すると、突然人影が天井から現れたかと思えば、瞬間――一度に3人の敵兵が、首に手裏剣を突き立てられて絶命した。
「どうも、忍者です」
「加夜さん……!?」
 銃声が鳴った。
 授受たちの前の兵士が、突然何かにぶつかったよう吹き飛ばされた。
「はっ……私を忘れるなよ」
「ザ、ザミエルさん!?」
 忍者装束の火村 加夜(ひむら・かや)だけでなく、炎の壁を驚異的な跳躍で飛び越えたザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)がライフルを構えて兵士たちを牽制した。
「お、お二人とも……」
「忍者は主君を守ってこそ、ですからね」
 加夜はにこやかに笑みを返しながらも、その手に研ぎ澄まされたアサシンソードを握っていた。そう、必ず守りとおす。忍者としてシャムスとともにあることを選んだいま、その使命が彼女を突き動かしていた。
「ここでやられたとしたら、最悪のパターンだからな。私に任せろ。6発で仕留めてやる」
 ザミエルがライフルを持ち上げて冷徹な目を敵兵に向けた。
 敵兵たちは先ほどの加夜とザミエルの攻撃を見ていたせいか、たった4人ながらも怖気づく様子を見せた。しかし、こちらには数がある。そして、モードレットと椋という存在も。
「邪魔立てするなら、容赦はせんぞ」
「……ふん、かかってこい金髪野郎」
 モードレットに向かって、ザミエルが挑発の声を発した。無論――それにまんまと引っかかるほどの彼ではないが……なに、潰してやるさ。
「かかれ……!」
 大鎌を構えたモードレットの声とともに、敵兵たちは踏み出した。